「その、筋?」


「つまりその、ヤクザさまかと……」


 監督は部屋の奥にいる西さんときょとんと顔を見合わすと、一緒になって大笑いし始めた。


「はーっはっはっはっはっはっ!」


「ぐはっ、ぐはっ、ぐはっ、ぐはっ!」


 と各々無遠慮に笑い終えたあとで、すっと立ち上がった監督がぼくの肩をバシバシと叩いた。


「おいおいルパン君。どこをどう見たらこの私がヤクザになるんだね、んん?」


 いえ、割と普通にそう見えますが……という言葉をどうにか飲み込んだあと、


「ええっとその、刺青と、小指の方が……」


 とそうぼくが口にすると、ようやく合点がいったというように監督は頷いた。


「ああ、なるほどな! そういうことだったのか! いつもは女優さんを怖がらせないために配慮しているんだが、今はスタッフだけなんで油断してたよ!」


 にこにこと愉しげに笑いながら、監督が小指の先端部の手袋をグニグニと折り曲げた。


「わたしの実家は酒屋だったんだがな? 手伝いをしてるときに、親父の運転するフォークリフトの昇降部に持ってかれてしまったんだよ。まだ高校生だった頃にな。そして刺青の方だが——」


 監督はおもむろにポロシャツを脱ぐと上半身裸になって、ぼくに背中を見せながら首だけで振り返った。


「どうだ、これでも私が、ヤクザになど見えるかね?」


「——!?」


 ぼくは絶句したままに、監督の背中をまじまじと見た。


 その一面には、予想していた通り、カラフルな刺青がこれでもかと彫られていたのだけれど、その絵柄は龍や鳳凰の類ではなく、今をときめくアイドルグループ、『月極つきぎめディーヴァーズ24』のメンバーをアニメ化している、いわゆる『萌え絵』のそれだったからだ。


 条件反射的に、センターの女性にじっと目を奪われているぼくに監督が声をかける。


「わかったかい? これで私が、ヤクザではないということが」


 はっと我に返ったぼくは頭を下げた。


「は、はい。早とちり、失礼いたしました……」


 監督はポロシャツを着ると、また左右に首を振った。


「かまわん、かまわんよ。小指がなくて刺青を入れた男が怒鳴っていたら、ヤクザに見えるのは当然のことだ。しかもこの業界のイメージ通り、実際に昔はヤクザが絡んでいる事務所もたくさんあったし、ごく一部とは言え今もある。私のところは違うがね」


「そうなんです、ね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る