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もしも今ここで洗いざらい本当のことを言って、できればUで働いてみたいと言ったら、母さんは一体どういう反応をするんだろうか?
一瞬その誘惑に駆られたけれど、普通に思い止まることができた。ヒステリックに喚き散らす母さんの姿をありありとイメージすることができたからだ。
「ところで航介さん。わたくしに何か言うことはございませんか?」
「何でしょうか……?」
「ご自分の胸に手を当てて考えてみてくださいませ」
ぼくは本当に胸に手を当てて考えた。これも示現家の決まりなのだ。
「……わかりません」
「本当にわかりませんか?」
——と。嫌な予感が喉元をかすめていった。
もしかして、今日のことは全部バレているのではないだろうか……? ぼくは胸に手を当てたままその可能性を考えた。
あるいは、母さんが妹尾さんに問い合わせたのかもしれない。バッグに盗聴器のようなものを仕掛けられていたのかもしれない……
ぼくはそうかもしれないと仮定して、用心しながら再度答える。「わかりません」
「申し訳ありませんが、スマートフォンを見せてください」
「……はい」
ぼくは言われる通りにスマホを提出した。大丈夫、Uの電話との通話記録はないし、さっきのURLも履歴は残ってはない。だから大丈夫、大丈夫——
母さんは今の若者並みに慣れた手つきで淡々とぼくのスマホを調べたあとに、ぼくに返した。
「よろしいでしょう。最後にもう一度だけ尋ねます。本当に心当たりはございませんか?」
ぼくはまた胸に手を当てて考えたけれど、本当にわからなかったからそのままを答えた。「わかりません」
母さんとぼくは無言のままに見つめ合った。
ぼくはそこはかとなく緊張しながらも、前髪と毛先共にパッツリと切られている母さんのミディアムボブを見て、また少し白髪が増えて、ますますグレーになってきたな、とそう思った。
その状態のまま、たっぷり十秒以上が過ぎ去った。
それがもう十秒ほど続いたあとで、目の前に積もった沈黙を払いのけるように母さんが言った。
「よろしいでしょう、手を下ろしなさい」
手を下ろしたぼくに母さんが続ける。「いずれわかることと思いますので、そのときに反省してくださいませ。そして覚えておいてくださいませ。次は絶対に許しません。『絶対に』です。よいですね?」
「……わかり、ました」
まったくわからなかったけれど、そう言ってぼくは頷いた。そうしなければ、二階の自分の部屋に行けないことがわかっているからだ。早く二階に行って、花音さんのDVDでも観てリラックスしたかった。
「ではお行きなさい。夕食までには、
「はい」
ぼくは立ち上がると、恐々としたままエレベーターで、二階にある自分の部屋に向かった。
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