16 久しぶりの再会
「元気そうで良かったわ」
「ありがとうございます」
久しぶりにお会いした王妃様は相変わらず眩しいほど美しかった。
「あの子のこと、ごめんなさいね。身体は成長しても心はまだ子供だったみたい」
しばらく近況など話していたが、やがて王妃様がそう言ってため息をついた。
「優しい子なのだけれど、その分心が弱いところがあって。でも鍛え直したからもう大丈夫よ」
「……そうなんですね」
鍛え直すって……どうやったんだろう。
「それでね。新年度からまた学園に通うことになったのは聞いているかしら」
「はい」
「その前にあなたに謝りたいんですって。良かったら会ってあげてくれる?」
温室で待っているからと言われて、私は一人温室へと向かった。
(殿下と……どんな顔をして会えばいいんだろう)
正直気が重いが、今会っておいた方が学園で顔を合わせた時に気まずさは減るだろう。
そう思いながらそっと温室の扉を開くと、湿気を含んだ空気と花の香りに包まれた。
(……何だか懐かしいな)
最後に温室に来たのはいつだったろう。
あの時よりも植物が増えていて、まるでジャングルのように生い茂っている中を抜けていくと、奥に人影が見えた。
「クリスティナ」
「……お久しぶりです」
振り返った殿下にスカートを摘んで頭を下げる。
「ああ。元気そうで良かった」
久しぶりに会った殿下は少し痩せて、そのせいか顔つきが精悍になったように見えた。
「……この温室は、随分と植物が増えましたね」
「ああ。離宮に行っている間にいくつか枯らしてしまったけれどね」
「そうでしたか」
「でもこれは枯らさずに済んで良かった」
そう言うと殿下は足元にある鉢植えの一つを指した。
「それは?」
「以前、君に聞いて取り寄せたプルメリアだ」
「……ああ、あの」
学園の図書館で会った時に聞かれた南国の花。
「まだ苗木だけれど、来年になったら花が咲くそうだ」
「そうなんですね」
「こうやってたくさんの植物を育てて……誰よりも詳しくならなければと、それが私の取り柄なのだと、そう思い込んでいたんだよね」
殿下は温室内を見渡した。
「三年間の留学中、たくさんのことを学んで、それで自分はずっと賢くなったつもりでいたんだ。けれど帰国して、母上に会ったら……君がいかに優秀でお妃教育も予定より早く終わったと、そんな話ばかり聞かされて。……実際学園に入ったら君は試験で満点を取っていたし。だから私も必死に勉強したけれど、次の試験でもやはり君に勝てなかった」
ふ、と殿下は自嘲するような笑みをもらした。
「だから君より優れている部分を作らなければと思って、それで植物を集めていたんだ」
――そういうことではないと……思うのだけれど。
「……私が学んでいたのはお妃教育と、学園での授業のみです。でも殿下はもっと様々なことを体験し、学ばれていたのでしょう。比較することではありません」
いくら私が学園での成績が殿下より上でも、実際に各国で文化を体験し学んだ殿下の方が、ずっと多くのものを得ていると思う。
「ああ、母上たちにもそう言われた。今なら私もそう思えるけれど……あの時は分かっていなかった」
そう言うと、殿下は私へ向かって頭を下げた。
「私が未熟だったせいで君には悪いことをした。本当にすまなかった」
「……頭をお上げください」
そこまで謝罪されると逆に落ち着かなくなってしまう。
「もう、私は大丈夫ですので」
周囲からは、私は婚約解消された可哀想な子に思われているらしい。
けれど実際のところ――私には、ここがゲームの世界だという意識があったし、その中では殿下とヒロインが結ばれると私は婚約破棄されるというものもあったから、婚約する前からその覚悟はあったのだ。だから殿下に思い入れてはいなかったし……それで良かったと今なら思える。
「それに殿下は謹慎が解かれて新学期から学園に戻られると聞きました」
「ああ」
「ならばもう、謝罪は不要です」
王家が殿下を許したならば、もう私に謝罪しなくてもいいだろう。
「やっぱりクリスティナは私よりずっと大人だね」
そうではないけれど……説明できないのが辛い。
「それで……君に会いたかったのは、謝罪のこともあるけれど、もう一つあって」
「はい」
「……こんなことを言っても、信じてもらえるかは分からないけど。私とアリス・リオットとは、確かに二人きりで会ってはいたけれど、話をしただけで。決して彼女に触れたことは一度もなかったんだ」
「……はい」
それは聞いているし、殿下は嘘をつくような人ではないだろうから、真実だと思う。
「彼女と二人きりになったのは私の心の弱さが原因だが、決して君のことを好きでなくなったわけではなくて……だから」
(好きでなくなったわけでは?)
その言い方だと、まるで……殿下が私のことを……。
「――私は、今でもクリスティナが好きだし、妃になるのは君しかいないと思っている」
私を見つめて殿下はそう言った。
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