第19話 救出


「カァーンがいないうちに何か手がかりを見つけなくては……」


 レヴィアは連れてきた公爵家の騎士たちに命じ、不正や裏組織との繋がりを示す証拠を探していた。

 引っかかったのは捕縛していた盗賊三人が尋問中に同時に殺害されたこと。一応、暴れたため仕方なく、という結論に至ったものの、さすがに怪しすぎる。しかも、尋問していたのも護衛していた騎士たちも、すべてジュラス所属の者が担当しているというタイミングで事は起こった。

 レヴィアの勘が言っている。これは偶然ではなく意図的だ、と。

 ジュラス所属の者たちは信用ができない。だから自ら引き連れてきた信頼のおける騎士たちと、代官カァーンが不在のうちに証拠集めに奔走している。


「帳簿は怪しいところは無い、か。収入と支出も問題なく、使途不明金があるわけでもない。綺麗なものだ」


 毎年の帳簿や報告書に怪しいところがないからこそ彼は信頼されて、ジュラスの代官を長年任されているのだ。

 不正が発覚すれば即座に首が飛ぶ。あの厳格な公爵当主、レヴィアの父が許すはずがない。

 だからこそレヴィアは疑問に思う。


「屋敷の黄金の装飾や趣味の悪いインテリアはどこから資金を捻出している? 明らかにカァーンの給与を超えているぞ」


 数年前に来た時とは様変わりした屋敷の装飾に顔をしかめて、レヴィアは証拠探しを続ける。

 まさか盗賊討伐に来て、役人の不正探しをするとは思っていなかった。

 裏帳簿があれば良いが、わざわざ証拠に残る物を残している可能性は低い。それに銀行等を介さず直接現金でやり取りしていれば証拠はほぼないと思っていい。

 やはり証人が必要か、と考えていると、


「レヴィア様、至急ご報告が」

「なんだ?」


 騎士の一人がやって来て、レヴィアにある報告をする。


「――【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】が【東の果実フォビドゥン・フルーツ】と【豊穣の南風ノトス・アウステル】に抗争を仕掛けただと!?」


 慌てて窓から町を見渡すと、あちこちから煙が立ち上っていた。時折、閃光や爆発が発生しては、小刻みな振動が代官邸まで届く。


「はい。大規模な抗争のようで、警備隊から騎士へ応援要請がありました」

「すぐさま派遣しろ! 市民の安全が第一だ。それと【霧の巨人ヨトゥン】が動かぬよう牽制するのだ!」


 不正の証拠を探している場合ではない。即座に命令を下し、まずは情報収集に勤しむ。

 次々にやってくる情報をまとめ、冷酷なまでに的確な采配を振るって人を操るレヴィアは、まさに狡猾で聡明な『氷蜘蛛アイス・スパイダー』。生まれながら人の上に立つ圧倒的なカリスマと彼女の人心掌握のなせる業だ。


「【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】が動くとはな。あそこが一番無いと思っていたんだが……」


 ふと呟くレヴィアの脳裏に、黄金の瞳の悪人顔の男が思い浮かぶ。

 まさか、と得も言われぬ予感を感じていると、


「【豊穣の南風ノトス・アウステル】が壊滅しました」

「なんだとっ!?」


 レヴィアも予想外の報告が届いた。どうにかして排除したいと考えていた裏組織の一つが壊滅。これは喜ばしい出来事だが、明らかに壊滅するまでの時間が早すぎる。誤報かと疑ってしまう。

 しかし、その数分後――


「レヴィア様! 【東の果実フォビドゥン・フルーツ】が壊滅しました!」

「今度は【東の果実フォビドゥン・フルーツ】まで……この短時間で? どうなっている?」


東の果実フォビドゥン・フルーツ】も壊滅となると、最初の【豊穣の南風ノトス・アウステル】の情報も真実味を帯びてきた。

 脳裏にチラつく強大な戦闘力を持つ黒髪の男と彼に侍る二人の女性。

 レヴィアは頭を抱えながら、報告に来た者に問いかける。


「……市民への被害は?」

「はい。今のところ怪我人は多数出ているものの、死者は一人もいないそうです。この町の市民は裏組織の小競り合いや抗争に慣れているようで……」

「それは幸いだが……市民にはこんなことに慣れていて欲しくないというのが私の本音だな」


 彼女の呟きを聞いた者はそろって苦笑する。


「【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】も積極的に市民を守り、被害を出さないようにしている模様です」

「抗争は仕掛けても、根は変わらんか」


一般人カタギに愛されるマフィア』を喧伝するマフィアとは言えないマフィア【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】が始めた抗争。なぜ彼らが他の組織を攻撃し始めたのか、レヴィアには理由がわからない。何かしら原因があるはずだ。しかし、決定的に情報が足りない。


「なぜ【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】は動いた……?」

「これは裏付けされていない情報ですが、【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】の女性が一人、誘拐されたとか」

「なるほど。それならばあり得るな」

「――レヴィア様! ご報告します!」

「なんだ? 【霧の巨人ヨトゥン】が壊滅したと言われても私は驚かんぞ」


 冗談めかしたレヴィアの言葉に、報告に来た騎士が戸惑ったように固まった。


「あの、えっと、はい……その通りです。【霧の巨人ヨトゥン】を監視していた者によると、本拠地に集まった構成員がすべて倒されました。騎士が乗り込み、制圧を開始しています」

「はぁ~……」


 報告を聞いて一瞬凍り付いたレヴィアは、やはりか、と深い深いため息をついて頭を抱える。


「【霧の巨人ヨトゥン】を倒したのは、深紅の髪の女と薄桃色の髪の女を従えた黒髪の男か?」

「あ、はい。そうです。あともう一人、【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】のリーダー、ピーター・ルホルバンも確認できました」

「この騒動の中心はやはり奴か。ルシファ……貴様なにをやっている?」


 再度ため息をつくレヴィア。以前交わした約束通り、市民に被害を出さないようにしているだけマシか、とポジティブに考える。いや、ポジティブに考えないとやっていられない。

 その時、なにかが吹き飛ばされたような轟音とともに、代官邸が激しく揺れ動いた。


「何事だ!?」


 慌てて立ち上がって窓から音の方向を確認すると、代官邸の門が派手に吹き飛んでいた。

 何人もの騎士が門に駆け寄るが、何らかの攻撃で吹き飛び、もしくは突如地面に倒れ込んで立ち上がらない。

 そして、襲撃を仕掛けてきた者たちが、堂々と真正面から代官邸に乗り込んでくる。

 四人の男女だ。狡猾そうな瘦身の男と、気の強そうな紅髪灼眼の褐色美女、優しげな雰囲気の薄桃髪で紫紺の瞳の美女、さらには彼らを従えた黒髪金眼の冷酷な男。


「……ルシファ」


 今噂をしていたルシファがふと顔を見上げた。黄金の瞳と蒼眼が交錯する。

 レヴィアに気づいた彼は、ニヤリと挑発げに笑うと、他三人を引き連れて屋敷の玄関へ悠然と歩みを進める。

 二度目の轟音が屋敷を揺さぶり、レヴィアは玄関が吹き飛ばされたことを理解する。


「玄関ホールへ向かうぞ! 私の合図があるまで手を出すな!」


 真っ先に部屋を出て廊下を駆け抜ける。


「来い! <海淵の流槍オケアノス>」


 疾走しながら片手に愛用の槍を召喚。水の流れを連想させる流線型の蒼い長槍が彼女の手の中に出現する。

 槍の硬い柄を握りしめながら、玄関ホールの吹き抜けを臆することなく飛び降りた。数階分の高さを軽々と着地し、ちょうど屋敷に侵入してきたルシファたちに槍の刃先を向ける。


「何の用だ、ルシファ。私に会いに来たのか? それにしては、いささか乱暴なノックだな」


 レヴィアの知るルシファは、理不尽なまでの戦闘力を有するが、会話が通じない化け物ではない。むしろ恐ろしいほど理性的ですらある。

 その認識は正しく、彼は大勢の騎士たちに囲まれるのを歯牙にもかけず、ただ知り合いの家を訪ねたような気安さでレヴィアに答える。


「ふむ。それはすまぬな。今回はおぬしではなく男に会いに来たので乱暴なノックになった。許せ。おぬしに会いに行くときは優しいノックを心がけよう」

「男に会いに来ただと……?」


 相手は誰だ、と疑わしい眼差しを向けると、ルシファは冷酷な黄金の眼差しでレヴィアを射抜いた。


「レヴィアよ、悪代官……でなはなく、アクダイ・カァーンという男はどこにいる?」

「カァーン? 今、所用でこの屋敷にはいないが? なぜ貴様がカァーンに会いに? 裏組織の壊滅と後ろの【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】のボス、ピーター・ルホルバンと何か関係があるのか? まさか貴様ほどの男が【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】の傘下に入ったとは言わぬよな?」

「ピーターとは顔馴染みでな。今回同じ目的だったので、地理に疎いオレたちの案内役をしてもらった」

「目的……?」


 ルシファは予想だにしなかった内容を簡潔に告げる。


「ブラウが誘拐された」

「ブラウニーが?」


騎士崩れノーオーダー』に誘拐された同年代の少女。明るく気さくで料理上手で、レヴィアの正体を知っても親しく接してくれる極めて珍しい少女が誘拐されたと聞いて酷く驚く。


「一度目の誘拐の依頼人にも辿り着けていないのに……いや、まさか!?」


 聡明な彼女は気づく。ルシファたちが裏組織を壊滅させ、代官カァーンに会いに来た理由――それは、


「【霧の巨人ヨトゥン】が吐いた。ブラウ誘拐の依頼人はカァーンだ」

「……そうか」


 ここで嘘をつくような男ではない。すべて合点がいった。裏組織の壊滅は、ブラウニー誘拐に何かしら関わっていたのだろう。そして、【霧の巨人ヨトゥン】から確実に情報を聞き出してからカァーンを捕えようと代官邸にまで乗り込んできたのだ。

 レヴィアは一度ブラウニーのことを切り捨てている。何の因果か、盗賊に誘拐されるという絶望的な状況からブラウニーは何事もなく無事に救出された。

 あの時の判断は間違っていないとレヴィアは思う。が、彼女の心には罪悪感が残り続けている。

 今度こそは彼女を救いたい。そして、目の前の男ならば二度目の奇跡を起こせる気がする。


「今すぐカァーンの居場所を突き止めさせよう」

「いや、それには及ばぬ。もう見つけた」

「は? 見つけた?」


 ルシファはしゃがみこんだかと思うと床に手を付ける。


「<分解>」


 玄関ホールの床が突如消失し、地下に続く円形の穴がぽっかりと開いた。地下室を数階分ぶち抜いたらしい。


「ちょうど真下にいるな。これは地下牢か? ブラウの気配もある。まさに灯台下暗しか。オレは先に行くぞ。エリザ、リリス、ついてこい」

「「イエス、ボス!」」


 何の躊躇もなく穴に飛び込むルシファ。一瞬遅れて付き従う真紅と紫の美女。


「ちょっと待ってくれよ旦那! 俺は降りれねぇぞ!」


 穴を見下ろすピーターの焦り声でレヴィアはハッと我に返り、


「飛び降りれる者は数名、私に続け! 他の者は階段から向かえ!」


 矢継ぎ早に指示を出すと、彼女は深い穴に身を投じた。



 ■■■



 オレとエリザ、リリスが着地すると、腰を抜かした小太り禿頭の中年親父と硬いベッドの上で血だらけになっている少女がいた。手足は金属製の枷を嵌められ、鎖でベッドに繋がれている。


「だ、誰だお前たちは!」


 喚き散らす男を無視して、オレは少女の頬に触れる。

 乱れているが呼吸はある。心臓の音も問題無し。出血しているが命に別状はない。凌辱の気配もなさそうだ。

 しかし、衣服は破れ、肌には痛々しい裂傷が刻まれている。おそらく何十回も鞭で打たれたのだろう。その証拠に男の近くに乗馬用の黒い鞭が転がっている。

 オレが触れたのがわかったのか、瞼がヒクヒク動き、涙で潤んだ翠眼が開く。


「あぁ……ドラゴンのおじ様……」


 叫びすぎて掠れた声だ。意識ははっきり……しているのか?


「おいおい、ブラウよ。オレを誰と見間違えている? 無礼だぞ」

「ルシファおじ様でしょ……? 間違ってないけどなぁ……」


 ブラウが弱々しく微笑む。絶え間なく痛みが襲っているだろうに、まったく強い女子おなごだ。


「へへっ……まだ愛読書の展開にはなってないよ、おじ様。危機一髪で助けに来てくれるなんて、おじ様は王子様だったのかな……?」

「誰が王子だ。オレは偉大なる魔王だぞ! ったく……ブラウ、よく頑張った。よくぞ一人で耐えた。おぬしの強さを褒めて遣わす」

「ふふっ。ありがとうございます……魔王なおじ様……私、頑張ったよ……」


 そう言ってブラウは目を閉じた。苦痛に顔をしかめる。

 すると、エリザやリリスの後に続いて、レヴィアが上から降ってきた。ブラウの惨状に気づき、慌てて駆け寄る。


「ブラウニー! 無事か!?」

「……レヴィア様……この通り……無事ですよ……」

「全然無事ではないではないか! 容体は!?」

吸血鬼ヴァンパイアのワタシから見て、命にかかわる出血量ではないと言えるわ」

淫魔サキュバスの私からは、ブラウニーさんに凌辱の跡は無いと断言します」

「そうか。ならば今すぐ運んで治癒魔法を――」

「それはいい。オレがやる」


 今までの間にブラウの詳細な生体情報の解析が終わっている。皮膚の裂傷の数や深さ、血管や筋肉の断裂や負傷具合、打撲した箇所など、すべて把握済みだ。あとは人体錬成を応用して傷口を繋いでやればいい。


「<錬成>」


 錬成の魔法陣が浮かび上がり、血管や皮膚が繋がり、ブラウの傷が一瞬にして治癒する。裂傷など嘘だったかのように、元の滑らかな玉肌を取り戻す。


「<再構築>」


 おまけに衣服の破れも元通りにしてやる。あのままでは下着や際どいところまで見えてしまっていたからな。

 これで怪我をしていた痕跡は、周囲に飛び散った血痕だけしか残らない。


「あ、あれ……? 痛くない?」

「傷を治したぞ。流れ出た血液までは元に戻しておらぬから、帰ったら血になるものを食べ、存分に眠れ。数日は激しい運動も控えたほうがいいかもしれん」

「ありがとうございます、おじ様!」


 手を振って分解の錬金術を発動させると、ブラウを拘束していた枷や鎖が元素に還る。これでブラウは自由の身だ。


「で、レヴィアよ。そこの下半身丸出しの男がカァーンか?」

「ああ。奴がカァーンだ」


 今も情けなく尻もちをついた中年の男。ブラウを甚振ったこの男がアクダイ・カァーンという、名前通りの悪代官らしい。

 男のM字開脚は見たくなかったな……。それにしても――


「「「っさ!」」」


 オレとエリザとリリスの声が被った。全員思ったことは一緒だったようだ。

 まあ、なにが小さいか明言はしないが、幼児並みだな。


「なっ!? わ、私は小さくなどない! 大きいだろう!」

「いや全然。ちっちゃいわね」

「ボスと比べ物にならないくらい小さいですが」


 絶世の美女のエリザとリリスに冷たく吐き捨てられ、カァーンは愕然としている。必死で否定する姿が実に滑稽だ。


「レヴィアよ、この男の処遇は任せる。魔王たるオレが相手をする価値が見出せぬ。それにオレたちの目的は果たされた」

「任されよう。カァーン、もう言い逃れはできまい。大人しく捕まれ」

「レ、レヴィア様! 何故そやつらのことを!? 私のことを信じてくださらないのですかっ!? その娘は【邪妖精の眷属スプリガン・ファミリア】の一員で、凶悪な事件を引き起こした犯罪者ですぞ! 私は極秘に尋問を――」

「ほう? 尋問だと? よく言えたものだ! あれは拷問ではないか! ブラウニーが犯罪者だというのならば証拠を提出せよ!」

「ぐっ! それは今から聞き出すところで……」


 レヴィアとカァーンの言い争いをよそに、オレやエリザ、リリスは一歩引いてブラウに寄り添う。

 小者臭漂う悪代官のことなどどうでもいい。オレたちの目的はブラウの救出。彼女を母親のもとに帰せば、シルキーはオレの配下になる。

 ふっふっふ。約束は守ってもらわねばな!


「おじ様、エリザベートさん、リリスエルさん、助けてくださってありがとうございました。なんとお礼をしたらいいのか……」

「ふむ。お礼をしたいのならば、これから先、オレの身の回りの世話をしてくれぬか? 掃除、洗濯、ベッドメイキングなど、おぬしの家事の腕前を捨て置くのは勿体ない。オレのために使え、ブラウ」

「ふぇっ!?」

「オレはおぬしの家事の腕前が気に入った。毎日ブラウが綺麗にした部屋で寝るとよく眠れるのだ。心も落ち着くし、空気が澄み渡って居心地が良い。だからオレの寝室……いや、屋敷を丸ごとおぬしに頼みたい」

「えっ、あの……私でいいんですか?」


 驚きや困惑、嬉しさや恥ずかしさという沢山の感情を入り混ぜながら恐る恐る問いかけてきたブラウに、オレは力強く頷いてみせる。


「うむ。ブラウがいい」


 ブラウは家妖精らしいからな。家を任せるのにおぬしほどの人材は他にいないだろう。

 オレの返答を聞いて顔を真っ赤にしたブラウが、何やら一世一代のような決意を宿し、叫ぶように言う。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしまーす!」


 うむ。これにて魔王城の家事使用人ハウスキーパーを確保成功だ。

 ブラウの役職は専属侍女でも良いな。魔王の専属侍女とは嬉しかろう?

 ともかくこれでシルキーとブラウの家妖精親子はオレの配下決定である。

 さて、勧誘も終わったし、早く帰りたいところなのだが、レヴィアは情報を引き出したいのか、未だカァーンと言い争いを続けている。


「レヴィア、早う終わらせよ。捕えれば後からいくらでも尋問できよう」

「……それもそうだな」

「た、たかが公爵の娘風情がこの町の支配者たる私を捕らえるだと!?」

「それが貴様の本性か、カァーン。言っておくが、私は父であるインヴィディア公から派遣された正式な代理人だ。今の私の立場はインヴィディア公と同等と思え」

「だ、誰が出来損ないの小娘なんか――<火球ファイアボール>!」


 膨れた指に半ば埋まった赤い石の指輪が光り、いくつもの火球が飛び出す。どうやら火球を放つマジックアイテムだったようだ。

 しかし、相手はレヴィアだ。神速の槍が火球をあっさりと掻き消した。まるで蝋燭の火を吹き消すくらい簡単に。

 火球に気を取られたその一瞬の隙を見て、カァーンはあたふたと逃げ出す。が、数歩もいかずに足が止まる。なぜなら、カァーンが逃げ出そうとした方向から大量の騎士がなだれ込んで来たからだ。


「ブラウちゃん! ブラウちゃんは無事かっ!?」


 憔悴したピーターが騎士の前に飛び出し、オレのそばに佇む少女の姿を確認する。


「あっ、ピタおじさんまで来てくれたの!? 私は無事だよー!」

「そうか! 良かった……」


 安堵するのも束の間、ピーターは下半身を露出させたカァーンと、ブラウの周囲に飛び散った血痕や空気中に漂う血の匂いに気づく。

 憤怒の形相でカァーンをめ上げた。


「ひぃっ!?」



「てめぇ! 俺の娘になにをしたぁあああああああ!」



「ぷぎゃっ!?」


 怒りの咆哮とともに繰り出したピーターの拳がカァーンの顔面を殴り飛ばし、カァーンは何度も床をバウンドして、ピクピクと痙攣して動かなくなった。

 気絶したカァーンをすぐさま騎士たちが拘束する。

 ピーターはカァーンなど見向きもせずにブラウに駆け寄り、


「ブラウちゃん! 怪我はないか!? この血は……今すぐ医者に!」

「待って、ピタおじさん! 怪我はルシファおじ様に治療してもらったから大丈夫! もうどこも痛くないよ!」

「やっぱり怪我したのか! 今すぐ医者に!」

「だ~か~ら~! 治してもらったって言ってるでしょー! おじさん、落ち着けー!」


 賑やかなブラウたちは放っておき、オレたちを囲んで武器を構える騎士たちに獰猛に笑いかける。


「ほう? 魔王たるオレに武器を向けるか。身の程知らずが!」

「ボスぅ! やっちゃう? やっちゃうっ!?」

「少々退屈していたところです。遊んでくれますか?」


 エリザとリリスも好戦的に微笑み、構えを取る。が、


「待て! 全員、武器を下ろせ! ルシファたちもわざと煽るな!」


 慌ててレヴィアが間に入ってきて、騎士たちは渋々命令に従って武器を下ろした。


「こやつらは私の協力者だ。裏組織と繋がっている役人を町のほうから秘密裏に探すよう命じていた。ここは私に任せて捕縛したカァーンを連れて行け。監視はギーラに一任する!」


 多くの騎士は、なるほど、と納得して、カァーンを運び始める。

 交戦が避けられてホッと安堵したレヴィアをオレは真っ直ぐに見つめる。見つめ返す蒼眼の輝きが相変わらず美しい。


「レヴィアよ。まさか今の言い訳で代官邸への襲撃を見逃すから手打ちにしよう、などとは言うまいな?」

「……あの土地と建物の賃貸税の免除でどうだ? ルシファが所有している間は免除しよう」


 ふむ。賃貸税の免除はありがたい。あの温泉付きの建物が実質的にオレの土地ということになるのか。しかし、


「【東の果実フォビドゥン・フルーツ】と【豊穣の南風ノトス・アウステル】と【霧の巨人ヨトゥン】を壊滅させて、誘拐された少女を救い出し、代官の悪事を暴いたのだぞ? その報酬が代官邸襲撃の不問と税の免除? ちと足りなくないか?」


 レヴィアも薄々そう思っていたのか、ごねることなく報酬の追加を促す。


「ならば何を望む? 金か?」

「金など要らぬ。そうだな――『おぬしに貸し一つ』ではどうだ?」

「貸し一つか……」


 少し思案した彼女は、諦めにも似た表情でため息をつく。


「はぁ……デカい貸しになりそうだ。言っておくが、内容によっては拒否するぞ」

「うむ。それでいい」


 むしろ、できないことはできないとキッパリ言ってくれたほうがレヴィアらしい。凛とした芯があるレヴィアをオレは気に入ったのだ。そして、物分かりが良く律儀なところも。

 彼女を配下にするにはまず貸しを作っていくのが最善だとオレは思う。


「エリザベートとリリスエルだったか? 二人は何を望む?」

「ワタシたちぃ? 何も要らないわぁ」

「ボスしか興味ないので」

「こやつらにはオレが褒美を出そう。血や精を吸わせてやれば満足する」

「ボスの血!?」

「ボスの精!?」

「ほらな?」


 キラッキラと瞳を輝かせてうっとりと見つめてくるエリザとリリス。そしてなぜか顔を真っ赤にして目を逸らすレヴィア。歯切れも悪い。


「そ、そうか……それはまあ、うん。頼んだぞ……」


 どうしたんだ、と問いかける前に、ピーターたちの声が割り込んでくる。


「ピタおじさん。さっき『俺の娘になにをした』って言ってなかった?」

「え? あっ、そ、それは言葉の綾というか、ブラウちゃんは娘のような存在だということであって、シルとはなんもないからな! ブラウちゃんの父親はティンの馬鹿だからな!」


 懸命に弁解するピーターの情けない姿を見ていたら興が削がれた。レヴィアも気が抜けたようで苦笑気味に肩をすくめる。

 ちなみに、エリザとリリスはオレの首筋に熱い視線を向け続けている。


「ピーター、ブラウ。帰るぞ。シルキーが待っている。握り飯を作っておくそうだ」

「ママのおにぎり!?」

「旦那! それを早く言え!」


 こうしてブラウを無事に救出し、黒幕の悪代官も捕縛したことで一件落着。

 シルキーが待つ『家妖精の鐘』へとみんなで帰るのだった。


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