俺たちはヒーローにはなれない②

 テーブルの上にはぎっしりと敷き詰められた料理の数々、レオニードたちの手元にはワイングラスと数本のボトル。

 田舎町の小さな店だが、思ったよりも豪勢な品々にレオニードとゲンナジーは目を輝かせる。


『うっまそぉ~~~!!』


「これだけの料理で、お値段もお手頃……いい穴場、見つけちゃったかも♪」


 男2人はさっそく目の前の料理を口に詰め込み、ラムラは戒律をガン無視してグラスに注いだワインをじっくりと味わっていた。


「あはは……慌てなくて大丈夫ですよ。見ての通り、他にお客さんもいないので」


「実質貸し切り状態ってことだよな。じゃあ、俺は君のことも貸し切りに──」


「もがっ!! 変なとこ入っ、げっほげほぶへぇ!!」


 ゲンナジーが盛大にむせたせいで、レオニードの口説き文句が中断される。


 三角巾を被り、赤毛を首の後ろで三つ編みにしている愛らしい顔立ちの少女は――このチンピラたちの馬鹿騒ぎを、微笑ましそうに眺めている。その後ろでは、彼女の父親らしき店主の男が上機嫌でフライパンを振っていた。


「久々に元気のいい客が入ったなァ。好きなだけ騒いでってくれよォ」


「おーう! ありがとな、オヤジ!」


 店主は顔の輪郭部を草原のようなヒゲで覆われた恰幅のいい中年の男で、レオニードたちがテーブルをとっ散らかしても文句1つ言わない大らかな性格らしかった。


「かーっ、こいつぁいい酒だ! 全然足りねぇ、じゃんじゃん持ってきてくれよー!」


「んぐっ! もぇもあほはっはいむぐぇ!!」


 レオニードがワイングラスという概念を無視してボトルをあおり、ゲンナジーが食べかすを撒き散らしながら意味不明な言葉を喋っているのを、店主と娘は苦笑しながら見守っていた。


「ごめんなさいね~、やかましくって。いつもこんな感じなのよ~」


 ラムラは言葉とは裏腹に悪びれる様子もないが、素朴な町娘ははにかみながら手を軽く振って否定する。


「いえいえ、賑やかで楽しいですよ。皆さん、勇者様なんですよね?」


「そう! 俺たちは若手実力派新進気鋭古今無双最強パーティ<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>だ!!」


「ぶらっ……え?」


「<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>!」


「……とても、強そうですね!」


「いやぁ、それほどでも」


 町娘に軽く引かれていることに気づかないレオニードは、照れ臭そうに後頭部を掻く。


「この町に巣食う魔物どもも、俺らがぱぱっと退治してやりてぇけど……自警団とかいうのに邪魔されちまってね」


「ああ、自警団の方々……。気を悪くされたらごめんなさい。この町は以前も別の勇者様方がいらしたんですけど……ちょっと、トラブルになって。それ以来、勇者様によくない感情を持ってる人も少なくないんです」


「へぇ、その勇者ってのは、どこの連中だ?」


「確か、<オールアウト>という名前でした」


 その名が挙がった瞬間、レオニードとゲンナジーは同時に真顔になった。


「ゲンナジー、帰ったらあのボンボンどもぶっ殺そう」


「おうよ、アタマぺしゃんこにしてやるぜぇ」


「いや、あの……とはいっても、騎士の方だけはすごく真面目に対応してくださったんですよ。あの方がもう、かっこよくて!」


 町娘がうっとりと頬を両手で包むと、チンピラ2人は同時にテーブルを叩いた。


「勇者様でも自警団でもいいけどよ、早くなんとかしてくれんかねぇ、あの廃墟……」


 店主が窓の外を見ながらぼやく。


 廃墟というのは町の外れにある古びた屋敷のことで、そこにアンデッド系の魔物が棲みついてしまったのが、この町の悩みの種だった。

 現在は周囲に柵を巡らせて自警団が警備に当たり、魔物たちが市街のほうに出てくるのを防いでいる。が、根本的な解決は今までなされていなかった。


「……そんなことより~、あたしたち、今は観光タイムなのよね~。もっと楽しいお話をしましょう? たとえば……このワイン、本当においしいわよね~。どこで仕入れてるの?」


「あ、それはですね……」


 ラムラの半ば強引な話題転換にも、娘は丁寧に応対する。店の料理や食材についての話から、ラムラは巧みに誘導していく。


「なるほどね~。ここ、もっと繁盛してもいいと思うわ。あなたとっても綺麗なんだし、あなた目当てで来るお客さんがいてもおかしくないんじゃない?」


「えっ? いや、私は、そんな……」


 口達者なラムラが退屈そうにしていた男2人をちらっと見ると、いち早くレオニードが最高のパスが来たことを悟った。


「そうそう! お嬢ちゃん、お世辞抜きにめちゃくちゃ可愛いぜ? 男なら黙っちゃいないね」


「おっ、おっ、オレもずっとそう思ってたぜぇ! 生まれる前から!」


「え、えっと……」


「ウォッホン!」


 顔を真っ赤にしている娘の背後で、店主のひときわ大きな咳払いが聞こえる。この父親は、娘に関してはガードが堅そうだ。



 そんなこんなで、勇者パーティの名を冠した飲んだくれ集団が昼間から店で寛いでいると、閑散としていたはずの外が何やら騒がしくなってきた。窓から覗いてみると、武装した男たちが大真面目な顔で走り回っている。


「……始まったかしらね~」


 ラムラはあまり関心がなさそうに煙をふわりと吐く。


「ケェーッ! 自警団のアホどもだろ? ンな奴ら、メタメタにやられちまえばい~んだよ、ヒック」


 ぐでんぐでんに酔ったレオニードは遠慮なく悪態をつくが、赤ら顔でテーブルに突っ伏しているゲンナジーは少し威勢を失っていた。


「でもよぉー……もしもあいつらが魔物やっちまったら、オレら来た意味なくねぇ?」


「あたしは結構楽しかったけど?」


「この町的には悪くないんじゃねーのぉ? だが……それができるんなら、初めっからやってるよなァ……」



  ◆



 外はすっかり暗くなり、そろそろ宿を取らねばということで、酔っ払い集団は名残り惜しくも店を出ることにした。

 町娘は騒がしい連中に嫌な顔ひとつせず、むしろ偽りのない笑顔で見送りをする。


「今日はありがとうございました。また来てくださいね」


「おぉ~もちろんさぁ! 明日もカンコーだからよ、君の美し……ヒック、顔を見に来るぜ~」


 泥酔しているレオニードは、肝心なところでしゃっくりが挟まったのに気づかない。



 ひと気のない大通りを右へ左へとへろへろ歩いている男2人の先を、同じだけ飲んだはずのラムラは涼しい顔で闊歩する。


「……あら?」


 足を止めたラムラの視線の先には、頼りない街灯に照らされた見覚えのある顔。それは何人かの仲間を連れた、あの自警団のリーダーの男だった。


「ご機嫌よう。夜分遅くにお散歩?」


「ばっ……お前ら、どけ!!」


 男は焦燥に駆られた顔で、小粋な冗談も無視して走り続ける。その向こうから、さらに大勢の人間の影が蠢いているのが見えた。


「ウゥゥ……オォオオ……」


 前方からは喉の奥から絞り出されるような低い呻き声、ついでに後方からはレオニードが吐いているのが聞こえる。


 人間の影をしていたものは、アンデッド系の魔物の集団だった。

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