23 雑念と邪念と

「あーもうっ!」

昨夜のことを思い出してしまい、読みかけの本を置くとクッションに顔を埋めながら悶えた。


今日はお忍びで街へ出かけた。

行きたかった図書館はお休みだったのだが、古本市が開かれているというので広場へ向かったのだ。

整然と並べられたテントの下には庶民でも買える安価で平易な本から希少な専門書まで、あらゆる本が揃っている。

本来ならばお宝探しが楽しみだったはずだったのだが……殿下のせいで本に集中できなかった。

移動する時は必ず手を繋がれ、本をチェックしている時も肩が触れるほどすぐ側にいる。殿下の気配や体温を感じるたびに、昨夜のキスを思い出してしまった。


(キスなんて……前世でもしたことなかったのに)

思いがけないほど柔らかな感触と……温度と。今でも生々しく思い出せてしまう。


多分、今日の私は殿下を意識しすぎたせいで挙動不審だったろう。

それでも何とか、数冊の本を選んで買ってきた。

屋敷に戻ってお風呂に入って、今日はまだ夕食まで時間があるというので、気持ちを落ち着かせるためにも家から持ってきた部屋着を着て、ソファに寝っ転がって本を読むという、いつも通りに過ごそうとしたのだけれど……やっぱり、思い出してしまうのだ。


(気持ちを態度で表していくとは言ってたけど! 積極的になりすぎなんじゃないの?!)

学園では適度な距離感で接してくるけれど、王宮に呼ばれて二人で会う時の殿下は距離が近くて。その言葉も甘いものが含まれてはいたけれど……キスまでされるなんて。

「うぅ……」

「クリスティナ。大丈夫?」

また思い出してしまい悶えていると、不意に近くで殿下の声が聞こえた。


慌ててガバッと起き上がると心配そうな表情の顔があった。

「えっあのっ」

何でここに?!

「侍女から君が『横になっている』と聞いたから、具合が悪くなったのかと思って」

「はい?! いえ、これは……その、違います」

「そう? じゃあどうして横になっていたの?」

「……これは……いつも部屋ではこうして本を読んでいて……」

我が家は両親が家の中でのマナーには緩くて、エディーが小言を言うくらいだけれど。普通、貴族令嬢はソファで寝転がったり、ましてそんな体勢で本を読んだりしない。家の中でも淑女らしく振る舞うことを求められるのだ。

(しまった……つい本当のことを言ってしまった……)

動揺したせいだろう。

一応外では王太子の婚約者として品良く見えるよう振る舞っているけれど、本当はお行儀が悪いなんて知られてしまったら……引かれてしまうだろうか。


「そうなんだ」

けれど殿下は、そう言って微笑むと私の隣へと腰を下ろした。

「私もソファで本を読んでいると、つい途中から横になってしまうんだ」

「え……」

「勉強する時は机の前で読むけど。愉しみで読む時は好きな姿勢で読みたいんだよね」

「はい……!」

殿下も同じだったんだ。ちょっと嬉しい。


「――ところでクリスティナは、家でいつもそんな服を着ているの?」

殿下の視線が私の足元へと落ちた。

(あ……しまった)

今日は夏用に少し丈を短くしたワンピースを着ていたのだ。横になっていたのを見られているのなら……どこまで足を見られてたの?!

「家では……楽な格好で過ごしたいので……でも部屋の中でだけです」

ここで着ても、見られるとしたら侍女くらいかと思ってたから着たのだけれど。……って、そもそもどうして殿下が部屋に入ってきているの?!

「そうか。ではこの格好をエディーに見せたことは?」

「エディー? は……何度か」

「あるのか」

ぐい、と殿下は私の肩に手を回すと自分へと引き寄せた。


「家族というのは厄介だな」

殿下の胸に身体を預けるような形になって……耳に、ため息がかかって……びくりと震えてしまう。

「クリスティナは弟と思っているかもしれないけれど、向こうはそうでないということを忘れないで欲しいな。それと……君の白い足が、どれだけ刺激的かということを」

露骨な言い方!

(そんなこと言われても)

別に私だって、見せようと思って足を出しているわけではない。――そう、殿下やエディーが勝手に部屋に入ってくるのだ。

抗議しようかと顔を上げると……すぐ目の前に殿下の顔があった。

ふいに昨夜の事を思い出してしまい、顔に血がのぼる。

ふ、と殿下は笑みを漏らした。


「クリスティナ。今日はずっと私のことを意識していたよね」

嬉しそうな表情で殿下は言った。

「昨日のキスのせい?」

(だから言い方が露骨ー!)

ますます顔が熱くなる。

「クリスティナは、反応が可愛いね」

こめかみに殿下のくちびるが触れた。

「こんなに可愛いところがあるって、もっと早く知っていれば……婚約を解消することもなかったのかな」

髪を撫でられ、その手が頬へ触れる。


「好きだ」

言葉とともに柔らかな口づけが落ちてきた。

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