第5話 獣狩り登録 その一

 リーファ様と命についての約束を交わした後、僕は心を入れ替え役所へと向かった。

 別に浮ついた気持で獣狩りを目指していた訳ではなかったけど、仲間の死を嘆く名前も知らないあの人たちを見て、僕と真っ直ぐ向き合い心配してくれたリーファ様を見て、獣狩りの過酷さというものを痛感させられた。

 だからこそ、いっそうの覚悟で獣狩りを目指すことにしたのだけど。


「獣狩りの登録は構わないけど、可能なら槍、最低でも短剣ぐらいは用意しなきゃやってけないわよ?」

「……お金が足りないんです」


 覚悟で乗り越えられないものも世の中にはあるんだよね……。

 獣狩りとして登録しようとしたのはいいけど、受付けの神官様にぐうの音も出ないツッコミを入れられてしまった。

 僕の装備、父さんが行商に出る時に使ってた鉈だけだからね。それもちょっと昔の奴だから若干刃こぼれしてるし……。

 軽く鞘から抜いて確認するけど、やっぱり武器としては微妙だよねぇ。リーファ様も神官様も渋い顔だ。実家から持ってきた数少ない物だし、大事な物ではあるけれど。悲しいことに愛着と性能は別なんだ。

 そんな現実と向き合う僕の傍らで、知り合いなのかリーファ様と神官様が砕けた口調で話し合っていた。


「リーファ。何か使わなくなった奴でもあげたら? ここまで面倒みたんだから、最後まで付き合ってあげなさいよ」

「そうは言ってもねぇ。流石に武器やお金をあげたりするのはやり過ぎでしょ? 元々知り合いとかならともかく、行きずりでそこまでするとこの子の為にならないわよ。私も面倒な奴らが寄ってくると困るし」

「じゃあいっそ、アンタの男ってことにしちゃえば? いい歳して経験ゼロでしょアンタ。顔も悪くないし、囲って自分好みに育てちゃいなさい」

「はっ倒すわよ?」

「でも私の分析だと、アンタの好みって年下なような気がするのよね」

「……」


 何でそこでチラッと僕の方を見るんです? ……まさか満更でもない!?


「いや、年下好きだろうがエルカは駄目でしょ。まだこの子に色恋は早いわよ」

「リーファ様、僕のこと幼児か何かだと思ってません?」


 そんなことないとは知ってたけどさ。ただその倫理的にアウトみたいな言い方はちょっと。十三なんですけど僕。


「ま、そんな冗談はさておき。厳しいようだけど、自力で環境を整えるのは獣狩りとして必要なことよ。方針を示すぐらいはするけどね」

「あっそ。実績のあるアンタがそういうなら、そっちの方が良いのかな。という訳で、エルカ君。すっっごい大変だろうけど頑張ってね。お姉さんも陰ながら応援してるから」

「ありがとうございます!」


 わーい、神官様が応援してくれた。一部やけに強調されてた気がしたけど、考えると憂鬱になりそうなので気にしないでおこう。


「じゃあ手続きに入るね。まずこの紙に名前書いて。文字が書けないのなら代筆するけど?」

「あ、読み書きはなんとかできます。父に教えて貰いました」

「あらそうなの。親に教わったってことは、商人の家系かしら?」

「はい。田舎の小さな雑貨屋なんですけど、読み書きと簡単な計算は覚えといて損はないと」

「良いお父さんね」

「僕や兄弟が教養を身に付けると、悪意無しに『これで幾ら分の付加価値が付いたな』と笑う父でしたけどね」

「……凄いお父さんね」


 いや本当にね。父親としては立派な人だったけど、人としてはアレな部類だから手放しで尊敬できないんだよね……。悪人ではないんだけど、感性がズレてるというか。


「……じゃあエルカは父親に似たのかもね」

「リーファ様?」


 どういう意味でしょうかそれ。遠回しに僕も感性がズレてると仰ってます?

 ……サッと目を逸らされたので、大人しく紙に向き合うことにする。引き際大事。


「書けました」

「はい確かに。それじゃあ、獣狩りについてのアレコレを説明するわ」

「お願いします」

「まず最初に、獣狩りは蛮神バルバドール様の試練に挑戦する者であり、我々のような神官、神に仕える者と似た立場になります。なのでそれに相応しい振る舞いを心掛けてください。簡単に言うと、人界と同じように犯罪行為はしない。マナーを守る。これさえできれば細かいことは気にしないで」

「あ、はい」


 なんか説明がざっくりしてない?


「分からないことが訊けば良い。難しく考える必要ないのよエルカ」

「神域とは言っても、暮らしてるのは人だからね。ルールも大体同じなのよ。むしろ世界中と繋がってる分、変な地方ルールの類も無いから楽かも。但し、神域での犯罪行為は全てが厳罰だから、そこは注意して。神々のお膝元で犯罪行為なんて、我々神官が許しません。罪の内容によっては、冗談抜きで神罰も下るから。【司法神アスト】様もこの神域には関わっているから、その辺りは本当に厳しいわよ?」

「えーと、不可抗力や知らなかった場合は?」

「そこは普通に人界と同じで状況次第。悪質だったり被害が甚大ならアウトね」

「なるほど」


 神域だから地域による特色もない。あるのは集団での基本的なルールやマナーと。それなら説明がざっくりするのも当然かな。普通に生活してればやらかすことはないだろうし、悪人なんて滅多にいない筈だもん。

 神域で不埒なこと実行するとかまず無理。裁きを司る司法神様の目があるというのなら尚更だ。あるとしても多少の諍いか、無知や地域による常識の違いぐらいかな?

 うん。これなら底まで気にする必要はないかな。


「これは塔の中でも同じよ。何かあったらまず話し合って。それでも解決しそうにないなら役所に届けてね」

「まあ、その辺りは相手も弁えてるから、分からない場合は素直に自分が新人だと伝えた方が良いわ。外なら兎も角、こっちで詐欺とかは神罰があるからまず起きない。立場の差から一方的に不利な要求とかしてくる輩も殆どいない。下手すると神罰があるし、そうでなくとも周りにバレたら干されるもの」

「……こういうとアレですけど、マトモな環境なんですね。てっきりもっと荒っぽいものかと」

「最初に言ったように、神に仕える立場なのだから当然よ」


 ……なるほど。知ってはいたけど、改めて神様の存在って偉大なんだなと思う。神様たちの目があるってだけでグンと治安が良くなるんだもん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る