22 エイリーの街へ
「暑い中、ようこそお越しくださいました」
馬車を降りると、屋敷の管理人だという初老の男性が出迎えた。
「道中お疲れでございましょう。近くの温泉からお湯を運んでおります。まずは汗をお流しください」
温泉! 入れるの?!
「ああ」
頷くと殿下は私を見た。
「それじゃあクリスティナ、また夕食時に」
「はい」
「部屋はこちらでございます」
部屋に案内され、同行した王宮の侍女たちが入浴を手伝おうとするのを断り、私は一人バスルームへと入った。
お世話されるのが当たり前なのだろうけれど、せっかくの温泉なんだしお風呂は一人で入りたいの!
「はあーごくらくぅ」
ぬるめの温度の湯船に肩までつかると前世の言葉が出てしまう。夏の温泉もいいわよね!
夏季休暇に入り、私は殿下とフォスター領エイリーへやってきた。
私たちが泊まるのは領主家族用のお屋敷で、明後日には領主の息子であるラウルも合流する予定だ。
フォスター領は王都のある王家が所有する領地と隣接しており、この街へは馬車で一日半程度の距離で着く。道もほぼ整備されていたから楽だったが、それでもやはり夏の馬車旅は大変だ。
前世の日本の夏よりは暑くはないとはいえ、冷房などない世界。王族の乗る馬車は警備上の理由もあり窓も少ししか開いていなくて、結構蒸し暑かったのだ。
お風呂から上がると、待ち構えていた侍女たちによって身支度を整えられていく。
せっかくさっぱりしたのにまた化粧をさせられるのは嫌だけれど、ここは我が家ではないのだから仕方ない。これから殿下と夕食をともにしないとならないのだし。
夕食は疲れているだろうからと、胃に優しい、野菜を柔らかく煮込んだシチューが出された。デザートはよく冷えた柑橘類で、色々と気遣いが嬉しかった。
夕食後、屋敷の屋上へと向かった。
広々とした屋上の中央にはテーブルと椅子が置かれている。ここで星や花火を眺めることができるらしい。
花火はこの国では希少なものだが、研究都市であるこの街では最新の技術を使って開発した花火が見られるそうだ。
「クリスティナは、高いところは平気だよね」
「はい」
頷くと、殿下は手すりの方へと促した。
「暗くて見ずらいけれど街が見渡せるね」
「はい……綺麗ですね」
暗闇の中、道や窓に灯りがともるその景色は、まるで星灯りのようだった。
侍従が持っていた灯りを覆いで隠した。途端に周囲が暗くなる。
「――ああ、星がよく見えるね」
殿下の言葉に頭を上げると、一面の星空が広がっていた。
「わあ……」
夜空を見上げるなんていつぶりだろう。――もしかして、前世の家族でキャンプに行った時以来かも?
(星座とか分かればいいのに)
この世界でも星を結んで絵を描く星座はあるが、地域によってバラバラなので学園などで学ぶようなことはなく、私も有名な星の名前くらいしか知らない。
それでも、星座が分からなくても、煌めく星々を眺めるのは心が洗われるような心地になる。
夏とはいえ夜は涼しい。しばらく眺めているうちに少し肌寒くなってきたなと思うと不意に背後から温かなものに包まれた。
「寒くない?」
殿下は私の肩にショールをかけると……そのまま後ろから抱きしめられた。
(ひゃあ!)
「は、はい……」
周囲に侍従や護衛の人たちがいるのに……いや、二人きりでもまずいけど! こんな、星を見ながら後ろから抱きしめられるなんて……まるで、恋人同士みたいな……。
(恋人って!)
頭の中に浮かんだ言葉に、ぶわっと顔に熱が帯びるのを感じる。
「クリスティナ」
すぐ耳元で殿下の声が響く。息が耳にかかり、思わず肩がびくりと震えた。
「は、はい」
「綺麗だね」
星のことかと頭を上げると、殿下は私を見つめていた。
柔らかな色の、優しい瞳に宿る光が星のようだと思って見惚れていると、その光が大きくなって。
唇に柔らかなものが軽く触れた。
(……え)
「ごめんね、強引なのは好きじゃないんだよね。でも我慢できなかった」
そんな声が聞こえて……再び唇に、今度はしっかりと殿下のそれが重ねられた。
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