第4話 二人の美女


「な、な、ななななな……なぁっ!?」


 朝、眠りから目覚めたオレは、魔王にあるまじき動揺した情けない声を出してしまった。

 しかし、それも仕方がないだろう。だって――両隣に見知らぬ美女が一糸纏わぬ姿で眠っていたのだから!

 しかも反則的な美貌の女性が二人も! オレに抱き着くように!

 これで動揺しないほうがおかしい。夢かと思ったが、夢ではない。何度目を擦っても、頬を抓っても、素晴らしい光景は変わらない。これは現実だ。

 右隣で優しそうな寝顔でスヤスヤと眠っているのは、薄桃色のボブカットの女性だ。年齢は20代前半ほどだろう。新雪を連想させる肌はきめ細やかで滑らかだ。小悪魔チックな可愛らしい顔立ちとは裏腹に、スタイルはボンキュッボンの実にけしからん豊満ボディ。ムチッとした柔肌が大変エロティックである。

 反対の左隣で規則正しい寝息を立てていたのは、赤が良く似合う気の強そうな褐色美女。こちらは20代半ばから後半だろう。長い紅の髪。見るからに弾力のある、はちきれんばかりの玉肌と巨乳。薄桃髪の女性よりも身長が高いため、スリーサイズは似通っていても、紅髪の美女のほうがスラリとした印象がある。

 男にとっては夢のような寝起きだが、見知らぬ美女が侍っていると、嬉しさよりもまず驚きと困惑を抱くらしい。

 いい香りがして柔らかな感触がする美女二人を腕枕しながら、オレは思う。


「――この二人は誰だ?」



 ■■■


 一度眠る前のことを思い出して整理してみよう。


 ■■■



「ふぅー。いい湯だったな」


 温泉で汚れを流して綺麗になったオレと幼女二人ことエリザとリリス。オレの服は洗えば使えるが、彼女たちが着ていたボロ布は責任をもって消滅させておいた。あれは存在するだけで不衛生である。


「ちと待っていろ」


 体を拭き終え、錬金術の応用で温風を発生させて髪を乾かした少女たちを待機させ、オレは近くに脱ぎ捨てられていた衣服やタオルを手に取り、錬金術を発動させる。


「<分析>、<分解>、<分離>」


 衣服やタオルの組成を確認し、一度糸へと分解する。その際に、糸と汚れと分離させている。

 残った糸にさらに錬金術を発動。


「<構築>」


 瞬く間に布が編まれ、オレの望んだとおり大人の男性用の服と少女用の服が出来上がる。

 オレは黒いズボンと白のワイシャツ、少女たちにはワンピースを。もちろん下着も準備した。シンプルでデザインはいまいちだが、その場しのぎには充分だろう。

 錬金術はとても万能である。錬金術万歳!


「……ありがとう、ボス」

「ありがとうございます、ボス」

「気にするな。オレが見ていられないだけだ」


 幼女の裸をいつまでも見続けているわけにはいかない。それに風邪を引いてもらっては困る。


「エリザ、リリス。ずっと言いたかったのだが、ボスというのは止めて――」


 ――ぐるるるる~!


 会話を掻き消した可愛らしいお腹の音。それが二人分。

 オレではない。ということは、この子たちのお腹の音か。可愛い音だったな。

 無表情の二人は顔を赤くすることも恥じらうことも無く、むしろお腹が空いた状態がデフォルトと言いたげに平然としている。

 風呂場で見たガリガリにやせ細った体。見ているこっちが辛くなるほどこの子たちは痩せている。

 魔王の配下がこれではいけない。配下が飢えていたら『魔王は部下さえも養うことができないのか』と侮られるではないか!


「エリザ、リリス。オレも腹が減った。飯にするぞ!」

「「イエス、ボス!」」


 で、盗賊のアジトを家探ししたところ、食糧庫にオレたち三人が軽く1ヶ月は余裕で過ごせそうなくらい食料が貯蓄されていた。塩も保存食も大量に。

 しばらくは飢えることはないだろう。腹いっぱい食べることができる。

 頭部の傷は錬金術で治療したとはいえ、流れ出した血液はそう簡単に戻らない。実はずっと貧血気味だったのだ。タンパク質や鉄分補給が早急に必要だ。


「肉だ。肉を喰いたい。これはハムか? それともベーコン? まあどっちでもいい。喰えればな」


 肉の塊を手に取って、他の食材を漁る。


「二人は料理ができるのか?」

「「…………」」


 無言で首を横に振る少女たち。まあ、そうだろうな。予想はしていた。

 となると、オレが用意してやる必要があるのか。オレと一緒の料理は危ないかもしれない。極度の栄養失調時に急に固形物を食べると体がビックリしてしまうのだ。

 お? 脱穀していないが米があるじゃないか! 卵もある! 最高だ! 精米くらい錬金術でちょちょいのちょいだ。


「喜べ。魔王の絶技を振舞ってやろう!」


 いざ、魔王の錬金クッキング!

 所々に錬金術を応用して時短。圧力鍋要らずだな。前世の時に錬金術が欲しかった……。

 あっという間に料理の完成。調味料が足りないので70点と言ったところか。

 いずれ魔王に相応しい料理人を見つける必要があるな。


「いただきます。ほら、おぬしたちも喰え。ゆっくりと食べるんだぞ」

「「?」」


 魔王のオレが腕を振るって作った料理を前に、キョトンとした表情でエリザとリリスは見つめ合い、


「……いただき」

「ます?」


 オレの真似をして食べ始めた。オレは肉を中心としたものだが、栄養失調の二人は錬金術をフル稼働させた栄養満点の玉子粥のような流動食である。味は保証しよう。

 無表情だったのでわかりにくかったが、紫紺と紅の瞳がキラキラ輝いていたので美味かったのだろう。彼女たちはペロリと平らげた。


「ごちそうさまでした」

「……ごちそうさま」

「でした」


 食事の後片付けをしていると、幼い少女たちは満腹になったからか、半分目を閉じ舟をこぎ始める。

 風呂に入ってご飯を食べればそりゃ眠くもなるか。体力もなさそうだしな。

 つーか、オレも眠い! 血が足りなくて魔力も大量に使用したせいもあって、滅茶苦茶眠い!


「……寝るかぁ」

「「……いぇす、ぼぉすぅ」」

「あぁー……歩けるか? 無理そうだな。ほれ、抱っこしてやろう。魔王の抱っこだ。感涙に咽ぶといい」

「「……いぇす、ぼぉすぅ」」


 全然魔王らしくないな。これでは子育て中の父親ではないか。しかし、この子たちを配下にすると決めたのは他でもない、このオレだ。

 配下の面倒を見るのも、一人前に育てるのも、王の職務であり義務である。

 いずれ彼女たちがオレの役に立ってくれればそれでいい。今は先行投資の段階なのだ!


「ここでいいか」


 盗賊たちの寝床は使う気が起きなかったため、倉庫のような空き部屋に錬金術でベッドを新たに作り上げた。木材と布があれば簡易ベッドくらい余裕だ。


「――で、当然のように潜り込んでくるんだな」

「「んっ……!」」


 せっかく二人のベッドも作ってやったというのに……。

 ウルウルと潤んだ紫紺の瞳と深紅の瞳。ほとんど閉じかかったその瞳は不安や恐怖で揺れている。

 彼女たちはずっと暗い地下室に閉じ込められていたのだ。庇護者であるオレから離れるのはやはり怖いのだろう。


「……今日のところは好きにするがいい」

「「……いぇす、ぼぉすぅ」」


 ピトッとくっついてきて、胸のあたりに顔を擦り付けるエリザとリリス。まるで子猫だな。

 そして、彼女たちは何を思ったのか、オレの首筋に顔を埋めて小さくて柔らかな唇をフニッと押し当ててきた。かと思うと、


「「はむっ!」」

っつ!?」


 チクリと首に痛みを感じた。彼女たちがカプッと首を噛んできたのだ。

 好きにしろとは言ったが、甘噛みしていいとは言っていない……!

 しかも結構な痛みで、もしかしたら血が出ているかもしれない。

 オレが驚きで固まっているのをいいことに、二人はピチャピチャ、チューチューと卑猥な音を立てて吸い付く。

 オレの体から何かが抜けていく奇妙な快感と虚脱感。肌を這うねっとりザラザラした舌の感触に、体を電流が駆け抜け、ゾクリと震える。

 そして、鼻を貫く嫌な臭い。鉄が錆びた臭いだ。


「ま、まさか……オレの血を……いや、魔力を吸って……!?」


 この虚脱感は魔力が喪失する感覚と同じものだ。彼女たちはオレの首に噛みつき、血を通して魔力を吸い取っているのだ!

 ただでさえ盗賊討伐で減っていたオレの魔力が二人がかりで貪欲に吸われて、猛烈な勢いでガリガリと減っていく。

 あっ、まずい。オレの意識が……。


「ちょっ……ま、待って…………くれ…………」


 やめろっ、と命令する前に、オレは急速な魔力喪失によって意識を失ってしまうのだった。



 ■■■


 というのが、オレが寝る前までに起こったことである。


 ■■■



 もしかして、エリザとリリスは吸血鬼だったのか?

 この世界には吸血鬼という種族が存在する。他にも、獣人やドワーフ、エルフ、巨人、小人、ドラゴニュート、人魚、などなど、前世ではファンタジーの存在と思われていた種族が数多く生活しているのだ。

 彼女たちの種族は聞いていなかったため、吸血鬼という可能性も大いにある。見た目だけでは判断できない種族も多いし……。

 ちなみに、オレは普通のヒューマンである。ただ、人体錬成によっていろいろ弄っているようなので、純粋なヒューマンではなさそうだが。

 人体錬成……これはモノによっては禁忌の術だが、変なことをしなければただの整形手術と同じである。余談だが、治癒魔法も人体錬成の一種だ。


「――そんなことは今はどうでもいい。この女たちはいったい誰だ?」


 いつ、どこから侵入してきた?

 アジトに誰もいないのは確認済みだ。それに危害を加えるのならばオレが寝ているときに襲ってきたはずである。ではなぜ何もしなかった?


 ――そして、隣で寝ていたはずのエリザとリリスはどこに行った?


 オレは腕枕をしている裸の美女をじっくりと観察する。

 白い肌。大人しそうな雰囲気。薄桃色の髪。

 褐色の肌。気の強そうな雰囲気。紅色の髪。

 彼女たちの体の下から僅かに覗く、破れたワンピースの名残。

 寝ぼけていた脳が覚醒し、冷静になったオレは、一つの可能性に辿り着く。


「まさか……エリザとリリスなのか……?」


 体格は全く違うが、顔立ちや雰囲気はそっくりである。少女たちが大人になったら彼女たちのようになるだろう。そして何より、髪の色と肌の色がエリザとリリスと同じなのだ。

 これは偶然か? ……んなわけがない!


「んぅ……」

「んー……」


 オレの声が眠りを妨げたのか、可愛らしい呻き声を漏らして、裸の美女たちが薄っすらと目を開けた。とろ~んと瞬く紫紺の瞳と灼眼。


「……おはよう、ボス」

「おはようございます、ボス」

「お、おう。おはよう」


 良い香りの裸の美女に朝から頬擦りされる……悪くない。実に魔王っぽい朝の目覚めである。

 おっと。堪能している場合ではなかったな。彼女たちの正体を問い詰めなければ。

 オレは薄桃髪の美人に視線を向ける。


「リリスか? リリスエルなのか?」

「はい。そうですよ? ボス。私はリリスです」


 紫紺の瞳がパチパチと瞬く。小悪魔チックな顔立ちに良く似合っている。

 やはりリリスか……。となると、こっちの褐色美女は……


「エリザベート。エリザか」

「はぁい。そうよ、ボス。ワタシがエリザ」


 匂い立つ色香をムンムンにエリザが色っぽい妖艶な声で返事をする。

 むむ? 本当にエリザか? 喋り方が違う。


「……エリザは性格が変わってないか? 自信なさげな無口キャラだと思っていたんだが」

「こっちが素よ? 無口だったのは体に精神が引きずられていたせいね」


 体に精神が引きずられていた? その喋り方が素?

 まるで今の大人の体が本来の姿と言っているようなものではないか。何か理由があって幼い姿でいた、もしくは幼い姿になっていた、ということか?


「二人の体が小さかったのは――」

「ワタシが吸血鬼ヴァンパイアでぇ」

「私が淫魔サキュバスだからです」


 ……なるほど。意味が分からん!





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