第四場 開口
――管理人室に戻った一同だったが、積極的に言葉を発する者は無かった。
確認したところ、電話越しの世良には『テツヤニコロサレタ』という怪音声が聞こえていなかったようで、それを聞かされた世良は、現場にいた面々と同じように、顔を引き攣らせ、その場にへたり込んでしまった。
反対に、世良が監視カメラ越しに見た映像も見せてもらった。確かに窓と礼史と蒼人が映っており、窓の目の前には、以前の映像と同じく、仕事着の一張羅に身を包み、前傾姿勢でダランと立つ秀勝の姿が映っていた。
礼史が一人芝居のようだと感じた、窓の虚空へのアプローチも、監視カメラ映像越しで見ればしっかりとした相手役のいる演劇だった。
しかし、この映像へのリアクションは皆一様に薄かった。正確に言えばそれどころではないと言った方が正しい。亡霊の映像も、数度見て慣れてきていたのもあったかも知れないが、それよりもセンセーショナルな内容の怪音声の方に頭がいっていた。
どうすべきか――。
礼史は考えていた。正直な話、誰しもが考えたことがあるのかも知れない。それでも不謹慎という名の同調圧力によって、口には出来なかったように思う。
田丸秀勝という人物が亡くなって、最も得をしているのは誰かということだ。
その答えは故人の兄・田丸鉄哉以外にはあり得ないだろう。
鉄哉は起業に失敗し、三十代後半で当時既に軌道に乗っていた<タマル・システムズ>に転がり込んできたと聞いたことがある。そして社長と兄弟であるという誼で、取締役専務というポジションに就いた。役員の傍ら、主に営業関連で力を尽くして、秀勝に次ぐ会社のナンバー・ツーとして、社外からもそれなりに顔の知られた存在だったようだ。
これだけ見れば、秀勝には恩義しか感じ得ないように思えるが、兄弟として、弟がトップに君臨しているという気分はどうだったのか。そして、自分とは対象的に、弟は美人な妻と結ばれ、可愛い息子を育てているという充実ぶりはどう映ったか。それは本人にしか分からない。
ただひとつ言えるのは、秀勝の死によって、それらは全て鉄哉のものになったと言うことだった。社長の肩書、美人妻、もっとも、可愛い息子には反旗を翻されてしまったが――。
「……言っていいですか?」
礼史は意を決して問いかけると、皆顔を上げて礼史を見た。反論が特に無かったので、礼史はこれを言って良いのだと判断して口を開く。
「鉄哉さんが秀勝さんを……ってのは、あり得ると思います」
「…………」
誰も何も返さなかった。礼史は続けた。
「だって、鉄哉さんにだけメリットがありすぎですよ、みんな、分かってるでしょ」
「まあ……な」
蒼人が小さく答えた。それに続いて世良も声を出す。
「考えなかった人はいないだろうね。特に尋美さんと結婚すると言い出した時には」
その言葉に反応したのかたまたまなのか、窓が呟いた。
「……分からない」
「どした?」
蒼人が窓の顔を覗き込む。
「分からないんです、何があって父さんに、あんなことを言わせているのか……」
礼史にも気持ちは分かった。亡霊になって尚、伝えたかった思いが、まさか敵の名前だったなんて。そんなことを言わざるを得なかった秀勝を慮ると、どうしようもない無念、無情感が伝わってくるようだ。
「どうするよ……これから」
礼史が発すると、窓は目を鋭くして世良を見た。
「世良さん、頼みがあるんですが」
「!? なんだい?」
油断していたのか、ビクッとした世良がとっさに返事をする。
「しばらく、僕をここに置いてくれませんか?
……とても自宅に帰る気にはならないんです。あれだけの啖呵を切ってしまったし、何より、父さんの敵かも知れない人間と、同じ屋根の下に居たくないんです」
悲壮な訴えに世良は腕を組み何やら考え込む。そして申し訳無さそうに頭を振る。
「……窓くん、それは難しいかも知れない。ここは私が勝手に半分住み着いているけれど、歴とした会社の施設なんだよ。私に相談に来る社員の目もあるし……」
考えてみれば当然だった。蒼人が入り浸っていることもあり、何となくたまり場のような感覚になってはいたが、ずっと身を置かせてはもらえない。
それが分かったのだろう、窓は残念そうに呟いた。
「分かりました……父さんのそばにいたかったんだけど、仕方ないですね……」
その姿に居た堪れなくなったのか、世良は姿勢を軟化させた。
「……しばらく、っていうのは無理だけど、ひとまず二日三日なら、問題ないよ」
「いいんですか!?」
窓の表情がパッと明るくなった。世良も笑顔で頷く。
「まあ少しならね。場合によっては、外してもらうことあるかも知れないけど」
礼史が拳を突き上げてみせる。
「そん時は俺が暇つぶしに付き合ってやるよ」
「ありがとうございます、礼史もありがとう」
窓は改めて礼を言うと、柔らかい表情で笑った。
◆◆◆◆
この日はひとまず解散の流れになった。
蒼人の情報では、鉄哉と尋美は<唐川プリンスホテル>に宿泊するということだったので、帰宅しても窓が顔を合わせることはないらしい。窓も荷物を取りたいという考えもあったことから、一時的に帰宅することになった。
激動の一日が終わりを迎えようとしていたが、礼史の気持ちは晴れない。というか、関わったメンバー全員同じ気持ちだろうと思った。
もしかすると、結婚記念パーティーにいた人間自体、皆が寝付きの悪い一日だったのかも知れない。
――窓と礼史は帰宅の途に付きながら、会話をしていた。
「亡霊の言葉、お前はどう考える?」
二人になったからか、礼史は遠慮なく単刀直入に訊いた。窓も特に臆すること無く答える。
「僕は信じるよ。もっとも確証がない以上は、何もしようが無いけれど」
「俺も……信じる。このままにしておく、ってことはないだろ?」
「もちろん。確証を得るために動くよ」
窓は力強くそう言った。礼史はその目に秀勝に近いものを感じて、何かやってくれそうな期待感を覚えた。
しかし同時に不安もあった。もし鉄哉が殺人犯であるという『確証』を得たならば、窓は何をする気なのだろうか。今日一日の窓の行動を鑑みるに、並大抵のことでは済みそうもない。礼史だって親が同じ目にあったら、何をするか分からない。適当な正義感を振りかざしても、何の説得力も持たないだろう。
「確証を得たら……お前……」
そこまで言って、礼史はその先を訊くのを止めた。
「大丈夫。ただちょっと――」
窓は目を見開いた。
「――復讐するだけだよ」
礼史は総毛立つ感覚に襲われた。聞くのが怖かったセリフを、今まさに親友が口にしてしまったのだ。
しかし礼史とて現代人の端くれだ。フェーデや仇討ちという時代には生きていない。いくら相手が憎き親の仇だったとしても、親友が法を犯すことを見過ごすことは出来ない。もしもの時は、自分が身を挺してでも、必ず止めなければ――。
礼史は人知れずそんな決意を固めていた。
そんな硬い表情をした礼史に気が付いたのか、窓は笑った。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「……心配しないで、僕は父さんの教えを守る。ニュースを見ながらよく言ってたんだよ。『殺すということ以上の悪は存在しない』ってね。
だからもし、その時がきても、僕はその言葉に恥じないようにするさ」
礼史は窓のその言葉に少し安心した。しかし同時に思った。
――殺すということ以上の悪は存在しない。
その『悪』が父親に向けられた確証を得た時に、窓の言う恥じない行動とは一体なんだろうかと。
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