第4話 神域での死

「ひとまず獣狩りとしての登録から済ませちゃいましょう。付いてきてエルカ」

「はい!」


 なんだかんだしてなかった簡単な自己紹介を済ませた後、リーファ様に先導される形で神域を、シンプルに【バルハの街】と呼ばれるエリアを進んでいく。

 目指すは塔の内部に繋がる門のある場所。そこでは塔にはいるだけでなく、獣狩りに関する諸々の手続きなども行えるそうだ。人界においては行政区? とか、王城や領主様の屋敷みたいな、役人様たちが沢山いる場所に当たるらしい。神域内においてはこれまたシンプルに【役所】と呼ばれているそうだ。

 そんな役所までの道を教わり、時折信用できる商会や美味しいご飯を出す定食や、オススメの宿屋などの説明を軽く受けながら歩くこと暫く。

 神域の重要施設の一つと呼ばれるのも納得の賑わいをみせる大きな建物と、大きな二つの門が見えてきた。


「あれが役所。そしてあっちに見える二つの門が塔に出入りする為の門。右の赤い門が入場用、左の青い門が退場用よ」

「あ、用途が決まってるんですね」


 でもそうだよね。どちらも凄い大きな門だけど、出入りが共用だとごちゃごちゃしちゃうもんね。あの門、この神域に来る為の門と同じ、謎の光が張ってあるし。普通に通るんじゃなくて、神様の力で転移させられる系だと思うし。共用だと余計に危ないんだろう。


「塔の中に入る時は、入場用の門を潜りながら、希望する階層を思い浮かべるの。階層は【昇格の試練】という特別な試練をクリアすることで解放されていくから、新人はまず二層に上がることを目指すべきよ」

「はい!」

「で、塔から出る時は各階層の決まった位置にある幾つかの門、アレと同じ青い門を潜れば大丈夫。出る時は入る時と違って何も考えなくていいわ。ただ、中の門は階層の移動もできるから、その時は行きと同じで目的の階層を思い浮かべながら潜ってね」

「分かりました!」


 流石は神様の門。地味に便利だ。僕も直ぐにアレの便利さを体感するんだろうなと考えると、なんとなくワクワクしてくる。

 塔に出入りする獣狩りの人たちの表情は様々だ。赤い門に向かう人は、緊張していたり、不敵な笑みを浮かべていたり、何でか気怠そうだったり、変わった人だとご馳走様にありつく前の獣みたいな表情の人もいる。逆に青い門から出てくる人たちは、大体がお疲れの表情で、一部の人たちは達成感に溢れた表情。更に一部の人たちは……何か顔が青白い? あそこの数人だけ気分が悪そうだし、それ以上に凄い狼狽えている。


「リーファ様。あそこの人たち、何か様子がおかしくないですか? 装備も変というか、周りの人たちは革や鉄の鎧をしてますけど、彼らだけお揃いの簡素な布の服ですし」

「え? あー……」


 リーファ様なら何か知ってるかなと思って訊ねたのだけど、返ってきたのは渋い声。狼狽えている人たちを一瞬チラッと眺めた後、気の毒そうな表情を浮かべた。


「……んー、丁度良いって言うと彼らに悪いけど、良い機会だから教えてあげる。彼らは塔の中で死んだんだよ。見た感じだと全滅でもしたんだろうね。そして多分、仲間の誰かが欠けた」

「え?」


 予想以上に重い内容を伝えられたことで驚く。というか、そういうのって分かるの?


「あの服ね、死装束って呼ばれてるの。塔の中で死んだ人間が復活する時に着ている服。塔の中で死ぬと、肉体は一瞬で灰になる。そして青門で再構築されて吐き出されるの。あんな感じでね」

「……え、それじゃあ荷物とかは?」

「まずそこを気にするんだ……。特定の儀式を済ませた武器を除いて、装備や持ち込んだアイテム、採集品は基本的に死んだ場所に放置される。で、一定時間経つと消滅する」

「じゃあ回収はできるんですね」

「場所によるけど可能だね。ただ他の獣狩りに拾われちゃう場合もある。基本的にそうした放置品、【遺物】って呼ばれてるんだけど、遺物は拾った人に権利があるの。だから探してる間に売り払われちゃうこともあるし、そうでなくても回収するには交渉が必要になる」

「……大変そうですね」

「ええ大変よ。だから遺物、特に知り合いの物っぽい奴を見掛けたら回収しておいた方が良いわ。そうすれば恩も売れるし、自分が死んだ時に回収して貰える可能性が上がる」

「なるほど」


 昔の言葉だっけ? 情けは人のなんとやら。恩は売れる時に売っておいた方が良いと。むしろそんな空気感があるなら、変に売ったら恨まれそうだ。基本的に遺物の類は売らずに取っておくことが無難かな。


「ま、一番良いのは死なないことよ。遺物以前のリスクがあるもの」


 そう言ってリーファ様は、全滅したと思わしき人たちの方を見た。


「彼らを見なさい。泣きながら誰かを探しているかのように見えるでしょ?」

「見えますね。仲間とはぐれたんでしょうか?」

「違うわ。私は何度も目にしたから見当がつく。あれは仲間が復活しなかった時の狼狽え方よ」

「え?」


 復活しない? この神域では蛮神様に闘志をほう……あ。


「もしかして、闘志の奉納ができなかった?」

「そう。この神域における死からの復活は、我らが神からの祝福。でもそれは闘志の奉納、死してなおまた戦おうとする意思を持てなかった者には与えられない。多くの者が復活を過信しているけど、実際はそんな簡単じゃないのよ。結構な数の人間がそのまま死んでしまうの」

「……死んじゃうのにできないんですか?」


 僕はまだ獣狩りではない。それでも正直言って驚いた。獣狩りでも復活することができない人がいるなんて。

 だって伝えきく神獣は本物の化け物だ。それをただの人が狩るには、何度も死にながら喰らいつかないといけない筈。ただの獣、狼や猪にすら殺されるのが本来の人間なんだ。

 そんな貧弱な種族が、怪物たる神獣を狩るには、無数の死が大前提なのだと勝手に想像していた。

 でも、リーファ様は違うと語る。死を許容することができる者など殆どいないという。


「エルカは経験したことがないから、分からないんだと思う。でもね、『死』は本当に怖いのよ。痛みすらも感じなくなり、身体の芯から冷たくなっていく感覚。意識がなくなる瞬間、もし復活できなかったらという恐怖。……結局、復活という奇跡が有っても、人は本質的な死の恐怖から逃れられないの」

「回数を重ねれば慣れる気もしますけど……」

「無理よ。私自身、何度も経験してるけど慣れないわ。それに塔の仕組み的にも簡単に慣れるようなもんじゃないのよ」


 仕組み? 感覚的に慣れないのはなんとなくイメージできるけど、仕組み的に慣れないってどういうこと?


「我らが神は惰性や慣れを認める程甘くないの。階層は上がるにつれて過酷になる。獣の強さは勿論、環境とかでも獣狩りを試してくる。そして、その一つに『魂』への負荷がある」

「魂? よく分かんないんですけど、それが上がるとどうなるんですか?」

「簡単に言うと、精神に負担が掛かって心が折れ易くなるの。実際の傷以上の痛みを感じたり、恐怖に呑まれ易くなったり、冷静でいられなくなったりとかね。だから殆どの獣狩りは、それこそベテランだろうが英雄クラスだろうが死ぬことを恐れるし、負傷だって避けるものなの」


 なるほど。復活するから大丈夫という『甘え』は、蛮神様が許さないと。……うーん、こうして教えられるとアレだね。確定で復活させないってのも、闘志の奉納云々は建前で、単に甘えを発生させないようにしているのかもね。

 闘志という客観的に判断しずらいものを条件にしてるのも、緊張感を高める為な気がする。蛮神様の逸話的にも、祈りに対して祝福をくださる類いの御方ではないし。


「彼らもそうよ。多分、ある程度の経験を積んだ獣狩りのはず。それでも心の折れた者が出た。それぐらい『死』っていうのは危ないの。外と変わらないのよ。死を許容して何食わぬ顔で復活できる人間なんて、本っ当に極一部の、こういうとアレだけど壊れた人間だけなの」

「壊れた……」


 ということは、アレックスさんがいた時に話してた効率重視の人たちは、リーファ様の言うところの『壊れた人間』なんだろう。なんというか、その人たちはこの神域に見事に適応した、ある意味で無敵な人種なのかもしれない。


「……実を言うとね、エルカの世話を焼くと決めたのは、コレを教えたかったからなの」

「え?」

「ほらキミ、あのチンピラ、アレックスだっけ?

アイツと言い合いしてた時に言ってたじゃない。『死んでも大丈夫』って。その考えは本当に危ないの。だって死んだら大丈夫じゃないんだもの。そんな風にタカをくくって戻ってこれなかった奴を、私は何人も見てきたから」


 そう言ってリーファ様は、僕と視線を合わせるよう屈む。そして真っ直ぐと、真剣に僕の瞳をジッと見つめて語る。


「獣狩りになるのは自己責任よ。でもね、キミはまだ子供。十三って言ってたけど、その歳の子たちの中でも特に幼い方だと私は思っている。あと単純に性格的にも危なっかしい。まだ出会って少ししか経ってないけど、私はそう感じちゃってる」

「……危なっかしいですか僕?」

「うん。臆病なのかそうじゃないのか分からないぐらいにね。……だからこうしてお節介を焼いているの。エルカ。我らが神に仕える者としても、一人の先達としても、キミが獣狩りになることを止めはしない。それでも命は大事にしなきゃ駄目。じゃないと本当に死んじゃうから」


 リーファ様に頭を撫でられる。幼い子供をあやすように、危ないことをしちゃ駄目だと教えるように。


「小さい子供が死ぬのは悲しいわ。知り合った人が戻ってこないのは悲しいわ。だからねエルカ、私と約束。危ないことをしないでとは、無理も無茶もしないでとは言わないけど。駄目だと思ったら絶対に引いて。無謀だけはしないで。そして必ず戻ってきてね」


 僕はこの時、初めて『英雄』と呼ばれる人の器に触れた気がした。

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