俺たちはヒーローにはなれない③

「ああ、リビングデッドを起こしちゃったのね~」


 自警団は討伐に失敗し、魔物たちを外に溢れさせてしまったらしい。ラムラは煙管に火を灯しながら、うごめく死体たちを前にどうしたものかと考える。

 そのすぐ脇を、ただでさえ鈍い頭をアルコールでさらに弱らせたゲンナジーがぽやぽやした顔で通り過ぎる。


「何をやってるんだ!! 襲われるぞ!!」


 自警団のリーダーが必死に叫ぶが、ゲンナジーは聞こえていないかのようにリビングデッドの群れにそのまま突っ込んでいく。


 当然、人間と接近した魔物は大口を開け、その牙を腕に食い込ませる。


「いってぇ!?」


 ゲンナジーはようやく攻撃されたことに気づき、ぼんやりしていた顔をぱっと覚醒させた。


「何すんだこの野郎ぉ!!」


 巨大な手のひらが魔物の頭をがしっと掴むと、170cmはあろうかという身体が0cmまでグシャッと押しつぶされる。


 魔物たちは構わず1人の巨漢に向かっていくが、たちまち逞しい腕や足に柔い身がめちゃめちゃに弾き飛ばされていった。


「あんだおめぇらぁ!? 喧嘩かぁ!? どこの誰か知んねぇけど、上等だコラぁ!!」


 はちゃめちゃな暴力を撒き散らしている彼は、いまだに状況を理解していない。

 結局、魔物たちがすべて肉塊になるまで、自分が何と戦っているのかを把握することはなかった。


 自警団の男たちは、自分たちがまったく歯が立たなかった相手が蹂躙される光景に、ただ圧倒されていた。


「マジかよ、たった1人であんな……」


「俺ら3人がかりでやっと1体だったのに……」


「しかも酔っ払い……」


 半ば体面を傷つけられたリーダーの男は、渋い顔をしつつもラムラに詰め寄る。


「おい、お前ら! あれだけじゃない、とんでもない数の魔物が町中に溢れてしまったんだ。手伝ってくれ!」


「あらそう、大変ね~。それじゃあ……いくら出せるの?」


「……は?」


 ラムラはわざとらしいほどゆったりと煙管をくゆらせ、皮肉っぽい笑みで繰り返す。


「だ、か、らぁ~……あたしたちに手伝ってほしいんでしょ~? だったら、相応の対価を支払ってもらわないと」


「なっ……何を言ってるんだ!! お前らはそもそも協会の仕事でここに来たんだろうが!!」


「あら、忘れたの? あたしたち、今は『勇者』じゃなくて『観光客』なの。お金で戦力を買ってくれるなら考えてもいいけど~……タダ働きなんて、死んでも御免だわ」


「くっ……!!」


 リーダーは恨みがましそうな目を向けるが、ラムラの余裕の眼差しで返す。


 そこへ図ったようなタイミングで、リビングデッド軍団の増援が迫ってくるのが遠くに見えたものだから、リーダーはついに屈した。


「……魔物1体につき、銀貨2枚でどうだ」


「4」


「3!」


「ふ~ん……そのくらいで妥協してあげましょうか。ほら、レオニード!」


 名前を呼ばれたAランク級の勇者は、真っ青な顔を街灯に晒した。


「うっぷ……食ったもん全部出ちまいそうだ……。何かあったか? あれ、そいつら――」


「吐いてる場合じゃないわよ~。町の危機、出動要請」


「へぇ、1日も持たなかったかぁ? ……うっぷ」


「あれぇ、傷が治んねぇぞぉー?」


 ふらふらでえずいているレオニードと、薬と間違えて水をあおっているゲンナジーに、自警団の面々は不安で表情を曇らせる。


「ふぅ……。しゃーねぇ、あれか」


 その言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、レオニードはぱっと姿を消した。


 自警団たちがそれに驚いたと同時、遠くでうごめく魔物の群れから一斉に肉塊が宙を舞う。

 腐乱した肉体はいとも容易く散り散りになり、ものの数秒で動くものがなくなった。


「あー、準備運動にもなんねぇや」


 顔色の良くなったレオニードは首をコキコキと鳴らす。左手のナイフ、右手の義手から飛び出た刃には、返り血や肉片がべっとりとついている。


「もちろん、これだけじゃないんでしょ~?」


「……あっ……ああ」


 リーダーの男はすっかり呆気に取られ、ラムラの質問でようやく我に返った。


「じゃ、ちょっくら走り回ってきますかねぇ」


「ゲンナジー。あんたもほら、仕事!」


「待ってくれよぉ、この変な酔っ払いが因縁ふっかけて……ん? これ、魔物かぁ?」


 3人はそれぞれ、てんでばらばらに――いつも通りに、魔物を狩りに行った。



  ◆



 レオニードは靴に特殊な魔道具を埋め込み、常人では追えない速さを発揮している。この能力強化は彼の卓越した動体視力がなければ成し得ないもので、スピードにおいて右に出るものはいないと評されるほどだ。


 夜の町を風のように駆け回り、目まぐるしく移る景色の中から標的を捉える。


「見っけ」


 往来を埋め尽くすリビングデッドの集団。レオニードがそれらを視認した瞬間、腐りかけていた魔物の肢体は一斉に切断される。


 俊敏さに欠けるアンデッド系の魔物では、高速で動くレオニードに一撃を入れられるものは滅多にない。彼の視界に入り次第、切り裂かれていくだけだった。



 一方で、足も頭も鈍いゲンナジーだが、無駄に頑丈な肉体のお陰で下級の魔物ならばそうそうダメージが入ることはない。逆に、その化物じみた腕力に耐えられる魔物もそうそういない。


 まだ酔いも醒めぬ朧な頭で、夜の町をのたのた歩く。その無防備な姿にリビングデッドたちは本能で攻撃を仕掛けに行くが、彼にとっては「軽く撫でただけ」の感覚でその身が弾け飛ぶ。


「うーし……敵はどこだぁー……?」


 今倒したのがその標的だと気づかぬまま、彼はまた町の中をうろつき回る。



 ラムラに至っては、ほとんど動かない。考え方が商人のそれに染まっている彼女は、最も効率的に利益を上げることを考えて、発生源の近くで張り込む。


 呻き声と引きずるような足音が聞こえ始めると、ラムラは悠長に一服つけて、煙と同時に魔術を発動する。

 お得意の「力を奪う魔法」をモロに食らった魔物たちは、ずるずるとその場に倒れ込んでいく。


「1、2、3……」


 丁寧に敵の数を数え、頭の中で報酬額が弾き出された後、動けなくなった魔物たちは魔術で生み出された炎に飲み込まれていった。



 Aランクの実力を誇っていた彼らにとって、リビングデッドの群れなどはいくら数があっても取るに足らぬ敵だった。


 だが、夜空に響き渡る女の悲鳴が――それも、聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、3人はガラリと顔つきを変える。



  ◆



 その店は運悪く、リビングデッドの大群が通る道に面した場所にあった。

 町を魔物たちが徘徊していると知らない町娘は、今日来た上客の馬鹿騒ぎの残骸をせっせと片付けていた。


 閉店後の店内で床の掃除をしていた生真面目な町娘は、戸を叩く音に素直に応じてしまった。営業時間外であることを伝えようと、店の扉を開いたのがいけなかった。


「……っ!?」


 町娘の目に飛び込んできたのは、人の形をした、人ではないものの群れ。

 危険を察知したときはすでに遅く、リビングデッドは薄気味悪い呻き声とともにずるずると店内に侵入していく。入り口の狭さに我慢ならなくなった何体かは、壁を破壊し始めた。


 恐怖ですくみ上った娘は、震える足をなんとか後退させるだけで、逃げることも抵抗することもできない。


 そのうち魔物の腐乱した手が、少女の華奢な肩を鷲掴みにした。そのまま両腕で細い身体を抱き込み、鋭い牙を剥き出しにする。


「いっ……いやあああああああああっ!!」


 命の危機からようやく発せられた悲鳴は、壊された壁の穴から町中に響いていく。


「何があっ……――!?」


 バタバタと下りてきた店主は、予想だにしない光景に飛び上がりそうになるも、娘の危機に勇気を奮わせる。


「クソッ! 離れろ!!」


 店主は手近な皿をリビングデッドの頭に投げつける。敵は一瞬ひるんだが、攻撃の手をやめることはなかった。かえって他の何体かが店主を標的に定めたらしく、腐った目玉をぎょろりと向ける。


 店主は包丁を手に取るが、その装備は魔物の軍勢を相手にするにはあまりにも頼りなかった。


 2人が絶望に支配されたとき、1つ、閃光が瞬く。


 気づけば、町娘は魔物のものではない腕に抱かれていた。彼女を乱暴に捕まえていたリビングデッドは、首から上をとっくに失ってごろりと床に倒れていた。


「よお。君くらい美人だと、ファンがこんなに押し寄せちゃって大変だな」


 テーブルの上で少女を抱きかかえながら、レオニードは歯の浮くような文句とともにウインクを決めた。

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