第14話 冒険者ギルド
踏ん反り返った男のもとに従者が一人報告にやってくる。
「どうだった?」
「はい。ご命令通り口封じを致しました。捕縛された『
「そうか。これであの小娘はすぐに帰るだろう。もう情報は得られないからな」
くっくっく、と男はあくどい笑いを漏らし、ワインが注がれたグラスを傾ける。酸味のある深い味わいが口に広がり、芳醇な香りがフワッと立ち上る。
「私の町で好き勝手しおって……!」
男は苛立ち紛れに唸る。
自分が支配する領域にズカズカと余所者に踏み荒らされて、男はもう我慢ならない。
公爵家の急な来訪で計画がすべて台無しだ。届くはずだった女も届いていない。
すべて順調に事が進んでいたら、今頃泣き叫ぶ娘を自分好みに調教できていたというのに――
「『
彼にとっては盗賊もただの駒にすぎない。壊滅しようがどうでもいいのだ。それよりも狙っていた娘のほうが気になる。
「フヒヒ! この町の女はすべて私のモノ! 私の所有物! 次のオモチャに選ばれたことを歓喜にむせび泣き、喜んで股を開く女に躾ようではないか!」
妄想するだけで股間が反応する。早く女の歪む顔が見てみたい。あの小料理屋の娘は実に良い声で啼くことだろう。
「さっさとあの娘を私のもとへ連れて参れ」
「……どこに依頼されますか?」
「ふむ……【
「かしこまりました。すぐに手配致します」
男は満足げに頷き、ワイングラスを傾ける。
■■■
――ガウガウッ!
吠え声とともに茂みの中からいくつもの黒い影が飛び出してくる。
獰猛な牙。ぎらつく眼。しなやかな体に鋭い爪。ハァハァと荒い息づかい。
野犬……いや、狼の魔物である。
――アォォォオオオオオンッ!
獲物を目の前に涎を垂らす『森の狩人』たちがオレたちを囲み、退路を塞ぐ。
統率され、連携した動きで群れごと襲ってくるので、実に厄介極まりない。
体長1.5メートル、時には2メートル近い狡猾で獰猛な獣たちに囲まれると結構な迫力である。一般人なら腰を抜かし、そのまま喰い殺されてしまうだろう。爪も牙も人の柔肌などあっさりと抉り取る。
だが、オレたちは一般人ではない。魔王とその配下である。
「次から次へと野良犬がうざったいわねっ! 鬱陶しいわぁ!」
紅髪の美女が深いスリットの入ったスカートを華麗に翻し、空気を切り裂く鋭い蹴りで襲い掛かってきた狼の魔物の首をへし折る。
飛び上がって鋭い爪を伸ばす狼には、艶めかしい美脚を振り上げて豪快な踵落とし。
「気配でわかるわよ!」
背後から奇襲してきた数匹の狼をエリザは回し蹴りでまとめて吹き飛ばす。
燃え上がる灼眼を爛々と輝かせ、薄っすら口元に浮かぶ笑みは妖艶かつ獰猛で美しい。
深紅の髪をたなびかせ、美脚を惜しげもなく披露するエリザを危険だと判断したのか、狼たちが一斉に襲い掛かった。
真っ赤な唇が吊り上がり、妖しく言葉を紡ぐ。
「<
その瞬間、狼の体が弾けた。真っ赤な鮮血の華が咲く。
「アハッ! アハハハハハハハ!」
濃密な血の匂いを纏ったエリザの狂った笑いが森の中にこだまする。
敵わないと悟った狼の魔物は、キャンキャンと情けない声を上げて尻尾を丸めて逃げ出す。
エリザは虚空に血の塊を浮かび上がらせ、長く伸びた犬歯を剥き出しにして笑いながら一気に解き放つ。
撃ち抜かれた魔物たちの断末魔の悲鳴が小さく聞こえた。
一方、リリスは血の匂いや騒ぎに引き寄せられたゴブリンと戦っていた。
ゴブリンは身長1メートルくらいの醜い人型の魔物だ。汚れた緑色の肌にギョロリとした大きな瞳、そして禿げ頭。尖った歯は黄ばんで、涎を口から垂れ流している。臭いも酷い。
『グギャギャギャッ!』
手に持ったナイフや鉈、斧などを振り回し、リリスに向けて突進する。
ゴブリンを嘗めてはいけない。小柄だが力はとても強く、子供の腕なんかは軽くへし折るくらい怪力だ。しかも人を食べるし、繁殖にも利用する。
目の前にいるのは優しい小悪魔チックな美貌を持つ豊満なスタイルのリリスである。彼女の美しさは魔物にも通用するらしい。明らかに興奮したゴブリンが、彼女を繁殖の苗床として利用しようと瞳をぎらつかせている。
「ふふふ。ダメですよ。私はボスのモノですから」
蠱惑的に微笑むリリスの体から、脳が蕩けるほど甘い芳香が醸し出された。妖しげに輝く紫紺の瞳に微笑まれ、ゴブリンたちがビクンッと動きを止める。
「隣にいるのは敵です。殺し合いなさい」
『ギャギャギャッ!』
強力な
次々に減っていくゴブリンの数。リリスはそれを眺めて悪辣に微笑む。
その時、一匹のゴブリンがリリスに襲い掛かった。
『ギャギャー!』
「あら。私も隣に含まれてしまったようですね。命令は難しいです」
困ったように小首をかしげたリリスは、迫りくるゴブリンに向かって一歩踏み込んだ。
重心を移動させ、足に体重を乗せ、振り被った拳を勢いよく振りぬく。
「キャハッ!」
空気を切り裂く捻りの利いた拳はゴブリンの顔面に突き刺さり、鼻を陥没させるどころか頭部を吹き飛ばした。首から上を失ったゴブリンは、ピクピク痙攣して地に伏せる。
「キャハハハハハ!」
甲高い享楽の笑い声にゴブリンたちが振り向き、甘い魔力を噴き出したリリスが妖艶に囁く。
「――自ら命を絶ちなさい」
『『『ギャギャッ!』』』
持っていた刃物で首を掻き切る。腹を抉る。心臓に突き刺す。
魅了されたゴブリンたちは、全員自らの手で命を絶った。
魔物だから何も思わないものの、これが人間だったらと思うと恐ろしい。リリスの魅了に抗えなければ命の期限は彼女の気分次第。
まったく、恐ろしい能力を持っているな。エリザもリリスも。
――実に魔王の配下に相応しい力ではないか!
オレは二人の戦闘を眺めて満足感で頷く。
ここ数日の魔物との戦闘で種族由来の特殊能力を使えるようになってきた。戦闘力も大幅に向上した。いい感じだ。
褒めて褒めて、と言わんばかりに眩しい笑顔で振り返るエリザとリリス。ふと、彼女たちの表情が焦りで歪む。
「「ボスッ!?」」
『ブモォォォオオオオオオオオオ!?』
二人の声は魔物の嘶きで掻き消された。
オレの背後に現れた巨大な魔物の気配。この鳴き声、オークか。
エリザとリリスが必死の形相でオレに手を伸ばすのが見え、背後をチラリと一瞥すると、身長3メートルを軽く超える豚顔の魔物が巨大な戦斧を振り下ろすところだった。
「フンッ!」
――グシャッ!
オークが一瞬にして細切れに分解される。鮮血の水っぽい音とともにボトボトと肉片が地面に落ちた。濃い血の臭いが周囲に漂う。
背後から襲えばオレを殺せるとでも思ったか? オレは魔王だぞ。相手をして欲しかったら勇者を連れてこい! たかがオークは遊び相手にもならぬ!
「ひ、一睨みで……」
「これがボスのお力……」
ふむ? エリザとリリスが変な格好で固まっているが、どうしたのだろう? オークを倒しただけで驚愕されるのは心外なんだが。
しかし、細切れにせずに完全に分解すればよかったな。血の臭いがクサくて堪らん。
「あぁ……すごい。すごいわぁ、ボスぅ! 惚れ直しちゃった!」
「まるで敵ではないと言わんばかりの苛立った鋭い眼差し……体がゾクゾクします!」
灼眼と紫紺の瞳の熱っぽい眼差しが左右からうっとりと見つめてくる。
魔王として当然なことだろうという憮然とした想いと、美女から褒められて満更でもないという男の喜びの想いが入り乱れて複雑な気持ちだ。
「ハァ、ハァ! ボスぅ……!」
「素敵です、ボスぅ~!」
あぁー……これは良くない兆候だ。二人は驚嘆や憧れや尊敬といった感情が限界を振り切ったようで、熱い息を荒げて興奮している。
瞳を爛々と輝かせて薄っすら漂わせるこの気配は、獲物を前にした飢えた肉食獣と同等のもの。このままだと吸血&吸精行為まっしぐら。オレが喰われる。いろんな意味で。
「……帰るまで我慢しろ。そしたら吸わせてやる」
「「はぁ~い!」」
早く帰ろう、と腕を引っ張ってくる美女二人。仕方がないと従うオレ。
魔王としての威厳を保ちたいところだが、なんやかんや甘やかしてしまう自分がいる。
ここは決然と厳しい態度で……
「早く早く! ボスぅ!」
「ボス、早く帰りましょう!」
――ガルルルルル!
――グギャ! グギャギャ!
「「邪魔!」」
見敵必殺。襲い掛かってくる魔物はことごとくエリザとリリスが殲滅する。
一分一秒でも早く帰りたいらしい。そのために感覚を研ぎ澄まして邪魔者は一瞬で排除される。もはや姿が見える前に気配を察知したら即座に倒しているようだ。
また成長したな。二人の成長ぶりに驚くばかりだ。今日のところはご褒美として吸血と吸精を許そう――
と、魔王らしい上から目線の決断を下したものの、美女たちとイチャイチャできるのを楽しみにしているのはオレだけの秘密である。
■■■
ジュラスの町に戻った時、ふとある建物が目に入った。町に入ってすぐにある剣と盾の看板が掲げられた3階建ての建物だ。周囲と比べても規模と雰囲気が違う。
武器を持ったいかにも強そうな者たちが大勢出入りしているのだ。
残った今世の記憶が反応する。
「――ここが冒険者ギルドか」
魔物を倒し、依頼を達成し、世界各地を冒険して回る自由な者たちの集まり。
異世界ファンタジーでお馴染みの組織がこの世界にも存在したのだ。
なぜオレは今まで冒険者ギルドの存在を忘れていた……。一度は行ってみたい場所だろうが!
「エリザ、リリス。ちと寄りたいところがある」
「どこぉ?」
「ボスについて行きます」
早く帰って吸血&吸精したいだろうに、彼女たちはオレの意思を最優先にしてくれる。
彼女たちを連れ立って冒険者ギルドに入ると、そこは想像していた通りの光景が広がっていた。
夜でもないのに酒を飲んで豪快に笑う冒険者たち。カウンターには美人な受付嬢たちが応対し、壁に貼られた依頼表を吟味するパーティー。
ヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフなど様々な種族が入り乱れて、鎧だったりローブだったり服装も多種多様である。武器だって剣もあれば盾、斧、槍、ハンマー、杖など、体格に似合わないゴツイ武器を持っている者もいる。
これだ……これが思い描いていた冒険者ギルドだ!
「冒険者になるのぉ?」
「ご命令とあらば私たちも冒険者になります」
「そうではない。オレは魔王。組織の下につくつもりはない。ただどのような場所か覗きに来ただけだ」
なるほど、とエリザとリリスもギルド内を見渡す。
おぉう。いきなり美女が二人もやって来たことで冒険者の男たちが盛り上がっているな。鼻の下を伸ばす男たちの粗野な視線がエリザとリリスの胸や尻を撫で回しているのが丸わかりだ。
「ふんっ!」
「「ボス?」」
二人の腰を抱き寄せて、オレの
彼女たちに向いていた視線が嫉妬と殺意となってオレを貫くが、そんなの取るに足りぬ。興味すらないと言わんばかりに無視する。
独り身の男たちには大ダメージだろうな。ふっふっふ。優越感が凄まじいぞ!
嬉しそうに擦り寄ってくるエリザとリリスを連れて依頼表が貼られている掲示板を眺めてみる。
「ふむ。これは知識と相違ないな」
例えば、狼系モンスターの毛皮を10枚納品、ゴブリン討伐、オーク討伐、薬草採取、探し物、護衛――前世の冒険者ギルドのシステムと同じだ。
ランク制度もあるようで、適正ランクも依頼表に記載されている。
ただ、納品は外の別の入り口から入って専用の場所に提出しなければならないらしく、カウンターにドンッと提出して受付嬢や他の冒険者を驚愕させるというテンプレはできないようだ。
「――で、オレたちに何か用か?」
背後に人の気配を感じて振り返ると、身長2メートル半はありそうな大男とその連れが立ち塞がっていた。筋骨隆々で、男の前に立つと威圧感と圧迫感が大きい。
男は傲慢にもオレを見下して嘲笑っている。
「女連れでギルドに来るとは余裕だな、チビ」
魔王たるオレのことをチビだと? ほう……?
これが冒険者ギルドでお馴染みの絡まれイベント――テンプレだな。
「自分は強いでちゅよーってアピールか? アッハッハ! ここじゃお前はザコだよ、チビ助!」
大男は凄んで魔力を噴き出し、威圧してくる。周囲の冒険者も顔を青くしているが……なんだこれは。そよ風でも吹いたか?
ちなみに、威圧はエリザとリリスにも全く効いていない。魔力量は彼女たちのほうが数倍は多いのだ。下手したら男の10倍を超えるだろう。そんなに差があったら効くわけがない。
何も喋らないのは威圧で恐怖したからだと思ったらしく、大男はニンマリと口を歪めた。
「どうだ、そこの女たち! 俺様のほうが強いだろう? こっちへ来いよ。そのチビの小っさいナニよりも俺様のほうが凄いぜ? 他の男じゃ満足できなくさせてやるよ!」
「……あんた、名は?」
「ぜひ教えてください」
美女二人にニッコリと微笑まれ、気を良くした男は自慢げに名乗る。
「俺様は元Bランク冒険者のフリーム様だ! ちょっとヤンチャして今はDランクに降格してるがよぉ。そこのチビ助よりも断然強いぜ?」
ふむ。元Bランクねぇ。ランク制度は理解してるが、Bランク冒険者の強さがわからぬ。
魔力はエリザとリリスには及ばぬものの、外見からしてパワータイプだろう。
驕り高ぶっているし、今のところそれほど脅威は感じられない。
それにヤンチャを自慢しても女性の好感度は逆に下がるだけなのではないか? Bランク冒険者のほうが圧倒的にモテるとオレは思う。
「「…………」」
「お? わかってるな! 女たちはチビのお前じゃなくて俺様を選んだらしいぜ?」
美女二人が片手を差し出したのを見て、フリームという大男は女を寝取った優越感とオレを嘲る歪んだ笑いを浮かべ――
「「<
「ガハッ!?」
体内に浸透する魔力の衝撃波を喰らって勢いよく吹き飛んでいった。椅子やテーブルをなぎ倒して、ギルドの壁にめり込む。
大男に靡くつもりなど皆無だったエリザとリリスが、キャッキャと甘い声で自慢してくる。
「ねぇ、ボスぅ! 見たぁ? 手加減できるようになったわよ!」
「エリザも攻撃するから危うく爆散させるところだったじゃないですか」
「しなかったのだからいいでしょう?」
「よくありません!」
「落ち着け、二人とも。そしてよくやったぞ」
「「ありがとうございます、ボス!」」
抱き寄せて体を撫でると、嬉しそうに頬擦りするエリザとリリス。なんだか子猫や子犬を連想する可愛い反応だ。
ようやく我に返るフリームの連れ。
「よ、よくもフリーム様を! 誰に手を出したのかわかっているのか!?」
「おれたちの後ろには【
「「「ふーん」」」
「な、なんだその反応は!?」
【
「女たちは来い!」
「フリーム様、ひいては【
強引に連れ去ろうと手を伸ばした男たちをエリザとリリスは拒絶する。
「そんなの嫌よ」
「ぎゃあ!?」
灼眼で睨むエリザに指を突き付けられて、全身の穴という穴から血を噴き出して倒れる男A。
「人に嫌がることをしたら、どうすればいいかわかっていますよね?」
「……はい! 自傷します!」
リリスの妖しく輝く紫紺の瞳に魅了されて、笑顔で自らの腹をナイフで滅多刺しにする男B。
えげつない攻撃である。一般人ならばドン引きだ。
しかし、彼女たちは魔王の配下。えげつなさもビジュアルも100点満点だとオレは評価しよう! 素晴らしい!
「クソッ! なにしやがる!?」
おっと。額から血を流し、口からも血反吐を吐くフリームが瓦礫を吹き飛ばして起き上がった。あれを受けて立ち上がれるとは頑丈だな。
怒りで充血させた目がオレたちを捉え、そして血だらけの仲間に気づく。
「ティンプレ!? オッキマーリ!?」
一人は全身から血を噴き出し、もう一人は笑顔で自分の腹を突き刺し続けているのだ。その凄惨な光景はフリームの度肝を抜いたことだろう。
「テメェら! ティンプレとオッキマーリに何をしやがった!? 許さねぇ! 男はぶち殺して女はぶち犯してやる!」
フリームは筋肉で膨れ上がった剛腕を振り上げ、猛然と殴りかかってくる。
魔力で身体を強化されたその拳は、岩をも砕く威力があるだろう。何の強化もしていない人間の頭蓋骨なんか簡単に粉砕される。
しかし、明確に殺しに来た大男のパンチをオレはあっさりと掴み取る。
「――は?」
「ふむ。元Bランク冒険者と言っていたが、たいしたことないな。力任せでキレも技も何もない。レヴィアのほうが遥かに速くて強い。威力も桁違いだったぞ」
「なっ!? 俺様の拳を受け止めて……?」
これくらいでなにを驚いている。衝撃など足から地面に流せば受け流せるだろうに。
「どうした? オレを殴り殺すつもりではなかったのか?」
力を籠めるが全く動かないことに焦るフリーム。手を引こうとしても動かず、オレが平然としている様子を見て、奴は確実に恐怖した。
瞳が揺れ、冷や汗が流れ落ち、無意識に後退る。
「オレよりも断然強いのではなかったか、フリームとやら?」
「くっ!?」
拳ではどうにもならないと判断したフリームは、これまた太い脚で膝蹴りをしようとしてきた。が、オレが行動するほうが早い。
冒険者ギルド内に向けてフリームの倍以上の威圧で満たす。至近距離の威圧を全身に浴びたフリームは本能的に体が硬直する。その一瞬の隙に人体錬成を発動。男の腕の痛覚を何倍にも引き上げ、中身が抜けてスカスカとなった手の骨を脆い飴細工のようにを粉々に握りつぶす。
――グシャリ!
「ぎゃぁぁああああああああああ!?」
強さを威張り散らしていた大男は、情けない悲鳴を上げて白目を剥いて気絶した。背中からバタリと倒れ、ビクンビクンッと体が派手に痙攣する。失禁もしたようだ。
痛覚が何倍にも高まった腕は、少しの掠り傷でも壮絶な痛みを感じることだろう。それなのに手が粉砕骨折したのである。発狂してもおかしくない。
シーンと静まり返った冒険者ギルド内。
ふっふっふ。フハハハハハ! 見ている。全員に見られている!
これで冒険者どもは魔王たるオレの強さと恐ろしさを思い知ったはずだ。
恐れおののけ! 跪け! 平伏しろ! そして崇めよ!
怖くて言葉が出ないのだろう? 魔王を前にしたら当然の反応だ。
この後のことは簡単に想像がつく。何人も腰を抜かし、絶叫と悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図となるのだ。泣いて許しを懇願する者も出てくるだろう。
あぁ……素晴らしい。これぞオレが理想とする魔王である。
冒険者どもよ。今抱いているであろう恐怖の感情を広く民衆に伝えるのだ!
「「「う…………うおぉぉおおおおおおおおおおおおっ!」」」
……ん? 悲鳴、ではないな。なぜ歓声が上がる? ここはオレの恐ろしさに震え上がる場面だろうに。
困惑するオレのところに大勢の冒険者がやって来ては、酒が注がれたジョッキを手渡してくる。
「あんた、やるなぁ! フリームたちをぶっ飛ばすなんて! ほら、酒を奢るから飲んでくれ! 祝いだ祝い! 盛大に盛り上がれぇー!」
「こいつはさ、メチャクチャ嫌な奴で大っ嫌いだったんだ。アンタのおかげでスッキリしたぞ! 隣の別嬪さんたちも強いなぁ! ウチのパーティーに来ないか?」
「暴力は振るうし、金は奪うし、女性にはセクハラするし、無理やり犯されたって話も聞く。クズで最低野郎でも実力はあるし、【
「フリーム、ざまぁみろ! そのまま一生くたばってろ!」
「アタシの! 胸を揉んで! 尻を触りやがって! ※※※! ※※※※! ※※※※※※!」
「おいおい、そこの美人な姉ちゃん。口汚く罵るのはいいが、男のアソコをピンヒールで踏むのは……」
「あ゛ん? あんたのを踏んでやろうか?
「……何でもないっス」
一番の嫌われ者をぶっ飛ばしたおかげで、冒険者たちが次々に感謝の言葉をかけてくる。
よほど鬱憤が溜まっていたのか、誰もフリームたちを助けようとはせず、むしろ嬉々として嫌がらせや仕返しを行なっていた。
受付嬢たちもわざわざ近寄って来ては、冒険者顔負けの強烈な蹴りを叩きこんでいる。お礼に握手まで求められたし……。
「あんた、名前は?」
「お、おう。オレは魔王ルシファである」
「そうか! 野郎どもぉー! 淑女の諸君! マオー・ルシファに乾杯だぁー!」
「「「マオー・ルシファにカンパーイ!」」」
こ。こんなはずではなかったのに……! 魔王として恐怖を振り撒くはずが……。
目論見が外れて何とも言えない気持ちを、オレは酒と一緒に一気に飲み込むのだった。
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