第3話 英雄の手助け
恐る恐る声のした方に顔を向けると、そこには女性の神官様が腕を組んで立っていた。
「わぁ、綺麗な人……」
「あん……っ、げぇっ!?」
思わず声が漏れた。アレックスさんも驚いている。ただ僕とアレックスさんではニュアンスが違う。
僕は単純に目の前の神官様が綺麗だと思ったから声が出た。
輝くような金の髪に、森を思わせるような緑の瞳。ちょっと気が強そうな雰囲気はあるけれど、そんなことが気にならないぐらいに整った顔立ち。
女性としての平均ぐらいの身長(それでも僕より高い……)でありながら、大き過ぎなくとも確かに主張する胸の膨らみ。
なんというか、全身で美女を体現しているような人だった。神域でこういうとアレだけど、都会って凄いと思う。
対してアレックスさんは、不味い相手がやってきたからつい声が出てしまった的な雰囲気だ。
僕はこんな感じの顔を知っている。これは森に採集に行った時に熊と出会ってしまった人の顔だ。……つまりこの人、騎士様に匹敵するであろうアレックスさんからして、熊のように恐ろしい人ってこと?
「バルバドール神殿の武装法衣に、金の髪と緑の瞳。まさか【野蛮神官】リーファか!? 何でこんなところに……」
「さっき言った通りよ。チンピラに幼い子供が絡まれてるって通報があった。だからたまたま近くにいた私が出向いた。……それと面と向かってその呼び名を口にするとは良い度胸ね? さっきの暴言といい、本気で私に喧嘩売っているのかしら?」
「やっべ……!?」
アレックスさんの台詞で判明した。本当に熊レベル、いやもっとヤバい人だこの神官様。
武装神官リーファ。または【巨龍堕とし】のリーファ。バルバドール神殿の武装神官、つまるところ神殿に属する獣狩りの一人。
かつて塔の上層において猛威を振るった神獣、小山に匹敵するサイズの巨龍ラオロンを屠ったという現代の英雄。この神域でも上位の実力者の一角。
獲物が身体に似合わぬ大戦斧であり、その豪快な戦闘スタイルと蛮神様の神官であることを掛け、密かに【野蛮神官】とも呼ばれているとか。
蛮神という呼び名を自ら名乗っているバルバドール様に仕えてはいるけれど、野蛮と呼ばれて喜ぶ人はいない。
ましてやリーファ様は世の中的には適齢期の女性だ。それなのにあからさまな蔑称を面と向かって口にするとか、アレックスさんも人のことを言えないレベルで口が緩いと思う。
お陰で僕も大人しくするしかない。本当なら握手とお話を聞きたいのだけど、この不機嫌そうな表情の前にしては無理だ。
英雄の勘気とか冗談抜きで死ぬ。それを抜きにしても鬱陶しがられたりしたら立ち直れない。なので大人しくこの見せ物の観客になろう。
「いや待ってくれ! 口が滑ったのは謝罪する! だが絡んだってのは誤解だ! オレはただこの餓鬼を止めようと……」
「蹴られてぶん投げられて頭締め上げられたんですが」
「この餓鬼このタイミングで余計なこと言うんじゃねぇよ!? 半分ぐらいはお前にも原因あるからな!? ……あ、オイそっちに隠れるのは卑怯だろうが!?」
「……臆病な割には図太い子ね」
ギラっと睨まれたので咄嗟にリーファ様の後ろに隠れた。ここならアレックスさんも反撃できまい! あ、でもここだと観客に徹するの無理では?
「はぁ……。そこまで慌てなくても状況は分かってるわよ。逼迫してもなかったし、少し様子を見させて貰ったわ。アンタの言い分も理解はできる。この子も失言してたし、言い合いに関しては厳重注意で済ませてあげる」
「っ、お、おう」
リーファ様が溜息混じりに沙汰を下すと、アレックスさんは安心したようでホッと胸を撫で下ろした。
今を生きる英雄の一人であり、この神域において衛兵のような立ち位置の武装神官でもあるリーファ様に睨まれるのは、流石のアレックスさんも遠慮したかったようだ。
「但し、我らが神の言葉を捻じ曲げたのは見過ごせない。確かにこの子はつい口を出してしまいたくなる程にか弱いわ」
「え?」
「明らかに臆病なこの子が獣狩りに向かないという、アンタの主張も分かる」
「あの」
「でもね、例え貧弱で頼りなかろうが、我らが神は闘志を宿す者を跳ね除けることは決してしない。その一点において、私はこの子に味方する」
「えーと」
「さあ、謝りなさい。この子に向けた数々の暴言を。我らが神に闘争を捧げんとする生き様を嗤い阻む者は、我らが神の御名において許しはしない!」
「……」
カッコよく決めているところ悪いんだけど、リーファ様もまたアレックスさんに負けず劣らずの暴言を吐いてる気がするんだ。
アレックスさんも同感なのか微妙な表情でこっちを見ている。そして僕も多分同じ表情をしていると思う。
うん。なんとなくそうかなとは思ってたけど、リーファ様って基本はキリッとしてるけど、ちょっとうっかりやさんみたいだ。野蛮神官という蔑称も、戦闘スタイルの豪快さだけじゃなく、こういう微妙に考え足らずな部分も理由の一つなのかもしれない。
「そうだ僕に謝ってよ!」
「このクソ餓鬼いけしゃあしゃあと!?」
ただ便乗はする。この好機は見過ごさない。
「だぁぁっ、分かった分かった!! オレが悪かった。さっき言ったことは撤回するし、もう余計な口は挟まねぇよ。獣狩りでもなんでも好きに目指しやがれ」
「ついでに暴力振ったことも謝って」
「それはお前の自業自得だ。調子乗んなクソ餓鬼」
「そうね。ちょっとお仕置されても仕方ないこと言ってたし、それは私もどうかと思うわ」
「しゅーん」
ちゃっかり付け足してみたけど駄目かぁ。そっかぁ。
「ったく。とんだ災難だぜ。幸先が悪い」
「自分から蹴り入れてきた癖に」
「お前みたいな面倒な餓鬼だと知ってたら無視したに決まってんだろ!?」
「そっかぁ。じゃあまたねアレックスさん。恨みがあっても塔の中で殺しにこないでね?」
「聞けや!? てか人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ!?」
「一応言っておくけど、神域での同意無しでの殺しはマジの神罰下るからね」
「しねぇからな!? てか同意あるなら良いのかよ!?」
「……ええ。流石の私もどうかと思うけどね。ただまあ、殺される側がどれだけ本気で納得してるかによって、神罰の重さが変わるのは救いかしら」
「いや救いじゃねぇだろ。そもそも普通の人間は殺されることに納得しねぇよ」
「……それが一部の馬鹿たちはやるのよ……。一人が神獣を抑えて仲間に諸共攻撃させたり、敢えて味方を囮や餌にしたり、治療の費用をケチって自爆させたり介錯したり」
「ヤバいだろソイツら!? やる方も同意する方も狂ってんじゃねぇか!?」
「頭良いですねその人たち」
「「えっ?」」
「……え?」
素直な感想を口にしたら、リーファ様とアレックスさんにギョッとした目で見られた。何で?
「……一応訊くけどキミ、何で今の話を聞いて頭良いと思ったの?」
「え。だって神域で死んでも健康体で復活するんですよね? じゃあそういう作戦も効率的では?」
復活するならそういう作戦も全然有りだと思うんだけど。違うの?
「……っ、すぅー。あー、まあ良いや。絡んだことは悪かった。お前も頑張れよ餓鬼。あとアンタ、神官なんだからコイツの世話ぐらい焼いてやれ。放っておいたらあっさり死にかねんし……涼しい顔して何しでかすか分かんねぇぞコイツ。じゃあな!!」
「あ、コラ逃げるな!? 心配するんならアンタも最後までこの子の面倒みなさい!!」
「絶対ゴメンだね!! 薄々勘づいてたけどソイツ多分やべぇもん!! できればもう関わりたくねぇ!!」
「ちょっと待ちなさいよチンピラ!!」
そう言ってアレックスさんはダッシュで人混みへと消えて行った。リーファさんが待てと伸ばした手が、やけに物寂しい。
「……えーと、助けて頂きありがとうございました。高名な【巨龍堕とし】のリーファ様とこうしてお会いできて感動です」
取り敢えず、リーファ様に助けて貰ったお礼を言うことに。何かアレックスさん、会話してみた感じ乱暴なだけで悪い人ではなさそうだったけど。それでも助けてくれたことには変わりないからね。
「……あ、うん。礼には及ばないわ。何か割とマトモそうな奴だったし、余計なお世話だったかも。例えそうじゃなくても、バルバドール様に仕える神官として当然のことをしたまでだもの」
「それでも助けて頂いて嬉しかったです。ではまたご縁がありましたら、その時はご挨拶させて頂きます。いつかリーファ様の隣で獣狩りとして戦えるよう精進したいと思います。それでは」
「ええ。さようなら……ってならないわよ!! ちょっと待ちなさいキミ!!」
「はえ?」
もう一度頭を下げて立ち去ろうとしたら、ガシリと肩を掴まれた。え、何?
「な、何でしょう……? 僕何かやっちゃいましたか?」
「何で肩掴んだだけでそんな屠殺前の子鹿みたいな目をするのよ!? さっきまでの図太さはどうしたの!? 違うからね!? 乱暴しようとか怒ってるとかじゃないから!!」
ビクつきながら止められた理由を訊いたら、逆に全力で弁明されてしまった。いやだって、英雄様に急に掴まれたら誰だって怖いじゃん。怒らしちゃったかなって思うじゃん。
「そうじゃなくてね? あのチンピラの言う通り、キミみたいな子供を放っておくのもマズイかなって思っただけよ。バルバドール様の神官として歓迎すると言った手前アレだけど、やっぱり心配は心配だし。だから、私が色々と教えてあげるわ」
「本当ですか!?」
ノータイムで飛び付いた。だって英雄様に教えて貰えるとか凄い幸運じゃん! アレックスさん絡んでくれてありがとう!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます