俺たちはヒーローにはなれない④
「あっ、あなたは……」
町娘は自分を気づかぬうちに救出した勇者に視線を奪われる。が、すぐにリビングデッドたちの呻き声に意識を戻された。
「本当はこのまま夜の町をひとっ走りデートでもしたかったんだが……無粋な連中もいたもんだな」
襲い来る敵を前に両手の塞がったレオニードは、不敵な笑みを崩さない。
「おいあんた……」
「大丈夫、離れてな」
焦った顔の店主にレオニードが目配せした途端、リビングデッドたちがへなへなと床に倒れ込んでいった。
店主と町娘が呆気に取られていると、どしどしと重たい足音が近づいてくる。壊れた壁からぬっと身を乗り出した巨漢の影に2人は小さく驚くが、すぐにそれが知っている顔だと認識した。
「ンの野郎オオオオオオオッ!!!」
荒々しい咆哮とともに手あたり次第破滅を撒き散らすゲンナジーは、魔物たちにとって災害でしかなかった。魔術で力を奪われているところに、なすすべなく腕力だけで粉砕されていくのだから。
「この店をめちゃくちゃにすんのだけはなぁ、オレぁ許さねぇからなぁ!!」
そう言って暴れまわっているゲンナジーが一番めちゃくちゃにしているという事実は、誰も指摘しない。
生ける屍たちがすべて本物の屍となった頃、ようやくラムラが姿を現した。
「予想通りの光景ね。数えるの、一苦労だわ~。ところで……いつまで王子様やってるつもり?」
「俺は一生このままでもいいんだけどな」
「そ、それはちょっと……」
レオニードに抱き上げられたままの町娘は、この状況にだんだんと恥ずかしさを覚えてきたようで、火照った頬に両手を添えている。
「なんて、冗談っすよ」
などと言いつつ、レオニードは名残惜しそうに娘を下ろしてやる。彼女はぱっと振り返り、頭を下げた。
「あ、ありがとうございましたっ。何とお礼をしたらいいか……」
「なーに、当然のことをしたまでさ。しいて言うなら、今度俺とデートでも――」
「あーっ、ずりぃ!! オレもデートしてぇよぉ!!」
「なんでテメーが入ってくんだよ、アホ!」
下心丸出しの男2人がやいのやいの言い合っているところに、店主が苦笑しながら割り込む。
「あー……あんたらにはもちろん感謝してるんだが……あんまりうちのカミさんをからかわねぇでくれるかい」
3人は一斉に目を丸めた。
「えっ……『カミさん』って……え?」
戸惑うレオニードを見て、町娘はあっと小さく声を上げた。
「そういえば、説明してませんでしたね。歳が離れてるからよく親子に間違われるんですけど、私たち夫婦なんです」
『ええええええええっ!?』
男2人は驚きとショックで絶叫し、その点無関係なラムラは煙管片手にまじまじと町娘を見る。
「ホント、気づかなかったわ~。指輪もしてないし」
「あ、指輪は修理中でして……誤解させてしまって、すみません」
「いや、気持ちはわかるけどなァ。俺みたいなヒゲオヤジと、こんなに若くて綺麗な美人が並んでたら」
「もお、やめてよ!」
夫婦2人が仲睦まじく笑い合っているそばで、レオニードとゲンナジーはへなへなと脱力していた。
◆
町の魔物は一掃され、自警団は渋々ながらも約束の代金をレオニードたちに支払い、無事クエストは終了した――が、本来の目的を達成できなかったレオニードはすっかりしょげたまんま帝都へ帰還した。ちなみにゲンナジーはその目的を一晩で忘却したので、そこまで尾を引かなかった。
そうしてまたテーブルの上に酒瓶をとっ散らかし、空の皿を積み重ね、酔っ払いたちがだらだらと寛いでいる光景が繰り返される。
「女にモテたい」
「まだ言ってるんですか」
前より一層脱力感を増しているレオニードに、いそいそと片付けにいそしむヤーラは呆れた眼差しを向ける。
「いや、だってよぉ~~~!! あれもうフツーに俺に惚れてハッピーエンドの流れだったじゃんかァ!! なんで既婚者なんだよ、しかもあのヒゲモジャのおっさんと!!」
クエストに同行していなかったヤーラでも、レオニードの愚痴を聞き流しているだけで何があったかおおよそ見当がつく。
「ああ、この世は理不尽だ……。お前もそう思うだろ?」
「そうですね。なんで僕が先輩たちの飲み会の後始末しなきゃいけないのかと考えると、理不尽です」
「マジ可愛くねぇなお前……」
「ヤーラはいいよなぁ、あんな可愛いリーダーちゃんとか、美人のエルフの姉ちゃんと一緒でよぉ……」
ゲンナジーは羨ましそうに氷の入ったジョッキをガラガラと揺らす。
「またそれですか……別に何もありませんって」
「でもよぉ、見てるだけで目が幸せだろぉ?」
「そんな邪なこと考えてません」
「でも~……リーダーのコ、結構可愛いわよね~。あたしから見てもそう思うもの。ねぇ?」
「まあ…………はい」
わずかに視線を外したヤーラに、ラムラはクスクスと笑う。モテない男2人は同時にテーブルを叩き、板の一部にヒビが入った。
「だ――っ!! やっぱり俺も可愛い女の子と同じパーティ組みてぇ――ッ!!」
「くおぉ――っ!! この世はフリジン……リジフン……あれ、なんだっけ?」
「見るだけならラムラさんでいいじゃないですか」
「いや、この女は美人の皮を被った蛇だ。いっぺんとっ捕まったら尻の毛までむしられてポイだ。俺にはわかる」
「ええっ!? ラムラは蛇の化物だったのかぁ!?」
「どうかしら~? 寝ている間にとって食べちゃうかも」
「ひぃ~~っ!! ヤーラ、今夜一緒に寝てくれぇ!!」
「嫌ですよ! ゲンナジーさんイビキうるっさいんだから」
「え、マジ?」
「ホントだよお前、隣の部屋からでも聞こえてっからな? だからお前モテねぇんだよ」
「レオ先輩も寝相ひっどいです。毛布も枕もふっ飛ばしてるじゃないですか」
「え……そうだっけ。……そういや、たまにベッドから落っこちて目ぇ覚めることあるけど――」
「だからモテないんですよ」
「なぁっ……ふぐっ……うごごごご」
見事なカウンターパンチに、レオニードはだんだんと気勢をそがれて萎れていく。
「……なんで俺ら、モテねぇんだろうな」
「おお……」
酔っ払いの男2人は哀愁に打ちのめされ、がっくりとうなだれる。そのすぐ前に高そうなワインの瓶がすっと差し出された。
「そんなしょげてないで、飲んで忘れましょ~? これ、最近うちの商会で仕入れた目玉商品よ~」
『おっ!』
飲んだくれ2人はその売り文句に釣られ、ぱっと顔を上げる。高そうなワインをグラスに注ぎ、ゆっくりと味わう――などということはなく、まだビールの泡がこびりついているジョッキにざばざばぶち込み、ぐいぐいとあおった。
「ぷはーっ! うっめぇな、これぇ!!」
「ああ、うめぇ……けど、これ飲んだことある気がするぜ?」
「そりゃあそうでしょ。あのお店と同じとこから仕入れてるんだもの」
「……は?」
「お店の若奥様に、商品のこといろいろ聞いといたのよ~。それで」
レオニードは記憶を辿る。確かにラムラはあの店で町娘に料理や食材のことを話していた。
そして思い返せば、クエストを持ってきたのも、観光すると言い出したのも、ワインが有名だからと飲食店に行きたがっていたのも、全部ラムラだった。
「まさかお前……そのためにあのクエスト選んだのか……?」
「当たり前でしょ~。自分に得のないクエストなんてやらないわよ~」
からからと笑う彼女に、3人は戦慄する。
「まあほら、この高いワインがただで飲めるんだし~、悪くないでしょ~?」
「確かに! よし、死ぬまで飲み食いしてやるぜぇ!!」
「おめーマジで単純だな……。まあいいや、ヤーラ、酒ついでくれぃ」
「嫌です」
飲み会は夜更けまで続く。眠りこけた誰かが大イビキをかいて、別の誰かがソファから転げ落ちるまで。
私は世界を救えない~番外編~ 五味九曜 @gmkz5392
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