第11話 新人獣狩りエルカ君

「……よし!」


 今日もまた一日が始まった。


「あ、おはようございます女将さん」

「お、エルカちゃん起きたのかい。朝ごはん今用意してやるからね」

「ありがとうございます!」


 部屋を出るとちょうど大熊亭の女将さんと遭遇した。朝食と聞いてテンションも上がった。リーファ様が勧めるだけあって、ここはご飯も美味しいんだ。

 階段を降りて定位置となった席に腰を下ろす。夜は酒場として賑わっているここも、この時間帯だと静かなもの。キッチンの方から漂ってくる朝食の香りも相まって、騒がしい夜の光景が嘘のようだ。


「はいお待ちどう」

「わぁ! 今日も美味しそうですね女将さん!」

「はっはっはっ。そう言ってくれると作り甲斐があるねぇ」


 お肉と卵の載ったパンとサラダ、熱々のシチュー。朝食としてはちょっとヘビーに感じられるかもしれないけど、獣狩りとして活動する以上はこれぐらいのボリュームがいる。

 というわけでいただきます!


「で、どうだい? 獣狩りの方は順調かい?」

「んぐっ。そうですね。なんとか日々の生活はって感じです。あの日のお陰です。皆さんからのお祝いがなければどうなっていたことか。リーファ様には頭が上がりません」


 今でも鮮明に思い出せる。半月前のあの日。獣狩りとして登録した日で、リーファ様が僕をこの大熊亭まで引きずった日を。

 結局あの日は、騒ぎに収集をつけることはできなかった。全員酔ってたからね。リーファ様も最後には潰れちゃったし。

 ただその変わり、皆凄いテンションが高くて。僕のことを面白がったり、初復活の記念ということで色々奢ってもらえた。

 その日のメニューはもちろん、宿代すらもポンて出してくれた。最終的にご飯付きで一ヶ月分の宿泊費が集まったのは、申し訳ないを通り越して笑ってしまったけど。

 でもおかげで、金銭的にうんと余裕ができた。宿代分を貯金に回せるのは本当に大きい。日銭しか稼げないような、綱渡りの日々を送らなくて済んだんだもの。

 最近は僕もちょっとだけ成長したので、収支はどうにかプラスを維持できている。

 それもこれもリーファ様のおかげだ。最初に世話を焼いてもらっただけでなく、この大熊亭に連れてきてくれた。

 リーファ様がいなければ、僕の生活はもっと苦しいものになっていただろう。最初から今日までずっと心配してくれてるし、今でも週一で活動報告をしているほど。因みにこの活動報告はリーファ様からの命令だったりする。

 総評するとぼちぼちってところかな。収入は少ないし、未だに一層かつ採取ばっかりで試練の獣も狩れてないから、順調とは決して言えないけど。

 それでも僕の貧弱さを考えれば、最悪って卑下するほどではないと思いたい。


「そうかい。それは安心だね」

「はい!」


 僕みたいな貧弱な獣狩りは珍しいようで、女将さんを筆頭とした大熊亭の店員さんたちはなにかと気にかけてくれている。

 リーファ様や大熊亭の人たちには、どれだけお世話になっているか。


「それじゃあ行ってきます!」

「ああ。頑張ってきな」

「はい!」


 女将さんに見送られながら大熊亭を後にした。ああ、親切心を向けられると嬉しくなるね。

 結構な人たちから助けられている僕だけど、特にリーファ様や大熊亭の人たちのそれは素直に喜べる。

 大熊亭に出入りしている他の獣狩りも色々とよくしてもらってるんだけど、あの人たちから珍獣に餌やってるような気配を感じるから……。餌はありがたくもらうんだけどさ。


「今日はどれだけ稼げるかなぁ」

「お、死装束。今日も頑張れよ」

「ありがとうございます!」


 大熊亭から役所までの道はすでに通い慣れたもので、近所の人からはちょくちょく声をかけられるようになった。

 なんか名物になってるんだよね僕。防具を買うお金がない、毎日数回は死ぬから他の服を揃えるのがもったいない、地味に着心地が良いなどの理由で死装束を普段着にしてたら、まんま【死装束】なんて変な通称というか二つ名みたいなのもついちゃったし。


「サテラ様! 今日もお願いします!」

「おはようエルカ君。それじゃあいつも通りコレに書いてね」

「はい!」


 役所での手続きももはや慣れたものだ。サテラ様に貴重品を預かってもらい、身軽になったことで準備完了。


「……今日も鉈は預けるのね。【死せど離さず】のスキルを持ってるんだから、気にせず装備していけばいいのに」

「え? 武器持って行っても神獣は狩れませんし。だったら持ち帰れる換金アイテム増やした方が得じゃないですか」

「……毎度のことだけど、本当に異文化交流してる気分だわ……」


 素直な考えを話したらサテラ様に呆れられた。どうやら最近の僕の活動スタイルが納得いかないらしい。

【死せど離さず】。初日から死にまくっていた僕は、とても早い段階でこのスキルを授かることができた。

 このスキルを安全な道具袋のように僕は活用しているのだけど、それはかなりの例外のようで、サテラ様やリーファ様いわく僕しかやっていないとのこと。


「普通は武器みたいな、絶対に失っては困る物を対象にするんだけどね」

「神獣を狩れない時点で、持っていくだけ無駄なので……」

「キミ獣狩りでしょう」

「本格的に活動する前の準備期間なので」


 ぶっちゃけると現状でも狩りの算段自体はついてたりするんだけど、それも確実って訳じゃないから。ある程度の金銭的な余裕を持ってから臨みたいんだ。


「準備期間ねぇ……。【死せど離さず】のスキルなんて、ベテランでも持ってるかどうかって代物なのに」

「でもこれ使ってみて実感しましたけど、普通に必須クラスのスキルでは? むしろ何で皆さん持ってないんですか?」

「破格の性能だからこそ、条件が凄まじく厳しいのよ」

「二十回死ぬだけですよ?」

「バルバロイの意見は参考にならないから」

「えー」


 次こそはって思ってれば復活できるんだから、そんな難しいことでもないと思うのだけど。

 そりゃ確かに死ぬ時は痛いし苦しいし怖いけどさ、五体満足で復活できるんだからちょっとキツい罰ゲームみたいなものじゃないの?


「一瞬で帰れるから、むしろ便利なんですけどね。僕の場合だと」

「……そう言えばさ、エルカ君ってここ最近何度もお金預けにくるよね。換金部門の子からもそんな感じの話を聞いたんだけど」

「実は前々から思ってたんですよ。中で赤門から青門まで採取しながら進むの、ちょっと非効率なんじゃないかって。成果を全部持ち帰れるならともかく、結構な確率で途中で殺されますし」

「……つまり?」

「だったら最初から換金アイテム二つに絞って、死んで戻ってを繰り返した方が最終的な利益は大きいんじゃないかって! 実際そうでした!!」


 これに気付いた時は本当に天啓を得たと思ったね!

 採取しながら赤門から青門までの移動で掛かる時間は、状況にもよるけど稼ぎを考えると結構なロスだ。

 どんなに頑張っても日に五回が限度。それでも八割ぐらいの確率で失敗して、時間を掛けた上で成果がアイテム二つだったりする訳だ。

 それだとあまりに非効率! だったら最初からアイテムを二つだけ採取して、獣に突撃すれば圧倒的に時間を短縮できて、試行回数を増やした方が効率的なのではと! この方法のお陰で稼ぎがうんと増えたのです!


「名付けて死に戻り周回! コレが今の僕のトレンド!!」

「ちょっとー。悪いんだけどリーファいるか探してきてくれるー? エルカ君のこと説教させるからー」

「何でですか!?」

「死亡を移動手段にしてる時点で説教確定でしょう。何してんのよキミ」


 すっごい冷たい目を向けられてしまった。


「──このお馬鹿!! エルカは本当にお馬鹿!!」


 そしてリーファ様にしこたま怒られた。

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