第10話 みんな違ってみんないい
バルハの街にある宿屋兼酒場【大熊亭】。塔から程よい位置にあるため、獣狩りにも人気のお店らしい。
リーファ様も常連のようで、入店時には店員さんやお客さんにちょくちょく声を掛けられていた。……と言っても、笑顔で受け答えしながら僕の首根っこを引っ掴んで引き摺る姿に、ほとんどの人が目を丸くしていたのだけど。
そんな訳で、僕は大勢の人たちに注目されながら、お説教を何故か受けることになってしまった。若干だけと見世物にされてる気がする。
「……あの、リーファ様? 何で僕はこんな目に……?」
「言わなきゃ分からないのかしら? どうやら身体だけじゃなくておつむまで小さいようね?」
「ヒェッ……」
分かってはいたけど、リーファ様すっごい怒ってる。何で? 死んじゃったから?
「やっぱり、あっさり死んだのが駄目だったのでしょうか……?」
「まさか。どんなにベストを尽くしても死ぬ時は死ぬものよ。どんなに才能があっても、死を乗り越える気力がなければ獣狩りとは言えない。死んで復活してこそ一人前。あまりよろしい考え方ではないけれど、そういう風潮もこの世界には存在する」
そういう意味では、僕が復活したことは賞賛に値するとリーファ様は言った。
「……ますますビンタされてお説教される理由がないような」
「はぁ?」
「ゴメンナサイナンデモナイデス」
羽虫を見るような目で睨まれた。
「死ぬことは駄目じゃない。ええ。それは確かにそう。でもね? それは最善を尽くした上で力及ばずだとか、そういう先にある死なのよ。……キミのように馬鹿やって死んだら誰だって怒るわよ!! 獣狩りナメてんのキミ!?」
「はいゴメンなさい!」
バンっと机を叩かれ思わず飛び上がった。店中から注目を集めているけど、リーファ様はますますヒートアップしていく。
「私、最初に言ったわよね!? 無謀なことはしないでって! 『死』がどれだけ危険で過酷かも説明したわよね!? その結果がアレって本気で悲しいんだけど!? 私の厚意はキミにとって実は迷惑だっりするのかしら!?」
「まさか! リーファ様のお陰でどうにか金策の目処もついたんです! 教えはしっかり心に刻んであります!」
「その上であんな暴挙に出られた方が余計に腹立つのよ……!!」
「痛い痛い痛い痛い!? 頭がミシミシって……!」
英雄クラスのアイアンクローは駄目ぇっ。頭が本当に割れちゃう! あとめっちゃ見られてるから! 愉快な視線があちこちから向けられてて恥ずかしいです!
「り、リーファ様、せめて! せめて人目のないところで……!」
「見せしめに決まってるでしょうが! これも罰の一つよお馬鹿!!」
「で、でも! それだと、リーファ様の世間体が!」
ほら! 英雄なんて呼ばれる方、更に言えば神官様ですしね!? 僕みたいな新人、それも小さな見た目してる相手にこういうことしたら、変な勘違いをされる可能性もあるのではと!
「へぇ? 私の世間体は心配してくれるんだ。……まずその前に自分の命を心配するのよこのお馬鹿!!」
「痛い痛い痛い痛い!!」
砕ける!? 頭のおミソが出てきちゃうぅぅ!?
「あとね、これはキミに獣狩りの常識というものを叩き込むという意味もあるの! というわけで、面白そうに見てるそこ! ラングたち、アンタらに質問!」
「うおっ!? 急にどうしたリーファ」
「どしたどした」
「驚くから急にこっちに振るなよなぁ」
完全に観客気分でいたのだろう。お酒を飲みながらニヤニヤこちらを眺めていた男の人たち、恐らくリーファ様と顔見知りの獣狩りたちが、驚きながらも話に混じってきた。
「私が言っても右から左みたいだから、アンタたちからもこのエルカに色々常識って奴を教えてあげて」
「その小僧……小僧だよな? 何かやっちまったみたいだけど、説教はほどほどにしといてやれよ。新人なんだろ? やらかすもんさ」
「そうそう。それに死装束を着てるじゃねぇか。説教は明日にして、今日はゆっくり休ませてやんな」
「口ぶりからしてその子は初復活だろ? だったらむしろ怒るよりも祝ってやれよ」
ラングさん一行はどうやら僕に同情してくれてるようで、怒気を滲ませるリーファ様を宥めようとしてくれた。優しい人たちだと思う。
「ええ。私だって本当ならそうしたいわ。でもね、縁あって世話焼いた登録したての新人が、武具をいっさい付けないで三回も死に戻りしてきたら、アンタたちもキレるでしょう!?」
「……何て?」
「自殺願望でもあんのか?」
「何したいんだ坊主」
胡乱で、それでいて新種の珍獣を眺めるような眼差しを向けられたので、僕の置かれた状況と決断に至るまでの思考を軽く説明した。
結果として。
「……世話した奴がバルバロイかぁ。そりゃ小言も言いたくなるわな」
「キミは素直に怒られとけ。厚意を無駄にしたとか、そういうつもりはないんだろうがな。それでも、頭を下げる時は下げるのが、『こっちの種族』としての礼儀だ」
「そっち行っちゃ駄目だぞ坊主。超えちゃ駄目なラインというものが世の中には存在しているんだ。戻ってこれなくなるぞ」
「凄い勢いで手の平返された!?」
ラングさんたちは、僕ではなくリーファ様に同情を向けていた。……というか今、サラッと僕のこと別種族みたいな扱いした人いなかった? 生まれた場所が同じとは言わないけど、種族に関しては同じ人間だよ?
「はぁぁ……。にしてもなぁ、このちっさいのがバルバロイかぁ。世の中ってのは不思議なもんだなぁ」
「感心してないでねラング。どうにかしてエルカに常識を詰め込みたいのよ私は」
「いや無理だろ。話を聞く限りじゃ後天的に染まったとかじゃなくて、この坊主は明らかに生粋だろ。どうしようもねぇよ」
「そうそう。それにバルバロイを俺たちの常識で縛るのも駄目だろう。異なる価値観の強制は軋轢のもとだ」
……何かもう、僕のことそっちのけで話が進んでいってる気がする。気付けばラングさんだけでなく、店内にいた獣狩り全員があーでもないこーでもないと語り合っていた。
その内容が僕の育成方針兼、異文化交流についてみたいなのは、本当にツッコミを入れてしまいたいのだけど。
「あの……何で皆さん、そんなに僕の話題で盛り上がれるんですか?」
「エルカが人としてやっていけるか心配だから」
「面白いから」
「興味深いから」
「ここまで弱いバルバロイとか初めてだから」
「どう成長していくのかで賭けときたいから」
ちょっとリーファ様以外の皆さん? 僕だって普通に怒るんですよ?
「いやそもそも、大前提として僕はバルバロイという大それた人間ではないというか。ただのひ弱な新人なんですが」
「だったらこんなに悩んでないわよ!」
「安心しろ。キミはれっきとしたバルバロイだ」
「しっかり考えて武具無しで塔に突撃する奴は、どう言い繕っても常人とは言わない」
「肉体的にはひ弱かもしれんが、精神的にはバケモノだぞお前。普通の人間は一日に三回も死ねない」
「そもそもバルバロイを大それた存在と考えてる時点で、価値観の違いが出てる」
言いたい放題ですね本当に。
「大丈夫大丈夫。バルバロイは別に悪口って訳じゃない。むしろ獣狩りとしては最高クラスの素質を持ってるんだ。そんな気にするなって」
「……だったら何故、リーファ様はここまで心配してるんですか?」
「コイツは根が真面目で善良すぎるんだよ。だから価値観からして違うっていうのを、ちゃんと理解しきれてないんだ。子供が道を踏み外そうとしてるとどうしても考えちまうのさ。踏み外すも何も元々別の生き物なのにな」
「サラッと酷い罵倒しましたよね今」
今気付きましたけど、アナタですよね? さっきから僕のことを別種族みたいに語ってた人。
「リーファは色々小うるさく言ってるがな。俺たちは違う考えだ。キミの思うがままに突き進んでも良いと思ってる。人それぞれ。素敵な言葉だろ?」
「そうそう。他の新人ならともかく、坊主の場合はな。変にセオリーや常識を教えると持ち味が消えちまう。その精神構造は強い武器になる。突き進めたらきっと大成できるぞ?」
「エルカ!! そいつらの意見に耳を傾けちゃ駄目! 口では真面目そうだけど、実際は面白がったり賭けを成立させようとしてるだけだからね!? 一応言っておくけど、そいつらバルバロイの言動にはしっかりドン引きしてる二枚舌だから!! ……ああ、もう! 見誤った! 飲んだくれどもを信用した私が馬鹿だった!」
……なんだろねコレ。こんな感じの童話を聞いたことがある気がする。
良心と邪心の囁き合いみたいな奴。実際に経験するの邪心の声の方が心地良く感じてしまうのは、人間の性なんだろうか? それとも単純に僕がアレなだけ?
まあ、それはそれとして。収集つかなくなってきたなぁコレ。リーファ様も説教に勢い付けるためか、お酒結構入れてたし、他の人たちは最初から飲んでたし。良い感じヒートアップして、酔いも回ってきたのだろう。完全に僕だけ置いてけぼりだ。
どうしようかなぁ。何か僕の注文しようかなぁ。でもお金ないん……え? 奢ってくれるんですか?
はぁ、初復活記念と。獣狩りにはそういう文化があるんですね。それではありがたく。あ、他の方も良いんですか!? 皆さんとても優しいんですね!!
「エルカの馬鹿!! 私はこんなに心配してるのにぃ!!」
「リーファ様!? 本格的に酔ってませんか!?」
何か沢山奢ってもらってたら、リーファ様に涙目で怒られてしまった。本当にどうしようコレ。
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