第2話 オレのために生きろ


「ぎゃっ!?」

「誰……ぐぅっ!?」

「あぁ゛っ!?」


 見張りらしき薄汚れた盗賊たちが、元素に分解されて塵に還っていく。

 次から次へと現れるなんてGか? ゴキブリか? ゴキブリ並みに汚いし、しかも臭い。

 こいつら、風呂にも入っていないだろ。不衛生すぎる。臭いぞ。

 汚物は消毒ではなく、消滅させるのが一番である。


「<分解>」


 また一人、あっけなく塵に消えた。


「付いて来ているか?」


 背後をチラリと振り向くと、汚れたボロ布を被った少女たちが小さくうなずく気配があった。

 相変わらず隙間から赤や紫の瞳しか見えていない。その目もどこか虚ろで生命の輝きが鈍い。まるで命令に従うだけの感情が抜けた人形のようだ。


「とうとう地下室から脱出だな」


 地上へと通じるドアに手を掛けた瞬間、向こう側に感じる大勢の人の気配。

 どうやらオレたちが脱走しているのがバレているらしい。気配察知に長けた人物がいるのかもしれない。

 盗賊たちは武器や魔法を構えて、ドアが開いた瞬間に攻撃するつもりなのだろう。


「これで気配を殺しているつもりか? ふん。嘗められたものだな」


 オレはいずれ魔王となる男。

 これくらいの罠、堂々と正面から打ち破ってやろう!

 3……2……1……今だ!


「来たぞ! やれっ!」

「<光よライト>」

「<砂塵サンドスモーク>」

「<火球ファイアボール>」

「<水よウォーター>」

「<風よウィンド>」


 強烈な閃光が視界を真っ白に染め、一時的に視界を潰された。砂嵐は目潰しが効かなかった場合に備えてだろう。

 次々に迫りくる魔法。これほど大量の魔法を一度に放たれたら閉鎖空間だと対処は難しい。防御したとしても、その次に待ち構えるのは近接戦闘の男たち。彼らに襲われたら非戦闘員ならひとたまりもない。

 が、オレは万物を操る錬金術師である。


「<分析>」


 自分を中心とした半径5メートル内の領域を形成。領域内に存在する全ての情報を詳細に把握する。

 迫りくる水魔法、火魔法、風魔法、土魔法など、各属性魔法。そして、少し遅れて飛び掛かる近接戦闘部隊。

 ほう? この盗賊たちは知恵が回るようだ。視界を潰してから魔法による爆撃。それからの近接戦闘。とても理にかなった素晴らしい連携と策だ。襲撃に慣れている様子がある。


「だが、残念だったな。<分解>」


 対象物に分解の魔法を発動させると、領域内に飛び込んだ男たちの悲鳴が木霊する。


「ギャー!」

「う、腕がぁー!」

「痛い! 足が痛いぃ~! 膝から先がぁああああああ!」


 万物の組成や構造、位置がわかっていれば、錬金術で分解することは造作もない。

 魔法は魔力に、物質は元素に――すべては等しく分解される。

 錬金術は物を創造するだけではない。万物を操るが故に破壊にも応用できる実に恐ろしい魔法なのだ。神へ至る大いなる秘術と言われるだけはある。

 まあ、欠点をあげるのならば、術者の知識に左右され、射程が短いことだろう。


「な、なんなんだ、お前っ!?」

「あぁ……良い顔だ。恐怖で揺らぐその眼差し。腰を抜かした無様な姿。実に良いぞ! もっと絶望に浸るがいい!」


 怯える男たちをさらに絶望の底へと叩き落すように悪辣な笑みを浮かべ、両手を広げて術を発動させる。


「<分解>」


 悲鳴すら上げる間もなく、恐怖の表情を顔に張り付けたまま盗賊たちは消滅した。

 いいぞいいぞ! オレは今、最高に魔王をしている!

 襲ってくる者には死を。無様に逃げ出す者には慈悲を与えよう。臆病者は存分に逃げるがいい。まあ、ただ単純に追いかけるのが面倒なだけだが。

 地下牢を出ると、そこは今にも倒壊しそうな朽ちた建物だった。なんかこう、閉鎖された鉱山作業員の廃れた宿舎のよう。捨てられた廃屋を盗賊たちが見つけて根城にしていたのだろう。

 建物の一階を殲滅し、残りは二階を残すのみ。気配からして一人だけか。

 道中の度重なる錬金術の発動によって魔力も結構減ってしまったが、一人ならば余裕だ。

 錬金術は魔力の消費量が多いことも欠点だな。魔法発動を補助する触媒が必要だ。


「娘たちよ、オレに付いて来い」

「「…………」」


 無言の少女たちを引き連れて、誰かが待ち構える部屋へとたどり着いた。

 扉を開けると、ソファでワインを飲む隻眼の筋骨隆々な大柄な男がくつろいでいた。今までの盗賊と比べて圧倒的に身なりがいい。そして強い。見ただけでこの男の強さと覇気がわかる。

 コイツが盗賊の頭か。冒険者や傭兵や騎士だったらそれなりの地位になれただろうに。勿体ない。

 いや、この感じ……かつてはそれらに準じる職に就いていたが、闇落ちしたか。

 まあ、オレにはどうでもいいことだが。

 男は突然入ってきたオレたちに驚く様子もなく、余裕な笑みを浮かべて片手を挙げる。


「よぉう! 裏切り者の錬金術師さんよ。その様子から部下たちはやられちまったようだな。まあ、座れ。乾杯しようじゃないか」


 並々とワインを注いで差し出されたグラスを受け取り、一口口に含む。

 芳醇なブドウの香りが広がったと思うと、少し遅れて舌がピリピリと痺れ出す。毒だ。


「ふむ……<分離><抽出><純化>」


 混ざった毒をワインから分離し、抽出してグラスの外に出す。ついでに余計な不純物や水分も。これで毒物や不純物は排除できて、アルコール度数も高め、より美味いワインになったな。

 錬金術はとても便利だ。

 もちろん、体内の毒素も無害なものに分解済みである。


「おいおい。魔物でも少量で麻痺する猛毒だぞ? さっきは効いたじゃねぇか。まさか効いたふりをしていたのか? 俺が与えた頭の傷も癒えてるみてぇだしよぉ」


 なるほど。毒を盛って頭に一撃を入れ、地下牢に放り込んだのはこいつの仕業か。

 一応感謝を述べておこうか。おかげで前世の記憶を思い出すことができた。


「一つ答えるがいい。何故オレは貴様らを裏切った?」

「あん?」


 なぜオレは盗賊たちを裏切ったのか。その記憶は死に際の人体錬成によって失われてしまっている。その理由が知りたい。

 訝しそうに顔を歪めながらも、盗賊の頭領は答えてくれた。


「後ろのガキどもを素体サンプルとして欲しいから、売るのは反対って言ってたじゃねぇか。だから殺した……つもりだったんだが、忘れたのか?」


 こんな幼い女の子も錬金術の実験の材料にしようとしていたのか。前世を思い出す前のオレってとことん悪者だな。前世の社畜時代の倫理感は薄れているとはいえ、さすがにそれは外道過ぎてドン引きだ。

 幼い子供さえも実験の生贄にする魔王……目指している魔王とちょっとジャンルが違う。格好良くない。

 しかし、理由はわかった。なるほどな。意見の対立によってオレは消されそうになっていた、と。


「つっても、お前は大人には残虐なくせに子供には甘いからなぁ。知ってるんだぜ。今までに何人もの子供を素体サンプルとして引き取って、こっそり逃がしていたことはなぁ! もう見逃すことはできねぇ!」


 ふむ、違った。子供には優しい闇の錬金術師だったようだ。

 子供さえも利用するほど堕ちていなかったことに少し安堵する。


「そうか」

「まったく。部下を殺しやがって……どうしてくれんだ、錬金術師さんよぉ!」


 目にもとまらぬ速さでナイフを抜き放ち、オレの喉を切り裂こうとする男。しかし、オレが発動する術のほうが早い。

 部屋に入る前から警戒していたのだ。敵を前に無防備でいるはずがない。


「<分解>」

「ちっ! 面倒な術を使いやがって!」


 ナイフを元素に分解されて、咄嗟に飛びのく盗賊の頭領。

 全身丸ごと分解するつもりだったんだがな。この男は魔法に対する防御力が高いらしい。

 錬金術も魔法に分類される。万物の組成を操るとはいえ、できることに限界はある。相手の魔力量や防御力を上回らないと術が無効化されてしまうのだ。


「くそっ!」

「逃がさぬ」

「っ!?」


 ソファを分解し、布やクッションの繊維を操って生きた蛇のように男の体に縛り上げて逃走を阻止する。

 引き千切ってなおも逃げようとする男は、しかし突如、目をカッと見開いて激しく喉を掻き毟り始めた。血走った瞳で強くオレを睨み、パクパクと口を開閉さて無言の叫びをあげる。


『な・に・し・や・が・っ・た!?』

「ふん。貴様の顔の周囲だけ真空にしただけだ。オレは錬金術の使い手だぞ? 空気を操るくらい造作もない。ああ、すまんな。説明しても真空だったら声は届かないか」

『――――』


 忌々しげに睨み続けた盗賊の頭領は、最期に口パクをして何かを訴え、呼吸困難で意識を失った。このまま真空を維持し続けたら男は酸素不足で死ぬだろう。

 オレはゆっくりと近づくと、手を男の胸に当てた。


「『化け物』か。残念だがオレは化け物ではない――魔王だ」


 分解の魔法を発動。魔力がごっそりと減り、抵抗力を失った盗賊の頭領はあっさり元素に分解されて消滅した。

 これにて盗賊団は壊滅。建物内に残っている者はいない。生存者は、オレと二人の少女だけだ。


「娘たちよ。全部終わらせてやったぞ。おぬしたちはもう自由だ」


 解放されたというのに、少女たちの反応はない。


「なんだ? 嬉しくないのか?」


 言葉の意味が分かっていなさそうに小首を傾げる少女たち。瞳は相変わらず生気を失っている。


「……自由ってなに?」

「嬉しいってなんですか?」

「おぬしたち……生きる理由はないのか?」

「「無い」」

「今までどのような生活を送ってきたのだ? いや、答えなくていい。その様子で大体わかる」


 彼女たちは誰からも愛情を注がれることなく、ただ物のように扱われて、まさに奴隷のように生きていたのだろう。不衛生でやせ細って人形のように感情を無くす理由が他にはない。

 さて、彼女たちをどうしようか。

 見捨てることは簡単だ。何も見なかったことにして、ここに置いていけばいい。やせ細った彼女たちは数日で死んでしまうに違いない。

 だがそうした場合、オレの寝覚めが悪いな。気分が悪い。

 ――死にそうな幼き者を見捨てるなんて、それは誇り高き魔王がやることなのか?


「おぬしたちは魔王であるオレの役に立ってくれた」

「「?」」

「オレの問いかけに答えて有益な情報をもたらしたのだ。実に大儀である! 王たる者、有能な働きには報いる義務がある。よって、おぬしたちには魔王の慈悲を与えよう」


 そうだ。これがオレなりの魔王のやり方だ。

 ――善には善を。悪には悪を。

 これがオレが進む魔王道。信賞必罰は必要である。

 悪逆非道な魔王を目指すには甘い考えかもしれない。が、魔王は一人では生きていけない。ちょうど配下も欲しいところだったしな。魔王軍に四天王は欠かせないだろう。


「――魔王オレの配下となり、魔王オレのために生きろ」

「「っ!?」」

魔王オレのために生き、魔王オレのために働き、魔王オレだけに仕え、魔王オレのために死ね。おぬしたちは生きる理由など考える必要はない。魔王オレのことだけを考えていればいい。わかったな?」


 ポカーンと呆気にとられて口を開けた間抜け面を晒す少女たち。

 なんだ。無表情だけじゃなく、そんな顔もできるんじゃないか。


「今日からオレがおぬしたちの主だ。これは王命である。拒否権はない」


 唯我独尊の魔王らしく傲然と命じると、ハッと我に返った少女たちはサッと床に跪いた。恭しくこうべを垂れて、力強く簡潔に返事をする。


「「――イエス、ボス!」」


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