第9話 獣に狩られる獣狩り

 状況を端的に説明すると、リーファ様と分かれて十五分以内に二回死にました。

 一回目は塔の中で薬草を探している時。背中に凄い衝撃が走ったと思ったら、気付いたら地面を跳ねていた。

 打ちどころが悪かったのか痛みすら感じなくて、ただただ身体が動かなかった。段々と視界が薄れていって、下手人の姿をどうにか確認したところで意識が途切れて青門からポイってされた。

 ちなみに僕を殺したのは猪でした。いつか鍋にしてやると誓った。

 二回目は……ぶっちゃけよく分かんない。一回目の反省をふまえて、できるだけ岩肌や木に背中をくっつけて移動してたんだけど、頭に何か衝撃がきて気付いたら青門にいた。

 頭をかち割られて即死したのかな? とりあえず、次は下手人だけでも確認しようと思う。


「……よし!」


 という訳で、三回目の挑戦だ。一層は高低差が激しめな森林環境。木々や背の高い草、倒木や岩などで死角がかなり多い。周囲に気を配ってないと試練の獣による不意打ちを喰らうだろう。というか喰らった。

 それ以外に注意すべきは、環境による怪我とかかな。足元が不安定なので下手すると転ぶ。というか二回目で転んだ。

 幸いなのは、見通しの悪い環境であっても遭難することはないという点かな。赤門と青門は大きく、階層の何処にいても確認することができるんだ。

 だから迷ったら青門目指して移動すれば大体なんとかなる……らしい。そもそも迷うことすらできてないからアレだけど。

 ひとまず最寄りの青門目指して歩く。ついでに武器代わりに少し大きめの石を拾っておく。鉈は念の為に最初の狩りの前に置いてきたけど、アレは本当にナイス判断だったと思う。一瞬で青門から吐き出されたしね。

 警戒は密に。猟師でもない僕の察知能力などたかが知れているが、これもまた経験。今は及ばずとも、いつかは実を結ぶと信じよう。

 決して速いスピードではないけれど、着実に青門へと進んでいく。今回は順調だ。雑草も時折摘みながら、薬草をメインにちゃんとお金になるアイテムも採取できている。リーファ様のアドバイスは正確で、結構な頻度でアイテムを見つけられている。本当に頭が上がらない。


「これならなんとかなるかも……」


 採取したアイテムは決して高値で売れる物ではない。それでも数日分の宿代ぐらいにはなるはず。これを毎日繰り返せば、いつかはマトモな装備を揃えることができる。


「とは言っても……」


 それは無事に帰還できたらの話。

 視線の先にいたのは、立派な角を生やした真っ白い鹿。当然ながら神獣だ。森の中では目立つことこの上ない体色だけど、神獣と敵対するのは獣狩りのみ。

 そのため割と派手な体色の神獣も多いみたい。僕を轢き殺した猪も若干赤かったし。

 鹿はまだ僕には気付いてないようだ。派手な見た目だったから遠目ですぐに察知できたし、空気の流れ的にが僕の方が風下だったのが幸いした。

 でも油断はできない。神獣は獰猛だ。リーファ様の話では、野生の獣と同じかそれ以上の感知能力を持ちながら、逃げるでもなく逆に全力で獣狩りを襲いにかかってくるという。

 その特徴は、草食動物の見た目をしてても変わらない。恐ろしいなんてもんじゃない。

 なにせ僕は貧弱だ。着ているのも死装束、復活時に蛮神様のご好意でくっ付いてくる簡素な服のみ。

 マトモな防具すらないんだ。あの立派な体躯で突っ込まれても死ぬ。角で殴られても死ぬ。脚で蹴られても死ぬ。何をやられても僕は死ぬ。

 勝ち目はない。獣狩りとしてどうなんだと説教されるかもしれないけど、この場で僕ができるのは潜伏しながらの退避一択。

 僕に気付ずに離れていったらヨシ。バレても即座に逃亡できるよう準備しながら、視線を外さいよう注意して距離を取っていく。

 だって今の僕には、ある意味で命よりも大事な採取アイテムが腰にぶら下がっているのだから。


「……」


 息を潜め、ゆっくりと。ゆっくりと。足音をできる限り消す。試練の獣の探知範囲なんて僕は知らない。

 だから数歩の移動にも最大限の注意を払う必要がある。何が切っ掛けで気付かれるか分からないから。


「……まだ大丈夫」


 鹿は動かない。こちらに気付く様子は今のところないけれど、その代わりに座り込んでしまった。完全に寛いでいるので、当分移動することはないと思う。

 迂回するべきだろうか? でも移動経路の心配があるんだよなぁ……。

 塔の内部は人の手の入っていない自然そのもの。蛮神様によって環境が維持されている為、人の手が入った道など一つも存在していないんだ。

 あるのは蛮神様が最初に設定したであろうルート、獣道のような『人間も通れはするが苦労する』タイプの道のみ。

 だが道なき道を移動するよりは遥かに楽だから、卓越した移動能力を持った獣狩り以外は基本的にこのルートを使う。……そのルート上に鹿が陣取っているんだよねぇ。


「……むむ」


 本当にどうしようか。塔では方角を見失うことはないから最終的に遭難することはないけど、歩いた先が行き止まりだったり、移動困難なほどの悪路だったりはするのだ。

 獣狩りの多くが蛮神様のルートを使うのは、そういった理由もある。明確な創造主がいるため、ルートから外れなければ階層内の全域を移動できるから。

 また試練の獣との戦闘が一番の目的だからか、整ってこそいないが拓けてはいる戦闘向きなエリアが、定期的に存在しているからだとか。……まあ、今の僕は戦闘しないので、視界が通ってしまうエリアは逆にデメリットなんだけども。

 ただやっぱり、間違いなく青門に到達できるという点では非常に魅力的だ。


「……他の道を探す……いやでも……」


 別にルートが一つしかない訳ではないので、この道を諦めるのも選択肢としてはアリ。鹿は今のところ動く様子を見せないし、こうして潜んでいる間に他の獣と遭遇しない保証はない。

 ただ不安要素もある。迂回したところですぐに他の道を発見できるかどうかがまず不明。更には迂回してる途中で別の獣と遭遇する可能性もある訳で。

 ぶっちゃけるとどっちもどっち。だからこそ本当に悩む。


「むむむ……!」


 悩みに悩んだ。そして悩みぬいた結果──


「──えっ、ぐぎゃっ!!?」


 妙な風切り音に気付いたと同時に、後頭部に強烈な衝撃が走った。

 衝撃のせいで視界が揺れる。そしてやけにゆっくりと斜めに世界が動いていく。

 多分、倒れているのだろう。死の足音が聞こえてきたせいか、逆に思考が明瞭になっている気がする。まるで他人事のように、今の状況を受け入れている自分がいた。

 ゆっくりと動いていく視界の端では、宙を舞う拳大の石。コレが僕の頭を打ったのだ。もしかしたら、二回目もコレで死んだのかも。

 風切り音に気付いて身体を捻ったから、今回はたまたま即死しなかっただけで。


「っ、ぁ……!」


 ドサリと地面を転がる。頭をやってしまったからか、身体の自由が効かない。手足がピクリとも動かない。……ああ、地面が冷たいな。でも後頭部は逆に凄い熱い。痛みは感じないんだ。ただ焼きごてを押し付けられたみたいに熱い。

 あ、でも地面も冷たくなってきたな。生温い。僕の血だこれ。凄い出血なんだろう。血と泥でぬちゃりと顔が湿っているのを感じる。


「ぅ、は」


 ……駄目だ。声も出せない。明瞭だった思考も、段々ボヤけてきた。前も見えない。うっすら赤いことしか分かんないや。


「キュァァァ!」


 耳元で鳥の声が聞こえた。おっきい気がする。僕をやったのはコイツかな。石を持って突っ込んできたのかな。頭良いなぁ鳥の癖に。


「キュァ!」

「っ、ィ……」


 身体に圧迫感。あと、なんか、熱い。なんか、刺さってる気が。……掴まれて、る?


「ギュア!!」

「ひゅ……ー……」


 あ、ふわっとした。あと、寒い。凄い、寒い。熱いんだ。なのに寒……。

 青。空。上から……風。どんどん、寒い。高いや……。


「キュアッ」

「あ……」


 ぶわって、なった。分かった……落とされた。耳、うるさい……ぐわ、ぐら……。


──ねぇ。何で僕だけ落ちてるの?



 ◇◇◇



 気付いたら薄ら淡く光る不思議な空間にいた。そして目に入ってくるのは綺麗な街並み。本日三回目なのですぐに理解した。コレ殺されて復活したね僕。


「三回目は落下死かぁ……」


 ほぼ瀕死の状態から、追い討ちかけるように高いところから落とされたんだろうなぁ多分。途中から意識も朧気だったからよく憶えてないけど。

 ただまあ、デカい猛禽とか狩りでそういうことするし。恐らくコレが正解だと思う。僕の体格的だと空まで運ばれても不思議じゃないし。……ただ狩る側と狩られる側が逆転してるのが凄い悲しい。力関係的には逆転してないのが余計に悲しい。

 ……いや、まあ、うん。空を飛ぶという貴重な体験ができたので良しとしておこう。半分意識がトンでたけど。

 ただそれはそれとして、あの鳥は許さない。あの鳥を狩るのを当面の目標にしようと思うぐらいには許さない。だって沢山集めたアイテム落としたし!!


「はっ!? そうだ早く回収しにいかないと!!」


 そこで気付く。恨み節を吐いてる暇などないことに。折角あれだけ集めんだ。誰かに拾われてしまう前に回収しないと!

 こうしちゃいられないと急いで駆け出す。ふわっと何か膜のようなものを突き破った感覚と同時に、淡く輝く不思議空間からただの街へと光景が完全にシフトした。青門から出たのだ。


「エルカ!!」


 そのタイミングでリーファ様の声が聞こえた。声がした方に視線を向けると、リーファ様がこちらに駆け寄ってきていた。

 どうやら待っていてくれたらしい。それで僕が死装束で青門から出てきたから、慌てて声を掛けたんだろう。

 急いでいたけど流石に一旦足を止めた。色々世話焼いてもらった上に、こうして心配までしていただいたんだ。ちゃんと『僕は大丈夫です』と伝えなければ。


「リーファ様──」

「こんっのお馬鹿!!」

「んにゃぁ!?」


 スッパァァァン!! と凄い音が鳴る勢いで顔面ビンタされた。何でっ!?  どうして!?


「り、リーファ様!?」

「いいから来る!! お説教!!」


 だから何で!? てか僕のアイテムがですねぇ!?

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