第12話 蛮神の神託

 なんてことのない日々。何時ものように起きて、何時ものようにご飯を食べて、何時ものように役所に向かう。

 そんな傍から見たら何の変哲もない、ありきたりな一日。だけど僕にとっては、今日は特別な一日になるという確信があった。いや、特別な一日にするのだという決意があった。


「サテラ様、これをお願いします」

「はいはい。……あれ? エルカ君、今日は鉈もないのね? 宿にでも忘れてきた?」

「いいえ。今日は狩りをするつもりなので、鉈は持っていきます」


 何故なら今日、初めて僕は試練の獣に挑むのだから。そして、勝利するつもりなのだから。


「……マジで言ってる?」

「マジです」

「……勝算はあるの?」

「あります」

「……っ、誰かぁ! 誰かぁ!! リーファを呼んできて! エルカ君が、エルカ君がついにやったわ!!」

「反応がお母さん!?」


 そんな子供が初めて立ち上がったみたいな反応しないでくれません!? ちょっ、本当に役所中から注目集めてるから勘弁してサテラ様!!


「……何を騒いでるのよサテラ」

「リーファ様!? ナイスタイミング!」


 幸運だった。サテラ様が錯乱してすぐにリーファ様が役所にやってきた。

 防具をつけているところをみると、これから塔に挑むのだろう。リーファ様も【死せど離さず】のスキルは所持しているとのことなので、代名詞である大戦斧は体内に保管しているのかも。

 アレはアイテムを魂に紐付けるってスキルだからか、選択したアイテムが肉体と同化可能になるのだ。

 もしくは、上位の獣狩りがたまに持ってる次元袋っていう、インチキアイテムに入れてるのかもだけど。

 いや、それはともかく。ひとまずリーファ様に状況を説明して、サテラ様を宥めてもらわなければ。


「……っ、本当なの?」

「貴女もですか!」


 そしたら似た感じで感涙にむせいでしまった。何で皆そんな反応をするのかなぁ!?

 遺憾の意を全力で表明しつつ、どうにかお二人を正気に戻すことに成功した。


「……はぁ。酷くないですか本当に。獣狩りとしてちゃんと活動するって言ったじゃないですか」

「その台詞に全てが詰まってるでしょ。働かない駄目夫が、やっと真面目に働くって宣言してくれた嫁の気分よ。今の私たちは」

「それだと僕がサテラ様とリーファ様を囲っている最低野郎になるのですが」

「身の程を知りなさい少年」

「辛辣すぎません?」


 先に妙な例え出したのそっちですよね?


「いやでも、実際本当に驚いたわ。だってエルカ、ずっと採取と死亡を繰り返しているだけだったじゃない」

「そうですね」

「装備を整えて生活に余裕ができるまでは、てっきり私は試練の獣に挑まないものかと……」

「僕だってそのつもりでした」

「『そのつもりでした』? 何かあったの?」

「……あったのです。とても信じられないことが」


 このことをお二人に話すのは大変恥ずかしいのだけど、実際に起こってしまったのだから説明しない訳にはいかない。

 ぶっちゃけると、僕だけの心に留めておくには内容が重すぎる。


「知っての通り、僕は貧弱です。槍を持って立ち回りを練習して、ようやく一層の試練の獣一体ならなんとか狩れるレベル。リーファ様のお墨付きです」

「そうね。獣狩りが強くなるには装備を整えるか、祝福を揃えるかしか手段がない。で、エルカはお金がないから装備を整えるのは現状無理。祝福も【死せど離さず】みたいな特殊なやつと、狩りとは無関係のスキルを除き、神獣を狩ることが前提にある。だから獣を狩れないエルカには難しい」


 そうなのです。だから文字通り命懸けでお金を稼いでた訳で。


「実を言うと、今の状態でも狩りができるかも、っていうアイデア自体はあるんです」

「それが勝率ある方法なのね?」

「ええ。ただこれ完全にギャンブル、それもかなり分が悪いタイプの手段なので、実行するにしてももう少し金銭的な余裕が欲しかったんですよね」

「……その方法がどんな暴挙なのか猛烈に気になるけど、あえて今回は訊かないでおいてあげる」

「ありがとうございます」


 何か暴挙って断定されてるのは凄い気になるけど。いや実際、色んな意味で我ながらどうかと思う暴挙なんだけども。


「で、どうしてそんな乗り気じゃない狩りをやろうと思った訳? ……まさか、借金とかしたんじゃないでしょうね?」

「いや違いますよ!? 僕みたい小心者が借金とかできる訳ないじゃないですか!」

「でもなぁ、エルカ君って絶対に騙されやすいからなぁ。うっかり変な契約結んでてもおかしくないというか」

「何でですか!?」


 そりゃ割と単純な頭のつくりをしている自覚はありますけども! この神域では犯罪の類いはゼロって言ったのサテラ様たちじゃないですか!


「確かに犯罪とかはゼロだけど。詐欺擬きというか、契約の見落としみたいなのはちょくちょくあるからね?」

「意図的に説明しなかったり誤魔化したりとか、契約内容と実際の内容が異なってたりとか、そういうのは神罰が降るけどね。ちゃんと説明された上で勘違いしたとか、内容の見落としとかあったら、それは『確認を怠ったお前が悪い』と司法神様にお叱りを受けるわよ?」

「今後は気を抜かないようにします!」


 実際、その手のトラブルが年に数回は発生するらしい。

 タチの悪いところだと正確に情報は伝えはするけど、『ここ重要ですよ』的な前置きはせず、雑談みたいな感じで凄いサラッと話して、契約後に獣狩りが自爆するのを待っていたりするとのことで。

 ……教わらなかったら、多分僕は何処かのタイミングでコレに引っかかっていた気がする。


「でも今回に限ってはそういうのではなくてですね!」

「なら本当に何で? 全然理由が想像つかないんだけど」

「うん。なんだかんだでエルカ君って頑固だし、自分で決めたことを曲げるとかよっぽどな気がするな」

「実は……」


 疑問符を浮かべるお二人を前にして思ってた。コレ、言って大丈夫なのかなと。

 これから話す内容は、あまりにも荒唐無稽で、それでいてバルバドール神殿の神官であるお二人に語るには、とても失礼というか畏れ多いことだ。

 とは言え、ここまで話してやっぱり止めたとかはできない。多分、お二人に詰め寄られた上で強制的に白状させられる。


「実を言うとですね……今日夢の中に蛮神様が現れて、お告げがあったんです」

「へぇ。何て?」


 あれ軽くない?


「……驚かないんですか? というか、信じるんですか? 神官でもない、英雄でもない僕にお告げですよ?」

「いいからいいから。まず何て言ってたの?」

「えっと、自分が蛮神バルバドールだと名乗った上で、『お主さぁ、そこまでぶっ飛んでるんだったらはよ戦え。じれったいんだよマジで』と。……自分で説明してて思ったんですけど、これやっぱり僕の勘違いですよね? ただの変な夢ですよね?」

「間違いなく我らが神の神託ね」

「間違いないんですか!?」


 こんなお金タカるゴロツキみたいな神託が!?


「あれ本当に蛮神様だったんですか!?  僕の故郷にいた、人相の悪い木こりのオヤジさんと同じ雰囲気でしたよ!?」

「なんなら横になりながら何か食べて寛いでたでしょ?」

「正解ですけどマジで言ってます!?」


 あの駄目オヤジみたいな姿勢まで当てられるとは思わなかったんですけど!? というか、当てられるってことはアレですよね!? 神官様の間で、蛮神様が『そういう御方』って認識されてるってことですよね!? この世界の創造神様なのに!?


「……エルカが驚くのも分かるんだけどね。我らが神は、その、自ら【蛮神】と名乗る御方だから……」

「状況による落差が凄い御方なのよ。エルカ君の時は、多分完全にオフモードだったんでしょうね」

「オフモードの神様に話し掛けられる心当たりなんてないんですけど!?」


 そういうのはせめて神官様か、リーファ様みたいな世界中に名前が轟いている英雄が対象となるんじゃないの!?


「ここは我らが神の神域よ? 興味深いと感じた人間に、神託を与えるぐらいはするわ」

「戦いを催促されるのは割と珍しいけど、暇潰しで声を掛けられるぐらいはそこそこあるのよね。気に入られてる人間だけだけど」

「……それってつまり?」

「おめでとうエルカ君。キミは我らが神のお気に入りとなったみたいね」

「神託の内容からして、これからお気に入りするのかどうかを悩んでいるようだけど。……そもそも普通は我らが神にお声掛けいただけることなんてないし、似たようなものね」

「素直に喜べないんですけどそれ!?」


 蛮神様に注目されるのは名誉なことなのかもしれいけども! まだ何もやってない状況でそんな話をされても畏れ多いと言いますかね!?


「これで名実ともにエルカ君もバルバロイだね」

「なんか嫌なんですけどそれ!?」


 言葉にできない嫌な予感がして本当にツラい!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る