第12話 スプリガン・ファミリア
ジュラスの中心部は東西南北の道が交差する要衝となっており、多くの人が行き交い、いろいろな店が立ち並んでいる。露店市も開催されているらしい。
近くには広い公園のような広場もあって、遊ぶ家族連れやデート中のカップルの楽しそうな笑い声が至る所から聞こえてくる。
オレはエリザとリリスを隣に侍らせ、活気のある街並みを観察。
この平和な町は辺境に位置しているという。だからこそ、魔王たるオレの名を轟かせるに相応しい! ジュラスを足掛かりとして国全体、そして大陸全土を震え上がらせてやるのだ!
「しかし、オレの名を知らしめるためには、虐殺はいかんな虐殺は。恐れおののかせる人の数を減らしたら元も子もない。あえて生かして恐怖を刻み付けさせねばならぬ」
大勢の民衆が集まる前で暴れ始めるのは簡単だ。町を破壊し、人を殺すのも簡単である。錬金術を発動させたり、エリザやリリスに魔法を撃ち込めと命じれば終わる。だが、それだと生き残った者は恐怖するだけで畏怖しないだろう。
――オレは恐怖を持って崇められたい!
恐怖されつつもある種の憧れと畏敬の念を抱かせる存在――それがオレの理想とする魔王像。
「難しい……加減が難しい」
一歩間違えれば虐殺者やテロリストと認知されてしまうだろう。
オレが目指すのは魔王。ただの犯罪者ではないのだ。
盗賊団壊滅の件は失敗だった。オレの恐ろしさを知る者を全て殺してしまったからな。数人ほど残しておくべきだったか。
その点、レヴィアたちには上手くいったと思う。彼女たちに攻め込ませ、圧倒的な力を持ってねじ伏せる。正面から大軍を叩き潰せば潰すほど、相手は恐怖し、魔王の理不尽さを理解して心が折れるだろう。
特に最後のレヴィアへの威圧は我ながら良かった。実に魔王らしかったのではないかっ!? あの恐怖に震える蒼い瞳。翌朝目覚めた時の幼き少女のような怯えよう……堪らん! これだから魔王はやめられない!
「ボスぅ、楽しそうねぇ」
「素敵な表情を浮かべていらっしゃいます」
気づけばエリザとリリスがうっとりとオレの顔を上目遣いに見つめていた。
「うむ。実に楽しいぞ! おぬしたちが居てくれるからな!」
「「あぁん……ボスぅ……!」」
彼女たちの腰を抱き、魔王らしく美姫を侍らせる。
昨夜は忠実な配下である二人がいたからこそ魔王ムーブに拍車がかかったのだ。いい感じに騎士たちを蹂躙して力を見せつけ、呼んだ時には颯爽と駆け付け一歩後ろで付き従うその様は、オレが理想としていたシーンそのものだ。これを打ち合わせ無しにやってのけるなんて、魔王の配下としての才能があるぞ!
オレが望む以上のことをしたのだ。彼女たちには感謝せねばなるまい。
「オレは実に機嫌がいい。エリザ、リリスよ。気に入ったものがあれば遠慮なく言うがいい。オレが買ってやろう」
幸い、盗賊たちが蓄えた財が豊潤にあるのでな。
この世界では盗賊たちが保有していた宝の所有権は討伐者に移譲されるのだ。盗賊討伐を専門にする賞金稼ぎもいるという。
というわけで、盗賊団を潰したオレは、ちょっとした小金持ちなのである。
「「……気に入ったもの?」」
しかし、オレは言う相手を間違えた。灼眼と紫紺の瞳をキョトンと瞬かせ、二人は困惑げに小首をかしげている。
彼女たちはずっと盗賊団や非合法組織で奴隷のような生活を送っていたのだ。町を自由に歩くのも今回が初めてだろう。もしかしたら、売買という行為を知らない可能性もある。
「あぁー……好きなものはなんだ?」
「「ボス!」」
「……どう反応したらいいのかわからんだろうが。まあ、その気持ちはありがたく受け取っておこう。で、次に好きのものは?」
「ボスの血液!」
「ボスの精気!」
「……オレ以外で考えろ」
「ボス以外……? え? ないわよぉ?」
「ボス以外……ええ、ありませんね。思いつきません」
一切の曇りも迷いもない屈託のない瞳の輝き。
ふぅむ。それも仕方がないか。彼女たちにはこれから少しずつ好きなものを増やしていかせよう。
あっ! そうだ。あれがあるではないか!
「エリザ、リリス……美味いものは好きか?」
「「っ!?」」
それがあったか! と言わんばかりに目を見開くエリザとリリス。コクコクと少女のような笑顔を浮かべて何度も首を縦に振る。
ブラウの料理を美味そうに食べていたからそうじゃないかと思ったのだ。今までは美味しい食事など与えられていなかっただろう。魔王の配下として舌を肥やしてやらねば!
「ふっふっふ。ではこの魔王たるオレが二人に食べ歩きというものを教えてやろうではないか!」
「さっすがボスぅ! だ~いすきっ!」
「食べ歩き……食べながら歩いてもいいのですか!?」
「ああ、いいんだぞ。オレが許可する! だが、腹いっぱい食べるとシルキーの料理を食べられなくなるから気を付けるんだぞ」
「任せてぇ!」
「我慢するのは得意です!」
……血や精気を吸うのもほどほどに我慢してほしいのだが。そこは我慢する気が全くないよな。
だが、美しい女性たちに抱き着かれて首に顔を埋められるのは男として嬉しいので良しとしよう。むしろ存分にやれ。
「まずはそこの良い匂いを漂わせている焼き鳥の屋台から攻めるぞ!」
「「イエス、ボス!」」
というわけで、焼き鳥の屋台に突撃したオレたち。最初の屋台ということで各々一本ずつ買い、店主のおっさんがエリザとリリスに鼻の下を伸ばしておまけもしてくれた。味は、匂いの割にはまぁまぁだったと述べておこう。
その後は、三人でシェアをしながら近くを散策。おかげで全品制覇したい店をいくつか見つけることができた。これらの店を滅ぼすのはもったいない。
「甘いものって美味しいわぁ! ボスの血には劣るけど」
「頬が蕩け落ちてしまいそうです。ボスの精気ほどではありませんけど」
ベンチに座ったエリザとリリスが生クリームをたっぷりと使用したクレープを頬張っている。人生初の甘味に幸せそうだ。出会った当初は人形のような無表情をしていたのに、今は見惚れるほど蕩ける笑みを浮かべている。
いい顔をするようになったじゃないか。表情豊かな女性のほうがオレは好きだぞ。
「ハッ!? これにボスの血を振りかければもっと美味しくなるのでは?」
「ボスの精気を吸いながら食べるには……口移しはいかがでしょう!?」
「却下だ」
「「えぇー!」」
えぇー、じゃない。不満そうな顔をするな。
クレープに血を振りかけるなんてオレはするつもりはないし、見たくもないぞ。リリスの口移しというのは少し心惹かれたが。
「「んっ!」」
二人はパクッとクレープを齧る。モグモグと口を動かし、美味しそうに目を細める。
口の端に付着したクリームを指で拭ったり、チロリと舌で舐めとったりする仕草は、ドキッとするほど妖艶であった。
「注目されているな……」
多くの通行人が、クレープを食べる美女たちの魅了に当てられている。オレがいるから近づいてこないが、二人だけだったらナンパがひっきりなしにやって来たことだろう。
エリザとリリスしか見えていない男たちがフラフラと寄って来ては、オレの睨みで慌てて逃げていく様は実に滑稽で愉快だ。
しかし、ちょっと違う視線もある。二人に見惚れるわけではなく、オレたちの様子を遠くから伺う敵意や警戒が混ざった視線をチラホラ感じるのだ。
木の陰に隠れながら、建物に寄りかかりながら、ベンチに座って物を食べながら、恋人と乳繰り合いながら、露店で物を売りながら――ありとあらゆる方向から監視されている。
レヴィアの命令か、とも思ったのだが、どうやら違うようだ。オレたちを監視している奴らは、お互いに警戒し合っているのだ。まるで別々の組織に所属しているかのように。
「……手出ししてこないし、放っておくか」
「いいのぉ、ボス?」
「叩き潰してきますよ?」
「やめておけ。いちいち潰していたらキリがないし、こっちから攻めて時間がかかったらどうする? シルキーの料理が冷めるぞ」
「それは絶対にダメねぇ!」
「出来立てが食べたいです!」
「だろう? いい時間だし、そろそろ戻ろう。視線も鬱陶しくなってきたところだ」
クレープを食べ終わったところで、オレたちはシルキーの店へと戻ることにする。監視者たちは尾行してきたが、西区に入るとほとんど消えた。縄張りがあるのかもしれない。
お腹を空かせるために遠回りして帰っていると、ふと目の前から二人組の若い男が歩いてくるのが気になった。何かを企んでいるような下賤な悪意を察知する。
男たちは何気ない足取りでオレたちとすれ違い、そして――
「ぎゃぁあっ!?
一人の男が地面に倒れて大げさに悲鳴を上げた。喚き散らす男は怪我でもしたかのように腕を押さえている。
リリスはスッと避けたはずなんだが? 躓いて怪我をしたとしても自業自得だ。オレたちには何も関係ない。
「大丈夫か!? おいおいおい! 旦那たちよぉ! 俺の相棒に何してくれてんだ、ゴラァ!」
「
「本当に折れてるじゃねぇか! どう責任取ってくれるんだ? あぁん? この女が相棒にぶつかってきたせいで骨が折れたんだぞ!」
なるほど。スリかと思ったが、当たり屋のほうだったか。しかし、チンピラたちの演技は雑だな。大声で恫喝すればいいと思っているのか?
「ボスぅ……こいつらうるさいわぁ。黙らせてもいい?」
「骨折ごときで何を喚いているのでしょうか?」
エリザとリリスは苛立ちMaxだ。しかし、不機嫌な顔も美しい。
「治療費と慰謝料を寄越せや! それで許してやる!」
「……いくらだ?」
「1000万だ!」
「無理だな」
「あぁん? 無理だと? 相棒を骨折させたんだぞ! それくらいの誠意を見せてもらわねぇとなぁ! 払えなかったらどうなるかわかってるだろ?」
「ふむ。どうなるんだ?」
「おいおい。俺たちを誰だと思ってる? 俺たちゃ【
【
周囲の反応を見ると……ある程度の認知度はありそうだな。気の毒に、という表情をしている野次馬が多い。しかし、その視線はオレたちではなくて、この男たちに向けられている? 一体どういうことだ?
「
「わかったなら払うよなぁ? 相棒も痛がってるしよぉ。それとも金が足りなくて払えないか? なら――」
恫喝役の男が、舐めるようないやらしい視線をエリザやリリスに向ける。下から上へねっとりと。抜群のスタイルに鼻の下を伸ばし、魅惑の胸の谷間に釘付けになる。
「――その女たちで我慢してやる」
ほほう? オレの
さて、そろそろ茶番にも飽きてきたことだし、エリザとリリスも暴れ出しそうだからこの辺りで終わらせるとしよう。
愚かにも魔王に喧嘩を売った己の傲慢さと図々しさと不運を命乞いするまで後悔しろ。
「骨折したのか。どれ、オレに見せてみろ。多少、治癒魔法の心得があるのでな」
「は? なにすんだ!?」
「なにって治療だ。骨折したのは腕だな?」
「お、おう」
オレは呆気にとられて演技を忘れている骨折役の男の腕に触れる。
「なるほど――本当に骨折しているな!」
次の瞬間、オレは錬金術の人体錬成を発動。男の二の腕の骨だけを綺麗に真っ二つに切断する。本当に骨折して垂れさがる二の腕の半ばから先。
おやおや。これは困ったなぁ。
「は? …………ぎゃぁああああああああああっ!?」
一瞬遅れて骨折の痛みで暴れ出す男の絶叫が町にこだまする。涙や鼻水、脂汗が噴き出して顔はぐちゃぐちゃだ。
「う、腕が! 腕がぁぁあああああっ!?」
「お、おい! 何しやがった!?」
「なんもしてないぞ。こやつが本当に骨折していただけじゃないか」
「嘘だ!? そんなわけないだろ! お前が腕を折りやがったな!?」
「嘘だと? そもそもお前たちが骨折を言い出したじゃないか」
「うぐっ!?」
ニヤリと悪辣に笑いかけてやると、恫喝役の男は顔を真っ青にして後退る。
さて、この男はどうやって落とし前をつけてやろうか。魔王たるオレに喧嘩を売ったのだ。一度凄惨な地獄を見せてやらねばなるまい。
「それともなんだ? 骨折したと偽って金やオレの大事な
腕の一本を折っただけでは生温い。反対の腕、いや両手両足すべての骨を折り、治癒と再生を何度も何度も繰り返して恐怖と絶望を植え付けてやろう。痛覚を増大させてやるのもありだな。
死の安らぎは与えぬ。オレという恐怖を魂に刻み、恐れおののきながら生き続けるがいい!
オレは男に手を伸ばす――その時、
「――おうおう。道のド真ん中で何やってんだ? 通行の邪魔なんだが。こっちは急いでるんだ。退いてくれ」
息を荒げた男が迷惑そうに会話に割り込んできた。30代後半くらいの、どこか気怠い雰囲気をまき散らす狡猾そうな男だ。
ヤクザのような風貌なのに、手に持っているのは酒かと思いきや醤油の瓶。それが妙にシュールである。
当たり屋男たちが彼を見て声を上げる。
「「あ、兄貴!」」
「あん? お前ら……新人のシタッパァとサンシィタか? こんなところで何をやってる? てか、その腕……どうした?」
目つきを鋭くさせる男に、当たり屋男たちは懸命にオレを指差す。
「こ、この男が俺の腕を……!」
「そうだ! こいつがシタッパァの腕をやったんです、兄貴!」
「って、ウチの若いのが言ってんだが、旦那たちの言い分も聞かせてくれ」
「その前に、おぬしはこやつらとどういう関係だ?」
「おっと、すまねぇ。俺たちゃ【
ほう? 本当に【
「先に仕掛けてきたのはその男たちだ。オレの
「ふむ。もしそれが本当なら問題大ありだが……少し待ってくれ。誰か! 最初から見ていた者はいるか!?」
男は周囲の野次馬たちに声を上げた。この男は顔が広いようで、チラホラと手が上がる。
それに焦ったのは当たり屋男たちのほうだ。顔を真っ青にして縋る。
「あ、兄貴! 俺たちのことを信じてくれないんですか!?」
「あん? 信じたいから第三者の話を聞こうとしてんだ! 黙って待ってろ!」
静かな剣幕で凄まれて、当たり屋男たちは沈黙。ブルブルと震えて審判の時を待つ。
当事者だけでなく周囲の者たちから話を聞こうとするとは、なかなか道理がわかる男のようだな。この男ならば冷静で公平な判断を下せるだろう。
全てを聞き終わった男は、深いため息をついて、憤怒の形相で当たり屋男たちの胸倉を掴み上げる。
「テメェら! ウチの名を汚してんじゃねぇぞ!」
「「ひぃっ!?」」
「ウチは『カタギに愛されるマフィア』でやってんだ! 真っ先に教えただろうが! それなのにカタギを脅して金と女を得ようとしたのか? あぁん!? しちゃならねぇことをしたみたいだな」
この激怒の仕方……どうやら当たり屋たちは組織の規則に背く行為、しかも逆鱗に触れるほどしてはならないことをしていたようだ。
というか、一つ気になるのだが、『カタギに愛されるマフィア』とは……? それはマフィアと言えるのか?
「しかも【
「で、でも、兄貴……こいつ、腕を折りやがったんですよ! 【
「お前が【
いつの間にか組織の仲間が集まっていたようで、顔面蒼白で言い訳を叫ぶ当たり屋男たちを強引に引きずってどこかへ連行していった。
そして、残った男が深々と頭を下げる。
「旦那、
「仕方がない。両手足を折ってやろうと思っていたが、頭を下げたおぬしに免じて許そう。部下の躾はしっかりとしておけ」
「ありがたい。もちろん、骨の髄まで教え込むつもりだ。見ていた皆もすまねぇ。迷惑をかけた。あいつらは俺たちが責任をもって更生させる」
男は野次馬たちにもペコペコ頭を下げて謝っている。信頼され、慕われているのか、誰も恐れずにむしろ親しげな様子で男は声を掛けられていた。
だからマフィアとは……?
「おっと、いけねぇ。俺、急いでたんだわ。それじゃ、旦那、姐さんたち。俺はそろそろ失礼する」
醤油の瓶を抱えた男は背を向けて歩き出そうとし――
「あぁ、そうだ。旦那たちは【
「なんだその名は?」
「……なんだ、違うのか。知らねぇなら忘れてくれ」
じゃあな、と格好良く手を挙げて歩き去る男。本当に急いでいたのか、途中から早足になり、そして小走りで見えなくなった。
ふむ。マフィアと言いつつも話が分かる良い男だったじゃないか。ああいう男は嫌いじゃないぞ。
野次馬たちも離れていき、通行の邪魔になる前にオレたちも歩き出す。これ以上絡まれても面倒なので、軽い威圧を振りまきながら。
「最後の言葉は何だったのだろうな?」
「「さあ?」」
エリザとリリスに言っても意味ないか。
興味がなさそうに首をかしげる美女たちを連れ添って、オレたちはシルキーとブラウの店である『家妖精の鐘』に帰るのだった。
ガラガラと引き戸を開けると、香ばしい醤油の甘じょっぱい匂いが鼻腔を優しくくすぐった。どこか懐かしく、お腹を刺激する罪な香りだ。
これは嗅いだだけでわかる。絶対に美味しいやつだ!
店の中からは、匂いとともに心底安堵した男の声が聞こえてくる。
「ブラウちゃん! 無事でよかったぁ! ブラウちゃんが買い出しに行ったまま帰ってこないってシルに言われたときは肝が冷えたぜ! しかも攫った相手は『
「ちょっ! ピタおじさん、頭を撫で回さないで! 髪がぐちゃぐちゃになるから!」
「それくらいいいじゃねぇかよ! 死ぬほど心配したんだ。ぐちゃぐちゃに撫で回させろ! おじさんを安心させろ!」
「もぉ~! あっ! おじ様たちが帰って来た! おかえりなさい!」
髪がぐちゃぐちゃになるまで頭を撫でられているブラウがオレたちに気づいた。そして、彼女の頭を撫でていた男が振り返る。
「んぁ? ブラウちゃんを助けたっていう……って、さっきの旦那たちじゃねぇか!」
聞き覚えのある声だと思ったら、さっき別れたばかりの【
こうなったらただの親戚のおじさんにしか見えんな。
「よう! さっきぶりだな。見ない顔だと思ったらそういうことか。俺はピーター・ルホルバン。ジュラス西部を取り仕切る【
なるほど。シルキーの幼馴染でブラウの言う『ピタおじさん』というのは、この男のことだったのか。何という偶然。急いでいたのもブラウが帰って来たと聞いて駆け付けるためか。
「オレはルシファ。魔王ルシファだ。それとオレの
「よろしく……てか魔王? あっ、なるほど……旦那ってそういう厨二的なやつを引きずって……可哀そうに」
「なんだとっ!? 魔王は格好いいではないか!」
「あはは。おじ様は魔王らしいですよー。魔王なおじ様、お部屋のご用意ができました! エリザベートさんとリリスエルさんも同室です!」
「うむ。大儀であるぞ!」
その時、割烹着を着て手慣れた様子で料理を作っていたシルキーが会話に割り込む。
「そろそろお料理ができますよ。腕によりをかけて作りました」
「重畳重畳。では、出来立てをいただこうか」
「ピーターもお醤油ありがとう。ちょうど切れちゃってて。一緒に食べてく?」
「おう。シルの料理を食べないで帰るなんてありえないだろ」
どこかデレデレと照れたピーター。マフィアのボスとは思えない照れっぷりである。
もしや、と思ったオレの背後にこそっと近寄って来たブラウが耳打ちする。
「ピタおじさんは、ずっと昔からママのことを狙っているんです」
ほうほう。なるほどな。初めて会ったオレでもわかるのだ。恋バナが好きそうなブラウが気づかないはずがない。
しかし、肝心のシルキーにはピーターの想いは伝わっていないように見える。まあ頑張れ。
「旦那! さっきはウチの若いのが迷惑をかけた。お詫びとしてここは俺の奢りだ! 好きなだけシルの料理を食べてくれ。言っておくが、シルの作る料理はヤバいぜ」
「ふんっ! そんなの食べずとも匂いでわかっている! さっきから腹の虫が鳴きやまん」
「ぷっ! あっはっは! そうだな。そうだよな! わかってるじゃないか!」
「あらあら。期待に応えられるといいけど……。それとピーター。ブラウちゃんの恩人にお支払いさせるわけがないでしょう?」
「おっと。そうだったな。なら旦那たちの酒代は俺が負担ってことでどうだ?」
「……いらないって言ってもお金を置いていくくせに」
「バレたか」
全員席についてシルキーの料理の完成まで雑談をする。店に漂う香りはもはや殺人的だ。あまりに美味しそうな匂いで餓死しそう。
それから数分後、シルキーが腕によりをかけて作った出来立てのご馳走をパクッと一口食べ――魔王たるオレが天にも昇る心地を味わった。
そして同時に決めた。
――シルキーを
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