6話「こんなことで生徒指導から呼び出されることってある?」

 いきなり任命された学級委員長の仕事は、まだまだ続いていく。

 先程の仕事が終わると、次の時間は生徒証用の写真撮影がある。

 カメラマンの人が準備をしている部屋まで、クラスメイトを誘導する役割を果たさなければならない。


「じゃあ行きます〜。ついてきてください」


 高校生になって、こんなことをするとは思わなかった。

 小学生ではないので、みんな俺の言うとおりついて来るものの、違和感がすごい。

 指定された教室に入ると、すでに先に撮影をしている生徒たちが並んでいる。

 その後ろに生徒たちを並べて、自分たちの順番が来るのを静かに待つ。


 みんなまだお互いに仲良くなっていないために、静かにしているが、生徒たちが静かに並べているか監視する生徒指導の教師が、見張っている。

 椅子に座り込んで、こちらを見つめている。


 落ち着かない雰囲気で待っていると、少しずつ前へと進んでいく。

 待つ時間は特に何もしなくても、授業時間が勝手に過ぎてくれる。

 ただ、何もする事ができないのも、退屈ではある。


「はい、次1年2組の方たちです! 出席番号順にお呼びしますので、出て来てください」


 カメラマンさんの指示に従って、一人ずつ前に出て写真撮影に応じる。

 そして撮影が終わった者から、各自教室に戻るような流れになっている。

 自分の名字は、五十音順にすると相当早い。

 5番目に呼ばれて、写真撮影を行った。


「奥寺君、ちょっと来て」


 この教室で、生徒たちが静かに待てているか見張っている生徒指導の教師に呼び止められた。


「は、はい」


 生徒指導にいきなり呼び出しをされ、流石に緊張感が走る。


(俺、何か変なことしたか……?)


 運動公園で、子供が遊ぶ遊具をトレーニングとして使っていることがバレたか?

 いや、でもそれは周りに誰もいないことを見てから使っているしな……。

 それに、別にこの年になって遊具を使ってはいけないなんて理由もない。

 危ない事をしているわけでもないし、怒られる理由がないのだが……。


 あれこれと思考を張り巡らし、怒られそうなことを考えてみるが、特に心当たりがない。

 不安に駆られながら、生徒指導の教師ところに近づいた。


「あのー……。何でしょうか?」

「まぁ、座ってくれ」

「へ?」


 俺が近づいて声をかけると、生徒指導は穏やかな笑顔を浮かべて、自分が座っていた椅子から立ち上がって、俺に座るように勧めた。


(これ、座ってもいいのだろうか……?)


 明らかに教師用に用意されている椅子である。

 そこに座るという事に抵抗もあるし、教師から勧められて断るのも、どうかと思う。


「し、失礼します」


 どうして良いか分からないが、まず一言入れてからゆっくりと腰を下ろした。

 横で生徒指導の教師が立っていて、俺が座っている。


 これ、どういう状況よ。


 当然だが、並んで写真撮影の順番を待っている何十人という生徒たちが、不思議そうにこちらを見ている。


「部活、どうするか決めた?」

「え?」

「実は、私が剣道部の顧問をしていてな。浜中先生から、君の話をたくさん聞いてもらって、是非とも入ってほしいと思ってね」

「あー、なるほど……」


 どういうつもりで俺を呼び出しのかと構えたが、単なる部活の勧誘だった。

 ちなみに、浜中先生は俺の中学時代の部活の顧問である。

 中学3年間は剣道をして、初心者から始めた割には県ベスト8というまあまあな成績を残せた。

 その結果に加えて、浜中先生がこの人と話をして、俺のことを随分と紹介していたようだ。


「まだ、何も決めてないです。あんまり部活をやろうって気持ちには、なってないですね」

「厳しい浜中先生があれだけ出来る子だと、褒めていたのにもったいない。見学にだけでも来たまえ」

「考えておきます……」


 単純に部活に対する意欲が無いのもあるが、中学からやっている剣道には、どうしても気が進まない理由も存在する。

 正直なことを言うと、新入生の中に、俺よりももっと経験年数が長くて強い人が、何人もいる事を確認している。

 大会や練習試合などで対戦したが、勝てたことがまぐれの一回くらいしかない。

 そんなやつと競ってレギュラーを目指したり、普段の練習から対戦してボコボコにされるとか、メンタル的に耐えられそうにない。

 どんな紹介の仕方をしたのかは知らないが、期待値が高すぎる。


「お、中原! ちょっと来い!」

「はーい」


 どんな言葉を残して、教室に戻ろうかと必死に考えていると、いきなり生徒指導が別の人の名前を呼んだ。

 その名前に反応した一人の女子生徒が、こちらに駆け寄ってきた。


「奥寺君と同じクラスだったんだな」

「え? この学級委員長君が、先生の言ってた入部させたい人なの!?」

「そうだ。彼は気が進まないって言ってるけどな」


 二人でどんどん話が進んでいるが、どういうことなのか。

 というか、俺自身もまだどの人がクラスメイトなのかもよく分かっていない。

 そのため、さっきの話し合いの時にいたのは分かっているが、顔と名前が全然一致していない。


「彼女は中原千紗。もう剣道部で活動している」

「剣道経験者でーす。残念ながら、学級委員長君の中学とは全然接点がなかったけどね」

「ど、どうも……」


 学級委員長君と呼ばれるのにすごく違和感を感じるが、そのように呼ぶところからも、ちょっと雰囲気が軽い感じがする。

 生徒指導が顧問で規定には厳しそうなのに、割とスカートは短めな気がする。

 シンプルに俺が苦手に感じるタイプかもしれない。

 蓮人が一緒にいる彼女も、こんな感じの人が多い。


「ま、仲良くしよ〜」

「お、おう」

「そういえば、さっきは学級委員長としていきなり指名されて大変だったね〜」


 何か軽い口調でフワフワした喋り方をするので、話をどうしていけばいいのか、いまいちよく分からない。

 その後も、うちのクラス全員が写真撮影を終えるまで、生徒指導から部活についての話を、延々と聞かされた。

 適当に誤魔化すこともできず、話を理解している事をアピールするためにも、相槌や質問などを必死に絞り出して会話を続けた。

 その横で、中原さんは先程の自己紹介後の少しの会話以降は、特に話に参加することもなく、あくびをしたり、伸びをしていた。


 全く意味の分からない謎の時間で、神経をすり減らした俺は、その後の入学テスト前にすっかり疲れ切ってしまっていたのは、言うまでもない。


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