ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー外伝
俺たちはヒーローにはなれない①
テーブルの上にとっ散らかった酒瓶と、積み重なる空の皿。すっかり出来上がってだらしなくソファに身体を預ける男2人と、シメの一服に煙管をふかす褐色肌の女、そして片付けにいそしむ働き者の少年――いつもの飲み会の光景。
酔いが回ってぼんやり天井を見ていた家主のレオニードは、急に身体を起こして姿勢を正し、いつになく真剣な顔で切り出した。
「女にモテたい」
その欲望丸出しの発言は宙に彷徨ったままで、ラムラは窓辺を眺めながらふーっと煙を吹き出し、ヤーラは黙々と食器を集めている。
「いや、考えてみろよ!! 俺ら勇者だぜ!? 人々の平和を脅かすクソ魔族どもと戦い、みんなを守るヒーロー……モテないほうがおかしくないか!?」
言葉の意味がようやく脳に伝達されたか、寝っ転がっていたゲンナジーが急にがばっと起きる。
「そうだよなぁ!! オレたちはもっとキャーキャー言われてもいいよなぁ!?」
「魔物に襲われそうな美少女をカッコよく救出して……みたいなの、1度や2度はあっていいだろ!!」
「ヤーラが美少女だったらよかったわね~」
「……変なこと言わないでくださいよ、ラムラさん」
「確かに!! もしそうだったら俺は今頃美少女と同居……くぁーっ!! なぁんで野郎なんだよクソッ!!」
「先輩、死んでください」
年下から切れ味抜群の文句を返されても、レオニードの頭は女の子で満たされているため、耳に入らない。ゲンナジーもまた同様だった。
「な、なぁヤーラ。おめぇんとこのリーダーちゃんとか、金髪の姉ちゃんとか、どっ、どうなんだよっ。か、かか、彼氏とかいんの?」
「エステルさんに手出したら殺されますよ。ロゼールさんは……スレインさん辺りと仲がいいんじゃないですかね」
「がぁ――っ!! あのボンボンイケメン野郎許さねぇーっ!! オレらがこんなに苦しんでる間にもいい思いしやがってぇ!!」
「あの野郎、とんでもねぇブスと結婚する呪いかけてやるッ!!」
「きゃはははっ」
ゲンナジーが怒りのあまりテーブルを叩いてぶち壊したのを、ヤーラは慣れたように錬金術でぱっと修理する。
スレインの性別については面倒なので訂正していないが、他人事のように笑っているラムラ辺りは気づいているかもしれない。
「だったら~、女の子をカッコよく助けられそうなクエストをやればいいじゃない」
「ほう」
「ほほう」
ダメ男2人が視線で食いつき、ラムラは芝居がかったような調子で続ける。
「ほら~、小さな町とか村で魔族の被害出てるとこって、住民も困ってるパターン多いじゃない? そういうの大抵ランク低いクエストだから人気ないけど、現地の人からは感謝されるわよ~」
「なァるほど、その中にゃあちょーっと垢抜けない可愛らしい田舎娘チャンとか? 俺らみたいなシティボーイに憧れるキュートな町娘チャンが? いるってわけですかい、姐御」
「か~もね~」
期待に胸を膨らませるレオニードの傍で、ヤーラは「先輩だって北の辺境出身じゃないですか」と聞こえない程度の声で呟く。
「そ・こ・でぇ~、ちょうどいいクエストがこちら~」
散らかったテーブルに広げられた紙は、クエストの依頼書だった。
「これ、なんと町の中に魔物が棲みついちゃったパターンみたいよ~? 住民はよほど困ってるでしょうね~」
ラムラは大商人の娘らしい円滑さで話を進める。どこからともなく情報を拾ってくる彼女は、いつからか<BCDエクスカリバー>のクエストを選定する担当となっていた。
「つっ、つまりよぉ……その魔物ども蹴散らして、女の子を助けりゃあ――」
「俺たちは、ヒーローだ!!」
ゲンナジーとレオニードは揃って腕を高々と上げ、ガッツポーズを決める。ラムラはくすくすと笑い、直接の関係がなくなったヤーラはこの煩悩まみれのクエストに付き合わなくて済むことに、密かに安堵した。
◆
「帰れ」
帝都から離れた小さな田舎町。来て早々期待とは正反対の武装した男たちの歓迎を受け、レオニードとゲンナジーはあからさまに嫌な顔をした。
「この町は俺たち自警団が守ってるんだ。勇者連中はお呼びじゃねぇんだよ」
「こっちだって野郎の汚ぇツラはお呼びじゃねぇんだわ」
「何?」
レオニードがぽつりと本音を漏らすと、自警団のリーダーらしき若い男は眉間の皺をさらに深くする。
勇者といえど常に喜んで迎え入れられるわけでもなく、むしろこうやって煙たがられることも珍しい話ではない。男はレオニードのライセンスを疑わしげに確認している。
「だいたい何だよ、この馬鹿みたいなパーティ名。こんなふざけた連中、信用できるか」
「何ィ? カッコいいだろうがよ、<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>!」
「そうだぜぇ、ブラッド・カオ……カカオ? なんだっけ?」
チンピラ2人がこれ以上自警団の神経を逆なでする前に、ラムラが間に入った。
「まぁまぁ、お兄さん? あたしら、ちゃ~んと<勇者協会>で正式な手続きを踏んで、こちらの魔物を退治しに来たのよ~。そんなに邪険にしなくてもイイじゃない?」
褐色美女のウィンクにリーダーの男も一瞬ひるんだようだったが、すぐに咳払いをして厳めしい顔に戻る。
「協会だなんだはそっちの都合だろ。魔物はこっちでなんとかする。帰れ」
もちろん素直に聞き入れるタマではないレオニードは小指で鼻をほじり、ゲンナジーは頭を真横に傾げている。
「今どーゆうハナシになってんだぁ? カワイコちゃんは?」
「この臭そうな野郎が俺らに喧嘩売ってるみてぇだぜ」
「おっ!? やるかぁ!!」
ゲンナジーはノリノリで拳をぱしっと叩くが、もちろん問題を起こすわけにはいかないので、ラムラは大げさに指を鳴らす。
「そうだ、こうしましょ~? あたしたち、今日と明日はこの町を観光するわ。その間に魔物の巣が消えてなかったら~……フツーにあたしらで片づけに行っちゃうから」
「何だと? 俺たちの町で勝手なことを――」
「あらぁ、『勇者連中はお呼びじゃない』くらいお強いんでしょ~? それに、観光客を追い出すつもりかしらぁ?」
「……チッ」
クスクス笑っているラムラに、男2人は頬を引きつらせる。殴り合いの喧嘩なら自信のある2人だが、口喧嘩となると彼女には勝てる気がしない。
すごすごと引き下がった自警団をよそに、3人は相談を始める。
「カンコーって何すりゃいいんだぁ?」
「そりゃーお前、どっかの店でうまいもん食ったり酒飲んだりすんだよ」
「へぇ、いつもとあんま変わんねぇなぁ」
「この辺りって、ブドウが有名だったわね~。美味しいワインが頂けるかもよ~?」
『うおっしゃ!!』
単純な男2人は声を揃えて意気込んだはいいものの、この町の観光はそれほど心躍るようなものではなかった。
そもそも町の中に魔物の巣があるという状況で、住民が堂々と往来を出歩けるはずがない。したがって、閑散とした面白味もない町並みをただ眺めているだけという退屈な時間を過ごすことになった。
「おい……これじゃあ女の子探すどころじゃねぇぜ……。マジであいつの言う通り帰ろうかな」
「えーっ!? オレは嫌だぜ、せっかくはるばるこんなとこまで来たのによぉ! 家片っ端から突っ込んででも探してやるゥ!!」
興奮した野牛のように当てもなく走り出したゲンナジーは、角を曲がったところで一気に勢いが萎れたようによろよろ後退してきた。
「何やってんだよ」
「いっ……おっ……」
レオニードはからかうような調子で聞いたが、ゲンナジーの取り乱した様子をいぶかり、角の向こうを確かめる。
「おっ!?」
彼もまた同じように頓狂な声を発する。
2人の視線の先には、まさに思い描いていた美しい町娘が、店の前で掃除をしている姿があった。
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