監督がぼくを睨んだ。ギロリという擬音が聞こえてきそうな三白眼で。


「なんだと? アダルトビデオ以外に、一体何があるって言うんだ?」


「た、確かに……」


 そそそ、そんなの聞いてないです! と内心で思うのと、これまでの数々の違和感が脳内でカチリと繋がったのは、ほとんど同時だった。


 西さんと監督の強面すぎる風貌、監督の背中の刺青、ディレクターではなく監督という言い方。そう、つまりここは、『ヤクザ』が経営するAV会社なのだ……


 どうりで、とぼくは思った。


 どうりでぼくにしては、都合よく話が進むはずだと思っていたところなのだ。


 七件めにしてようやく勝ち取った再就職の内定が、突然のコネ就職者の登場によって皮肉にも今日という初出勤日に取り消しになってしまったその直後、人事部長の妹尾さんの元へタイミングよくかかってきた電話によって、その会社よりも待遇のいい、同じ職種の会社を紹介されるなんてそんなこと、なんだか都合が良すぎると思っていたのだ。


 けれどもそこが、ヤクザの経営するAVの制作会社だったというオチならば非常に納得がゆく……


「まあいいだろう」監督が言った。「とりあえず、座ってくれ」


 『ダメ押し』として、宇野監督の小指が『ない』ことに気が付いたのは、監督がぼくにパイプ椅子をズッと差し出した、その拍子だった。監督がなぜだかぴっちりとした手袋を左手にはめていることに気付いたのだけど、その小指の部分があからさまに、『グニッ』とありえない方向に折れたのだ。


「いっ、いえ、あの、その……」


 とこうなってみると、監督が『その筋のお方』だということは、もはや間違いないのだろう。百万歩譲って違うとしても、そもそもの話、アダルト業界で働くなんてことを『あの』母さんが許してくれるはずもない。よって早々に断って帰るしかないことを伝えようとしたその直後、背後からガチャリという音が聞こえてきた。


 ギクッと思いながらもできるだけそっと振り向いてみると、玄関ドアに鍵をかけている西さんの姿が見えた。チェーンまでしっかりとかけている。


 どこまでもぶっきらぼうな口調で監督がぼくに声をかける。


「おい、君は立っているのが好きなのか?」


「えっ!? いっ、いえ、その、あの……」


「じゃあさっさとそこのパイプ椅子に座るんだ——西! 茶だ!」


 突如として響き渡った監督のその言葉にぼくは、ぎゅう、と頭を押さえつけられるようにして腰を下ろした。


 瞬間ギシッと鳴ったのは、ぼくの心も同じだった。

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