第2章:静香なるゲーミング殺戮
第6話〈零日目〉
七つの月影を見送った午後二時半、寝起きの身体を飛ばしながら例の座標に到着した。チラシの差す方向に向かうと見覚えのあるマゼンタのドーム型施設に魅かれ、正面に相対すれば『SNOW DIAMOND STADIUM』というロゴが横回転しており、想像以上のステージを前に役者の脚が小躍りする。
時刻は正午を十分過ぎた辺り、集合時刻まであと二十分だが入口前の噴水広場には仮想鸚鵡の鳴き声しか響かない。せめて主催者の期待と準備に駆られる姿は目にしたかったが、私を仲間外れとすることが目的かと疑うと学生時代を思い出して吐きそうになり、チラシの要項に不満を溶かす。最も懸念されるのは最長一週間と拘束され得ることであり、集会メンバーと仲を深める切掛けを求めて承諾してしまったが、次に執筆する予定の連載小説に遅れが生じるのは間違い無い。ただでさえ骨の折れる構想をプロット化している途中なのに、間に不確定な予定が入り込むと誰が何者かを思い出す作業から始める羽目になる。嘗てはプロットなんて不要だと思っていた私でさえ、五年以上執筆を続ける内にその重要性を気付くに至ったが、小説家集会の皆はそれを理解しているだろうか。
「静香さんおはよう。あれ一人?」暇さえあれば他人を小馬鹿にする癖のある私に遠目から近寄るのは犬湖だ。「初心者特有の焦りを露呈させました」初めて出会った時と近しい景色に安心しつつ彼女がベンチの隣に座る。濃い茶髪の降りるトップスは臍を明るみに出し、魅惑な彼女を独占出来るのは今だけかと嘆く。
「何故ゲームに参加しようと思ったんです?」先週手を挙げた理由を訊いてみる。
「単純に新作FPSを楽しみたいのもあるけど……一番はゲームワールドかな。塗枝の部屋で遊べるんだよ?」あぁ静香さんもだったね、と私の名前が出るのは後れを取り、一番手はまたしても塗枝だった。万が一未完成な部屋に入り浸れるのも恥ずかしいので丁度良いかと割り切る。ゲームの舞台について気になる点は幾つかあるが、富良の寝坊姿を拝んでからにしよう。
過去のゲーム内容を語らせている内に茶堂君、麻倉君の少年ペアが顔を出し、その後は続々と他の小説家集会メンバー、他集会所属と思しき初対面の人々が現れ、その内何人かは見たことのある顔だった。
「茶堂君久し振り。入江さんとは上手くやれている?」犬湖の口振りからして彼の恋愛事情は隠し切れていないらしい。
「……どうでしょうかね」目を溺れさせる茶堂君には年上の女性に対する一貫した抵抗感があるのか。犬湖、茶堂君、麻倉君の三人組に収まれば無難に過ごせるが、無用な挑戦心が疼いて他のグループを見遣った。残りの身内は睡府と藤重に限り、詳細不明な人物が七名居る。二手に分かれたグループは共に話し声が止まらず、早々と輪に入ることを諦めた私はパネルを粘着質に眺めた。見覚えや聞き覚えのあるプロフィールを順に閲覧すれば、明るい緑髪にエスニックな髪飾りを乗せる
「咏、偶にはキル数上位狙えよ」残る全くの他人を紹介すれば、腰まで伸びる長身金髪姉さんは
「……………………お前、怖い」そう言って奥の木陰に逃げてしまった彼女は、まだこちらを見続ける。怖がる要素は無いはずだけどなぁと頭を掻きつつ、無事に孤独の絶望感を確かめた。以上、グループは睡府・藤重・堂恵門・班辺、沢城・佳陶・高橋と見事に男女で分かれ、各々大方知り合い同士であるようだ。結局まともな挨拶の機は掴めず、ゲーム中に会話出来ればそれで良いかと娯楽の効用に感謝する。現実の閉鎖的な交際とは異なり、この広い仮想世界では新たな出会いが次々とやってくる。浅い付き合いには困らないだろうがどう深堀するかが問題であり、小説家集会以外にも視野を広げようと決めた。
「ごめんごめーん!皆お待たせ!」テレポートから最速の飛び込みを見せる、主催者の富良が最後にやってきた。回転草のような寝癖を指摘する者はおらず「おはようクマミン~」「いつも通りだわね」睡府や藤重の温かい歓迎を受ける。
「……んん、全員集合しているかな」乱れた息を整えながら辺りを見回し、初めての方も居るからと前置きして言う。皆の視線が彼女に集まり、隠れていた南純も表に現れた。
「では、早速ですがゲームの説明をさせて頂きます!改めて、わたしがスタジアム管理人の富良熊視と申します。本日はスノウダイアモンドスタジアムにお集まり頂き有難うございます」マスコミ系の雰囲気を醸していた富良の正体を意外に思った。チラシの内容から予想は膨らませているが、彼女の話を聞き逃さないよう集中する。
「ゲームはスタジアムの中でプレイして頂きます。今回のゲームはこの日の為に私の仲間が開発したものです。プレイ時間は仮想時間において七日間を上限としています。あまり長いと明日加さんから怒られるので」頭を抱えて舌を出す富良。七日でも十分長いけど。
「すみません、プレイ中の様子は第三者にも公開されますかね」ここで不明点を一つ投げてみた。
「公式試合ではないので観客導入も動画配信もしません。ここに居る十四人だけが体験出来る世界となっています。他人の目があると下手に緊張するでしょうし」滅多にゲームで遊ばない私が醜態を晒すことは避けられた。
「タイトルコールに進みましょう。本日プレイして頂くのはこちら!仮想毒力系FPS、その名も『
「皆さんはブルーチーム-Blue Team-、レッドチーム-Red Team-に分かれて七対七の銃撃戦に挑みます。各々には一丁の仮想銃と十発の弾丸に加えて一つの『毒力』が付与されます。『毒力』とはゲーム内にて使用出来る特殊能力のことで、決して外に漏らしてはならない危険な能力として名付けました」毒力とは一般名詞として使えるのか、犬湖に訊くと「最近のゲームではよく耳にするね」と言い、ゲームと現実の区別が付き難い仮想ならではの名称だと思った。
「弾は合計三発の命中、あるいは一発のヘッドショットで死亡します。弾道は現実と同様、身体暴力を含めた銃撃以外の攻撃は無効で、判定は敵からの銃撃のみにあり味方の弾が当たっても無効です。どの攻撃手段も痛みは感じないから安心してね。他のゲームだとショックで気絶する子は居たけど。どちらかのチームの残り人数が零となる、あるいは生存者全員の手持の弾丸が零となれば試合終了で、後者の場合は生存者の多い方が勝利となります。ゲーム対現実互換性として浮遊は可能、テレポートは不可、パネルの閲覧は可能、メッセージの使用は可能であり、退仮すると死亡判定、ゲーム内の三時間が仮想世界又は現実世界の二十四時間に対応し、ゲーム内時間に合わせて昼夜が変化します。死後は試合終了まで死体が残り、当事者は睡眠状態となり待機して頂きます。誰がどのチームかは非公開ですが、生存者人数はパネルにある新ウィンドウ『一夜限りの仮想毒力』欄にて常時公開されるのでそちらを参考に」スライドを捲りながら説明する彼女の口からは、毒力やら睡眠状態やらと危険な香りを感じてしまう。一部の団体にアバターの身体の自由を操る権限を与えて許されるのだろうか。
「ゲーム会場はこちら!デデンッ」そう意気込んで映し出されたのは事前に伝えられた通り、私の住むマンション「ミクレ-Micre-」だ。
「今回の舞台は座標213に立つ二十階建てのマンションを疑似的に再現した空間となります。個人ワールドも含め、人物を除いた全ての物体がリアルタイムでトレースされており、『ゲームライン』と呼ばれる境界の内側では自由に行動出来ます。利用可能な施設として部屋はワンフロアに十五部屋、M0101からM2015まで全三百部屋あり、どの部屋も最初はアクセス制限無し、入室して初めてアクセス制限を設定した者がその権限において他より優越し、退室するとアクセス制限とその権限はリセットされます。他には廊下、二つの階段、エレベーター、エントランスが通行可能で銃撃による器物破損は無効。また数種のアイテムが何処かに置かれており、三秒間注視すればその詳細が表示されます。ゲームが始まると数秒のロードを挟んだ後、各々がマンション内の何処かにランダムで配置されるので、開幕早々敵に見つかって夢の世界に転移しないよう慎重に。そうそう、何故このマンションを選んだかと言えば、参加者の住む拠点の中で最も部屋数が多かったから。ねぇ経夜佳さん?」皆の視線が集まり「はぁ」としか言えない私は、常に個人情報を明け渡しているようで穏やかには思えないが、あくまでゲームだと割り切ろう。態々テレポートした先で元居た場所を拝むとはこれ如何に。
「続いてお待ちかねの毒力一覧です!一応読み上げますがよく見て覚えてください。それではドンッ」映し出される毒力なるものは以下のように記述された。
★一夜限りの仮想毒力~毒力一覧~★
【毒力其の壱】
【毒力其の弐】
【毒力其の参】
【毒力其の肆】
【毒力其の伍】
【毒力其の陸】
【毒力其の漆】
【毒力其の捌】
【毒力其の玖】
【毒力其の拾】
【毒力其の拾壱】
【毒力其の拾弐】
【毒力其の拾参】
【毒力其の拾肆】
「……以上が全ての毒力となります。分類すれば盗毒者、換毒者、判毒者、解毒者は『毒力系毒力』、神盲者、超壁者、消失者は『視覚系毒力』、虚飾者、対偶者、転場者、構室者は『身体系毒力』、墓掘者、斃倒者、一蓮者は『生命系毒力』と括れそうですね。死後は基本的に毒力の有効性を失い、毒力系毒力により変化した毒力は死者に帰還します。死者に対する毒力は転場者と墓掘者を除いて無効です。他者の毒力は非公開ですが、自身の毒力の如何や毒力を被る『被毒』についてはパネルのみで確認可能、つまりいつ被毒したかは常に注意して見る必要があります。またあくまで疑似的な再現空間なのでゲームラインの外側に向けて毒力は使用出来ません」ここまでの説明を聞いただけで複数の作戦が浮かばれるが、周りは口を開けて呑気に超能力を囃す。
「これから皆さんにどの毒力が欲しいか、第三希望までアンケートを取ります。成るべく希望通りに毒力を配当し、ゲームバランスを考えてチームに振り分けます。配当された毒力は開始後から把握出来ます。これ以上の詳細は実際に使用して確かめてみてね」富良が一通り説明を終えるとふぅと深呼吸する。吐いた後に「あ、因みにわたしも参加するからね!」と大きく胸を張る。確かに一人足りないから欠席かと思えば、管理人自らプレイに臨むとは。仮に真っ先に死んだら一周廻って尊敬したい。
パネルを弄り始めた十四人は毒力を素早く決める者と悩む者に分かれる。隣の犬湖は後者のようでうんうん唸る。私は意中の毒力があったので暇を持て余し、茶堂君の顔を覗いて冷やかしてやった。兎に角偶の気分転換として楽しめたら良いなと思う。アンケートを締め切った富良が振り返り、定刻のチャイムと微かな呼吸音が鳴る。
「それではゲームスタートです。現実では叶わない殺戮の旅をご堪能あれ」
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