14

 母さんは一体何のことを言っていたのだろうか? やっぱり、Uのことがバレているのだろうか……?


 そう言えば今日に限って、こういう何らかの節目の日には必ず届く、母さんからのメッセージがなかったことも不思議だった。


 気になったぼくは念のため、バッグに発信機の類が入っていないかを確認した。でも幸いその手のものは見つからなかった。


 その後スマホのGPS機能とアプリにおかしな点がないか一通りチェックしてみる。その途中で自分が異様な行為をしている気がしてきて妙に凹んでしまったけれど、あの母さんならそうしていても不思議はないから仕方ない、と己を勇気付ける。


 と。母さんのことを考えていたからだろうか、気が付けばぼくは母さんの『武勇伝』を思い出していた。


 あれはまだぼくが小学生のときだった。


 ぼくはあるクラスメイトから、いわゆるエロ漫画雑誌を借り受けて持ち帰ったのだけど、それがその夜、母さんにばれてしまったのだ。


 母さんはぼくから事情を訊きだすと、それを持ってすぐさまどこかへと出かけて行った。そのクラスメイトの家へ、文字通りの怒鳴り込みをかけたのだ。


 そして金輪際うちの子供に近づくな、と啖呵をきって帰って来たらしい。帰宅した母さんが、まるで天気の報告でもするような調子で淡々と事後報告したときのことは今でもはっきりと覚えている。


 きっとぼくが長い長い不妊治療を経た末の、四十歳を超えてからようやく授かることのできたひとりっ子ということも関係しているのだろう、そんな母さんのぼくへの過保護と過干渉は、十三年前の交通事故で父さんが死んで以来、ひどくなる一方だった。


 それまでも勝手にぼくの部屋へ入って掃除するのは普通だったのだけど、父さんが死んでからは、勝手にものを捨てるようになったのだ。


 以来ぼくの部屋からは、セックスを想起させる性的なものがことごとく排除され、代わりに文学全集が置かれるようになった。


 文学全集と言っても、太宰治や谷崎潤一郎のような退廃的な作家のものは避けられて、芥川龍之介や宮沢賢治などの、幻想的な作風の作家のものしか置かれなかった。それでぼくはいわゆるエロ本やAVに縁がない人間になってしまったというわけだ。


 そもそもこのスマホだって、アダルト関連のサイトが一切閲覧できないように、フィルタリング機能がかけられているほどなのだ。だから宇野監督から教えてもらったURLも表示できなかったというわけだ。


 きっと普通の男子なら、それでもどうにかして観たりするのかもしれない。フィルタリングを解除しようと懸命にパスワードを推測するのかもしれない。スマホを別に、こっそりと契約するのかもしれない。


 けれどもぼくは、性器にちょっとしたコンプレックスを抱えていて、自身の『それ』をできるだけ目にしたくはないがために、そういうものから、自分の方から遠ざかるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る