第8話 無謀とは人それぞれである
という訳で、役所に置いてあるテーブルでリーファ様と相談することに。
「これで手続き上では獣狩りになれたのですが……。見事に貧乏です」
あまりの貧乏具合に自然と溜め息が出る。武器はヘタった鉈。防具は厚手の服。所持金は換金と『採取物のススメ・初心者編』の購入で、残りは三千バルハ。
リンゴとかの果物一つが大体百バルハなので、僕の総資産がどれだけ悲しいものなのかが分かる。
この神域では獣狩りが色々と優遇されているのだけど、それでも物価的に素泊まりでギリギリ三日という悲惨さだ。
「……なんというか、よくその手持ちで家を出ようと思ったわね」
「あんまり裕福な家ではなかったのと、獣狩りになることも家族から反対されてたので……。さっさと諦めて帰ってこいという言外の主張かと」
「親心ってことね」
「薪割りですらすぐにへばる奴が早まるなって、何度も止められましたし」
「……本当によく獣狩りを目指したわね」
「やりたかったので」
リーファ様に呆れられてしまった。まあ、無謀なのは承知の上です。ただやっぱり、憧れを憧れのままにしておくのももったいないじゃないですか。チャレンジぐらいはしておきたいのです。
「とはいえ、どうしたもんでしょうか。この鉈でなんとかなりますかね?」
「無理ね。サテラも言ってたけど、最低でも戦闘用の短剣、いやエルカの体格だとやっぱり槍はほしいわね」
「ですよねぇ」
うん。分かってはいた。鉈装備の僕でなんとかなるなら、この世にはもっと獣狩りが溢れている筈だもの。
「第一層の神獣は、強さ的には人界の野生動物とそう変わらないわ。野生動物みたいに逃げたりせず、認識した瞬間に敵対して全力で殺しにくるけど」
「その時点で危険度が果てしないのですが」
動物のスペック全開で殺しにくる時点で、相当危ないと思うのは僕だけなのでしょうか? 鹿とかですら突進されたらあっさり死ねるよね絶対。
「うん。だから槍が欲しいのよ。槍さえあれば立ち回り次第で十分戦えるし、そうなればアビリティが貯まるから……」
「お金を稼ぐにしても、アビリティを貯めるにしても、神獣を狩らなければならないと」
うーん。堂々巡りというか、ジレンマというか。
「んー、まずエルカはどうしようと考えてるの?」
リーファ様に質問されたけど、僕の考えと言ってもなぁ……。できる手段が少なすぎるんだよなぁ。
まず論外なのは借金、または装備のレンタル。借りるあてはもちろんだけど、借りたところで返せる目処も立ってないんだ。死んでも基本的に復活できる神域では、むしろ借金とかの方がリスクが高い。
かといって、この鉈で神獣を狩るのはそれこそ奇跡でも起きない限りは……。
「……お祈りしながら勝てるまで特攻でしょうか」
「冗談にしても笑えないわね。そんなことしてたら本当に死んじゃうわよ」
「ゴメンなさい」
……冗談じゃないって言ったらもっと怒られる奴だよねコレ。黙っとこう。
「あ、はい! 神獣を狩らずにこっそり採取で金策とか!」
「……やっぱりそれしかないわよね」
咄嗟にひねり出した案に、リーファ様も頷いた。どうやら同じことを考えていたようだ。……神獣を狩らない獣狩りってなんぞやとか、それどっちにしろ神獣に見つかったら死ぬよねとかは禁句である。
「となると、まずはこの資料を読み込むところからですか」
「いや、全部読む必要は無いわ。鉱石関係はすぐに見分けがつくようになる訳ではないし、採取ポイントも遠い。なにより採掘用の道具がいるわ。だから木の実や薬草関係に絞るべきよ。特にこの薬草とか、広範囲かつ結構な量が生えてるから狙い目ね」
「なるほど……」
リーファ様のアドバイスに従い、効率的に採取ができそうな素材の情報のみを頭に入れていく。他はひとまず後回し。後日読み込んでおくとして、今は目先の金策だ。
「……はい。多分大丈夫かと。とりあえず、これでチャレンジしてきます」
素材の特徴、採取方法、品質管理の方法などをなんとか頭に叩き込んだ。
僕の頭はお世辞にもできがいいとは言えないので、うっかり頭からすっぽ抜けそうな気もする。だがもう、その時はその時だ。付け焼き刃なのだから、完璧は高望みということで。
「頑張ってね。本当なら同行して狩りのノウハウとかも教えてあげたいのだけど、パーティメンバーでもない私がそこまでするのは、獣狩りのルール的によろしくないのよね。似たような理由でパーティを組むこともアウトだし」
リーファ様曰く、多少の階層差がある獣狩り同士がパーティを組むことはセーフだけど、かなりの開きがある場合はアウトなのだとか。
塔の階層差とはすなわち獣狩りとしての実力差であり、実力が上の者に寄りかかる狩りは『介護』と言われ侮蔑の対象になってしまうのだとか。
一応、正式に依頼を出した上で教えを乞う、また師弟関係にある場合は『教導』として処理されるらしいが、依頼の場合は支払い義務が発生するし、師弟となるには素質とか血縁とか相応の理由がなければ介護ではと疑われてしまうらしい。
英雄クラスであるリーファ様に依頼できるほどのお金などある訳がなく。そして僕では師弟関係となるだけの理由がない。建前を用意できない以上、神官であるリーファ様はルールに従うしかないんだ。
そんな訳で、こうしてリーファ様には色々とお世話になってきたけど、狩りの段階となると声援以上の助力は得られない。……英雄の声援ってだけで個人的には大満足だけどね。
「はい。ありがとうございます。頑張ります。……あ、そうだ。この資料とかってどうすればよいのでしょうか? 所持金もそうなんですけど、万が一死んじゃったらその時点で多分詰むのですが」
「ああ。それならサテラのとこのカウンターね。あそこは貴重品とかの一時預かりもやっているの。失って困るものは、神殿が責任をもって預かってくれるわ。他にもお金を払って契約すれば、貸金庫とかも利用可能よ。大体の獣狩りが契約して、無駄に溜まった季節とかの素材を押し込んでるわね」
「流石のサポート体制ですね……」
「そりゃもう。獣狩りをサポートするのがバルバドール神殿の本懐ですもの」
これは本当に頼もしいな。おかげで不安な部分も消えた。
「それじゃあ行ってきます!!」
「ええ。頑張りなさいエルカ」
◇◇◇
ワクワクとした表情を浮かべながら、エルカが走っていく。貴重品を預けたことで、もはや憂いはないといいたげな軽い足取りだ。
些細な切っ掛けでここまで面倒を見ることになったが、これであの小さな少年も獣狩りとしての一歩を踏み……出したと言えるのかはちょっと微妙だけど、ともかく塔へとデビューした訳だ。
こうして新人を見送ったことは何度かあるが、そのたびに昔を思い出す。神に仕えたあの日を。武装神官として、試練に挑む決断をしたあの日を。
「私もあんな感じだったんだろうなぁ」
試練に挑むと決めた者は、誰もかれもが希望に満ちた表情を浮かべていた。それこそさっきのエルカのように。自分の未来に栄光が待っていることを信じている姿は、なんとも微笑ましいものだ。
「……」
でもという言葉が、自然と頭の中によぎった。
夢に満ちていると同時に、厳しくもあるのが獣狩りの世界だ。多くの者が栄光を夢みて、避けようのない『死』という概念に膝を折った。
獣狩りとして活動できる者が一割、大成できる者が更にその中から一割。畏れながらも私が末席を汚す、英雄と呼ばれる領域にまで到れる者はほぼ皆無。そんな非常な現実が、獣狩りの世界の厳しさを表している。
「エルカは大丈夫かしら……」
大丈夫じゃないと、口にしながら思ってしまった。
立場上多くの獣狩りを見てきたが、あの子ほど才能も将来性もない者は滅多にいない。
肉体的な素質はもちろん、技術的な素質も感じられないのだ。はっきり言って向いてない。私が神官でなかったら、あのチンピラと同じよう実家に帰るよう促していただろう。……一番どうしようもないのは、客観的な評価はもとより、自分でも同様の評価を下していたところか。
……ああ、ダメだ。こう考えていると不安になってくる。獣狩りとしてやっていけるか、いやそれ以前に死んでしまわないかという意味ではもちろんだが、それと同じぐらいあの子の言動が不穏すぎる。
才能は無い。それは間違いない。だが会話をかわしていると、時折嫌な片鱗が、とんでもない爆弾が眠っているような気がしてならないのだ。
「リーファ。ちょっとー?」
「えっ? あ、サテラ。どうしたのよ?」
名前を呼ばれて気付いた。いつの間にかサテラが受け付けから、私のもとまで移動していた。
「どうしたのはこっちの台詞よ。変にボーっとしてさ。エルカ君のこと? あの子だってそこまで子供じゃないんだから、そんな気にしなくても良いじゃないの」
「不安にもなるわよ。今日あったばかりとはいえ、エルカは子供。それもお世辞にも才能があるとは言えないね。そんな子供の初めて狩りに出たのだから、一人の大人として心配して当然でしょう?」
「……え、狩り?」
すると何故か、サテラがビシリと固まった。
「……何その反応」
「いや、え、え? エルカ君、狩りに行ったの? 街の案内もかねて、一人でどっかお使いに出したとかじゃなくて?」
「何でそんな変なことするのよ……」
「いやだって、あの子お金とかと一緒に鉈も役所に預けてるのよ!? それで狩りに出たとか普通思わないでしょう!?」
「……は?」
私には、サテラの言葉が理解できなかった。
「……鉈、預けたの? エルカが?」
「そうよ! お金と資料と鉈! しっかり手続きしたわよ! あの子って他に短剣とか持ってたりする!?」
「持ってないわよ!? 自己申告はもちろん、パッと見でも武器の類は装備してなかったわよ!!」
「じゃあやっぱりそういうこと!?」
「そういうことよあのお馬鹿!!」
サテラが悪い訳でもないのに、思わず声を荒らげてしまった。
いやだってそうだろう。まさか登録したばかりの新人が、祝福どころかあらゆる荒事の才能が皆無であろう新人が、まさか無手で塔の中に突撃するなど思う訳がないでしょう!?
「たしかに戦闘せずに採取に専念しろとは言ったけど……!!」
「だからって武器無しで行くとか正気!? 防具だってマトモに付けてないのよ!? 神獣と遭遇した時点で死亡確定じゃないの!!」
「どっちにしろ死ぬだろうからって多分開き直ったのよきっと!!」
頭が痛くなる。考え方としては正しいのだろう。エルカの場合、獣と戦ってもまず勝てない。だったらできる限り身軽に、そして貴重な刃物を失わないよう預けた方が合理的だ。
「だからって抵抗の選択肢を完全放棄とか潔よすぎるでしょう……!!」
無鉄砲というには、あまりにも思い切りがよすぎる。チラチラと覗いていた片鱗が、段々浮き上がってきたのを感じる。
……いやまだだ。まだ頭を抱える段階じゃない。常識的な意味ではとっくに頭を抱えているけれど、違う方面ではまだ『そう』と確定した訳ではない
このあとだ。エルカが戻ってきた時に問い詰めなければ。
幸運にも何ごともなく戻ってきたなら大説教。死んで、または怪我した状態で戻ってきたら治療とビンタと大説教。戻ってこなかったら……それはもう自業自得。
世話した縁で冥福ぐらいは祈ってあげるが、それだけだ。泣いたりはしない、悔やみもしない。獣狩りを甘くみたお馬鹿さんの一人として、すぐに忘れてやる。
「……さっきの小せぇ餓鬼、死装束のまま赤門に突っ込んでったが大丈夫かね?」
「あの感じ、一張羅を落としちまったんだろうなぁ。運が悪いこった」
「……その割には急いでなかったというか、妙に平然としていたような気が……」
そう決心していたのに、役所に入ってきた獣狩りたちの会話で、思わず膝から崩れ落ちそうになった。
「……とりあえず、門のところで待ち構えてみるわ……」
「……ああ、うん。色々と分かったら連絡して。他の神官にも報告しとくから……」
気の毒そうな顔のサテラに見送られながら、トボトボと役所の扉を開き。
「あのお馬鹿……!!」
──死装束のままトコトコ赤門へと消えていく、エルカの姿を目にしてしまった。
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