大丈夫、いざとなったら、断れば済む話なんだから。だから大丈夫、大丈夫——


 セミの声が悲鳴に聴こえるほどの炎天下。

 ぼくは繰り返し自分に言い聞かせながら、西にしさんという大男の後ろをてくてくと歩き続けている。


 妹尾せおさんが紹介してくれた、あるテレビ番組制作会社の面接を受けるために。

 そこでADアシスタント・ディレクターとして働くために。

 かれこれ十分近く歩いているけれど、一言も会話はない。


 ぼくは母さんが持たせてくれた糊の効きすぎたハンカチで、噴き出る額の汗をこっそり拭った。

 こっそり拭う必要なんてまったくないのだけれど、漫画・怪物くんのフランケンを実写化したようないかつすぎる西さんの前では、自然とそうしなければいけないような気になってしまうのだった。


 おもむろに西さんが左に曲がり、ビルのエントランスに入って行った。


 それはエントランスという言葉がまったく以って似合わない、確実に昭和から建っているに違いない、くたびれた雑居ビルだ。


 そこはかとない靴の臭いが立ち込めている、やたらと遅いエレベーターに二人で乗って四階で降りた。


「ぃれ」


 株式会社ユーというプレートの貼られたドアを開きながら西さんが言った。こもりすぎてうまく聞き取れなかったけれど、どうやら入れと言ったらしい。


「……失礼します」


 まるでサウナかと思うまでに蒸し暑い部屋に入ったその直後、一体どうやって断ろうかと早くも考えだしているぼくだった。

 機材やメディアで散らかっているのは別にいいのだけど、中で待っていた男性の着ているポロシャツの袖から、ほんの一瞬とは言え、確かに刺青が覗いたからだ。

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