第8話〈一日目②〉

 五分置いた後、前屈で暗闇から抜け出る三人を迎え撃つ者は無かった。状況は変わったが藤重の示した作戦が無難だと思い、味方発見と索敵を兼ねて、アクセス制限を確かめながら同じフロアを慎重に歩いた。人数表示からして藤重がブルーなのは間違い無く、他の四人も正直者であれば残る仲間は二人となる。

「理央さんが殺られてしまった……」低姿勢の解けない犬湖が言う。藤重の死体は置いてきたが、一般的に死体には二つの利用可能性があり、一つは物理的な盾として扱うこと、もう一つは死体を飾るタイミングや場所を工夫して敵を誘導すること、特に仮死状態を利用した術策が考えられる。だが藤重が説明したように、彼女の毒力は現時点で有する毒力を把握するだけであり、一度全容を把握した今となってはその身体に大した価値は眠らない。蘇生を使うとしてもより相応しい相手が居るだろう。

「富良に出会わしたら直ぐに入れ替えるので二人で脳味噌貫いてください」早まる佳陶にまぁ落ち着いてと言い「恐らく二人か三人グループの富良達に単騎で臨むのは危険です。あなたの毒力は今後共重要なので」無理しないように促す。一方的に毒力を把握している私達の方がまだ有利のように思う。

 口を噤んだ彼は静かに私の後に従う。この三人に取れる戦略は佳陶の位置入替より犬湖という盾を俊敏化させる程度なので、応用性を求めて色取り取りの部屋を覗く。そうして1315まで行き着くが誰も見当たらない。富良達に注意しながら折り返してイースト階段を昇ろうとした矢先、1411の部屋に入る二つの影が見えた。その内明瞭に映ったのは試合前から恐怖を伝えてきた少女、南純の破れた短パンと左右不均一な靴だった。純粋な計算で共にブルーである確率は低いが、二人相手なら負けることは無いと踏み入ることにする。

「あの子達に続いてみましょう。中に富良が居た場合は直ぐに逃げて、彼女達がレッドの場合は仲間だと嘘を吐く」犬湖と佳陶の合意を得て、扉に手を掛ける。だらしのないことにアクセス制限は無設定で、不用心を警告するように足音を鳴らした。

「…………お前ら何故ここに来た?」直ぐに気付いて翻るのはもう一つの影、金髪長身女の班辺であり、その問い方にあぁと合点がいく。同時に連れの小さい肩がビクンと跳ねてこちらを見遣る。

「仲間を探しにきました。お二人の毒力は?」分かり切った内容を確かめると二人の答えは期待を裏切らず、続いてチーム名を問えば班辺の冷淡な「ブルー」と南純の折れた首を受け、これは運が良いと犬湖達と顔を見合わせる。彼女達がブルーと詐称し、仮に富良達を含むレッドと邂逅していようと下手に分離する必要は無いし、透視で私達の一部始終を見ていようとチームの判別は出来ないので嘘を吐く必然性は無い。

「私達もブルーです。取り敢えず奥で状況整理しましょう」アクセス制限に手を掛ける時、これは意図的だったのかと気付く。透視があれば幾らでも出会いを拒絶出来るが、逃げ回るばかりでは敵陣の強化が進み却って不利になるからだ。前回を反省して油断の無いように、向かう部屋の奥は緑が生い茂る植物園の様相を呈しており、住民の趣味に歩調を合わせる。ウツボカズラの伸びる葉に腰を下ろしたら、藤重と同じ要領でまずは第一の見張りを犬湖に求める。敵陣にある偽装やアクセス制限操作を踏まえ、新たな仲間を求め奔走する彼女達に捕まらないように注意した。

 怖がる犬湖を見送った後、佳陶が藤重達と会うまでの経緯を示し、私が各自の毒力や先の事件について粗筋と考察を交えて紹介する。班辺はやはり驚く素振り無く口を開いた。

「超壁者のアタシは皆が何処で何をしたか視えていた。勿論全てを同時に視ることは出来ないし音は拾えないから抜けはあるが、大体の戦況は把握している。理央死亡に関してはどちらが味方か分からないから連絡は出来なかった」その情報の恩恵に与るチビは静かに頷く。南純からすれば索敵を、班辺からすれば蘇生を委ねて生存し得るこの二人は中々の共依存関係と言えよう。

「アタシが視てきた景色を解説すると、先んじて合流を果たしたのが理央・咏、茶堂・梁住の二組で、次に経夜佳と犬湖の合流、理央・咏への蛭間の合流、茶堂・梁住への富良の合流が同じ時間に起こり、理央・咏・蛭間へ経夜佳・犬湖が合流した後に茶堂・梁住・富良が共謀して咏を嵌めて理央を殺した。御覧の通り梁住が咏をロープで縛り茶堂が富良と堂恵門の毒力を入れ替えて、富良が偽装で事を起こした後の三人は階下へ向かい、今は0910で咏を監禁し作戦会議の様子」私達を襲ったのはやはり三人以下の面子で堂恵門の息の根も続いているようだ。監禁部屋を階下としたのは私達に見つかり辛くする為だろう。また銃撃以外の攻撃は無効と言いながら道具の利用は有効であるらしい。そして犬湖との合流は視られていたと。

「他のプレイヤー達は?」

「玉と麻倉は既に合流して0309に居たが……今は四階の廊下を巡回している。沢城は1705に籠城し分体を一階から順に巡回させているようで、分体は現在0215の前。玉達と合流するのも時間の問題かもしれない」察しは付いていたが例の引き籠りは沢城だと分かる。地面に目を凝らし実況する班辺は現実ならただの危ない人だが、現実にも持ち込みたい毒力の筆頭だと思った。

「透視は何処まで視えるんですか。例えば私の仮想心臓の血行は診察出来ますか」

「ゲームワールドの範囲内であれば何でも映るが人体の内部だけは例外みたいだ」嘗ては接触の概念さえ無かったような身体の秘密に迫れると思ったが、知識は血の色に留まった。以上の話が本当だとすれば現在レッドは皆私達の階下と分かり、今の内に最上階を占拠するのも一案だが、分体を含めれば二名多い敵の合流を阻む方が重要かもしれない。話の信憑性を確かめる為に「班辺さんのここに至る経緯を教えてください」と尋ねる。

「アタシの生まれは1612。毒力を確かめて近所を順に覗いたら、最も近いのは2015に居る南純だと分かった。他の奴らは放っても勝手に他者との衝突に向かうけど、彼女は部屋の隅で一人蹲っていたから無害に見えて近付いた。アタシと違ってただアクセス制限を忘れた扉を潜って聞けば、攻撃手段を持たない墓掘者だから腰が引ける、あるいは最上階だからいずれ誰か来るのを待つのかと思ったが、単に性格の問題で尻込みしていたらしい」的確な診断を受けた彼女の表情は今にもゲームから脱落しそうな程弱々しい。確かに藤重の不様な姿を見れば、痛みが無いとはいえ死の予行演習に乗り気にはなれない。

「合流した後はまた様子を窺い、徐々にチームが作り上げられるのを視ると南純の腕を引っ張って階下を目指した。そこで十三階を巡回する三人組が視えたから仲間かどうか試してみた訳。だがこれでチーム分けが確定したようだね。面と向かって嘘を吐く憂慮が避けられたなら安心した」超壁者が初めに取るべき選択は全体の観察であり、消失者や虚飾者、対偶者、転場者、序に墓掘者や一蓮者の毒力が振るわれた際にはそれを安全圏から把握出来る。ある程度毒力や行動パターンが割れたら害の無さそうな者に当たれば良い。

「富良達ではなく私達との接触を図ったのは何故ですか」

「近くに居たという単純な理由の他には、堂恵門の偽装を熊視が使ったことから盗毒者または換毒者が確実に存在する相手に向かい、万が一透視を奪われるのを厭ったから。結果的にこうして盗毒者を目の前にしている訳だけど」藤重を失った三人への同情は皆無のようだが、早く班辺が仲間となれば富良に騙されるどころか、寧ろ利用さえ出来ていたのに。

「この五人の中で怪しい香りを放つ者は居ますか」皆の心の底にある疑いを言語化した。

「アタシの視界ではこの面子に特別不穏な行動は無かった。コイツの挙動不審を除いて」頬を抓られた南純が涙目で足をジタバタさせる。二人に赤が混じる可能性は零ではないが、一先ず超壁者と墓掘者が協力関係に加わった状況は喜ばしい。今のレッド三組の狙いは一様に仲間との合流であり、富良達と沢城の分体が出会う場合は毒力応用性が一気に高まるので危ない。とは言え沢城の部屋には入れないし富良達と正面から戦うのは余計な血が流れそうだ。

「どうしたものか……」回転の鈍る頭を見張りから戻ってきた犬湖が覗き込む。事のあらましを伝えようとすると、「……不味い」何か異変を感じた班辺が言う。

「富良のグループに高橋が合流した。0910の前に不意に彼が現れた」高橋の存在を忘れていたのは迂闊だが、その理由は恐らく透視でも視認不可の透明状態をゲーム開始直後から続けていた為だ。何処かのタイミングで富良達に近寄り、彼女達がレッドであることを確信して棄毒したのだろう。

「敵の人数と応用性が増した。このまま彼女達の勢力拡大を待つ?」自身の毒力が無敵ではないと知り、虚勢混じりの強気を吐き出す班辺。だがこちらも次の行動を取る条件は揃った。

「沢城を監禁しましょう」


 時刻は十四時二十分。外の仮想世界住民は布団を被ってヒプナゴジアだろう。

「……作戦はこうです。初めに私が毒力奪取で班辺さんから透視を貰います。次に透視で見つけた沢城から毒力奪取で分身を奪います。盗毒された沢城は恐らく謎の解明に外へ出るので、1705の前で待ち伏せて銃を突き付け、ここに生えている頑丈な蔓か何かをロープ代わりに拘束する。下手に動くと敵に見つかるので監禁部屋は近隣で良いでしょう。分身を奪う目的はレッドの合流の防止に加えて今後の作戦への利用があります」班辺と相見えた時から温めていた案を投げると彼女は疑心暗鬼を表す。

「透視のまま盗毒出来るのか?」

「分かりません。ですがもし可能なら最強の応用毒力です」盗毒は棄毒を要さないので判定次第では十分可能性はあると考える。茶堂君の毒力入替や富良の偽装も喉から手足が出る程欲しいがまずは一人を潰そう。

「言うは易しなので一度実験してみましょう」少なからずリスクのある班辺は顎を触るが抗議は挙がらない。了承の合図と踏んで「盗みます」初めての毒力行使に出る。傍から見れば変化は認められないが、目を凝らすと視界全体が色彩を失った。凹凸感のある黒と物体の輪郭を表した白線が広がり、脳味噌を傾けると前後左右に進んだ。目下に居る富良達に迫ると、確かに誰が何者かという分別や唇の揺れによる多少の読唇は出来るが、アバターの内臓や銃弾の色までは解き明かせない。一人足りない様から再び消えた高橋を探していると、ソファの横に彼らしき輪郭が浮かんだ。

「消失者は一定以上近付くと視えるようです。超壁者の特権ですね」この調子で班辺の知らない世界を視てやろうと部屋を出れば、0910の扉の輪郭が赤に染まっているのが映り、他にも私達の部屋を含めて所々に青や赤の異色が視えた。アクセス制限の視認、構室者対策まで出来るのかと耳を向ければ「これで敵の巣は避けられる」班辺が同調する。ゲームラインを確認し今の内に全ての部屋の構造を眺めておこうかと考えたが、二値化された世界は想像力が追い付かず、時間も無いのでざっと見回すに留めた。

「これでも使えよ」本題に入ろうとすると、見張りから戻ってきた佳陶から睡蓮の葉が差し出され、目元を隠して正面の闇から彼を見透かす。神経を曇らせながら第一のスイッチを念じ、パネルを確かめると『位置入替』の文字が表示されていた。

「やりました。透視と毒力奪取の応用は可能です」実験の成功報告に犬湖や佳陶は「こりゃ強い」と歓喜し、南純の微妙な顔さえ明度が増す。私はパネルに気を配りながら佳陶の方を一瞥し「話の途中ですが見張りに行ってきます」戻ったらその後の作戦を伝えることにした。班辺については無視して良いだろう。しかし考えるべきことが多い。本来は創作のことだけを考えていたいのにと不満を残し、見張りの時間に精を出した。

 十分後、少し戻るのが遅くなったが四人はそれどころではないらしい。何やら誰かが迷い込んできた等と意味不明なことを言っているが、藤重の亡霊でも見たのだろう。

「それより作戦の続きです」班辺の顔をまた一瞥して仕事終わりに指揮を執る。

「まずは分身の性質を押さえます。対偶者が分体を派遣し本体が引き籠るメリットとしては、相手が敵の場合にはローリスクで情報が集まり、撃たれても本体は無事であるのに対し、分体を派遣せず本体が外出するメリットとしては、本体と分体の連携による戦略立案、特に分体の陽動による敵の弾数削減、構室者対策、分体に仮想銃を持たせる場合と異なりそれを失うリスクが無いことが挙げられます。対偶者は超壁者と同様に初めは籠城するのが得策であり、敵陣の勢力拡大や構室者の到来に備えて分体を派遣し仲間を見つける必要があります。透視と違って視覚以外の情報を得られる分身や透明化は一見無敵に思えますが、相手に接近しなければならないリスクを考えれば性能に大差は無いです」要らない班辺のフォローを交えて捲し立てる。

「これを踏まえて私が思い付いたものは」戦略の概要を伝えると「……成功するか不安だけどやる価値はありそうだ」班辺は私と同じ心中を吐露してくれた。「面白いと思う」犬湖は意外に積極的で「悪魔の発想だな」佳陶は苦笑いで称賛する。凡その合意が取れたという訳で遠隔盗毒に出掛けよう。

「今から1705に全員で向かいます。五対一なら確実です」そう決起するとイースト階段を昇り十七階の廊下を忍び歩く。現場の前に着き、盗毒した透視で玩具に溢れた子供部屋を掻い潜ると、暇なのかスクワットに励む沢城の輪郭があった。仮想世界で鍛錬する男子は魅力的なのか馬鹿にされるかどちらだろう。それはどうでもいいとして。

「盗毒しました。私は念の為後ろに控えます」パネルを確かめた私は試しに毒力を使うと、鏡写しのように寸分違わない複製が生まれた。その理知的な姿に見惚れている間に、仲間は銃を片手に扉の左右に張り込んで獲物を待つ。すると一分経って毒力を失ったことに気付いた沢城が鼠捕りに引っ掛かった。その額に流れる汗は自分の置かれた状況から冷却化され、「何で」消えそうな声で運命を嘆いた。

「動いたら殺す」班辺の鋭い眼に泣きそうな彼の腕を固め、例の蔓で四肢を縛り勿論懐の仮想銃は没収して弾の補充に一役買った。1704が空いていたのでその六畳一間に放り込み、暴れないよう電子レンジを膝上に置いて固定しアクセス制限を掛けた。敵が最後の一人となればまた会いに来ようと振り返る私に犬湖と佳陶は一歩引いたが、南純は泡でも吹きそうな顔で何よりだった。

「咏が同じ目に遭っていないと良いが」言いながら透視の回帰を思い出した班辺が辺りを見渡す。無事に一人を無力化した興奮の冷めやらぬ間に「おい、富良達が1310移動したぞ」彼女が遅れた事実を告げる。もしや私達の居場所がバレていたのではないかと危ぶむがそれならそれで結構、私達の計画には支障無い。

「予定通り、玉ちゃん達の元へ向かいましょう」


 とは言え五人で圧迫面接に臨むのは情に反し、私一人でウェスト階段を踏み締める。下層を巡回していた睡府・麻倉は六階のウェスト側に居るようで、到着した時には0608前で周囲を警戒していた。堂々の登場は怪しまれるので頭を露出すると麻倉君が指を指した。

「オイ、あんたはどっち側だ?」ゆっくり距離を詰めると今や詰まらない応答が開始される。

「レッドですが玉ちゃんは?」答えると脇腹から手を離して見合わせる。

「お前~本当に仲間か~?」蛇影を飲みながらあたし達も同じと言う。毒力を訊かれれば「私は毒力奪取です。証明し辛いけど」半分素直に答え、「あたしは神盲者」「オレは解毒者」真実が返される。

「ガキんちょ、一回静香を解毒してみろ。虚飾者か対偶者の場合は嘘が見抜ける」口調に反して抜け目無い彼女に少年は応じるが、「何も起こらないッスね」変り映えしない私に多少の安心を得た。棄毒が済んだらそんな彼女達の後ろにもう一人の私を刹那実在させる。やはり毒力無効化は盗毒状態や換毒状態を解除し回帰させる訳ではなく、ただ使えないようにするものらしい。睡府が言うように解毒者が対偶者の分体を解毒することで分体が消える可能性はあるので、本体で訪れてみた。しかし棄毒の可不可の他には毒力奪取が毒力無効化の上位互換である気がしてならないが、弱ければ寧ろ狙われにくいという利点はあると思った。

「玉ちゃんズはここで何を?」分かり切った事実を、班辺の証言と照応しながら二人の口から確かめる。「静香は?」問い返す知見の狭い彼女達には「仲間が居るんです。今は各自単独で新メンバーを探索する最中です」と嘘交じりに経緯を説明する。人数的に後のことを考えれば藤重と堂恵門の件は隠し、富良達の悪行を改変して伝えた。

「犬湖に偽装して『嘘だよ馬鹿』と言ったんですよ。普段からあんな人なんです?」怒りが蘇るとつい声が大きくなり、幼心に地団駄まで踏んでしまう。

「クマミンか~アイツが敵だと厄介だな」睡府は作り話のリアリティに溺れ、事実の一部を切り取れば印象操作は訳も無かった。暫く井戸端会議を楽しんだ後パネルを見ると、どうやら良い頃合いらしい。二人の眼が逸れた序に気分をリフレッシュして会話を続ける。これで準備は整った。

「部屋に入ろうぜ」寒気を感じた麻倉君が言うが、「もう直ぐ皆が来るので廊下で待ちましょう」と言って止める。

「その仲間とやらがグルでウチらを殺す気じゃないだろうな~?」覗き込む睡府には「だったらとっくに殺していますよ」と言いかけた口を噤んでかぶりを振る。外に向き直り、開き放しのパネルには再三の連絡が来る。さてどうしたものかと隣に微笑んだ。

 パァンッ。すると何処からともなく銃弾が走った。誰が撃たれたのかと映すその手元には、脳天由来の黄色い雨が注がれていた。あぁ死んだのか、意識の切断された女はその場に倒れる。「認知の外から撃たれたら」今は亡き者の言葉が蘇るが後悔は先に立たない。臨死体験もゲームの世界ならではだと他人事のように思って頭を上げれば、そこには犬湖が居た。

 死んだのは犬湖。私が硝子の縁からその姿を確認すると、「上手くいったな」班辺が笑い残り二人は感動を表現する。それらの視線の手前には高橋の死体があった。

 作戦はこうだ。私と班辺達三人は別行動を取り、班辺達は十七階から六階へエレベーターで向かい、着いたらその場に隠れ私達を把握する。私が単騎で向かう理由は二つあり、一つは敵が標的を絞りやすい為、もう一つは嘗ての五人と今の追加二人を認知した茶堂君達が睡府達のチームを判別するのを防ぐ為というものだ。睡府達の元に着いた私は敢えて大きな音を立てて茶堂君達を誘導する。彼らは恐らく高橋を視察に向かわせるので班辺が彼を監視し、ある程度近付いたら佳陶の位置入替により私は分体と念の為入れ替わる。相手が三人以下と劣勢で、敵だと確定した私を狙う為に他のメンバーを連れて来る可能性を踏まえ、透明化した高橋による銃撃を待つ。班辺の透視、あるいは透明化されない仮想銃の観察により高橋が引き金を引くタイミングを見計らい、私の分体と犬湖の位置を入れ替える。一蓮者をヘッドショットした高橋は倒れ、犬湖と私の分体の位置を再び入れ替えた上で分体は消去し、死んだ犬湖を南純が蘇生する。状況の読めない茶堂君達は闇雲に特攻するか大人しく引き下がるか、前者の場合はエレベーターで上を取り後者の場合は放置する。

 作戦の目的は二つあり、一つ目は茶堂君達の邪魔が入り辛い状況で厄介な毒力を持つ高橋を確実に殺すこと、二つ目は茶堂君達がヒールを演じることで睡府達を仲間に引き入れやすくなることが挙がる。南純の蘇生を消費し犬湖の残機を一とするリスクはあるが、視えない消失者を序盤に摘めるのは嬉しい。睡府達は利用し尽くした上で油断した所を殺そう。更に言えばこれでチーム内の信頼性は鰻上り、最早ブルーを疑う者は居ない。執筆で鍛えた発想力より一石で何鳥も射止めてしまった。

「アイツらがブルーだ!」茶堂君と梁住の姿が見えたので、睡府達が振り返るように大声でレッテルを貼る。「茶堂君久しぶりぃ」揶揄を込めて何発か撃つと二人は何処かへ消えた。彼らも派手に攻めれば睡府達に警戒されるので、不意打ちで私を殺し銃弾を広げてブルーだと示すつもりだったのだろう。舌戦を交わそうにも「お前らがブルーだ」という子供の喧嘩に終始するのは目に見えるから。

「熊視はまだ監禁部屋に居るな」班辺が言うように、最も撃ち抜きたい顔面は現れなかった。私達のように捕虜を上手く拘束出来ていないのかもしれない。消失者が居れば一人足りずとも対処可能と過信したのだろう。まだまだ甘いね、茶堂君。

 エレベーターを出て、高橋の亡骸を拾う。抗争に巻き込まれた睡府達は緊張を解かない。後で彼女達には作戦の流れを伝えよう。その方が信頼を高めるだろうから。

「死ぬのって怖いね……」蘇生した犬湖が私の肩に寄り掛かった。


 ――Blue:6 vs Red:6――

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メタ小説家の自殺 沈黙静寂 @cookingmama

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