初枝おばあちゃんのお話

佐倉伸哉

本編

「おばあちゃん、聞きたい事があるんだけど、いい?」

 僕は、今年米寿――88歳になる初枝おばあちゃんに声を掛けた。

 金沢で一人暮らしをする初枝おばあちゃんは、とても元気で明るくて、若々しい。髪の毛は真っ白だけど、背筋は曲がってないし歯もしっかりあるし、おばあちゃんだけどお年寄りのイメージっぽくない感じ。耳もしっかり聞こえるし、ボケてもいない。

「なんや~? ばぁばに聞きたい事って?」

「夏休みの宿題で、“戦争のお話”を聞いて作文を書かないといけないんだ。戦争の時のお話を聞かせてくれない?」

 小学3年生の僕は、夏休みに宿題として課された“戦争のお話”をテーマにした作文を書く事になった。お盆の帰省で金沢に来たので、これを機に戦争の時のお話を聞こうと思ったのだ。

「戦争、ねぇ……」

 初枝おばあちゃんはそう漏らすと、ふと遠くを見つめる。元気で明るい初枝おばあちゃんには珍しい姿だ。

 暫く黙っていた初枝おばあちゃんは、少しだけ悲しそうな顔をしてから僕の方に向いた。

「……ほうやね。こんな辛い事は、次の代にもしっかりと伝えんといかんわね」


 太平洋戦争が始まったのは、アタシが7歳の時。ラジオや新聞で大騒ぎしていたのが印象に残っていたわ。子どもながらに、『何かが起きている』って感じたよね。

 金沢にも陸軍の師団があったから、兵隊さんを街で見かける事はあったわ。でも、その軍人さんが異国に渡って戦争の最前線に赴く事は、具体的に想像出来てなかったかもしれない。

 最初の内は“どこどこで勝った”って情報がラジオや新聞で沢山伝えられたから、みんな大喜びだったわ。アタシも学校で「兵隊さん頑張れ!」って気持ちになったのを覚えているわね。でも……次第に、お祭りみたいな雰囲気は薄れていったわ。配給で食料が配られるのだけど、お芋や小麦粉とかばかり。今ではお米を当たり前のように食べられるけど、あの当時はとてもじゃないけど滅多な事では出てこなかったわね。

 そして――忘れもしない、77年前の8月1日。

 あの日、東の空は夜にも関わらず真っ赤に染まったのを、今でも覚えている。山の向こう、富山の方角が暗闇の中で赤々としているのが一晩中ずっと続いていたわ。後から聞いた話だと、その夜、富山はアメリカ軍の空襲を受けていたの。

 ……正直、怖かったわ。金沢は奇跡的にも空襲を受ける事は無かったから、空襲警報が鳴ってもどこか「今回も大丈夫だろう」と思っていた節があったの。でも、あの日の真っ赤な空を見たら、身近にも迫っている事をヒシヒシと痛感させられたわ。

 戦争って、怖い。11歳のアタシが心の底からそう思ったのは、あの8月1日の夜からね。


「……こんな感じ、かしらね。ばぁばの話、これで分かったけ?」

 話し終えた初枝おばあちゃんは、ニコッと笑った。

 夏休みの宿題で“戦争の話”を作文にしないといけないと分かり、僕は正直「メンドくさい」と思った。でも、それは間違っていたと思い知らされた。戦争の辛さ、大変さ、そして怖さは、絶対に聞いておかないといけないと、小学3年生の僕でもそう思えるくらいに大事な事だと分かった。

「……うん!」

 僕も、いつか初枝おばあちゃんから聞いた話を、僕の子どもや孫に伝えていこうと胸に誓った。戦争で悲しい思いをする人が出ない為に――。

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初枝おばあちゃんのお話 佐倉伸哉 @fourrami

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