第13話 報酬
「第一回、魔王会議を始める!」
――パチパチパチ!
何の打ち合わせもないのにそこで拍手をするエリザとリリスは配下の鏡である。彼女たちは一点の曇りもない
ここはオレたちが宛がわれたベル家の一室。ブラウによって埃一つないほど綺麗に掃除されている。
オレはピカピカに磨かれたテーブルに肘をつき、真剣にして深刻な厳かな声で二人に告げる。
「議題は『シルキーをどのように
「シルキーがボスの配下になるのねぇ!」
「素晴らしい決定だと思います!」
うむ! エリザとリリスの言う通り、シルキーの加入は決定事項である。なぜなら、魔王たるオレがそう決めたから!
シルキーの料理はオレの舌を唸らせた。それこそ、胃袋を掴まれたと言ってもいい。ジュラスにやって来て数日経過したが、毎食食べても飽きることはない。むしろ日々虜になってしまうほどだ。
料理の腕は言うまでもなく、性格も美貌もともに問題なし。彼女のような者こそ魔王の食を支える料理人に相応しい!
――ゆえに、彼女をオレの配下にする。
ふっふっふ。実に唯我独尊で独善的で強欲で傲慢な魔王らしい思考だ。
「レヴィアも配下にするのだが、彼女は一旦あとにしよう。公爵令嬢は何とかなるが、王太子の婚約者という立場はいささか面倒だ。まだオレたちは国と戦う戦力は持っていない。それに、あやつは心を壊しては使い物にならんからな。人の心というのは実に面倒だ」
レヴィアの性格ならば、屈服させようとすればするほど反抗するだろう。それもまあ一興ではあるが、やり過ぎれば彼女の長所である心が壊れる。彼女はあの真っ直ぐな心のままオレに下ってほしい。
そっちはじっくり攻略するとして、レヴィアよりも難易度が低く、かつ優先度が高いシルキーをオレは手に入れたい。
「エリザ、リリス。想像してみろ。シルキーが配下になれば、毎日あの美味い料理が食べられるんだぞ!」
「「っ!?」」
一瞬にしてやる気が出たな。灼眼と紫紺の瞳がキラキラと輝いている。
「というわけで、どうやって口説き落とそうか」
「脅す?」
「ブラウニーさんを人質にしますか?」
「それは簡単だが、抵抗されそうだ。料理に毒を入れられるかもしれん。仕方なく、嫌々作らされた料理よりは、オレは真心こめて作られたモノを食べたい」
隠し味は愛情とか言うしな。脅されながら作った料理は恨みや憎しみを込められるだろうから美味そうと思えぬ。
「では、魅了するのはいかがでしょう?」
「そうねぇ! 魅了で洗脳しちゃえばいいのよぉ! リリスってそういうの得意でしょう?」
「一つ聞くが、リリスの魅了は加減ができるか? 一歩間違えると廃人まっしぐらだぞ」
「うぅ……加減できないと思います。今まではほぼ無意識に使っていましたし」
「ワタシたちを襲おうとした男たちを魅了で撃退していたのよねぇ」
「はい。お腹が減って死にそうなときは、お願いしたら持ってきてくれましたし。今思えばあれも魅了していたのでしょう」
なるほどな。今まで二人が犯されず、餓死もしなかったのは、種族特性でもある魅了を無意識に使って生き延びていたのか。合点がいった。
エリザの
いくつもの奇跡が重なって、オレたちは出会った。もはや必然、運命によって決められた定めと言っても過言ではない! 二人はオレの配下になるために生まれてきたのだ!
「一番良いのは恩に着せて、その対価として料理人になってもらう方法か。が、魅了を少しずつ浴びせるのは一つの手段として良いかもしれん。まずは制御できるように魔物辺りで練習するか。そろそろ暴れたいだろう?」
「いいわねぇ! 賛成~!」
「ボスのご期待に沿えるよう頑張ります」
エリザとリリスにはあまりに馬鹿げて言わないのだが、シルキーをオレが娶るという方法も実は存在する。夫婦ならば何の対価も必要なしに作ってくれるだろう。
彼女は美人で未亡人でしかも巨乳。オレとしても文句はない。
だがまあ、シルキーに恋している
――コンコン!
『おじ様ぁー! ブラウニーです! お客様がいらっしゃいましたよー! レヴィア様ですぅー!』
ほう? 盗賊討伐の報酬でも決まったのだろうか。そろそろ人を寄こしてくるのではと思っていたのだが、まさかレヴィア本人がやって来るとはな。
オレはエリザとリリスを引き連れてレヴィアのもとへと向かう。
護衛騎士を同伴させた彼女は、軍服に似たパンツルックスタイルで、紺色の髪もショートカットだから男装の麗人のようだ。芯が真っ直ぐで凛々しいレヴィアによく似合っている。
「ルシファ、来たか」
軽く手を挙げるレヴィア。相変わらず眼光の鋭い蒼眼が強い輝きを放っている。
「数日ぶりだな、レヴィアよ。その服、格好良くて似合っているぞ。うむ、美しい」
「そうか? ウチの者以外からは不評なのだがな。もっと女っぽい格好をしろと」
「有象無象の言うことは気にするな。勝手に言わせておけ。その姿は凛としてクールで綺麗だと魔王たるオレが保証しよう。自分でも気に入っているのだろう?」
「……まあな。動きやすいのでな」
照れくさそうに髪を指で弄ったレヴィアは、少しつっけんどんな様子で二枚の豪華な紙を突き出してくる。
「これを読んでサインをしろ」
ふむふむ。これは契約書のようなものか。
盗賊を討伐したことをインヴィディア公爵家が認め、報奨金を渡しますよ、という文言が仰々しく書かれている。書いてある内容は二枚とも同じだ。
今回の盗賊団壊滅の報奨金の額は500万イェン。イェンはこの国の通貨単位で、1円=1イェンの価値と思っていいだろう。
予想よりも報奨金が高くて驚いた。500万イェンは、相当名のある盗賊団にかけられる懸賞金の額だ。決してあの規模の盗賊団にかけられる賞金ではない。
「盗賊討伐に150万。盗賊捕縛で50万。残りの300万イェンはこちらの落ち度で襲ってしまった詫びだ。受け取ってくれ」
「……これで足りぬ、と言ったらどうする?」
「一応、ルシファが喜ぶだろう権利も付け加えたのだがな」
「この住居賃貸契約が、か?」
報奨金の下に書かれていた内容――それはオレがあの元鉱員宿舎かつ元盗賊団アジトの建物を賃貸で貸し与える、というものだった。
これのどこにオレが喜ぶ要素があるのだろう?
「不満そうだな。だが、今回の報奨ではそれが精一杯だ。あそこは我が公爵家が管理する土地及び建物だ。不法占拠で捕まりたくないだろう? 賃貸契約でルシファの所有にするから、好きに使ってくれ」
「……賃貸か。オレはあそこの土地が欲しい」
「それは無理だ。王国法でヴァニタス王国の土地はすべて国王陛下の所有物と定められている。土地や住居を民に貸し与え、貴族が管理と徴税を行う。この国では土地や建物の譲渡や売買はできん」
常識を知らんのか、と言いたげな呆れ顔でも律儀に説明してくれるのは、レヴィアのいいところである。
ああ。そのあたりの知識がなんとなく記憶が残っている気がする。ヴァニタス王国は土地の売買が禁じられているため、不動産会社というものが存在しないのだ。
国の領土は国王のモノ。民は住む場所を貸し与えられている。だから家賃という名の賃貸税を国に納税する義務がある。
国や世界が違えば常識が違うということを改めて実感する。
「賃貸税の免除も可能ではあるが、盗賊討伐程度の功績では足りん。私たちのお詫びを合わせても、できて1、2年の免除だな。その代わり、報奨金と家賃の減額は無かったことになるが」
「……わかった。この条件を呑もう」
「ルシファならそう言うと思っていたぞ」
ニヤッと笑って彼女はオレのサインの後に綺麗な筆記体でサインする。
報奨金500万イェンと格安賃貸物件の所有権――レヴィアはギリギリまで譲歩してくれ、そしてオレも納得せざるを得ない絶妙な条件だ。
あの温泉が湧く建物をオレは手放したくない。報奨金よりも建物が大事だ。勝手にオレの所有物だと認識していたが、合法的に所有できるのならば幸いだ。
不法占拠して今の乏しい戦力で公爵家及び国と事を構えるのは得策ではない。今は賃貸契約を受け入れ、その隙に水面下で戦力を整える必要がある。
家賃はいずれ免除させるなり踏み倒すなりすればよかろう。そして実質的にオレの所有物とするのだ!
「書面の一枚はルシファが保管しておいてくれ。もう一枚は私が預かる。報奨金はこの小切手を銀行に渡せば換金できる。口座に移すなり、現金化するなり、好きにしてくれ。いいか? 私は確かに渡したぞ。再発行はできないから無くすなよ」
「わかっている」
「では、私たちはこれにて失礼する」
「ずいぶん急いでいるな。もう少しゆっくりしていったらどうだ?」
「生憎、私は忙しい。それにすぐに王都に帰らなければならない。学園が始まるのでな」
「学生だったのか」
「……学生に見えぬ老け顔で悪かったな。イリテュム魔法学園の学生だぞ、これでも」
少し傷ついた表情で口を尖らせるレヴィア。
イリテュム魔法学園は、確かこの国で最も有名な王立の学園だ。
学園と言っても前世でいう高校ではなく大学に相当する。
貴族だけでなく平民にも門戸を開き、入学はしやすいが卒業が難しいと言われている実力主義の学園だそうだ。そのぶん、卒業生たちは引く手あまたで就職に困ることは無いという。
学生となると、レヴィアは20歳前後か? 落ち着いているし、もっと大人っぽい印象だった。
「はぁ……新学期に間に合うかどうか……」
「まだなにか問題があるのか?」
「知らんのか? ジュラスに蔓延る裏組織のことを。最近、小競り合いが頻発しているのだ」
「【
「あそこは犯罪組織かと問われると微妙だが、その通りだ。西区の【
聞き覚えのある名だ。初めて出会ったときにピーターが去り際に問いかけてきた名前だったはず。あれは見知らぬ顔のオレたちが別組織の人間かどうか確かめていたのか。
「少し目を離した隙に根を張りおって……叩き潰したいところだが、今の戦力では足りん。一つ潰したとしても、漁夫の利を狙ってくるだろう。この四つの組織に比べたら、ルシファが壊滅させた『
だろうな。町の一区画を支配する組織と、町の外の朽ちた廃屋を占拠していた盗賊を比べたらいかんだろう。
「まあそういうことだ。この町を拠点にするのならばこれくらいは最低限知っておけ。でないと巻き込まれるぞ……って、ルシファたちなら壊滅させそうだが」
「売られた喧嘩は滅ぼすまで買ってやろう」
盛大に胸を張って傲慢に言い放つと、彼女は眉間にしわを寄せて頭を抱える。はぁ、と深々とため息もつく。
「もしそうなったら一般市民に被害を出すな」
「うむ。善処しよう」
再度ため息をつくと、レヴィアは片手を軽く振り、
「それではな」
鋭い蒼眼で振り返って一瞥してから店を出ていった。
実際、口で言った以上に忙しいのだろう。しかし、こうしてレヴィア本人が報奨の受け渡しに来たのは、彼女なりの詫びだったに違いない。律儀なことだ。
「あれー? レヴィア様はもうお帰りになられたんですか? おもてなししてないのに……」
トレーにお茶菓子を載せてやって来たブラウが、もうレヴィアが立ち去ったことに気づいて落胆する。
「忙しいらしいぞ」
「ですよね……公爵家のご令嬢ですもんね……」
残念がる彼女が持ったトレーから焼き菓子を一つ拝借し、オレも店の外へ向かう。
「あれ? どちらへ?」
「ちと運動してくる。動かさねば体が鈍るからな。それに、動いた後のシルキーの飯は大層美味いだろうしな」
「あはは。母も喜ぶと思います。いってらっしゃいませ~!」
ブラウニーに見送られ、ちゃっかり焼き菓子を頬張るエリザとリリスの二人とともに、魔物と戦うため町の外に向かうのだった。
■■■
足早に代官邸に戻ったレヴィア・インヴィディアは、すぐに執務室で報告書を作成する。それと捕縛した盗賊の尋問と証言の裏付け、それに伴う犯罪の捜査も行わなければならない。
今回のブラウニー誘拐事件の背後には、依頼した人物がいるらしい。また、盗賊たちの自供によって数々の悪行が表に出てきたのだ。
相手も譲歩を引き出そうとしているのか情報が小出しで、まだ全て聞き出せてはいないが、ジュラスの有力者が関わっていたり、町を裏で支配する4つの犯罪組織との繋がりが判明したり、これを機にジュラスに蔓延る悪を一掃できるかもしれない。
「これが終わったら尋問の続きだ……黒幕まで追い詰めるぞ……!」
レヴィアは気合を入れて目の前の仕事に取り掛かる。
すると、突然屋敷内が騒がしくなった。
「レヴィア様! 至急、ご報告いたします!」
「どうした?」
顔を上げると、報告に来た家令は険しい表情を浮かべていた。何やら嫌な予感がする。
「尋問していた盗賊3名が死亡しました」
「なにっ!? 何があった!?」
「突然、尋問官に襲い掛かり、護衛していた騎士がやむなく斬ったとのこと。即死だったそうです」
「なぜ斬る必要がある!? 無力化の方法はいくらでもあっただろう!?」
彼女は深々と椅子に座って背もたれにもたれかかり、目頭を押さえる。
「いや、何を言っても遅いか……。死んだなら仕方あるまい。斬るのが最善と判断したのだろう。一応、不備がなかったか、その場にいた者の調書を取れ」
そう家令に指示を出して追い払い、レヴィアは苛立ちを露わにして拳を机に叩き付ける。
「チッ! 貴重な情報提供者が……!」
死んだ者を尋問はできない。もう情報を得ることはできないのだ。
結局、ブラウニー誘拐の依頼人まで聞き出すことは叶わなかった。取引でもして真っ先に聞き出すべきだったとレヴィアは後悔する。盗賊たちも切り札だと悟ったからこそ、情報を出し惜しみしていたのだ。それが仇となってしまった。
「だが、3人別々の部屋で尋問していたというのに、同じタイミングで暴れて全員死ぬだと……? 口裏合わせできないよう牢屋も別にしていたのに……?」
嫌な予感は今も続いている。心のモヤモヤが晴れない。
まさか……と、レヴィアの冷たく端正な顔立ちが、険しく歪む――
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