第ニ場 語り手としての違和感

 いつもの手はずで管理人室に連絡をとり、裏口から会社へと入る。気軽に入ることが出来るはずのこの管理人室に、入りづらいのは今日の目的のせいだった。

 管理人室の前で礼史は足を止めた。そして大きく息を吐いた。ドアに手をかける。


 ドアを開けると、いつにも増して物であふれかえり、殺伐とした雰囲気のダンボールの山が見えた。

「世良さん、お疲れ様です。引っ越しの準備ですか?」

 ダンボールの裏から、ひょっこりと世良が顔を出す。

「ああ礼史くん、すまないね散らかっていて。本格的に転職が決まったからね、長年で溜まった私物と捨てるものを、分別しているところだよ」

 額に汗しながらも、爽やかな表情で世良は言う。今は余暇を利用して窓の手伝いという名目に置いてUTと仕事をしているが、所属自体はまだタマルなのだ。そんなに簡単に移ることは出来ないらしい。後任への引き継ぎ資料だとか、色々と大変らしい。それは礼史も聞いていたから、知っていた。


 ここで、この一ヶ月余りの時間の中で、様々なことが起こった。

 というかここでばかり起こり過ぎなのである。そして起きた出来事に対して、メリットの大きい人物を考えれば、自ずと答えが見えてくるのだ。


「世良さん、少し話してもいいですか?」

「ああ、いいとも」

「現状に、この結果に満足ですか?」

「そうだねえ、礼史くんの思っている通りであっていると思うよ」

 世良は下を向きながら、自嘲気味に言った。

 礼史は問いかけた。

「……亡霊から始まった一連の騒動、糸を引いていたのは世良さんですよね」

「やっぱり、気付いていたんだね」

 世良は手を止めると、ちゃぶ台の上から荷物をどけて、まわりに座れるスペースを強引に作った。そして礼史をそこへと誘う。

「お互い、言わんとしていることは分かったけど、少し話そうよ。さあ、どうぞ」

「はい」

 礼史は靴を脱いで畳のフロアへと上がっていく。世良が発する。

「何がきっかけで、私を疑ったのかな?」

「……俺は窓みたいに上手く事実を繋げては話せないので、端的に言いますけど、一番は、『ラップ音』です」

「ラップ音?」

 世良は首を傾げる。礼史は首を振る。

「いや、正確には『マウスのクリック音』ですよね。俺が怪奇現象や音声に出くわした時は、絶対にその音から始まっていたんです。カチってね」

「……なるほど、それは凡ミスだね」

「そして一連の現象、それを実現できるのは世良さんの技術だけなのかなって。

 おじさん――田丸秀勝――の映像を合成するのだって、多分簡単なんでしょ。だけどいつも同じ姿で同じポーズだから、きっと元ネタは少なんだろうけど。

 極めつけは鉄哉さんの音声をあっという間に作ったことです。あれが出来るなら、怪電話や社内での怪音声も『出来る』と自白しているようなものですよ」

 世良は腕を組んで、頷きながら話を聞いていた。そして顔を上げた。

「礼史くんにも、そこまで分かっていたんだね。ならば何故それを指摘しなかったんだい?」

「……分かりません。止める必要が無かったと言うか、流れに乗ったと言うか。

 シナリオ通りに進んでも、なんら問題が無かったからだと思います。違和感はあっても、誰もそれに異を唱えない、ドラマを見ているような……」

「……そうだね。その通りだ。実際穴だらけだったはずなんだ。

 なのに誰も異を唱えない。まさしくそれだよね。皆きっと礼史くんと同じように、私のシナリオに乗ってくれただけなんだ。私の目的が、デメリットであると考えなかっただけなんだ……」

 礼史はぐっと目を見開いて、世良の顔を見つめた。

「教えてもらえませんか? 世良さんの目的はなんだったのか」

 世良は頷くと話し始めた。

「目的は、今達成されていることだよ。簡単に言えば、私の古巣である<株式会社ノウ・ウェイ>の復興とでも言えばいいのかな。晴人くんが来た時に話したと思うけど、私は賢治――晴人くんのお父さん――と、親友で共同経営者だった。そしてその会社は、私の転職とともに徐々に傾いたのは事実なんだ。もちろん誰も私せいになんてしなかった。面と向かって言われたのは、この間の晴人くんが初めてさ。それでもずっと何とかしたいと思っていた」

 礼史は黙って、世良の話を聞いていた。

「そんな時にね、私が惹かれた偉大な人物が亡くなってしまった。田丸秀勝という稀代の経営者さ。そして全く評価していなかった男が、その後継に着いてしまった。それが兄の田丸鉄哉だよ。悪いけどその時点で、私はタマルに対して何の愛着も無くなってしまったんだ。日に日に、古巣への思いが募っていったよ。

 でもね、ここに希望もあった。それは窓くんの存在だよ。日に日に成長して秀勝さんに似てくる様子を見ているのは、とても楽しかった。タマルの現状を憂いてはいたけれど、彼の存在は失いたくなかった」

 そこまで黙って聞いていた礼史が、口を挟む。

「それで、ノウ・ウェイの復興に、窓を巻き込んだってわけですか」

「その通りだよ。正直、ここまでトントン拍子に話が進むなんて思っても見なかった。実際、結婚記念パーティーについては私は何の差し金もしていない。あるべきこととして発生しただけなんだ」

 礼史は首を傾げる。

「いや、でも照明に細工したでしょう? あれがなければ窓はその場で捕まっていたはずです。窓があの場を去ることを幇助したのは世良さんですよね?」

 世良はハッハッハと、大きな笑い声を上げた。

「礼史くんは私を買いかぶり過ぎだよ。確かに映像や音声を過去の動画から拾ってくることは私にも出来る。だけどね、あんなに大きなホテルの、あの会場のだけの照明を落とすなんて出来るわけないよ。そんなこと、犯罪になるしね」

 礼史の顔が青ざめる。

「……じゃああれは? 一体何ですか?」

「……私はね、超常現象なんてまるで信じていない。でもあれに関しては、説明のしようがないんだ。私はあの時、秀勝さんに背中を押されているような気持ちになったんだ。秀勝さんが、窓くんを逃したんだと思うんだ」

「要するに、あれはガチ怪奇現象だと?」

「技術者として恥ずかしながら、私はそう確信しているよ」

「怖っ」

 礼史は総毛立つ感覚に襲われた。その姿を見て世良も笑い声を上げた。そしてひとしきり笑うと、話を続けた。

「……だからね、結婚記念パーティーでの一件で、私のシナリオは一つ不要になったんだよ。窓くんの鉄哉さんへの憎悪を掻き立てる必要は、もうなくなったんだ」

「それが気になったんです。あの時の『テツヤニコロサレタ』は、それでなくても信じるのが難しいような現象でした。何故実行したんですか?」

 世良はここでも、参ったとばかりに苦笑を浮かべた。

「実行したというよりも、私は実行されられたんだと思うんだ。実はね、あの日に怪音声を流すのはやめようと思っていたんだよ。でもね、見事に社長室前に行く流れに持っていかれて、更に私をここに一人にされてしまった。

 もうね、『お前の計画通りにやってみろ』と言われているようだったよ」

「誰に?」

「窓くんに決まっている。きっと窓くんは分かっていたんだ、分かっていた上で私を試したんだよ。

 あの君の携帯に、そして社長室前で怪音声を流した時点で、私は音声合成が出来る人間だと分かって、そのうえで『鉄哉さんの声』を私に作らせて実力と精度を試したんだよ。今進めている『ボイス・イズ・マネー』プロジェクトの試金石として」

「まさか……」

 礼史に戦慄が走った。

 ――本当だろうか。

 窓は、自分の親友は、そこまで考えて行動をしていたのだろうか。

 思い返してみれば、確かに結婚記念パーティーまでの窓は自らの意思で行動している様子が見て取れた。だから時に感情を行ったり来たりしているような雰囲気があった。だが亡霊のことを話して以降、窓は変に抵抗することが無かったように思う。

 もし本当に結論を描いた上で行動をしていたのだとすれば、怖いと礼史は思った。

 世良は礼史の様子を見ながら、話を再開した。

「窓くんの着地点がどこだったかは分からないけれど、彼がタマルを離れようとしていたのは、私の意思と関係なく、避けられなかったと思う。

 彼はパーティーのスピーチで言ったよね、経営者になるって。そこに『タマルで』という言葉は無かった。だから、私が晴人くんを誘って窓くんに引き合わせた時、窓くんはしてやったりと思ったに違いない。利用できる媒体として、私の計画に乗っかったんだ。私はそう思う」

 礼史は、自分の推理以上のスケールになった話に、ただただ呆然としていた。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、世良は呟いた。

「蛙の子は蛙……まったく、秀勝さんの血は争えないね」

 礼史も、それに深く頷く他なかった。

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