理想の魔王となるために ~オレは『英雄』ではなく唯我独尊な『魔王』であるぞ!~
ブリル・バーナード
第一章 辺境都市の英雄 編
第一節 二人の配下
第1話 目覚め
――オレは悪役に憧れていた。
特撮番組で好きなのは悪役。漫画やアニメ、小説でも好きなキャラは主人公よりも敵対する悪役だった。
悪役の中でも特に好きだったのは、勇者と相反する【魔王】という世界最強の存在だ。
強力な力を秘めた魔王は、数々の配下を従えて時には国を興し、時には恐怖で民を震え上がらせ、時には世界を滅ぼす。その唯我独尊で傲慢で思うが儘に行動する自由な姿にオレは魅了された。
自分の人生が思うようにいかなかったことも魔王に憧れた理由の一つかもしれない。
だからオレは事あるごとに願っていた。来世では魔王になれますように、と。
そして――
「
オレは激しい頭痛で目が覚めた。
起き上がりながら痛む場所に手をやると、何やらべっとりと付着する真っ赤な液体が……。
「な、なんじゃこりゃー!」
どこからどう見ても血である。固まりかけたオレの血液。
ふと見ると、手だけでなく服も真っ赤に濡れ、倒れていた場所は血溜まりができていた。
こんなに出血して大丈夫かと不安になるくらいの量。明らかに1リットル以上出血しているぞ。これって致死量に匹敵するのでは……?
体がだるくてフラフラするのも血が流れ過ぎた貧血の症状によるものだろう。
「って、ここはどこだ?」
最初に思ったのは『暗い』ということ。次に『冷たい』と『臭い』。
何だこれ。濃密な血の臭いはまだわかるが、ジメジメしてカビ臭いし、埃っぽいし、汚物の臭いもする。臭いぞ!
というか、部屋が石造り? 牢獄を連想すると思っていたら、本当に鉄格子が嵌められていた。
え? 本当に牢獄ではないか!
「まずは冷静に状況把握だ。オレの名前は……あ? 思い出せない?」
考えても考えても一文字すら思い出せない。五十音順に『あいうえお』と探っていくが、しっくりくる文字はなかった。
「名前がわからないのはひとまず置いておこう。年齢は……30? 40? う~む。渋くて低いから若者の声音ではなさそうだ。職業は社畜! いや、錬金術師? 何だこの混ざり合った記憶は」
空が見えないほど密集してそびえたつ高層ビルの景色。行き交う車、電車、新幹線、そして飛行機――
狭苦しい暗い地下室でおぞましい人体実験を行う記憶。血、肉、骨、内臓――
二つの相反する記憶がごっちゃに混ざって、どちらが本物かわからなくなっている。
いや、どちらも本物か。
「前世の記憶と今世の記憶ってやつか? 今のオレの様子から察するに、社畜時代が前世で今は錬金術師だな。この世界には魔法がある? おぉ! ファンタジーか!」
どうやら魔法が存在する世界に転生したらしい。最高だな! 忘れていたと思っていたピュアな少年心が疼く。
空想の産物であった魔法にドキドキする自分と、何を当たり前なことで喜んでいるんだと呆れている二人の自分がいる。
「新たな人生だ。せっかくなら魔王を目指すのもありだな」
目標は決まった。
くっくっく! 実に楽しみだ。魔法があるファンタジー世界。悪逆の限りを尽くし、誰もがオレの名を恐れ畏怖する凶悪な存在になってやろうではないか!
そして、人類の敵として立ち塞がり、最後には勇者に討ち取られて華々しく散る……。
あぁ、想像しただけで素晴らしい! それでこそ立派な悪役だ。
二度目の人生、オレは思うがままに生きよう。
「で、ここは牢屋か。にしては汚すぎるな」
目標は決まったものの、現状をどうにかしないといけない。
この牢屋は全く掃除されていない。動物の死骸や糞尿のシミ、ボロボロの布とゴミも捨てられているじゃないか。不衛生すぎる。このままだと疫病が発生するぞ。
早く脱出しなければと思っていたところ、薄暗い闇の中、ゴミの中に埋もれるように爛々と光る赤と紫の四つの目玉がオレを見つめていることに気づいた。
「……生き返った。死人が生き返った」
「正確には死んでいません。心臓は止まっていませんでしたから」
「うぉっ!? 人かっ!?」
ゴミだと思ったら襤褸切れを纏った人だったらしい。声や大きさからして10歳未満の二人の幼い女の子だ。
彼女たちは、どこか生を諦めた無感情な声で囁き合う。
「……でも、確実に致命傷だった」
「はい。なので
「……それはもう最初から死んでいる」
「あぁ、そうですね。そうでした」
この子たちはいつから閉じ込められている? もしやオレが怪我した状況も見ていたのではないか?
「あぁー、お嬢ちゃんたち……」
そう声を掛けたところでオレは思う。全然魔王らしい口調ではない、と!
もっと傲慢に横柄に、どんな状況でも余裕があるように振舞わなければ。
「ゴホンッ! 娘たちに問う。真実を述べるのだ」
幸いにして、今世のオレの声はとても冷たく重厚な低音ボイスだ。実に魔王に相応しい。理想通りの声である。
じっと見上げる少女たちへオレは問いかける。
「オレは何故怪我をしていたのだ?」
「……知らない」
「知りません」
「では、オレの名前は?」
「……知らない」
「知りません」
「オレの職業は?」
「……知らない」
「知りません」
「この国の名前は?」
「……知らない」
「知りません」
「この場所は?」
「……知らない」
「知りません」
全部知らないではないか! 何か知っていることはないのか!?
「オレが怪我をして目覚める間、オレは何をしていた?」
少女たちは顔を見合わせ、同時に言った。
「「人体錬成」」
「人体錬成?」
聞き返すと、コクリと頷く二人。『誰に?』と問いかけると、二つの小さな指がオレを指さす。
なるほどな。人体錬成か。人体錬成って言うと、錬金術か。
万物の組成を操り、世界の理を探求する秘術。石ころを黄金へ変え、不老不死の薬を作り、最終的には神へと至る究極の魔法。それが錬金術である。
魔法があるこの世界には、当然錬金術も存在する。
少女たちに言われてなんとなく思い出したが、今世のオレは錬金術の使い手だったようだ。
頭に深手を負って死にかけたオレは、必死に傷を塞ごうとオレ自身の体に錬金術を発動させたのだろう。
何とか傷を塞いで一命を取り留めたものの、瀕死の状態での術の発動によって加減を間違えて脳まで錬成してしまい、記憶の一部が欠損し、前世の記憶が部分的に蘇ったというところか。
一応辻褄が合う……と思う。そうでないと説明がつかないからな。
今と前世の記憶が今後すべて思い出すかどうかわからないが、まあ、自分に関することだけ忘れているようなのでさほど問題ないか。錬金術や軽い魔法の知識は残っているようだし。
するとその時、
「……誰か来る」
「人が来ます」
少女たちが同時に警告した。オレは反射的に床に倒れて死んだふりをする。
数秒後、金属の扉が開く音がして、荒い足音とぶつくさ悪態つく男の声が聞こえてきた。
「あぁ~あ。なんで俺っちがこんなことしなくちゃいけないんだよぉ。せっかく酒盛りが盛り上がってるところだってのに。畜生!」
軽薄そうな声から察するに、20代くらいの若い男のようだ。オレたちがいる牢屋の前に来て、苛立った様子でガンガンと鉄格子を殴る。
「おーい! 死んでるかぁ、錬金術師! 死んでるよなぁ?」
オレは答えない。
「ったくあの傷で生きてるわけねぇってのに、お頭はぁ! いちいち確認する必要ねぇだろう。つーか、裏切るんじゃねぇよ、馬鹿野郎がぁ!」
ペッと唾を吐きかけられ、彼はオレが死んでいると確信したようだ。
視線がオレから別のものに移った気配がする。
オレのほかに牢屋の中にいるのは、二人の少女たちである。
「売るために捕らえたガキたちだがぁ、ちょっとくらい楽しんでも良いよなぁ? 価値が下がるから使うなって言われてるがぁ、口や後ろでヤればぁ大丈夫だろぉ! へへっ、俺っち、熟れる前の青い果実が好みなんだよなぁ~!」
この男、ロリコンか! お巡りさんこいつだ!
牢屋のカギを開け、中に入る男。もはや彼の視界にオレは入っていない。死んだと思って油断している。
これはチャンスだ!
オレは音もなく跳ね起きると、ゴソゴソと下半身の衣服を脱いでいた男の首の後ろを掴んで、無意識に術を発動させる。
「<分解>」
「がぁっ!?」
男の体から力が抜けた。ゴンッと痛々しい音がして、顔面を石の床で強打する。
鼻血を出して前歯が折れた男が、目玉だけで苛立たしげにオレを睨む。
「い、生きていやがったのかぁ!? なにしやがる! お前なんか……え? か、体が動かねぇ!?」
「首の神経を切断させてもらった。もう首から下は動かんぞ」
錬金術の応用。人体錬成。
万物を操る錬金術師は肉体の改変も思うがままだ。
人間の脳と体は首で繋がっている。なので、首の神経の伝達を遮断すればこの通り。簡単に無力化することができるのだ。
叫び声をあげて助けを求められる前に後頭部を掴んで再度錬成。男の意識を奪い取る。
「で、このロリコンは何者だ?」
「「盗賊」」
即座の返答を感謝する、娘たち。
なんとなく覚えがある気がするな。前世の記憶が蘇る前は、この盗賊たちとオレは行動を共にし、捕獲した
オレはもう既に悪に手を染めていたのか……。
「盗賊か。なら死ね。<分解>」
この世界の盗賊はデッドorアライブ。むしろ新たな被害を出さないために見敵必殺が推奨されている世界だ。盗賊に与しただけで死罪になる地域もある。オレの場合は……生まれ変わった『新生オレ』なので何とかならないだろうか? まあ、バレなきゃ大丈夫だろう。
口封じも兼ねてオレは躊躇うことなく錬金術を発動。ロリコン男の体が元素に分解される。
人間の体は、酸素65.0%、炭素18.0%、水素10.0%、窒素3.0%、カルシウム1.5%、リン1.0%、少量元素0.9%、微量元素0.6%で構成されているんだっけか?
男の体はあっさりと塵と化した。
……人を殺したというのに、何の感情も湧かない。
恐怖も、困惑も、動揺も、苦痛も、喜びも、悲しみも、復讐心も、達成感も、ありとあらゆる感情が何一つ感じないのだ。
心は淡々として常に冷静。
「それくらい今世のオレは人を殺しているということか……」
グッと拳を握り、これからも多くの血で汚れる覚悟を決める。
これからオレは世界を脅かす魔王となるのだ! オレはオレの覇道を突き進む!
「フッ!
まずは手始めに錬金術を発動させて、オレを閉じ込めている牢屋の鉄格子を粉々に分解する。こうしてオレは自由を得た。
「行くぞ、娘たちよ。魔王の初陣である――!」
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