第20話 魔王の誤算


 ブラウ誘拐事件から数日が経過した。

 町のほうは、三つの裏組織の壊滅と代官の悪事の露見で多少混乱はあったものの、犯罪組織がいなくなったことでジュラスは平和となり、賑やかな活気を取り戻しつつある。

 まあ、警備隊や役所はどこも右往左往しているらしいが。公爵家の娘のレヴィアが上手いこと采配してなんとかなっているという噂を耳にしている。

 そんなジュラスの町をエリザとリリスを侍らせて歩いていると、


「おぉ! ジュラスの英雄マオー様御一行じゃないか! これを持ってけ!」

「英雄マオーさまぁ~! ウチに寄ってかない? おまけするよぉ~!」

「ジュラスを救った英雄マオーには感謝してるんだ! 無料でいいぞ!」

「今日も別嬪さんを連れてお熱いねぇ!」

「ふっふっふ。うちの焼き鳥は以前、英雄マオー様が買ってくれたんだぜ! 英雄マオー様のご贔屓の店へいらっしゃい!」

「英雄マオー様たち! 飴ちゃん食べるかい? ほれ、遠慮せずに!」


 ジュラス市民がオレたちに声をかけ、近寄って来たかと思うと、様々な貢ぎ物を手渡してくる。商店街を抜けただけでオレたちの手は塞がれてしまった。

 うむ。魔王たるオレに貢ぐとは良い心がけである。ありがたくいただくとしよう。が、ちと多すぎるな。

 このまま散歩できるわけもなく、一度『家妖精の鐘』へ戻ることに。

 貢ぎ物をシルキーに渡すと、店には数日ぶりに顔を見せたピーターが席に座っていた。他の構成員も集まっており、営業時間外にもかかわらず店内はほぼ満席だ。


「ピーター。久しぶりだな」

「おーう。旦那、久しぶり。姐さんたちも相変わらずお美しいことで」


 片手を挙げて挨拶をするピーターの声に覇気がない。数キロ痩せたのか頬がこけ、目の下には隈ができている。睡眠時間を削るほど忙しくしているようだ。

 辺境都市ジュラスの裏を支配していた組織が三つも壊滅したのだ。裏組織がいたからこそ、ある程度の秩序を保っていたところもあり、次なる裏のトップを虎視眈々と狙う輩が暴れたりして、小さな騒動も起こっていたらしい。

 だが、そこで動いたのがピーターたち【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】。抗争を始めて秩序を乱した責任として、瞬く間に東、北、南を制圧。ジュラス全土を【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】が支配することになったという。

 もともと【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】はマフィアとは言えないマフィアで、市民の味方という側面が強かったから、ジュラス市民からも概ね好意的に受け入れられているらしい。

 ちなみに、ジュラス平定の原動力となったのが、とある小料理屋の親子の手作りおにぎりだったとかいないとか……。


「いいのか、ピーター。他の女を褒めて。シルキーに聞こえるぞ」

「これくらいはいいんだよ。シルは気にしねぇ。家妖精だからな」


 家妖精だから他の女を褒めてもいい? どういうことだ?

 まあいい。そんなことよりもピーターに言いたいことがあるのだ。


「ピーター、おぬしに一つ問いたいのだが……」

「おう。いいぜ。だが、その前に俺からも一ついいか?」


 良いぞ、と頷いて促すと、ピーターはなにやら顔を真っ赤にして気まずそうに視線を逸らす。


「姐さんたちのソレをどうにかしてくれ……! 見てるこっちが恥ずかしいわ!」

「ん? ソレとは?」

「吸血行為と吸精行為だ!」

「「チュパチュパ……ペロレロ……ジュルル!」」


 エリザとリリスがオレの首筋に喰らいついて、卑猥な音を奏でながら血液や精気を貪欲に吸い取っている。吹きかかる熱い吐息がくすぐったく、微かな嬌声が艶めかしい。

 まったく、ところかまわず吸うようになりおって。

 だが、この状況に慣れた自分がいる。彼女たちが首筋に顔を埋めてくると『はいはい、吸うのね』とつい好きにさせてしまうのだ。


「これがどうかしたか?」

「おいおい……その行為の意味が分かっててその態度なのか、旦那? そういう趣味じゃねーだろうな?」

「そういう趣味? 行為の意味とは?」

「知らねぇのかよ!」


 ピーターが呆れ果てている。だからいったいどういうことだ? オレには全く分からぬ。

 はぁ、と彼はため息をつき、律儀に説明してくれる。


「旦那、吸血鬼ヴァンパイアの吸血行為や淫魔サキュバスの吸精行為ってのはな、性的興奮で衝動が起こり、彼らにとっちゃ性行為と同等の愛情表現なんだぜ! 普通は公共の場所でやらねーの! 人前でヤるなんて、露出趣味の変態プレイか、ピンクのイチャラブ世界を形成する、お互いしか見ていないバカップルだけだ! 旦那はどっちでもないだろう!?」


 性行為と同等の愛情表現だと!? ま、まさか、今この状況は外でヤッてると思われているってことか?

 だからピーターが気まずそうに顔を逸らし、構成員たちも顔を真っ赤にしてチラ見していたのか。レヴィアに告げた時も顔を真っ赤にしていたな。ようやく合点がいった。

 異世界の常識は難しい。他にもオレが知らない常識がたくさんありそうだ。


「……それは知らなかった」

「常識だぞ。ったく、姐さんたちも知っているだろう!? 教えてやれよ!」

「エリザとリリスは訳ありでな。常識を知らぬ。もちろんオレもな」

「訳ありかぁ……深くは聞かねぇよ」


 オレの場合は、記憶が欠落した可能性があるな。それか興味が無くて覚えていなかったか。錬金術師だった頃の記憶が完全に残っていたとしても、常識は一般人とズレていただろうからなぁ。


「エリザ、リリス。一旦やめよ。あとは部屋に戻ってからだ」

「「……はぁ~い」」


 渋々、本当に渋々口を離したエリザとリリス。それでも名残惜しそうで、スリスリと頬擦りしてくる。

 まあ、それくらいは許してやろう。灼眼と紫紺の瞳がぎらついて、獲物を発見した肉食獣のようにオレの首筋に狙いを定めているが……。


「で、話ってなんだ、旦那?」


 おう。そうだったそうだった。これからが本題だったな。


「ピーターに一つ問いたい――ジュラスの民はなぜオレを英雄マオーと呼ぶ?」

「……はい?」


 ポカーンと間抜け顔を晒すでない! 深刻な問題なのだぞ!

 町を歩けば、英雄マオー英雄マオー英雄マオー英雄マオー! うるさくて堪らん! 褒め称えられるのは満更でもないが、なぜ英雄マオーなのだ!?

 もう我慢ならぬ! 魔王でも不平不満や愚痴を言うものなのだ! ここぞとばかりにぶちまけてやろう!


「市民は、裏組織を三つも壊滅させるというオレの強さと恐ろしさを目の当たりにし、代官邸にまで乗り込むという恐れを知らぬ所業を知ったはずだ! なぜオレを恐れぬ? なぜ恐れおののかぬのだ!? というか、オレの名前はマオーではない!」


 バンッとテーブルを叩くと、呆れ顔のピーターが、あのなぁ、と物分かりが悪い子供に教えるような口調で言った。


「旦那が魔王を自称しているのは俺たちはわかっている。が、旦那は市民が迷惑がっていた裏組織を三つも潰し、誘拐された少女のために代官邸にまで乗り込んで無事に救出して、代官の悪事を見事暴いたんだぞ。魔王? どこからどう見ても英雄の行動だろ。全然怖くねぇって。むしろ褒め称えて感謝するだろ」

「なん……だとっ!?」

「しかも公爵家の姫さんがカァーンの悪事を発表したから、信憑性は高いってことで旦那の英雄譚の拡散に拍車がかかってる。旦那が裏組織をぶっ飛ばすのも、代官邸に堂々と乗り込んでいったのも、多くの市民が目撃しているしなぁ。空飛んでたし」

「ぐぬぬ……なんということだ。レヴィアよ、恨むぞ……」

「なんで姫さんを恨むんだよ。ちなみに、マオーと呼ばれているのは、旦那が自分のことを魔王ルシファと喧伝しているのが原因だ。名前を言っていると思われたんじゃね?」

「オ、オレのせいなのか!?」


 衝撃の事実を聞かされて、思わず愕然とする。

 まさか魔王ルシファではなくマオー・ルシファと名乗っているように受け取られていたとは!

 早急に民の勘違いを正す必要があるな。オレは魔王。マオー・ルシファではなく、恐怖の魔の王なのだ。英雄でもない。英雄なんて魔王とは対極の存在ではないか!

 いかん……いかんぞ。このままでは魔王への道が遠ざかってしまう。せっかく裏組織を簡単に壊滅させるほど恐ろしい力を持つ存在だと民に知らしめる機会だったというのに……オレの恐ろしさが足りなかったか。

 次こそはオレを恐ろしくも偉大な魔王だと認めさせてやる!


「それでなんだが、旦那」

「どうした、改まって?」


 ピーターが神妙かつ真面目な面持ちでスッと背筋を伸ばす。マフィアのボスらしい威圧感を放って重々しい雰囲気だ。

 彼は静かに口を開く。




「旦那――俺たち【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】をあんたの下につかせてくれ」




「ほう?」


 下につく、つまりオレの配下になりたいってことか。

 冗談……ではないな。ピーターの瞳は本気だ。覚悟が決まった良い男の目をしている。

 いつの間にか静まり返っている店内。彼の部下たちも無言でオレに視線を向け、リーダーの申し出に各々同意の感情を示す。

 ピーターの突然の思い付きというわけではなく、【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】全員で話し合って決定したことなのだろう。

 魔王たるオレの配下になりたいと自ら言い出すとは、良い心意気だぞ。見る目があるではないか。


「今回の抗争では、旦那たちに助けられた。俺たちじゃ【東の果実フォビドゥン・フルーツ】も【豊穣の南風ノトス・アウステル】も【霧の巨人ヨトゥン】だって倒せなかったかもしれねぇ。そして何より、旦那は俺たちの宝、ブラウちゃんを代官邸に乗り込んでまで救い出してくれた。感謝してもしきれねぇ!」


 己の力不足を悔やんでいるのか、俯いたピーターはガリッと奥歯を噛みしめ、拳を握る。そして、顔を上げた時には、義理堅い光で瞳が輝いていた。


「俺たちは旦那たちに返しきれねぇ恩がある! それに、個人的には旦那の強さと心意気に惚れた! だから【邪妖精の眷属俺たち】は旦那の傘下に入らせてもらいたい!」


 律儀に頭を下げるマフィアのボス。彼の部下たちも立ち上がって深々と頭を下げる。

 ふむ。オレの配下か……こやつらだったらいいかもしれぬ。一般人に優しすぎるところはあるが、律儀で真面目ゆえに裏切ることはないだろう。誠心誠意仕えてくれるはずだ。

 シルキーとブラウという新たな配下が加わったものの、エリザとリリスを合わせても4人。魔王軍にあるまじき人数である。彼らが加われば一気に数が増える。しかも、【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】は都市一つを裏から支配している。そんな組織が丸ごと俺に配下になるということは、実質的にオレが支配したのと同義なのだ。


「馬車馬のようにこき使うぞ」


 ニヤリと悪辣に笑うと、ピーターも獰猛な笑みで笑い返す。


「おう。俺たちを旦那の手足として使ってくれ」


 ほう? そこまで言うのならば魔王の手足として存分に働いてもらおうではないか。

 オレは魔王らしく覇気をまき散らしながら横柄かつ厳格に頷く。


「よかろう。今日からおぬしたちは魔王ルシファの配下である! 逆らったら許さぬぞ?」

「逆らわねーよ。ってことで、よろしく頼むぜ、!」


 オレが差し出した手を力強くガッチリ握るピーター。すると、


「「「よろしくお願いしやす、ファーザー!」」」


「「「よろしくお願いしやす、親父おやじ!」」」


 彼の部下、いや俺の配下になった者たちも威勢よく声を張る。が、


「ファ、ファーザー? 親父、だと……!?」


 予想外の呼ばれ方に思わず愕然とする。

 な、なんだその呼び方は!? ピーターの『大将』はまだわかるが、『ファーザー』や『親父』は違うだろう! マフィアやギャングのボスのようではないか!

 この魔王たるオレをそんな呼び方で……!


「オ、オレのことは魔王様と――」


「「「いやぁ~、ファーザーはファーザーっすから!」」」


「「「親父は親父ですぜ!」」」


「ピ、ピーター! 何とかせよ!」


 どこか面白がって見ていたピーターに命じる。

 もともとおぬしの部下だろうが! おぬしが言えば――


「あっ、ムリムリ。結構強情なんだよな、こいつら。まあ、大将が兄貴と呼ばれる俺の上だからファーザーとか親父って呼び方になったんだろうけど、実際、なんて呼ぶか言い争ってたし……結局、ファーザー派と親父派に落ち着いたみたいだぜ」

「ならばおぬしが魔王様と呼んでくれても……」

「大将は大将だろ」


 ブルータスピーターお前おぬしもか! 早速オレに逆らっているではないか!

 くっ! こうなったら圧倒的恐怖と絶望を持ってどんな命令でも従うよう調教してやろうか……。

 昏い笑みを浮かべて実行しようとしたその時、


「ピーター、皆さん、をあまり困らせないであげてね。はい、お茶のおかわりですよ」


 甘い香りが漂い、おっとりと優しげな微笑みを浮かべたシルキーがお茶を運んできた。

 むぅ! 絶妙のタイミングだな。

 彼女の茶も美味い。調教よりも先に淹れたてをぜひ味わって堪能せねば。

 しばし命拾いをしたな、ピーターたちよ。せいぜい最期の茶を楽しむがいい。

 しかし、いつもなら真っ先に手を付けるはずのピーターが、なぜか驚愕の表情で固まっていた。まるでツチノコ発見の報告を聞いたような表情である。


「シ、シル……? 今、大将のことを、だ、旦那様って……?」

「あ、ピーター。私、再婚することになりました!」

「……は? はぁっ!? 再婚だぁっ!?」


 ほう? シルキーの再婚だと? これはめでたいことではないか。オレの配下として料理の腕前を存分に披露してくれるのならば、別に誰と結婚しようが気にしないぞ。むしろ配下に結婚祝いを贈らないと魔王の器量が疑われるな。

 で、相手は誰だ? やはりピーターか?


「あ、相手は……?」

「もちろん旦那様はルシファさんよ」


 照れた様子で、でもとても嬉しそうに頬を染めるシルキー。幸せそうで何よりだ。再婚すると決まったからか、女性の艶のようなものをムンムンと感じる。

 して、シルキーの相手はルシファというのか…………ん? オレか? オレなのかっ!?


「た、大将! 一体どういうことだ!?」

「こ、心当たりがないぞ!?」

「実はねぇ、ブラウちゃんを助けてくださいってお願いした時に、熱烈にプロポーズされちゃって~! 思わず心がキュンッてときめいて、即オーケーしちゃったの! 死んだ夫にもあんなの言われたことなかったわよぉ~! うふふふふ!」


 イヤンイヤンと天然でマイペースなシルキーが惚気る。

 ブラウの救出を懇願されたとき……あれか? しかし、プロポーズだと?

 顔面蒼白のピーターが、血が滲むほど拳を固く握りしめ、怒りを押し殺した震える声でオレを恫喝する。


「……大将、シルに何を言ったのか教えやがれ。言わなきゃどうなるかわかってるだろう?」

「えっと、そうだな。シルキーには『飯が気に入ったから、料理の腕が欲しい。オレのために飯を作れ。朝昼晩、三食食べたい。食事はシルキーに任せる』的なことを言ったぞ」

「あぁん! もぉ~! 旦那様ったら恥ずかしい~! 大勢の人がいるのにプロポーズの言葉を言わなくてもいいじゃないですかぁ!」


 真っ赤にした顔をトレーで隠したシルキーは、恥ずかしい恥ずかしい、と呟きながらパタパタと手で顔を扇いでいる。その仕草は可愛らしく、良く似合っている……が、どうしてそこまで照れる? 照れる要素があったか?


「おいおい大将……シルたち家妖精って種族は、容姿なんかよりも家事を褒められることを最上の喜びとするんだぞ。『俺のために作れ』とか『食事は任せる』って言葉は、家妖精へのプロポーズだろうが……! 常識だぞ!」


 なん……だと!? ここでも常識の欠落の弊害が!

『お前の味噌汁が食べたい』的な発言が家妖精にとってプロポーズとは……。古風すぎてわかるはずないであろう!?

 そうか。だからあの時のシルキーの返答が『不束者ですが……』だったのか。

 シルキーがオレの妻に…………よく考えたら悪くないな。容姿は整っているし、性格も問題ない。子持ちの未亡人だろうがオレは気にしないし、夫婦になればより気持ちを込めて料理を作ってくれるに違いない。

 ……デメリットはないな。むしろメリットしかない。

 しかも、魔王の伴侶とは、すなわち王妃。女性にとっては嬉しかろう?

 うむ。シルキーと結婚は前向きに検討するとしよう。

 話が聞こえていた者たちは阿鼻叫喚に包まれ、軽い混沌とした状況に陥っていると、店の奥からシルキーの娘のブラウがやって来た。


「なになに? この状況はなんなの? って、ピタおじさんが真っ白に燃え尽きてるし! なにがあった!?」

「あら、ブラウちゃん。いいところに。実はママ、再婚することになりました!」

「えぇっ!? おめでとぉー! 相手はやっぱりピタおじさん?」


 ニヤニヤニマニマ。恋バナが好きなお年頃のブラウは母親とピーターを交互に見るが、


「ううん。旦那様はルシファさん」

「えぇっ!? ママもと結婚するの!? じゃあ、パパって呼んだほうがいいかなぁ?」

「ご、ご主人様だぁ!? ブラウちゃん、大将のことをどうして……?」

「あらら? ママ『』ってことは――」


 血相を変えるピーターとは違う箇所に気づくシルキー。ブラウは照れくさそうに笑って、


「あ、うん。実は私もご主人様……ルシファおじ様と結婚するの! ご主人様の身の回りのお世話をお願いされちゃって~! 屋敷も丸ごと頼むって言われちゃったの! あんな熱烈なプロポーズをされるなんて思ってなかったよぉ~! えへへ! うへへへへ!」

「あらあらまぁまぁ! それは良かったわね! ママも嬉しいわ! とうとうブラウちゃんも結婚……これからは親子仲良く旦那様を支えましょうね!」

「うん!」


 そういえば、ブラウを助けた時にも言ったな。配下への勧誘スカウトのつもりだったのだが、ブラウも家妖精。『身の回りの世話を任せる』『屋敷を頼む』というオレの言葉をプロポーズと受け取ったらしい。

 幸い、この世界は一夫多妻もしくは一妻多夫が認められている。だから、シルキーとブラウを両方娶ることは可能だ。

 まあ、ブラウと結婚してもデメリットは無いし、今さらプロポーズではなかったと打ち明けるのは最低最悪な行為だ。魔王以前に男としてどうなのだろう。

 オレは魔王。魔王にハーレムは必要だ。ゆえに、ちょっと手違いはあったものの、ここは毅然とした態度で責任をもってシルキーとブラウを娶ろうではないか!


「な、ななななななな……なぁっ!?」


 親子のやり取りを口をパクパクさせて聞いていた恋に破れた男ピーターは、突如、爽やかな満面の笑みを浮かべてオレを見る。しかし、目には殺意が宿って全く笑っていない。


「よし、大将。表へ出ろや。ちょっくら話し合おうぜ、拳でな」

「配下になったばかりだというのに、もう二度も逆らうのか、不忠者が!」


 蔑んだ瞳で見下すと、逆にピーターは下からガンを飛ばしてめ上げてくる。


「あぁん! それとこれとは別だ! シルだけでなくブラウちゃんまで娶るつもりか、大将! 二人と結婚したいのなら俺たちを倒してからにしろ! じゃないと許さん!」

「二人は結婚する気満々だぞ」

「そうだとしても俺たちが許さん! 昔からブラウちゃんの結婚相手を一発ぶん殴るって決めてんだ。しかも好きな女が惚気て再婚報告したんだぞ! 俺は目の前で失恋したんだぞ! 大将、一発とは言わず、好きなだけ殴らせろや! それくらい許されるはずだ!」

「ふん。ヘタレて告白しなかった負け犬の非戦闘員が何を言っている? おぬしの拳など効かぬわ」

「ぐっ! た、確かにヘタレたが、俺はシルが幸せならそれでいいんだ! 安心しろ、大将。俺たち、って言ったぜ? 俺たちの大事な宝と結婚するんだ。ウチの組全員が相手するに決まってんだろ! 全員でかかれば大将にも効くさ」


 ふと見ると、【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】の面々が全員こめかみに青筋を浮かべた良い笑顔で拳をパキパキ鳴らしているところだった。凄まじい殺意を放ち、厳つい表情でオレにガンを飛ばしてくる。

 魔王に逆らおうとするなんて、身の程知らずの馬鹿か、覚悟を決めた勇者のどちらかだ。さて、おぬしたちは前者か? 後者か?

 オレは魔王らしく悪辣に笑い、手でクイクイッと全員を挑発する。


「ふん! 全員まとめてかかってこい。魔王の理不尽さを知るがいい。そして、オレに逆らったらどうなるか、骨の髄まで教え込んでやろう」

「言っておくが、大将。俺たちは先の抗争の時よりもるき満々だぜ?」


 先に出ておくぞ、と外に出るピーターの後をぞろぞろと従う男たち。誰もが憤怒や殺意や魔力を漲らせている。


「みなさーん。怪我したらダメですよー!」

「あらあら。近所迷惑にならないといいけど。エリザベートさん、リリスエルさん、一緒にお料理を作って待っていませんか? きっと旦那様も褒めてくださいますよ」

「ボスが……」

「褒めてくれる……?」


「「やります!」」


 シルキーはエリザとリリスの扱い方も熟知しているとはな。オレは心強い妻兼配下を手に入れられたようだ。


「エリザ、リリス、シルキー、ブラウ。すぐに戻る」


 ご武運を、と見送ってくる彼女たちに背を向け、オレは悠然とピーターたちが待ち構える店の前に出る。

 さて、英雄などと呼ばれているオレが、本当は悪逆非道な最凶の魔王だということを愚かにも逆らった配下たちに教え込んでやろう。

 オレは魔王ルシファなのである!





 <第一章 辺境都市の英雄 編  完結>


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