26 思わぬ邂逅
「賑やかですわね」
「本当に。色々なお店が出ているのね」
翌日。私たちは予定通り市場へとやってきた。
ここは一昨日訪れた広場よりずっと広く、食料品や日用品から宝飾品や骨董品まで、様々な店が並んでいる。また一角には外国から取り寄せたりこの街の研究所で作られた珍しい植物が集められたエリアもあり、そこが殿下のお目当てだ。――多分、どうしてもここに行きたいから今日の外出をしようと決めたのだと思う。
一行は私たち五人、それに護衛を含めるとかなりの数になる。これだけ多いと目立つし迷惑になるだろうからと、二手に別れることになった。
分け方について少し揉めたが、『女子だけでお買い物がしたいです!』というサーシャの主張で男女で別れることになった。
殿下とエディーと行動を共にしなければならないラウルが少し恨めしそうにこちらを見ていたけど、まあ、頑張って欲しい。
私もずっと殿下と一緒で気疲れしていたし……それに私だって女の子同士でお買い物したいもの。
「クリスティナ様、まずはおやつにしましょう!」
「え、いきなり?」
「腹が減っては何とやら、ですわ」
屋台へ向かって駆け出したサーシャを慌てて追うと、どん、と誰かにぶつかってしまった。
「すみません……!」
「大丈夫?」
それは若い男性だった。
茶色い長い髪を無造作に束ねた、整った顔立ちで身なりも良い。知らない顔だけれど貴族だろうか。
青年は私と視線を合わせると、その目を細めた。
「……ここにも女王の涙があったとは」
「え?」
「怪我はない? お嬢さん」
笑みを浮かべると青年は手を差し出した。
「ええ……大丈夫です。申し訳ありません、前を見ていなくて」
「急いでいたの?」
「友人を追っていて……」
「クリスティナ様!」
サーシャが駆け戻ってくると、青年を見て首を傾げた。
「そちらの方は?」
「今ぶつかってしまいましたの」
「まあ! 申し訳ございませんわ、私が……」
「いや、こんな綺麗なお嬢さんと出会えたから。むしろお礼を言いたいな」
「あら」
サーシャが目を丸くした。
「二人はこの街の人?」
「……いえ、観光です」
「そうなんだ、僕も観光でね。図書館へは行った?」
「ええ、とても素晴らしかったです」
「僕もこれから行くから楽しみにしているんだ」
それじゃあ、と言って青年は立ち去った。
「……今の人、只者ではありませんわね」
青年の背中を見つめながらサーシャが小声で言った。
「え?」
「話をしながら周囲を窺っていましたの。おそらく護衛を確認していましたわ」
「そうなの?」
「それにクリスティナ様をナンパしようとしていましたでしょう」
「ナンパ?!」
「さりげなく褒めて、素性を聞こうとして。おそらく護衛に気づいたから諦めたのですわ」
全く分からなかったけど。
さすが騎士の家育ちのサーシャ、そういうことに気づくのね。
「まあいいですわ。それより美味しそうなものがありましたの。種類がたくさんあるので選んでいただきたいのですわ」
サーシャに促されて、今度は一緒に屋台へと向かう。そこには一口サイズのスポンジケーキのようなものと、沢山の果物が並んでいた。
「好きな果物とジャムをかけてくれますの」
「まあ」
美味しそう! ええ、でもこういうの選ぶの、決められないのよね……。
さんざん悩んで、リンゴとベリージャムの組み合わせにした。
イチゴとハチミツを選んだサーシャと注文したものを受け取り、近くのベンチに座ると互いのものを交換したりしながらそれを食べる。
「んー、どっちも美味しい!」
「クリスティナ様って、本当に甘いものを美味しそうに食べますわよね」
「……そうかしら」
普通だと思うのだけれど。
食べ終わると市場を散策する。
雑貨など可愛らしいものを中心に見て周り、ほどよく歩き疲れたところで休憩をとることにした。
屋台でジュースを買い、ベンチに座る。
「楽しいですわ」
「ええ」
本当に、殿下とのお出かけはどうしても気を使うけれど、サーシャとは気楽に過ごせる。前世で友達と買い物にいったのを思い出した。
「まだ時間はありますわね。何か見たいものはありますか」
「そうねえ、今日の思い出になるようなものが買えれば……」
「あーもう。やっぱいないのかなあ」
聞き覚えのある声が聞こえた。
首を巡らせると赤い髪が見えて……ふいにその女性がこちらを向いた。
「あ……」
「あ。やだ何でいるの」
声の主――アリス・リオットが歩み寄ってきた。……何でって、それはこちらの台詞なんですけれど?!
「……国外に出たと聞きましたが」
「そうよ、何でも屋みたいなのやってるの」
庶民的な服を着たアリスはそう答えて胸を張った。
「やっぱ私には貴族なんて向いてなかったわ。今の生活は楽しいわよう」
確かに……前と比べてアリスの表情は生き生きとしているように見える。
「……どうしてこの街に……」
「隠れキャラに会えるかと思ってきたんだけど、見つからないのよね」
「隠れキャラ?」
「そうよ、シリル様。性格はサイコパスっぽくてヤバいんだけど、銀髪で顔は超好みなの。元王子様だけど今は怪盗で、この街の図書館にある宝石を盗みに来るはずなの」
(え?)
思わずサーシャと顔を見合わせた。
(待って、隠れキャラって……ゲームの?)
それが……まさか、ラウルが言っていた『奇妙な盗賊』?
「……あの、そのシリル様という方とお知り合いなのですか」
サーシャが尋ねた。
「リアルでは会ったことないわ。ラウルルートで二年の夏休みに来るとここで出会えるのよね。だからわざわざ来たんだけど。やっぱルート入ってないからダメなのかなあ。……まあいいや、また明日探してみようっと」
最後は独り言のようにそう言うと、アリスは駆け出そうとして振り返った。
「そうだ、あんたあの王子様と破局したんでしょ。よかったね、つまらない男と結婚しなくて」
「……殿下はつまらなくなんかないわ」
あっという間に人混みの中に消えていったアリスに向かって呟いた。
「クリスティナ様、今の人は……」
ああ、そういえばサーシャは知らないのよね。
「アリス・リオットといって、去年色々問題を起こした人よ」
「――もしかして、クリスティナ様と王太子殿下の婚約解消の原因になった?」
「ええ」
「修道院から脱走して国外に出たと聞きましたわ」
「私もそう聞いたわ」
「どうして明日の予告のことを知っていたのかしら」
「……さあ……」
「奇妙な方ですわね」
アリスのあの言い方から察するに、これまでの窃盗の犯人はゲームに出てくる隠れキャラなのだろう。
(ラウルルートに隠れキャラか……ラウルは知っているのかしら)
でも知っていたら私にはそれを教えるはずだ。
「ともかく、このことを殿下たちにお伝えしましょう」
「はい、お兄様にもお話ししたいですわ」
サーシャと顔を見合わせると、私たちは立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます