第4話

「ぎゃはははははは!あいつら付き合っているとか!」仄暗い空と橙に霧散する提灯の光が駆ける街の真ん中、開放的な構造に飲まれながら兎姿の小娘が叫ぶ。その横ではガーガーピピピとロボット紛いが蕎麦を丁寧に掬い上げる。外からの笑い声は降り止まない。こんな空気を吸ってしまえば体調不良は必然のことで、さぁどうしてやろうかなと思考を働かせた。


 土曜日。メタ小説家集会所へ二回目の登場を果たしに行くと、前回のメンバーに加えて知らない顔が三つ机上にあった。

「いらっしゃい~。おぉ早速付けてくれたんだ。最高~」常駐する睡府から迎えられると、その内二人が振り向き、一人は反応があるのか無いのかはっきりしない。

「アイラ、例の新人ちゃん。挨拶して」塗枝が手を伸ばすのに合わせて、アイラと言うらしき兎を模したアバターの白い両耳が捻じ曲がり、フードの隙間から淡紅の髪が垂れる。何やら再び呼び覚まされた遭遇経験と彼女の声が同調する。

「やれやれ面倒臭いな。あたしはアイラ。驢馬島ろばしまアイラ。どう?可愛いだろ?」塗枝の側から私の元へ飛んでくる野生児。

「初めまして」は省略して「誰がですか?私のことですか?」を「可愛いです。ビアトリクス・ポターに引けを取りません」に置き換えて無難な反応を与えてみる。

「普段何書くの?詩?小説?エッセイ?」用意はしていたが初めて問われる内容がいきなり来た。

「どれも書きますけどメインは小説です」

「ジャンルは?」

「特に無いですけどミステリーやホラーが多い、かな」

「ふぅん。じゃあ気は合わなそうだね。あたし恋愛物が好きだから」あ、エロは無理だけど、と続けて言う。この世界でも一地区に一人は必ず居るだろう馬鹿正直者が発見された。恋愛なんて要素に過ぎないだろ。棘を伸ばし切った彼女は塗枝の前に跳ね返り、「新人って何かムカつくよねぇ」と感情の共有を狙う。「あたしはSFしか書かねぇ~」と言う睡府と茶堂君は憐れむような表情をくれた。

「こんちは。麻倉あさくららくッス。宜しくッス」次いで挨拶してくるのは茶堂君や私より少し高い程度の身長と近未来風に光るジャージ姿、サッカー部に所属していて可笑しくない男らしい少年。当集会では少数派である男子同士、茶堂君の隣に座って片脚を椅子に上げる。

「女子らしさがメインストリームの環境で男姿は狭苦しくない?」

「俺らは現実と同じ性自認で居たいし、案外この方がモテるんだぜ。なぁ清」

「うん。さっきも声掛けられて撒くのがしんどかった。僕には……あ」そこで縮こまる彼の腕。この餓鬼共、無垢な面して私より大人の階段を先んじているではないか。そこまでは言わないけど、この世界にて見た目で判断するのは御法度と肝に銘じた。

 以上二名とは何とか意思の疎通を果たせたが、残るモノはオブジェクトかと思えるような体躯で驢馬島の後ろの壁際に立つ、寸胴で白い家電製品を思わせる人型機械。パネルを見れば「留守森るすもり衛千えいち」としっかり示され、未知のウイルスやハッキングでない限り元人間であると分かる。茶のポットを手元に抱えて直立し、「お茶頂戴。ホットね」カップを差し出す藤重の要望に手だけを操作して応じる。嘗ての女性の立場が思い起こされ、「機械の淹れた茶が美味いんだよ」と言うつもりで近付いた。

「あの、喋れますよね……?」周りにも確かめるように問う。

「ガガガガガ…………エイチルスモリ、だよ?」ノイズがローディングを合図した後、彼女と呼ぶことにするとした彼女は不動から上半身を傾かせた。急に動いたものだから「おおわっ」仰け反る私に塗枝が小さく笑う。

「どうも、ヘヤガシズカサン。フレンド申請致シマシタ、よ?」淡泊な自動音声と藤重の声を一段高くしたようなアニメ声の混合が示すように、近付いてきた人間には毎度こうしているのだろう。上下左右から何用か分からないケーブルを伸び生やし、筒井の頭で見えなかった胸元には黒をバックに「仮想世界終了まで残り『31164489秒』」と表示される。数値は忠実に減っており、私が怪訝そうにしようと皆自然体なので子供の悪戯に等しいようだ。

 見渡すと大方のアバターが前回から変化無い中、筒井だけは栗皮色の三角帽子とボロのドレスへ衣装替えしていた。頻繁なアバターチェンジは初心者臭いと嗅がれるだろうか。

「皆来たね。今日も十三時半から演劇に向けて練習します。明日は本番、最高のイベントにしよう」塗枝が仰々しく音頭を取るように、フレンドリスト内にある「所属集会」欄にて予定は連絡されていた。現在十一時、集合時刻が意味を為さない程の価値が拾われる居場所。

「演劇とは具体的に何をするんですか?」送信された企画詳細の字面ではピンと来なかったので、手近な入江に訊いてみる。

「一階のイベント会場にお客さんを入れて、私達は演者として舞台上で演じたり舞台裏でサポートしたりします。閉演後は脚本家によるアフタートークと記念撮影、次回イベントの告知が為されます。今回は経夜佳さんを除くメンバー全員で藤重の書いた脚本を演じるので、経夜佳さんは客席側から見栄えやお客さんの反応等を見ていてください」

「藤重さんはどんな話を作られたのでしょう」

「別世界に拉致された少女が科学的知識を用いて戦争に勝利する話です」

「はぁ。これも審査で選考されると?」

「いえ、メンバー内のローテーションで決まりますので、経夜佳さんもいつか担当する日が来ます」

「景子の回は見るに堪えなかったな~」睡府が項垂れると「何言っているの。主人公の両脚が吹き飛びながら元恋人の墓前を目指すシーンは最高だったしょ」藤重がフォローし、私の頭ではそれを演技する様は想像出来なかったけど、居合わせただろう茶堂君は藤重の発言にうんうんと頷いている。未読メンバーの中でも留守森と塗枝の作品性は気になったので、本棚から漁って読んでみる。留守森はやはり展開が存在しない文字の羅列だったが、塗枝は短編を読んでみる限り悪くない構成であり、この中で最も秀でた感性を持つのは不覚にも塗枝と言えてしまった。

「壱九のヤツが理央っちに次いで評判良いんだよな~」睡府の不満あるいは賞賛を塗枝は「菫さん、茶堂くん、静香ちゃんの劇作が楽しみね」さらりと躱した。驢馬島は藤重に寄り掛かりながら、茶堂君と麻倉君は隣り合い持ち運び型のゲームを遊ぶ中、視線の交錯を観察してみると今日も入江と塗枝をチラチラ見る茶堂君と、麻倉君の発言に反応する筒井の姿があった。

「リーダー、例のイベントがあるので一旦席を外します」漸くまともに口を開いた筒井は読み掛けの本を閉じて起立した。

「あ、あたしもあたしもぅ」驢馬島が呼応するのに合わせて藤重も席を立つのは、何か著名な企画事であるからか、日陰者が口数に似合わない信頼度を寄せているパターンなのか。何にせよ暇を持て余した際には外の空気を吸おうと考えていた私は丁度良いと思った。

「……私も付いて行っていいですか?」先立つ背中に後ろから投げる。

「3857よ。テレポートするから付いて来なさい」藤重がそう言って差し伸ばした手に、驢馬島は特に嫌悪すること無く私の気兼ねも無い。

「茶堂君も行こう?」咄嗟に浮かんだアイデアとして、話し相手に困らないようにサンドバッグを連行しようとする。

「え……楽、どうする?」

「あー良いよ、一人でレベル上げておくから」

「じゃあレッツゴー」話が決まれば彼の二の腕を散歩するように引っ張り「痛たたた」と満足気な子犬と半ば無理矢理階段へ向かう。

「あたしらはパス~」見送る睡府、入江、塗枝の先輩達には「ガガガガ……」大抵のアバターなら片手で一捻り出来そうな留守森が付いているので、安心して外へ出た。

 サウスウェスト方向へ約三百回テレポートして、お目当てらしき会場に着いた。開かれた土地に限定グッズと銘打つ商店が並び、奥へ行けば堂々と伸びるランウェイとその左右に置かれた観客席がある。看板の主張を汲んであげれば、これは定期開催の新作ファッションショーであると窺えた。

「菫さん、こういうのが好きなんだね」勇気を出して話し掛ける。

「ここのメタコスクラブに参加しているから」恐らく服飾を扱う集会の一般名詞か固有名詞だろうが、気怠そうな彼女が掛け持ちサークルしているとはまたも期待を裏切られた。週に一回座禅を組む集会ならば私も晴れやかな気持ちになれたのに。

「チケット制ではないんですね」

「イベントによっては入場や滞在時間に応じて有料となるものもあるわ」藤重が言う。

「いざとなれば茶堂君が立て替えてくれるよね?」

「嫌です」夫婦にしては犯罪臭のする漫才を観覧する気の無い藤重と驢馬島は手を組んで先へ進んだ。私達も席に着いて待機していると、司会の挨拶を皮切りにジャズ調の音楽が客共を包み、街中には現れない奇抜なアバター達がウォーキングしてきた。彼女達は意志ある人間なのかと疑ってみれば確かに表示はあり、こちらを向いてウインクしてきた。今申請したらどうなるだろうと早まる悪戯心は抑え、横を見れば筒井は切れ長の眼を輝かせていた。私には理解できないけれど舞台上への強い憧れを抱いているようだ。

 四十分という割合短い上演を終え、人混みに紛れながら私達もその場を後にした。

「折角だからあたしの友達が経営する美術館に寄る?」振り返って私を眼中に藤重が誘ってくれた。極力明るい声を生み出して頷いてみる。

「菫は?」

「……行く」驢馬島の同行は確認さえ取らず、本人は「やったね、えいちゃんに会える」と湧き立つ様子。さっきからベタベタと澱粉糊のように絡み合う藤重と驢馬島は、似た者同士仲が良いらしい。差異としては藤重の方が害意控えめであるように感じる。

 引き返す方向へテレポートし3720に至り、藤重に導かれるまま紫のピラミッドにカラフルな球体が群生する建築の中へ入った。先陣を切る二人が先程名前の挙がった何者かと出会い、わーきゃーと立ち話を始めたので、残る三人は館内を歩いて回ることにした。

「何故入江さんのことが好きになったの?」筒井が離れた瞬間に年下男子を揶揄うことにした。

「そんな、ま、まぁそうですけど…………現実の初恋相手と雰囲気が似ているんです」茶堂君の惚れ事情を要約すれば、初めて出会ったのは集会所ではなく転入直後、路頭に迷っている時に優しく案内されて恋を自覚したと言う。

「でも、塗枝さん、いや、塗枝壱九が邪魔なんです」続けて彼の奥底にある本心が露呈する。ほう、塗枝が邪魔と。

「入江さんの側に居るから?主客は逆だろうけど」

「そう、逆だからこそ困ります。景子さんは塗枝壱九の活動補助に囚われて、僕の存在に目を向けてくれない。あの人が居なければ僕のロマンスは叶っていた」そう熱弁する姿からして執筆はオマケ程度に扱うようだが、私としてはその方が付き合いやすいと思った。

 展示に戻ると、合計三百点以上はあろうという作品の下には、現実と同じように作者や制作年が記載される。作品を大声で批判する女子高生風のアバター二人に共感しながら、得られた感想としては、肝心の絵やスカルプチュアに大した魅力が無いのは予想出来たとして、画の要素が強い仮想世界に美術館を設けること自体は良い試みだろう。しかし単調な黒壁に等間隔で置くのは、作品の尊重に当たって寧ろマイナスになる。そこの所分かっているのかねと思いながら適当な頃合いで戻り、館長らしき女から「どうでした?」と選択肢の少ない問いを貰う。

「良かったです」と嘘を吐き、「他にも美術館はあります……よね、多分」と訊けば「沢山あります。Qwi_0etbnは少ない方ですけど」と言うように、全世界の絢爛を知るには狭過ぎるワールドだけれど、料簡の狭い私はまぁいいかと面倒臭がった。

「戻ろうぜ。理央劇場を早く完成させたい」驢馬島の合図で定刻通り集会所に戻った。

 そこから夕暮れ時に掛けて演劇練習や会場のセッティングが行われ、前者の間は脚本を読みつつ日常と変わらない視線で観察し、藤重、塗枝、睡府等から求められればチェックをし、後者では存在価値を高めようと皆より働いた。

 一通りの作業が終わったようで、ここらで御開きかと思いきや「じゃあいつもの店で集合ね」と塗枝が言い始めた。皆も「あぁ疲れた~」「あんた一番楽だったでしょ」等と雑談しながら了解事項として受け止める。

「もしかして前夜祭、飲み会ですか?」

「そう、静香ちゃんも行こう。不鸞と犬湖ちゃんも呼んであるから」飲みの習わしはこの集会でも例外ではなかった。二人の名前に正負両者の感情が押し寄せてきたが、正なる道を信じて突き進むことにした。入江と睡府は「夜まで宣伝情報流すからいいや~」と言って留まり、茶堂君と麻倉君は女子比率に慄いたのか「俺達はここで」と言って帰ってしまい、私は最弱の地位を奪還する。

 先に訪れた歓楽街へ着いて、外から丸見えの居酒屋の前で待ち合わせする。

「やぁ皆久し振り。お、静香ちゃんも」落ち着かせた犬湖の姿が見えれば、やはり心が安らいだ。直後塗枝の前に接近し「今日はどんな人が来た?」と言った私の付け入る隙の無い話をする。「明日絶対来るわよね?」と割って入る藤重のようにはまだなれない。

 不鸞は遅れると連絡があったようで先に飲み放題し不鸞のツケにすることにした、とすれば殴られるのは明白だ。敷地に踏み入り八人を収められる大座敷の一角、四人用のテーブルを二つ合わせて着座する。配置は上手に筒井・藤重・塗枝・能良、下手に留守森・驢馬島・私・不鸞となり、望ましくないペアが正面に構えることになった。

「不鸞はまだだけど……改めて明日は本番。イベントの大成功を祈って乾杯!」この後誰か死にそうな勢いでグラスを衝突させ、酒が飲めない私は甜瓜色と蜜柑色が対流する仮想ソフトドリンクを掲げた。テーブルには身元のはっきりしない肉や平面の重層が並び、女子会も進化したものだと感心する。飲食の場に似つかわしくない留守森は「イヌコサン、ハイボール、注文シマショウカ?」と私よりリテラシーが高いことを証明した。

 最初は「静香ちゃんメンバーになったんだよ」等と私への関心が窺えたが、話の不活性を察すると旧メンバー秩序が回復され、他の界隈を対象にした人間関係、特に恋愛について盛り上がり始める。驢馬島、藤重、塗枝が中心となって段々と劈くような声を出す。犬湖もそれに乗り掛かって「えぇ、あの二人は友達だと思ったのにぃ」酔った唇を揺らす。同類はどうかと見遣る筒井も隣の藤重とブツブツ話しており、「はぁ」聞こえないように溜息を吐く。

「待たせたな、悪い」願っていた人物が遂に到来すると、不自然を承知の上で席を移動し温めた座布団に不鸞を座らせた。兎の鳴き声が煩いから。

 制作の不鸞、広報の犬湖、企画の塗枝と私にとっての姉貴分三人が揃い、集会会議やらのクリエイティブ色を帯びるのは束の間、「絵野えのの奴がまたフラれてよ」兎が言うと「本気?」不鸞があちら側へと行ってしまった。このまま収穫無しは不味いと思い、「塗枝さんの部屋はアクセス制限あるんですか?」酔った空気に便乗してこれくらいは訊き出そうと思った。彼女曰くレベル三に設定しているようだが「こういうのは外で聞くモンじゃないぞ」あくまで冷静な不鸞に注意され、「す、すみません」謝っておいた。

 酔いが進むにつれ口調が過激化し、犬湖は塗枝の方へ寄り掛かる。この時、私の頭はブツンと切れた。「私はここで」という一言が生まれない中、不鸞の視線が感じられた。

「よし。一次会はそろそろ終わりにしよう!二次会行く人は?」二時間経過した頃、塗枝は熱の冷めない女達を仕切る。私は勿論、「明日仕事だからよ」と言う不鸞と頬の赤みから仮想アルコールの効果を伝える筒井はここで離脱することとした。犬湖のことは心配だけど監視する余裕は無かった。

「明日のイベントオレも行くから」そう言い残す不鸞とは途中で別れ、「わたしノース側だから」と言う筒井とは帰宅方面が被ることが分かり、二人で一緒に飛んだ。同類ではなかったけど、無言が許される相手と夜を駆けるのは楽しかった。

 はて、どうしようか。

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