第15話 見習い未満からギリギリ新人に

「クォォォン!」


 立派な角と逞しい体躯を持った鹿、殺意全開で突進してくる。


「わっ、と!」


 なんとか躱す。ヒラリという擬音がつくような華麗なものではないけれど。見栄えなどお構い無しに、ゴロゴロと無様に地面を転がり確実に躱す。

 なにせこれは殺し合い。過程には微塵も価値はない……とは言わないけど。それは消耗とかを気にするだけの余裕がある人間の特権だ。

 僕にはそんな余裕などないので、ただ全力で目の前の獣を狩りにいくだけ。


「クォン!!」


 また鹿が突っ込んでくる。今度はさっきよりも若干速度が遅い。コレは知っている。僕が避けた瞬間に方向転換するつもりだ。矢とかと違って意思のある神獣は、標的を追っ掛けるために方向転換ぐらいは余裕でしてくる。

 でもチャンスだ。スピードが遅いのなら、僕にだってやれることはある。

 ギリギリまで引き付ける。ギリギリまで……今!


「グギッ……ァァ!!」

「クォン!?」


 衝突の直前で横にズレ、そのまますれ違いざまに隠し持っていた石で鹿の右前脚を殴打!

 追尾しようとしていた鹿も、脚を殴られてはそれも叶わない。なにせ武器は硬く角張った石。それを片手が砕ける前提で思いっきり振り抜いたからね!


「いっ、たいねぇ本当に!!」


 結論から言うと、左手が使いものにならなくなった。手首の骨は多分砕けたし、肘なんて関節と逆に曲がった。あと肩も逝ってると思う。


「クォォォッ!?」


 ただその甲斐はあった。勢いの乗った状態で右前脚を負傷させられた鹿が、見事に地面を転がっている。

 四足歩行の内の一本をやられたんだ。少なくとも機動力は死んだはず。もう突進はできまい。


「ァァァ!」


 突進どころか立ち上がらせるつもりも無いんだけど。

 転んだ鹿目掛けて全力で駆ける。腕の痛なんて無視だ無視。なにせ絶好の機会なんだ。そんなことを気にしてたら仕留め損ねる。

 駆けながら無事な右手で手頃な石を拾い、鹿が立ち上がる前に他の脚へと石を振り下ろす!


「クォン!? ッォン!?」


 何度も。何度も。関節を重点的に。脚がグチャグチャになるまで何度も石で殴打する。


「……よしっ」


 とりあえず脚二本は潰した。もうこれで立ち上がることはできないだろう。

 ひとまず安心。あとは残った脚で蹴られたりしないよう背中の方から回って……。


「ほい」

「クオン!?」


 角を片足で踏んづけて頭を固定。いやー、立派な角は凶器だけど、こういう時はあったら便利なんだよねぇ。

 それじゃあ次は刃物だ。石での殴打も悪くはないけど、やっぱり鉈を使った方が手早く仕留められるからなぁ。


「ただ使った後の手入れはちょっと面倒なんだよね、っと!」

「クォォ!?」


 装備した鉈を思いっきり鹿の首へと振り下ろす。

 ……ブチっと刃が肉に食い込んだ感触。この感じだと皮を少し斬ったぐらいかなぁ。


「やっぱり毛皮って強靭だよなぁ。この鉈もあまりよろしくない、っし!!」

「クォォン!?」


 もう一回振り下ろす。……んー、ちょっとズレた。できるだけ同じ場所に刃がいくようにしてるんだけど、やっぱり動く相手だと難しいんだよねぇ。


「コレがちゃんとた剣ならなぁ、っえい!」

「クォッ!?」


 装備も剣に変えるべきかなぁ。いやでも、僕には絶対に剣の才能なんてないし。あの鉄の塊を自在に操るとかまず無理だろうし。お金も問題もなぁ……。


「クォォォォッ!!」

「うわっ!?」


 鹿が思いっきり頭を振ったことで、踏んづけていた足脚ごと弾き飛ばされる。思考が一瞬だけ明後日の方向に行ってしまってたこともあり、ちょっとばかし反応が遅れたね。失敗失敗。


「いてて……。こういうのがあるから、できればさっさと仕留めたいんだけど……」


 いくら立てなくなっていても、鹿としてのパワーは健在。殺されそうになっているとなれば、そりゃもう必死に抵抗する。

 脚を砕かれても、大抵神獣は陸に上がった魚みたいにビチビチ跳ね回るから本当に大変だ。

 特に僕は小柄で、防具も貧弱。なにせ相変わらずの死装束である。鹿サイズの獣の必死の抵抗とか、喰らうと結構洒落にならない。実際、何度かそれが原因で死んだ。

 そういう意味でも、一撃でかなりの致命傷を与えられるであろう剣や槍は魅力的だ。……でも高い。あと才能が多分ない。使ったことないから分かんないけど。


「あんまり気分もよくないし……」

「クォォ……」


 もう一度角を踏んづけて頭を固定する。諸々のダメージや出血など弱々しくなっているので、もう一度弾き飛ばされることはなさそうだ。

 ただ毎度のことではあるけど、この一連の動作って結構ゲンナリするんだよねぇ。結局の似非生物である神獣といえど、こうして動けなくした上で何度も刃を振るうのは微妙だ。

 痛め付けてるようで気分も悪いし、こんな感じで必死に抵抗する姿を見ると申し訳なくなってくる。


「ごめんっ、ね!」


 結果として、謝りながらも何度も鉈を振る羽目になるんだ。何度も。何度も。獲物が死んで塵となるまで延々と。

 傍から見たら悍ましいナニカだよコレ。僕だったらこんなの見掛けたら逃げる。というか、実際に何度か逃げられた。

 いやさ、獣狩りってどんな実力者だろうが、登録したてなら例外なく一層からスタートするんだよ。だから一層からいなくなる人も多いんだけど、それと同じぐらい入ってくる人も多いの。

 で、そんな登録したての新人獣狩りとね、偶に遭遇するんだよ。そういう時に限って僕が今みたいなことをやってたりするので、まあ妙な誤解が広がる広がる。

 大抵がドン引きか逃げられる。本当に酷い時は人型の神獣か、単純にヤバい異常者だと思われて武器を構えられたりする。

 お陰でサテラ様には呆れられるし、リーファ様には怒られるし。大熊亭の常連には爆笑されるしで散々だ。

 さらにここ最近は、変な通称というか二つ名まで広まってきてるのがねぇ……。

 前までは単純に格好から【死装束】って呼ばれてたけど、それと広まった噂が合わさって【怨霊】なんて呼ばれるようになったんだよ。頻繁に死にはするけど、ちゃんと生き返ってるってのに。


「はぁ。嫌だね本当、っに!」

「クォッ……ォォ……」


 あ、ようやく塵になった。合計で十回以上も鉈を使ってやっとだよ……。

 溜息混じりに欠片を回収す、って!


「あー……いたたっ……ッ!」


 屈んだ拍子に左手ガガガ! めっちゃ痛い!


「うぐぐ……、これ思ってた以上に重傷かも。さっさと他の試練の獣探そ」


 それで挑んで殺されよう。もし狩れちゃったならもう一回。今日はアビリティを鍛えるための狩りの日なんだ。できる限り数を重ねなきゃ。


「本当に……っ、あの日から変わったなぁ。いてて……」


 相打ち覚悟なら、一層の試練の獣を狩れると分かったあの日。アレが全てのターニングポイントだ。そういう意味では蛮神様には感謝しなきゃね。流石は創造神様である。




ーーー

あとがき

ひとまずこれでおしまい。どうだったでしょうか?

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ボーイズ・ビー・蛮ビシャス〜蛮神に捧げる我が咆哮 モノクロウサギ @monokurousasan

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