第13話 初めての狩り

 嫌だとは言った。最も偉大な神様の実態に驚きもした。

 でも残念ながらそれはそれ、これはこれ。どんなに言葉を並べようとも、蛮神様から直接催促されてしまった以上はやらなければならない。


「うん」


 一層に到着。体調は万全。見えるところに敵影もなし。

 門の周辺は神獣が近寄らない安全エリアになってはいるけど、そこから出た途端に獣に襲われることもある。だから安全確認は欠かさない。


「……よし」


 さらに【死せど離さず】のスキルもチェック。不具合とかを心配しているんじゃない。ただ上手く扱えるかを確かめるためである。

 軽く手を振る。すると掌から鉈が飛び出てくる。今度は収納するように意識して素早く手首を返す。鉈が綺麗に消える。

 うん。ちゃんとワンモーションで武器の出し入れができるようになっている。実はコレ練習したんだ。同じスキルを持っているリーファ様や、大熊亭の常連であるベテランの獣狩りから教わった小技。

 一瞬で武器の出し入れができるようになれば、何かと狩りで便利だからって。

 部屋とかで暇さえあれば練習してたけど、蛮神様からの催促が来る前にものにできて良かったと思う。

 念のために何回か繰り返すけど、特に問題はなかった。あとは戦闘でコレをミスなく行えるかだけど、それはやってみないと分からない。だから万全ということにしておこう。


「……行こうか」


 確かめるべきことは確かめた。だから、ここから狩りを始めよう。

 目的地に向けて歩き出す。これまでの活動で、僕の狩りに向いている場所は見つけてある。あとはそこに向かうだけ。

 狩場までは神獣に出会わないよう祈りながら、時折見掛ける換金アイテムも無視して、慎重に進んでいく。

 そうして暫く。途中で何度か神獣を見つけたが、幸いにして気付かれずにやり過ごすことができた。予定よりも時間は掛かってしまったけれど、まだまだ順調と言えるだろう。

 目的地は開けた岩石地帯。基本的に木々が生い茂る一層において、数少ない視界が良好なエリア。塔の内部のはずなのに何故か存在する青空が、このエリアではしっかりと確認できる。一層の絶景ポイントの一つと言えるだろう。

 ただ問題もある。視界が通る岩場というメリットは、獣狩りだけでなく神獣にも適応される。こちらが見つけやすいということは、当然その逆もしかり。いや、遮蔽物が少なく植物の香りも乏しいこの場所は、むしろ神獣にこそ大きなアドバンテージを与えているような気もする。

 なにせこのエリアには、鹿や猪といった一層全体に満遍なく存在するタイプの他に、初日に僕を殺してみせた憎き大鷲タイプがいる。

 元々が肉食獣、他の生き物を狩る生態をしているがために、野生動物らしからぬ攻撃性を備えた神獣はとても厄介だ。

 一見して有利と思える地形ですら、こうした罠が幾つも仕掛けられているのだから堪らない。蛮神様は本当に人間を試すのがお好きである。


「さて……」


 それはそれとして。周囲を警戒……問題はなし。見える範囲に神獣はいないみたい。なら狩りの準備に入ろう。

 ラッキーなことに、今回の狩りに使えそうなものを発見。僕よりも大きくて平な岩。これなら大丈夫そうだ。


「ふぅ……」


 さっそく見つけた岩の上に仰向けで寝転がる。そして力を抜く。

 青い空が視界いっぱいに広がって綺麗だ。狩りの緊張感がなければ眠っていたかもしれない。……もしかしたら蛮神様にこの光景見られてたりするのかなぁ? 何かリーファ様たちの話を聞く限り、いつの間にか真横に降臨しててもおかしくないから怖いなぁ。

 で、『何やってんだ?』とツッコミを入れてきそう。本当に怖い。

 念のため弁明しておくと、コレは別にサボってる訳じゃないんだ。ちゃんと僕の考えた狩りの手順に則っている。

 今回の狩りはとある神獣を一点狙い。そいつを狩るために寝っ転がっているのだ。

 もちろん、この方法はひ弱な僕が狩りを実現するための苦肉の策。普通の獣狩りからすれば非効率極まりないし、なにより不確定だ。

 狙いの神獣が来るかも分からない。来ても想定していた動きと違う行動を取るかもしれない。それ以前に別の神獣が突撃してくるかもしれない。

 そうした不確定要素が満載な狩猟方法。もし想定外が引き起こって襲われた場合、やり直して再びこの場所まで来る必要がある。

 いや、襲われたらちゃんと抵抗はするつもりだけど、十中八九負けるだろうなぁと思っている。それぐらい僕は貧弱だから。

 まあ、ともかくだ。今はひたすら待つ。想定外が起きないことを願って。身動きせずに仰向けのまま静かに空を眺めている。


「……」


──そうしてどれだけの時間が経っただろうか。幸運なことに、他の神獣に襲われることなくその時がやってきた。


「ケェェェッ!」


 寝っ転がっている僕の真横に、大鷲タイプの神獣が舞い降りた。

 コイツだ。コイツこそが僕の狙っていた獲物。初日に僕の頭をかち割り、空から落とした憎き相手。

 焦るな。ここで動いては駄目だ。大鷲は『何でコイツ寝てんの?』みたいな感じで僕を眺めている。

 神獣としての闘争本能すら引っ込んでいるのは、例え一時的なことであっても奇跡だ。ここで刺激して一気に戦闘が始まってしまったら最悪である。

 大鷲タイプの攻撃手段は幾つかある。鋭い嘴を使った飛行からの体当たり。鋭利な鉤爪によるすれ違いざまの斬撃、というよりも抉り取り。

 他にも僕の頭をかち割ったように、飛行からの岩による殴打、及び飛行の勢いを使っての投石擬き。

 幾度もの死によって集めた情報によると、これらを大鷲タイプは多用する。

 ……だが、これらの行動は僕の中ではハズレ枠だ。これをやられてしまったら、結構な確率でやり直しをするハメになるだろう。

 僕がコイツに望む唯一の行動。それは……


「ケァァァッ!」

「ッ!!」


 きた! 獲物が激しく動いていないことと、持ち上げられる重量である時にのみ見せるであろう特殊行動。高所からの落下殺害!


「いっっ……!!」


 苦悶の声が漏れた。僕が着ているのは防御力など存在しない死装束。だからこそ、大鷲の鋭い鉤爪が胴体に突き刺さる。

 その上で空を飛んでいるのだ。自重によってより深く鉤爪が胴体に食い込み、羽ばたきによって身体が振られるたびに肉が抉られていく。

 ボタボタと血が滴っていくのを感じる。異物感と痛みでどうにかなってしまいそうだ。

 ……だが、こんなものはもう慣れた。何度も僕は死んでいる。でも毎度毎度即死している訳じゃない。

 四肢は数えられない潰された。腹を貫かれたこともある。生きたまま胴体を食べられたこともある。

 ほぼ毎日激痛で発狂しそうになっているのだから、この程度で根を上げるなんてことはしない。


「──なにより」


 ここまで理想的な状況じゃあ、痛みなんて気にならない!!


「一、二。一、二、一、二……」


 さあ、そろそろ頃合だ。すでに落下死するには十分な高さ。いつ大鷲が僕を離しても不思議じゃない。

 内心で深呼吸。それと同時に片手に意識を向け、いつでも鉈を出せるように準備。そして大鷲の羽ばたきに注目し……一、二、今!!


「はぁッ!!」

「クケェッ!?」


 大鷲の羽ばたきに、翼がもっと近くなるタイミングで行動開始!

 右手は大鷲の脚を掴む! 腹筋を総動員して身体を起こす! その勢いのままに空いた左手に鉈を呼び出し、翼の付け根に目掛けて思いっきり叩き込む!!

 一層の試練の獣は、少しばかり肉体的に強化され凶暴になってはいるけれど、普通の野生動物とそこまでの違いはない。 なら鳥の特徴だってそのままのはず!  空を自由に飛ぶために、その身体が脆いという特徴が!!


「ケァァァ!?」


 予想通り、大鷲の翼に鉈が喰い込んだ。切断するには程遠く、即座に命を奪うような致命傷の類では断じてない。

 精々が飛べなくなるぐらい。でもこの状況ならこれで十分。なんたって僕たちは大空にいる。致命傷には程遠くとも、この状況では致命的!


「こんっ、の!!」

「クケァァッ!?」


 大鷲の翼から鉈を引き抜き、そのまましまう。もう必要ないからね。落としたり壊れたりしたら困るし。

 ここから先で必要なのは、シンプルに肉体だけ。切り揉みしながら落下し、更には暴れまくる大鷲を決して離さないようにする。

 自由の効かない空中で、無理矢理にでも身体を動かす。そして大鷲にガシッとしがみつき、後は絶対に離してなるものかと、根性で全力を振り絞る。

 さあ、地面が近づいてきた。大鷲は僕より大きいし、こうして思いっきり密着している。だからどうやっても大鷲の方が先に地面に激突するはずだ。……どうせ大して違いはないだろうけど。

 でもそうなってくれれば、僕が殺したってことになるはず。運が良ければ相打ちでも力は溜まるかもだけど、できれば確実に仕留められる形に持っていきたい。

 ……いや、それもぶっちゃけどうでもいいかも。僕の目的はもう達成されている。

 狩りはもちろんだけど、もう一つ掲げていた小さな目標。『初日の恨みはらすために、絶対にあの鳥だけは狩る』という復讐心。

 これで一段落。後のことはその時考えることにしよう。


「──今回は、いや今後は一緒に堕ちようね鳥君」

「クケェッ!?」


 そうして僕と大鷲は、揃って大地に叩きつけられた。

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