32 顛末
「なあラウル。『ネーチャン・ゾンビ』って、何なんだ?」
「……何だろうね。よく分からないけど咄嗟に叫んでた。多分クリスティナ嬢の気を引きつけようと思ったんだと思う」
訝しげなエディーを横目に、ラウルはしれっとそう答えた。
あれは、前世で。
家で弟の優斗が遊んでいたゾンビゲームを私もやってみた時、横で見ていた優斗に言われたのだ。
襲いかかってきたゾンビに後ろから抱きつかれた時は、下、横と操作すれば逃げられると。
「クリスティナもよく動けたね」
「はい……前に教わったのを身体が覚えていたみたいです」
感心した様子の殿下にそう答えた。
教わったのは護身術とかじゃなくてゲームだったけれど。
(しかし、本当によく覚えていたというか……自分で動けたなあ)
あれはコントローラーの操作だったのに。
無事助け出された私は、殿下たちと共に馬車に乗り屋敷へと向かっている。
サーシャも同行したがったのだが、いくら武芸の指導を受けているとはいえ流石に危険だと、お兄様のダニエル様に猛反対されて留守番しているのだそうだ。
(サーシャが来なくて良かった……)
もしかしたらひどい場面を見せてしまったかもしれない。
もしもあの時、シリルが一度剣先を殿下に向けなかったら。
ラウル……優斗がゲームを思い出して声をかけなかったら。そして私が動けなかったら。
「……シリル様は……私を殺して、自分も死ぬつもりでした」
「え?」
「どうして……」
「私が……『ローズリリーの姫』だから、と」
私はシリルから聞かされた話を三人に語った。
絵本のことと、それから、どうして彼が私を誘拐しようとしたかを。
「あの絵本にそんな逸話があったとは」
殿下がため息をついた。
「……昨夜、クリスティナが消えたあと、紙が残されていたんだ」
「紙?」
「私宛に、『君のローズリリーは僕がもらう』と」
「……そうでしたか」
「ふん、それであいつは騎士だかドラゴンだかを気取ったのか」
エディーが不快そうに眉をひそめた。
「取り押さえた時に一発殴っておけば良かった」
「……そういえば、どうして居場所が分かったの?」
シリルたちは用意周到に準備していたみたいだったのに。
「ああ、ラウルがアリス・リオットに尋問したんだ」
「尋問?」
「昨夜のうちに街中の宿屋に赤い髪の娘が宿泊していないか調べさせてね。今朝、宿から出ようとしたところを捕まえたんだ」
エディーの言葉を継いでラウルはそう説明した。
「彼女が知っていることを全て話させた。あの山小屋のことまで知っていたよ。それで二手に分かれて、クリスティナ嬢の乗っているらしき馬車を追わせながら、僕たちは先回りして待っていたんだ」
「しかしお前、よくあの女と会話ができたな。途中から何を言っているのかさっぱりだったんだが」
「ああ、前から彼女の言葉は理解できないことが多々あったが……今朝の話は特に不可解だった」
エディーの言葉に殿下も頷いた。
「意味が分からなくても、相手の言葉を探って裏を読んで、欲しい情報を得る。交渉のやり方の一つだよ」
「ふーん?」
「さすが未来の宰相だ、頼もしいな」
「そのアリス嬢は今どちらに? お礼を言いたいのですが」
「まだ屋敷にいるよ。彼女の証言が間違っていた可能性もあるからね」
殿下が答えた。
「サーシャに見張らせているけれど……大丈夫かな」
ラウルが小さくため息をついた。
「クリスティナ様!」
屋敷へ戻ると、駆け寄ってきたサーシャに抱きつかれた。
「良かったですわ……!」
「心配かけてごめんなさいね」
「どうしてクリスティナ様が謝るんですの!」
「あ、帰ってきたんだ」
涙目で頭をぐりぐりとさせてくるサーシャの頭を撫でていると、アリスの声が聞こえた。
「ねえシリル様は? やっぱ超イケメンだった?」
「イケメン?」
「彼は今騎士団で取り調べ中だ」
「えー、捕まっちゃったんだ。ゲームでは逃げ切ったのに」
「もう、この人何なんですの」
サーシャがアリスを指さした。
「ラウル様には婚約者候補なんているはずないとか、失礼なことばかり言いますの!」
「ああ、うん。落ち着いてサーシャ。彼女の言うことは気にしなくていいから」
「えーラウル様が女の子宥めてる!」
「……あの。アリス嬢と二人で話がしたいのですが」
そう言うと皆が驚いたように私を見た。
「クリスティナ様?! それはやめた方がいいですわ!」
「こいつの言うこと、本当に理解不能だぞ」
「えー皆して酷いなあ」
「じゃあ僕が同席するよ、それでいい?」
ラウルがそう言って、三人でということになった。
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