第7話〈一日目①〉

 十三時零分、ゲームが開始された。何秒かの暗幕を経て明るみに出たのは見慣れた景色で、変わらない空からして開始時刻は対応しているようだった。私が立つ場所は0602を背にした廊下。四桁の部屋番号は上二桁がフロア、下二桁が外を向いて右手側、ウェスト側から数えた部屋の番号を示しており、ここはエレベーターとウェスト階段に挟まれた比較的交通の便が良い位置である。左右を見渡す限り開始早々敵と遭遇する事態は避けられたようで、エレベーターの稼働音や階段を踏む足音も聞こえてこない。しかし開始位置が部屋の中である可能性や、浮遊すれば足音は未然に防げる事実に気が付いて緊張感を得る。早々と室内に篭りアクセス制限を掛けるという選択肢はあるが、ゲームバランス的に突然隣人から銃撃されることは無いだろうと確率論に身を預けた。

「…………………ふぅ」開始前から考えていた様々な可能性が降り注いで溜息が出る。それと同時に孤独が許されるゲームの世界に安堵する。ゲームの中のゲームとも言うべきこの空間に世の人はどんな感覚を植え込むのだろう。虚構性が高まるにつれ私達の理性はMP3を立てて崩れていくのではないか。そんな思索は耽る価値が無いとしてパネルを見た。

 上部にある「-You belong to the Blue Team-」という表示から狙うべきは赤い連中であり、下部にある「生存者数-Blue:7 vs Red:7-」や無音の環境から皆平和ボケに甘んじていると分かった。発砲音が何処まで轟くかによって状況把握や作戦が変わることも悟る。パネル中央には簡素なゲームワールドマップが図示され、自分の位置だけ確認出来るようだ。そして私に割り当てられた毒力は第一希望の毒力奪取。便利な毒力なのに名前さえ書けば受かる入試のように希望が通ったのは、皆の目が思ったより節穴なのかもしれない。

 視界確保の為、邪魔なパネルを閉じる手元には一丁の仮想銃と十弾の青い弾丸。回転式拳銃のようでスピードローダーには五発の装弾があり、左腰のホルスターには残り五発の弾丸を仕舞う弾薬盒が附属している。衣装は普段着と変わらないようで睡府からの髪飾りは友好の印となり得るか否か。しかしシェーダーによって夜中はかなり不利になるだろうと日頃煌びやかなアバターを下に見た。

 最低限の事実を確認したら銃を仕舞って健全な一般人を装う。序盤は出来る限り早く合流した方が良いのでゆっくりとウェスト側へ歩く。合流の理由としては第一に情報や毒力の点で人数の多い方が有利であること、第二に序盤は一対一の対面となりやすく、仮に相手が敵でも人数的にチームを偽れる、撃ち合いでも負けにくいことが挙がる。何れ構室者がアクセス制限を解除する時が来るのでこの場面で引き籠るのはアホ、目立たない程度に積極的に行動する必要がある。

 部屋同士の間隔が現実より広いのでワンフロアの縦幅は奥がぼやける程には長いが、六階には人影が見当たらない。基本的にエレベーターの近いウェスト側の方が反対側より有利であり、水平方向の移動より垂直方向の移動の方が射線的にリスクが低く、部屋への逃亡や一方の階段の利用により相手を撹乱出来る。逆に言えば廊下は遠方からもヘッドショットされる危険があるので長居出来ない。また例の如く高所から狙う方が有利なのでウェスト階段を利用して上を目指したい。理想は最上階をブルーチームで占拠することだ。エレベーターでの移動は勘付かれれば袋の鼠となるので飽くまで非常手段、特に生存者の多い今は使わない方が良い。皆同じことを考えて多数が相対するとしても「仲間」になれれば好都合だし、争った所で毒力奪取のある私が毒力戦で引けを取ることは無い。

 思考を練りながら階段を覗いた瞬間、下からの足音を聞き取った。ハイハイ早速出てきましたか、浮遊を使わないお馬鹿ちゃんは誰だと思いつつホルスターに手を当て、安全地帯とは呼べない壁の裏から様子を見る。この間にお馬鹿ちゃんを囮として廊下から狙われる可能性があるので警戒は怠らない。張り詰めた私と対照的に、呑気な歩き方で近付いてきたのは犬湖だった。

「………あ、静香さん!」すると不覚にも発見され、敵かもしれない私を彼女は無邪気に呼ぶ。この大胆さは罠かもしれないが逃亡や脅迫は生産性が無いので私も手ぶらで現れた。

「犬湖さん、チームはどちら?」挨拶は省いて早速白か黒か裁判に掛ける。初対面はチーム名と毒力名を相手から告白させるのが得策だ。拒否すれば怪しまれるし相手の告白に合わせてこちらが偽ることも出来る。

「ブルーチームだよ。静香さんは?」間髪入れず答える様につい一歩退く。彼女が戦略的に大胆な行動を取るとすれば、彼女の毒力は毒力系毒力で私を操れる場合、消失者で今直ぐ逃げられる場合、対偶者で分体を私に寄越している場合等が考えられるが、私の直感では何も考えずただゲームワールドを彷徨っているような気がする。

「やったね、仲間が増えた。私もブルーチームで毒力は毒力奪取。犬湖さんの毒力は?」

「わたし一蓮者なんだ。だからこうして手ぶらで歩いている訳」あぁそうか、積極的な行動理由しか頭に無かったが一蓮者の場合は何もしなくても自身が地雷となるのか。だとしても仮に私が敵で犬湖をアクセス制限で監禁しようと思えば、一定のリスクはあるように思うけど。また道連れを奪われたら終わりだというのに、私の毒力を恐れないことからも犬湖は嘘を吐いていないようだ。

「互いの毒力は私が犬湖さんから盗めば証明されるけど、流石に止めておきます」私の毒力は棄毒が出来ないので犬湖が無毒者になってしまうから。この状況で犬湖から毒力を奪う意味は無い。相手の毒力を平和的に把握出来るのは換毒者に二度の毒力入替を頼まない限り難しいが、盗毒者と換毒者が同じチームに割り振られることは恐らく無いので、判毒者が嘘を吐くあるいは偽の判毒者を考慮すれば、私が換毒者から毒力入替を奪わない限りブルーチーム内の完全なる信頼関係構築は不可能だ。とは言え個人の行動次第ではあるけど。

「そうか。静香さん頭良いね」人を疑わない天使を前に私だけ本気のようで恥ずかしい。普段不勉強を装う犬湖みたいなタイプの人間の方が、意外と本番では良い点数を取るからこれ以上馬鹿にするのは控えよう。

「犬湖さんはまだ誰とも会っていませんよね?」何か情報は拾えないかと訊けば「うん。良かった、初めてが静香さんで」と切り抜き保存して一晩中ループ再生したい音声を拾うことが出来た。記録に残らないのが残念で仕方ない。

「だけどわたし達だけだと出来ること限られるよね。次は誰と会うのが良いのだろう」怖いからわたし達だけ部屋の奥で終戦を待とうという台詞も期待はしたが、返ってきたのは賢明な答えだ。異なる毒力の組み合わせ、言わば応用毒力において一蓮者は応用相手に困るけれど私の場合は相手により様々な応用法が考えられ、同じチームであれば早めに合流したい毒力者は存在する。

「取り敢えず仲間を見つけられれば良いです。四人グループを作ればかなり有利になるので」

「あー、出来るだけ敵より早く戦力を確保したいし、同じチームで過半数を取れば残る味方に変に疑われても負けない……三人以下の敵集団なら上手く騙して一網打尽に出来る、ということ?」序に言えば四人の場合、即ちもう二人と合流する場合は彼女等が裏切ろうと私達が数では劣らないことも挙げられる。

「そう。ただし超壁者が同じチームであると尚良いです」恐らく各々孤立しているこの状況、最も有利なのは超壁者だ。正直応用毒力を抜きにしてもまず始めに出会いたかった。超壁者としては誰が何処で誰と何をするかを観察した上で、一人孤独で害の無さそうな者と確実に合流することが出来る。敵チームの合流が進んでしまえばやがて袋小路になるので思い切りは必要だが、よりローリスクな移動を行える。人の動きが読み辛い序盤は特に透視を持つチームが有利なのだ。

「そう言えば今のわたし達の様子も透視されているかもしれないのか。同じチームだと分かれば安心して合流出来るよね。声は聞こえないだろうから」そう言うとハンドサインで頭文字のBを形作る犬湖。微笑ましいので小一時間眺めていたいが「超壁者が敵の場合は墓穴を掘りますから」と言って制止した。

「ちぇ。何か効率的な合流方法は無いのかな…………そうだ、試しにメッセージで『わたしはブルーチームです。0510の前に居るので是非来てください』と送って複数人に来てもらうのはどう?裏切る心積もりのレッドチームメンバーよりは仲間を求めるブルーチームメンバーの方が多く訪れるだろうから、純潔なブルーチームが出来上がるか勝手に勝負が始まってレッドチームの戦力を削げるか。ほら、現実でも出会いを求めて騙される間抜けが一定数居る訳でしょう?」

「流石にそんなスパムには騙されないでしょうね。基本的にゲーム内で微塵の信頼も無い奴と送り合えるのはフェイクニュースだけです」逆に信頼関係があればメッセージは声を出さずに上手く連携して敵を出し抜く手段となり得る。今は使い時ではないかと私は大人しく画面を閉じた。犬湖からのスパムメッセージなら私は迷わず踏み尽くす自信があるけど。

「……それ見てもいいですか?」開いたままのパネルを指すと彼女の了承を得たのでまじまじ覗く。やはりと思ったがチーム名や毒力名については他者が閲覧することは出来ない。今後の参考としよう。

「わたしエイム下手だから弾丸あげるよ」ふと振り返る顔の近さに戦場のロマンスを感じると思いの寄らない提案がやって来た。掌には私と同じ青色が冷ややかに転がり、チームによって弾丸の色が異なるのではないかと予想された。

「……それは受け取れません。何があるか分からないので」彼女とこの先ずっと行動を共に出来るとは限らないので、命を左右するプレゼントは受け取れない。実を言えば銃口は二つ確保したいし、彼女には前衛として活躍して欲しいので十分な弾数を所持していた方が良い。

「だったらわたしが外して負けても文句言わないでよね」と予防線を張る彼女は弾丸を収めて立ち上がる。その少し不満気な表情を見ると心の底に溜めていた欲望が喚起された。

「あの、こんな状況ですけど今後は敬語抜きに話しても大丈夫ですか?」

「お、バッチコイよ。というか今まで静香さん以上に畏まった人なんてQwi_0etbnに居なかったよ」褒め言葉かどうかは脇に置くとして彼女の笑みが胸に沁みる。折角の機会だ。人類の無意味な戦争に乗じて天使との距離を縮めてやろうではないか。

「それと犬湖さん、浮遊で足音は消せるから」立ち上がろうとした二つの目が丸くなる。暫く彼女の一挙手一投足には気を配った方が良さそうだ。


「じゃあ更に上に行こう」私を先頭に、後ろは犬湖に任せながらウェスト階段を昇る。七階、八階と廊下を覗いてみるが目立った人影は見当たらない。九階を昇り切る直前に違和を帯びる風が流れたがやはり何も無かった。

「人が居たら二人で接近しよう。相手が敵チームの場合は一旦私達も嘘を吐いて油断した所をヘッドショットする。もし襲撃されても離れないで。一人になれば敵の思う壺だから」犬湖の強張った顔を銃弾が煽らないよう最大限の注意を払う。無人の上昇を続けてこのまま天下を獲れるかと期待した頃、十三階の手前でウェスト側から話し声がした。肩を叩いて知らせる犬湖に「あぁ」と相槌し、先刻の反省を活かして壁の境界線から眼球一個分出して見る。この中に超壁者が居たら笑い者だけど。

 1303の前で会議を開くのは藤重、堂恵門、佳陶の三人だ。「当然あんたが味方とは限らない」薄ら漏れてくる会話からするに三人は出会って間もないと推測される。

「こっちが相手より先に見つけたのは嬉しい」蚊の潰されたような声で呟く。万が一部屋に隠れてしまう前に何か仕掛けたい。

「三人が皆ブルーの場合は素直に同調して、皆レッドの場合は不利なので嘘を吐いた上で隙を見て逃げる。両チームが混合している場合はブルーのメンバーと協力してレッドを殺る、あるいはレッドと協力する振りをしてブルーと共にレッドを挟み撃つ。取り敢えず表面上の証言を聞いた上で怪しい言動があれば注意しつつ、他の人達との対面や合流に紛れて戦略を再度立てよう」レッド寄りの場合に弾丸を見せろと言われたらキツいけど。

「先手を打って盗毒するのは?三人から奪った後にわたしの毒力を奪えばバレないのでは」

「万が一バレるリスクと犬湖さんが無毒者になるリスクは背負いたくない。それに虚飾者が居れば幸か不幸か必ずバレることになる。三人の毒力は盗毒者と一蓮者を除いた十二種の何れかだ。一人は偽装状態で別人かもしれないし、透明化した奴が私達の背後で北叟笑んでいるかもしれない。敵と判明して逃げようとも転場者が居れば一人は逃げ切れないかもしれない。兎に角あらゆる可能性を想定して、何かあれば連絡を取り合おう。発声を介さないメッセージは戦略から第三者を除外出来る」そうかなぁとリスキーシフトを望む彼女を丸め込み、「出るよ」地に足着いた一歩を踏み込んだ。

「どうも」浮遊を解除し、犬湖を盾に挨拶すると彼女達は振り返り反射的に腰に手を送る。その中でも演劇を終えたばかりで主人公気分の抜けない藤重は冷静に見遣る。

「あんた達、毒力は何?」彼女からすれば二、三度目の出来事に慣れた調子で問う。

「私は盗毒者」「わたしは一蓮者」毒力の厄介さを察してか後ろ二人の腕は緩み、続いてチーム名を問われたので従順にブルーと答えた。後発組が質問を先取るのは無理があるのでこれで敵対するなら逃げるしかない。はぁと息を吐く藤重の唇が潤った。

「こいつ等はそれなりに信頼出来る。あたし判毒者だから」ゆったりと腕を広げた彼女の台詞に、あぁ成程と私と犬湖は脱力して見つめ合う。チーム名より先に毒力名を訊いたのは私達の信頼性を第一に判断したかったのだろう。嘘を吐けば瞬時に撃たれていたかもしれない。

「この二人も一応ブルーらしい。咏は虚飾者、蛭間君は転場者。これは判毒しなくとも証明出来るわよね」藤重が合図して「俺ですか」佳陶が言った直後、瞬きする間に堂恵門と佳陶の位置が入れ替わった。これは撃たれる直前で味方と敵、敵と敵を入れ替えたり、伏せた味方と入れ替えてヘッドショットを回避したりと様々な応用が出来そうだ。

「タイムラグは無いですか?」尋ねると佳陶は無いのよと答えて幾度の反復横跳びに隣人を巻き込む。この応用はあまり役に立たなさそうだなと思った。

「待って、酔う……」三半規管の弱いらしい堂恵門は目を眩ませて藤重に寄り掛かる。「ちょっと蛭間君」文句を言いながら支え合う二人の姿を受け、誰も彼も共通の趣味を持ったパートナーが居て羨ましいと思った。

「はぁはぁ、次は私の番ね」そう言う堂恵門は佳陶と名前や衣装を含めて寸分違わない姿となり、「私どうかな」と笑う声は「うわぁ俺だ。気持ち悪い」隣で初めて偽装を拝む男と同じものだ。これで位置入替されたら全く判別が付かない、と考えて同一アバターの位置入替による戦略を幾つか思い付いた。

「一人称や口癖まで揃えれば完璧ですね」藤重の開いた口より先に指摘すると「俺って阿保なんで」舌を出して酔った頭の冴え具合を示す。却ってこれまでの間に偽装を利用して接触した線が薄いと知れて好都合だ。

「これが二人の毒力。あたしの毒力は現時点で有する毒力を把握するだけだから、二人が盗毒状態や換毒状態である可能性は否定出来ない。ただし経夜佳が盗毒者だと分かったし、換毒者も無闇矢鱈な換毒はしないだろうから多分オリジナルだ」そう言えば毒力把握には視認条件が無いから誰が換毒者か知っていることになる。後で確かめよう。

「一方であんた達の毒力は証明し辛いわね。まぁあんた達もあたしの言うことを信じなさい」堂恵門達に向けて藤重が伝える。考え得る状況を忖度抜きに言い放つ彼女に初めて好感を覚えた。共通の敵が生まれると頼りになるタイプなのかもしれない。

「さて、五人集まったことだし立ち話は危険だから部屋に入ろうか」自然とリーダー役に就任した藤重に続いて、仮想世界では誰かの暮らす1303へと侵入した。


「随分と暗いけど誰も居ないよね……?」低い姿勢の犬湖が周りを見渡して言うように、部屋の中は所々に蝋燭の灯が点るだけでぼんやりとした黒闇が広がる。どのくらいの広さかと歩みを進めれば古びた電灯を発見し、スイッチを押せば一列の椅子と机と提灯のある飲み屋のような空気を吸えた。呑兵衛が日本酒片手に騒ぐ画が浮かぶが、心の戦闘準備には持ってこいの落ち着いた世界観に感謝する。無機質な廊下と違って各住人の感性が反映される個人ワールドは新鮮味と安心感をくれる。

「アクセス制限は当然Lv4でここに居る五人を許容者に設定するわ」敢えてアクセス制限しない敵が潜む可能性は零ではないが、藤重のパネル操作で安全が確保される。「あそこに座ろうよ」と堂恵門が指差す先には丁度五人分の席があり、輪になる形で腰を休める。背中を預けるコライダーはこれ以上奥には進めないことを教える。

「これで落ち着いて話が出来る。ただしいつ構室者が来訪するか分からないから一人ずつ交代で見張りを設けよう。三分以内に戻ってくれば良いわ。誰か初めにやりたい人は居る?」ここで真っ先に立候補する人物は怪しいけれど誰の手も挙がらない。五人の中に敵が居るとすれば、見張りと言いつつ脱走し仲間を探して出口で待ち伏せるだろうから。だからこそ三分間に限り、時間を過ぎたら拠点を変える算段かと察知する。

「じゃあ時計回りに。犬湖からお願い」指名された女性は心細そうな足取りで出口へと向かう。今襲撃を受ければ犬湖が射線を支配するがここから出口までは精々十メートル、誰しも標的となり得る位置だ。

「まずは各々がここに至るまでの経緯を共有しよう。各々の視点から敵の毒力や位置情報が炙り出せるかもしれないから」私が仕入れた時空間情報は犬湖と大方重複するので後回しとして、藤重が切り出す。

「まずあたしは1501の前に生まれた。同フロアは無人でウェスト階段から上へ昇っていた所、降りてくる咏と十七階手前で出会った。あんた達と同様に判毒チェックした後『何故態々下へ?』と訊いてみたら『これより上のフロアには誰も居なかった』らしいから今度は下へ戻った。誰も見ないまま十三階に着くと、1303の前に立つ佳陶を発見して切り込んでいる途中、経夜佳達と出会い今に至る……という流れ」私は少し遅れて階段へ向かったとは言え、九階以上の距離があると多少の話し声は聞き取れないようだ。藤重の話と私の知覚を纏めると六階より上には殆ど人気が無いらしいが、部屋の中やイースト階段に潜む可能性を考えれば油断はしない方が良い。

「一つ怪しいのは、臆病者の咏が『怖いから隠れようよ』と言って1705にアクセスしようとしたら不可能だったこと。誰か引き籠っているか構室者が拠点潰しに奔走している可能性があるけど、隣室はアクセス可能だったから恐らく前者だわ」

「藤重さん達に勘付いて一時的に避難したのかもしれないですね」敵か味方かは不明だけど十七階には注意しろと。

「私は1907の部屋の中から始まった。住人が居るのか疑うような真っ白で何も無い部屋だったな。上が有利だと思って直ぐに部屋を出たけど人っ子一人無し。部屋を漁るのは怖いし仲間を見つけるのが優先だから降りてみたら理央と会った。客観的には判毒者が判毒チェックを信頼の出しにする戦略は考えられるけど、理央だから信じて来ちゃった。以下は理央と同じ」元の姿に戻って、そう説明する堂恵門によると開始位置は部屋の中もあり得るらしい。

「俺の開始位置は1203の室内。無味乾燥な一人暮らしのワンルームだった。俺の場合は部屋を出た後、部屋の構造やらアクセス制限やらが気になって部屋を覗きまくっていた。イースト側は避けて十三階で同じことをしていたら藤重ちゃん達に見つかった訳。というかゲームで他人の家を物色出来るのに覗かない理由が無いだろ?俺は君らみたいに糞真面目では無いんでね」佳陶は調子付いて言うが私達の合理性は利己的で短期的な生存のみを想定しているので、部屋に関する情報もあるに越したことは無い。

「部屋の出入りには銃撃のリスクがある。一人の時は特に気を付けること」藤重の忠告に「へいへい」誰よりも早く死にそうな軽薄さで答える佳陶。

「ただいま。誰も居なかったよ」さて私の番かと思えば時間内に犬湖が戻り、「次は俺ですね」佳陶が希望通り寿命を縮めに向かった。席に着いた犬湖と私がこれまでの経緯を説明する中で、新しく得られた情報は犬湖が0506前から生まれたことくらいだった。全員の話を纏めても戦闘や被毒を受けていない時点で、三人が敵、味方と両方の可能性を残していることは否定出来ず、チームメンバーとしては八通りの組合せが考えられる。今私と犬湖を襲うパターンは全員レッドで見張りを利用して更なる仲間を呼ぶ場合に限るが、嵌めるにしては皆丁寧過ぎる口振りなので表面上の一パターンを信じて良いと思うけれど。

「まだ誰もあたし達以外と遭遇しておらず被毒もしていないと。四人がウェスト側、一人が中央出身となると、敵はイースト側に偏在しているのかもしれない。人影は無いようだけど低所に屯するはずはないから、六階以上の何処かの部屋には敵や味方が隠れている。あたし達と同様に既に敵が集まっている可能性は高いわね」顎に指を乗せる藤重は一呼吸置いて「これらの情報を踏まえて今後の作戦を考えよう」前のめりに出る。

「その前に十四人全員が何の毒力者か知りたいです」藤重が敵なら教えるのを躊躇うだろうけど。

「あぁ咏以外には伝えていなかったか。あたし達を除いて順に言うと、現時点では神盲者が玉女たまおんな、換毒者は茶堂君、解毒者は麻倉君、超壁者はルメル、消失者は高橋、対偶者は絵野、構室者は梁住、墓掘者は南純、斃倒者が熊視となっている」あっさり開示されたので今後の謎解きの薄味を思うと逆に不安になった。だがほぅ、換毒者の茶堂君は敵である可能性が高いようだ。

「因みに藤重さんは全員とお知り合いで?」

「南純以外は少なからず見知った仲だわ。あぁ玉女も知らない人だけど」能記と所記の食い違う冗談を汲みつつ私の交友の狭さを確かめた。

「藤江さんと堂恵門さんは何を切掛けに出会ったんです?」

「確か去年の今頃、クリエイター系の集会で初めて会ったか」

「前から理央の小説が好きだったから表紙絵を描いてコラボしたいと思ったんだ。理央は人気者だから取り巻きが消えるまで二時間くらい掛かったけど」堂恵門曰く人気者の彼女と気軽に会えるのは何と光栄なことか、と媚び諂うのは弾切れする時くらいか。

「閑話休題。個々の毒力から言えることは絵野を見たらフェイクと思え、認知の外から撃たれたら高橋を恨め、班辺や南純が仲間なら儲け物ということ」班辺は勿論だが南純も私の毒力との相性が頗る良いので仲間であって欲しい。何処か波長が合う気がするし。

「何も無かったぜー」すると死を回避した佳陶が口笛と共に戻る。彼が聞き逃した話を藤重は要点のみ伝え、続いて堂恵門が見張りへ向かう。気を抜かないようにパネルで時間を確かめる。

「あたしや犬湖の毒力は応用性が低い。戦いを先導する為に重要となるのは応用毒力だ。特に咏の偽装は応用性に優れていて、敵対したレッドのメンバーに偽装して撹乱する、あるいは被偽装者を監禁して入れ替わったり、レッドが信頼したこちらのブルーに偽装して入れ替わる間に被偽装者が自由に毒力を発揮したり出来る。位置入替と組み合わせれば同一アバターの位置入替により被偽装者の保護が可能だ。視認条件があるから平時はあたしか経夜佳か犬湖が前に出て、咏は少し遠目から視認して準備すれば良いと思うわ」本人不在の下で話が進んでいく。

「戦闘的に役立つのは佳陶の位置入替。咏に対しては今言った通りだけど、相手の毒力を奪える経夜佳の入替も大事だわね。成るべく自分やその二人、現地で出会う仲間が生き残るように役に立たないあたしや一蓮者の犬湖と入れ替えなさい。一瞬の思考力と計算力と視力が試されるわよ」自己犠牲さえ厭わない姿勢に益々リーダーとしての風格を感じる。

「失敗しても怒るなよ」佳陶は変わらずヘラヘラと答える。下手な位置入替では無駄死にする可能性があるので、彼の技量が至らなければ私が盗毒して使いこなしてやろう。

「それで具体的な行動案だけど、まずは十三階の1301から1315、次に十四階の1415から1401まで歩いて一周、二周目は順に部屋まで観察してこれを中層辺りで繰り返し仲間か敵を見つけ出すのが良いと思うわ。今隠れているのは誰かの気配を感じ取った上での臨時入室か複数人での作戦会議の何れかだから、いつまでも篭ることは無い。五人行動は射線的に危ないし人数的に敵対しやすいから、あたし、経夜佳、犬湖の三人と咏、蛭間君の二人で距離を保ちながら分かれて一組ずつ相手を判別する。相手が三人以上の集団の場合、異なるチームを名乗る場合、判毒で嘘を吐いた場合は怪しいから戦闘準備に入るわ」

「1705は放置しますか」

「それについては」続く藤重の口を遮ったのはガタンと勢い良く入室する堂恵門だ。何かあったのか、彼女は一分近く残して見張りから帰ってきた。

「ちょっと待ってくださいー!この部屋は不味いです!」先程まで呑気だった彼女の表情が緊急性を訴える。アクセス制限は変化無いはずだが、まさか気付かぬ間に構室者が入り込んでいたのか。あるいは部屋に物理的な問題や危険なアイテムが潜んでいるのか。彼女は変わらぬ調子で言う。

「だって奥にそんなオブジェクトが!」一同呼吸を止めて後ろを振り返る。見る限り曖昧な壁と一本の蝋燭が揺れるだけだ。

「嘘だよバーカ」その声に振り返ると堂恵門が仮想銃の引き金を引いた。弾丸は一つの頭を貫き仮想世界で初めて見る黄色い血液が舞う。地べたにパタンと仰向けに倒れたのは藤重だった。

「残念、わたしでしたー!ではさようなら」弾けた笑顔でこちらに手を振るのは堂恵門の皮を脱いだ富良だった。三人が銃の狙いを定める時には既に境界を飛び越え、最後に犬湖の一弾が虚しく消える。足元には虚ろな目をした紫髪が首を曲げ、見事一発で殺られた事実が映る。

「クソ、偽装かよ!」言われた直後より位置入替を逃した自責の念からか、佳陶が構えた銃を外で鳴らそうとするので「追い掛けない方が良いです」冷静に肩を掴む。この状況、考えられる文脈はレッドの複数人グループが予めこの場所を特定しており、堂恵門が先程見張りに出た際に茶堂君が堂恵門と富良の毒力を入れ替え、堂恵門を銃で脅して何処かの部屋へ監禁し、堂恵門の偽装をした富良がこちらを奇襲したというものだ。どうやら偽装状態でも被偽装者と同じようにアクセス制限を突破出来るらしいが想定していなかった。一体いつ私達の場所を特定したかと言えば、各合流や見張りの時に発見された可能性もあるが班辺の透視に依るとしたら厄介だ。何にせよ茶堂君と富良が敵であることは凡そ確定したようだ。

「今下手に出れば挟み撃ちにされます。だから言って詰んでいる訳ではない。敵が一人だけを撃って去ったのは私達の毒力が読めないことに加えて、恐らく人数的に有利ではないからです。数秒様子を見た上でもう遠くへ逃げているでしょう」交替したブレーンの回転を佳陶はじれったそうに待つ。

「安心して欲しいです。堂恵門は毒力保存の為に生かされている可能性が高い。そのくらい利用価値のある毒力ですから。南純が仲間なら藤重さんだって蘇生出来ます」だが弾だけは有難く頂戴しておこう。藤重は真犯人を拝むこと無く倒れた。ゲームとは言え旧友に裏切られる気持ちは如何だろうと微量の毒を吐いてみる。

「報復するなら今の内です。だけど一気に二人を失った私達に出来ることは限られるから立て直す必要があります。場所もバレたことだし、取り敢えず新しい仲間を探しに行きましょう」私が言うと焦る佳陶と怯える犬湖の痙攣が収まる。過ぎたことを後悔しても仕方ない、このゲームが教えてくれるのはきっとそういうことだ。

 パネルに映るゲーム内時刻は十三時四十分。そろそろあの子と会いたい。


 ――Blue:6 vs Red:7――

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