第3話

 最初の犬湖との行路を一瞬だけ横切って、「ここ」と不鸞が止まった座標は2389、サウスウェストのノース寄り地区だ。前回訪れた繁華街よりは落ち着いた雰囲気の中、カジュアルなアバター衣装が売られる店の隣に『メタ小説家集会所』と九十年代の風俗店のような色合い、もしかすると今もひっそり残っているかもしれないそのロゴで描かれた看板があり、建物の内容物に分かり易さを与えた。肝心の面構えは白い外壁と白と翠色による縞模様のオーニング、硝子という体裁の入口からは既に本棚のような褐色が覗けた。そこらにあるカフェとの差別化は図れていない。

「これが当ワールド唯一の書店兼物書き集会所。中に入ってテキトーに話し掛けてみな。オレはその辺り回っているから」不鸞はそれ以上の説明を加えること無く、後ろを向いて自由放任の舵を切った。あっ、と口にはしたが、歯科医を恐れて親に同席を求める子供のように彼女を引き留めても仕方ないと思い、決意をしてドアの前に向いた。確認されるのは立ち読みする客一人とテーブルにコーヒーカップを乗せた一人。

 人生初めてとなる自分が身を置く界隈との交流。緊張症に飲まれて唾が行き来するのはこの世界でも同様だ。一体いつ振りの一対多の状況だろう。創作論を語り合う余地は小説や詩において全く無いので、話すネタとしては好きな作家や話題の新作くらいだろうけど、無関係な話で盛り上がることもあるのだろうか。小説家なんて集まることが嫌いな奴等が逃げ道として至る名目なのに、ポピュラーなアバターでペラペラ駄弁を貪る姿を想像すると、落ちたもんだと文豪共に叱られるのが道理だ。私はどちらの側にも付く気は無いけど。

 自己紹介だけ準備しながら入口のベルを鳴らし、図書コーナーを左手、カフェ紛いを右手に進んでみる。何故か抜き足差し足で様子を見るが、一階には二人以外に気配は無かった。「…………行くか」奥の階段を吐息から上ってみると、重複した話し声が聞こえてきたので愈々かと脚力を強めた。

「それで一拍ズレていてさぁ…………あ、いらっしゃい」上がり切って露わになるのは、私に微笑み掛ける最奥の女とそれを囲うように座る三人。部屋中央には流行りのオフィス空間のように広い机があり、奥にはピンクや薄緑を基調とした華やかな街を映す窓とカレンダー、マップ等の雑多な情報を扱う品々、周りには一階と同じ見た目で配列の異なる本棚が林立し、フローリングとシャンデリアがそれらしく演出する。

「ど、どうも初めまして。経夜佳静香と言います」私が声を振り絞るのと同時に、横からニョキニョキと二つが顔を出してきた。「あらら御機嫌よう」「おぉ~初めて見る顔~?」水色と青が目立つそれぞれが傾いた身体から言い掛ける。

「メタ小説家集会所へようこそ。ここは集会メンバーが適当に雑談したり企画を練ったりする場所。お客さんフロアは一階だけどお間違え無い?」奥の女から丁寧な案内を受け「は、はい」軽い気持ちで入って良かったのかと今頃思った。

「それなら好きな場所に座りなさい。静香ちゃん、ね」パネル開きは相手よりまた遅れ、フレンドリストに新たな名が加わる。この世界では一度に行うべきことが多い。言われた通り階段最寄りの椅子も空いていたが、自然さに配慮して男子の隣に座った。

「アタシは塗枝ぬりえ壱九じゅうく。ここの集会リーダー兼店主兼イベント主催者。転入してきて間もないだろうから、集会についても全体についても分からないことがあれば遠慮せずに訊いて頂戴。ほら、皆も自己紹介しなさい」何故新参であるとバレたのかは在仮時間の公開によると直ぐに分かったが、見た目の貧相さも相俟っているのかもしれない。恥ずかしいから情報制限は出来ないのかという質問は思い浮かべるだけにした。そしてこの黒髪ロング女、よく見ると昨夜すれ違った同じマンションの住人に似ている、というか同一人物ではないか。権力者は身近に在り、世界は狭いですねという慣用句は事実を写すに過ぎないので表現としてお粗末だ。

入江いりえ景子けいこと申します。集会補佐役を務めさせて頂いております。経夜佳さん、どうぞ寛ぎなさってください」礼儀正しい所作と挨拶を届けるのは本を閉じ、奥の本棚の間に立つ女性。いやこれまでの登場人物全員、仮想であれ現実であれ女性かどうかなんて判るはずないけど、凡庸な物差しで測るならそう知れよう。言葉とは裏腹に天色の透き通った長い髪、ワイシャツに紺のスカートという容姿はギャップの風味を醸す。

「ハロー、睡府すいふたま。いつもここでゴロゴロしてま~す。で、こいつが藤重ふじえ理央りお。ウチら付き合い始めて十年目のカップルで~す」背中側に居る声の主を辿ると、腰を曲げていると思っていた彼女は宙に浮きながら寝そべり、本にポテチの油を染み込ませていた。序でにその周りには菓子の袋や飲みかけのジュースが空中で散乱しており、人はだらしなさを極めるとこうなるのか、次世代のゴミ屋敷の造り方としては参考になった。ここで二つの疑問が浮かぶが描写を優先すると、彼女は水平なので分かりにくいが私より低身長、入江より濃い群青の髪でこれまた青いフードを被り、フードの端には頭より大きい鉄球のような黒い球が二つ付着する。止めない読書の手と裏返しただけの頭は現実など疾うに忘れたようで、関心がグンと引き寄せられた。

「結婚出来るんですか?」

「あたしを勝手に他己紹介しないでよ。あんたなんかと付き合う訳ないでしょ。こいつよく嘘つくから注意しなさい」返事にならない返事をくれたのは強気な口調で少し紫がかったツインテールと吊り目を揺らす、藤重ふじえ理央りおと言うらしき女。今の所女性風のアバターばかりで色気が無いね。

「因みに結婚は現実と紐づいて可能よ。何が控除される訳でもないけど」体外受精が不妊患者以外にも普及した今となっては妊娠出産の道徳は頭の片隅に、仮想ではお互いを特別視する関係だけが愛と認められるようだ。犬湖や不鸞にそう言った相手は居るのだろうか。

「それとこれ、物体も空中浮遊出来るんですね」

「それは特殊ギミックの組み込まれた仮想食料。蛭間ひるま君の所で買ったんだっけ?」藤重がその内の一袋から摘まみ食いすると「確かそうだったわ」塗枝が返した。

「………………筒井つついすみれ」とだけ呟いて紹介を簡潔化したのはテーブルの向かい側で肘を付く、艶のある黄色の短髪と黒のセーターで中性性を思わせる人。私から見てこの人の右手に藤重、参謀座席の塗枝と続き、次が隣で小柄な体躯を更に縮める男子となる。

茶堂さどうすましです。宜しくお願いします」こちらに向き直る彼は成熟前の木苺のように青い声、パーマ質の茶髪、低身長にパーカーと少年らしさを全面に表す。またも見覚えがあると思って記憶を辿れば、ノースイーストで遠目に捉えていた。「宜しく坊や」と言ってあげたい対面だけど精神は大先輩かもしれないので「宜しく」に留めておいた。

「今居るのはこの六人。この後誰か来る予定は……無いか」塗枝は後ろの掲示板のような画面をチェックする。全員とフレンド登録を完了して先日までの孤独死一直線生活が嘘のようだが、真実である危険がある限り私は気を許さない。

「メンバーはどのくらい居ますか?」

「居ないのはアイラちゃんと楽くんと……あと四人だね」合計十人、私を加えたとしても十一人で随一の活動をしている割には随分と小規模だ。私からすれば百人の中の一人に埋もれるより存在感を示せて好都合だけど。

「他の集会も十数人規模なのでしょうか」

「いやアタシ達は少ない方だね。まだ活動開始から三年満たないから。この中では入江と睡府はアタシと同期の最古参、藤重が次点で、筒井と茶堂が比較的新しい」プロフィールを見るに在仮歴は凡そ七年あるがこの場を作り上げたのは最近であると。この三人と犬湖や不鸞は黎明期を駆け抜けた者同士、互いに深い想いを抱いているのだろうか。何にせよいざとなれば私が立ち上げてやろうと思っていた企画は案の定既出だった訳だ。尚のこと作品一本で勝負する必要を感じた。

「静香ちゃんはどうして転入してきたの?」

「元々執筆活動していて、仮想世界で小説の世界を拡げられたら面白いだろうなと思って飛んできました。だけど形態的には二番煎じになるようで」

「あはは。来たばかりでよくここを見つけたね」

「不鸞さんという方に教えてもらいました」

「あー絵裏ちゃんね。一緒に来れば良かったのに」やはり知り合いのようで私を除け者にした歴史の深みを知らされる。「あの不鸞ともう交わったか~」横槍が後ろから投げられる。

「良ければそこの本棚に作品展示出来るけど、御希望は?」名も無き作家の活動を汲んで彼女は問い、確かにはみ出る名札には『睡府玉』『藤重理央』等と各自の名が載っていた。

「入稿のタイミングに縛りはありますか?」今すぐ『月一の嘔吐姫』や『愛しぬ意識』を提出しても私は困らないけど店に悪い噂が流れないか不安だ。

「営業日ならいつでもオーケー、だけど製本工程、具体的には出版倫理委員会、更に言えばアタシと入江、忙しい時は他のメンバーを加えて内容を精査するのに一日から長くて一週間、時間が掛かるから直ぐには閲覧出来ない。厳しい審査基準は無いから成年向けだろうが基本的には気にせず出して」

「『死ね』くらいは大丈夫ですよね」しかし逐一上げる文章に目が入るとは、独り善がりな投稿と比べて確実に閲覧者を増やせて有難いが、私の裸をまじまじと見詰められるようで恥ずかしいあるいは燃え滾る。

「一応ね。階段から見て右側の本棚にはメンバーの作品が、左側にはメンバー以外の一般の作品、特にコンテストやイベントで応募された物や日頃趣味で投稿してくれた物が並んでいる。両棚全て無料公開、一週間の貸し出しも可能。対する一階の本棚は有料販売で、現実にも出版されているような外部の一般書籍とメンバーの商業作品、特にページ数の多い物が置かれ、棲み分けされている。エッセイから学術書の類までジャンルは広く揃えているからどうぞご覧あれ」話の流れを読んで席を立ち、塗枝側の棚に挟まれてみる。

「身も蓋も無いことを訊きますけど、文字を読める人が減っているらしい現状で文芸活動の未来は明るいと思いますか?」

「体感としては憂うには早過ぎると思うな。それ、前回の演劇イベントの写真だけど毎回沢山集まってくれるし」見遣る壁にはメンバーを中心に五十人近い人数が一階、恐らく左手の空間にて集合した画像があった。皆が浮かべる満面の笑みは、あぁ、私が知らないだけだったのだなと思った。中学の文芸部レベルを描いていた想像は裏切られたが、不鸞の件から予想は出来たこと、古参の力はやはり強い。

「イベントも開催されているんですね」私が主催なら顔一つさえ笑顔に出来ないだろうに。

「大方の集会所は定例で何かしら企画しているわね。各種情報はカレンダーに網羅されている。言い忘れていたけど一階は毎日営業、二階は水・土・日の営業でイベントは大体土日のいずれか、次の日曜日も一階で演劇会開くから良ければ参加して頂戴」二階も出入りは常時可能だから、と付け加える彼女。今日は水曜日なので四日後、見物客の立場に終わるなら物は試しということで予定に入れておこう。出来れば店の外から眺めていたいけど。

「…………」場繋ぎのネタが枯れたのでメンバーの作品を読んでみることにした。こういう時に何を話すべきか、最近思い付いた小説のネタなら百、二百と出せるけど苦笑いに沈むだろう。裏に隠れた私を他所に中央の会話は元に戻ってくれる。初対面特有の改まった空気に吐き気がしてきた頃合いだったので良かった。小一時間の観察からするに萌え系と言い得てしまうようなアバター達だが、街中の人間よりは湿り気がある為目が乾かずに済む。位置取りで言えば寄って集るのが自然体のようで、他の空間ならばもっと酷いのだろう。もし店主が居なかったら一言二言告げた後直ぐに脱け出していたかもしれない。

 微塵も面白くない上に距離感に辟易する読書は中断して、生身の思考に絡んでみることにした。

「玉ちゃんのアバターは自作?」まずは一番話し掛けやすいフライングポテチモンスターに、敬語は省略して謎の解明を試みた。

「い~や貰いモンとか買ったモンばっか。コーデは自己流、皆そうしているけどね」後ろ髪を毛穴から引き千切るようなアイテムは決して何かの罰ではなかったようだ。これだけサブカルの奇抜さを愛するというのに肝心の文章は無難となるとお労しい。

「譲渡も出来るんだ」

「おうよ。友好の印にコレを授けよう」そう言って早速渡されたのは、エメラルドに光る真珠と三枚の透過する札がセットになった飾り。何処に着けるべきだろうと齷齪していると「それはアバターとの相対座標で自在に固定出来るアクセ。自力で装着するのは難しいから後で改変屋に頼めば良~いよ」と教わり、留め具が見つからないことからそれは確かめられた。技術的な案件は彼女に訊けば何でも答えてくれそうなので頼りにしよう。

「何読んでいるんです?」続いて対岸の水色姉さんに、品揃えをチェックするように回り込みながら話し掛ける。

「前回催された短編コンテストの応募作を見返しています。実は劇が終わればまたコンテストを開こうと企画しておりまして、内容や受賞者がなるべく被らないようにテーマを考えています」ほうほう、これはナイスな情報を掴んだ。現実では何十回と公募を続けてきたが、審査員の瞼が節穴なので一度として入選したことの無い私も、この狭い世界なら一等賞のメダルを獲れるかもしれない。

「テーマはどう言ったもので?」

「前回は少し不思議のSFがテーマだったので、今回は意味が分かると怖いようなホラーは如何だろうと思っております」これを聞いて応募欲が一層高まった。

「応募数は何作程で?」

「メンバー作品含めて軽く百は越えますね。選考委員はメンバー全員で、締切日翌週に十人で分担して各自秀作を三つ絞り込み、最大三十作品を全員が読んで評価項目に応じて点数を付け、上位十作を決めます。ここまでが一次選考で『入選』に該当し、二次選考はその中からまた各自三作を選び、点数抜きに上位三作を求め『入賞』を選出します。最終選考も同様に各自一作を選び『最優秀賞』と『入賞』者の順位を確定します。二次や最終の選考で同率が出た場合は二次投票を行い、それでも変化が無い場合はリーダー権限で塗枝の判断で順位が決まる、と言った流れになりますね」熱い盛り上がりを見せているらしい企画だが、懸念は直ぐに浮かばれた。

「選考の中立性は担保されるのでしょうか。『選好』になりそうですけど」

「応募者の名前表示は隠していますし、自分の作品は担当しにくい、あるいは担当しても選考出来ないシステムを利用しているので問題無いと思います。事実、計十八回開催してきましたが最優秀者に被りはありません。こちらに歴代の賞状とトロフィーが飾ってありますが」指された壁の上段には金銀銅のそれらが燦然と並んでおり、金の中には『藤重理央』の名前が発見された。

「藤重さん優勝しているじゃないですか」気を遣って持ち上げてみると、「当然でしょ」後姿から鋭い語気が送られた。いや偶然でしょう。さっき君の作品チラリと読んだけど設定盛り込んだだけの雰囲気小説だったぞ。彼女がこの集会でどういう立ち位置に居るか知らないけど、現実と同じく不審な繋がりの糸を感じるな。尚更私が加わってやらないと。

「メンバーが少なかった当初は選考も一苦労だったでしょうね」

「いえ、応募数は今より少なかったですし、脱けた人も幾人か居るので労力は大差無いですね。今の方が盛況なので遣り甲斐は増していますが。ねぇ、塗枝」

「この部屋に三人だけだった時代が懐かしいよ」サブからの振りにリーダーは息を吐く。この二人こそ結婚していて不思議の無い断琴の交わりなのだろう。私が独り小説世界に籠っている間、彼女達は未来に向けて歩いていたのだ。

 藤重は塗枝と画面を弄りながら作業中のようで、本を読む筒井は私同様話し掛け辛いので茶堂君に絡み付こうとして席に戻った。緑茶を飲みながら仮想ウェブページを捲る彼はさっきから入江の方をチラチラ向いて忙しい。ウブな少年心を察知して、他の人に聞こえないよう小さく耳元で囁いてみた。

「入江さんのことが好きなの?」彼は勢い良く茶を噴出した。「「わお」」私と睡府がリアクションを取る。

「……ん、何てこと言うんですか!?」語気は強めに音量は抑えめに、彼は顔を真っ赤にした。分かり易いなぁ、若いなぁ。私が犬湖のことを言われたとしてもこうはならないだろう。

 これは良い玩具を見つけたぞと意気込んだ時、階段を上る音が聞こえた。残りのメンバーかと構えていると、既に安心感のある不鸞の姿が現れた。

「久し振りだな。コイツどう?仲良く出来そう?オレが連れて来たんだけど」

「絵裏ちゃん会いたかったよ。リアルで忙しかったんだっけ?静香ちゃんは、あれ、もしかしてメンバー志望?」再び弾み始めた会話に「不鸞おめ~金返せよ~」仰向けから浮遊起動にも似たハンドサインが送られる。

「あれ、経夜佳お前メンバーになりたかったんじゃないのか。あと借りているのはお前だろ」言い出そうとしてタイミングを掴めずにいた話が二人の口から進行する。「はぁ~お前だろ~あの時のエラー処理代とか~」睡府は気にせず喧嘩腰を浮かせる。

「……はい、私もメンバーに加わりたいです。加えさせてください」

 今日は様子見のつもりだったが、こういうのは勢いが大事だろうと頭を下げ、明言してみせた。五秒間そのままで、頭を上げると塗枝は気圧された様子だった。

「いやいや、そんな頭は下げなくて良いよ。軽い調子が売りの集会所だから……ただし営業やイベント運営には協力してもらうけど、付いて来てくれる?」

「勿論です。皆さんの活動に力添え出来るよう頑張ります」これは紛れもない本心だった。

「了解。じゃあ今から申請するわ。一応集会情報は然るべき所に呈示する必要があるのよ。メンバー特典としては一階のカフェ料金割引、出版前の原稿先読み権等があるから好きにご利用なさい」特典の有難味を実感するのは先になるだろうが、小説家としてこの集会に参加することには大きな意義があるはずだ。孤独に徹するだけでは得られない好い影響があると信じよう。

「ん、うお、静香ちゃん入隊?おめでと~」睡府は菓子を零しながら、「……宜しくお願いします」茶堂君は未だに頬を照らしながら、他三人は無難な文言で私を歓迎してくれた。こんな私にお祝いムードを演じてくれるだけでも素直に嬉しかった。

 その後暫く不鸞と塗枝は立ち話していた。「犬湖ちゃんはどうしている?」等という台詞から犬湖との深い親交が窺え、未知の情報に耳を傾けた。第一印象から抱いていたが、この店主は何処か気に入らない。表向き媚びるべき相手ではあるけど、奥底に支配欲のような強欲さを感じさせる。私の考え過ぎかもしれないけど。

「じゃあアタシは会議があるから」話に切りが付くと塗枝は集会所を後にしようと通り過ぎる。どうやら各集会リーダーは定例で会議をするようで「景子頼んだよ」店番を任せて行った。

「オレも帰る。じゃあ経夜佳、またな」不鸞は気を遣ってくれるが、これは引き上げる好機と踏んで「私もそろそろお暇します」同じ船に乗り込むことにした。土曜には展示用の作品を用意しておこう。

「不鸞さん、店主と知り合いだったんですね」

「昔馴染みだからな」

「犬湖さんと店主はどういう関係なんですか」

「あ?知るかよ。本人達に聞いてくれ」話しながら二、三分歩いた所で、進路は真逆なので「じゃあまた」と言う不鸞と別れた。私も家路に向いたが睡府に貰った髪飾りを思い出し、若干引き返した後アバターショップに寄って無事装着してもらった。手術のような大仰さは無く、何か設定を弄られただけでオブジェクトが身体化した。

 夜が更けて来た頃、公園の奥、マンション裏手にあるネットに潜みながら帰宅する住民の観察に出た。現実より薄めの罪悪感を持ちながら注意していると、やはり日中話していた人物がやって来た。仮想バッグを引き下げ眼鏡で印象を変える。建物に響く足音が消えたら、私も冷えた木陰から常温の室内へ帰る。塗枝は気付かず、私は気付いている。ここに住み続ければいずれ邂逅を果たすだろうが、居心地と優越感を考えて黙っておこう。

 隣に全てを手にした女が居る。別次元とは言え胸が高鳴った。

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