第13話 「傘忘れで相合傘」
放課後になると、姫野さんと共に同じ時刻のバスに乗って、運動公園で過ごす。
そんな日課が出来てそれなりに経つが、たまに問題が生じる事がある。
「今日、雨が降りそうだね」
バスの窓から外の景色を見ながら、姫野さんがそんなことを口にした。
「天気予報では、夕方までは曇り予報だったんだけどなぁ」
「と言っても、降るタイミングまでは正確に予報は難しいもんね。今日は、そのまま家に帰ろっか」
「そうだね。いつも通り行ったら、確実に雨が降ってくる」
雨が降るときだけは、そのまま家に帰宅することにしている。
ただ、これまではほとんどが晴れの日だったので、そんなに気にしたことが無かった。
「あ、降ってきた」
そんな話をしていると、窓に水滴が付き始めて、10分もすると本降りの雨になった。
「結構降ってきたな……。って、あれ」
「どうかしたの?」
「傘、持ってくるの忘れたな」
入学して間もない頃は、カバンの中に折りたたみ傘を常備していた。
しかし、日増しに持ち運びする教科書が増えたり、晴れの日がずっと続いていたこともあって、邪魔にすら感じ、家に置いたままにしていた。
そもそも天気予報を見て、降りそうだと確認しているのに、持ってくることすら考えていないのも、自分自身でどうかと思ってしまう。
「仕方ない。走って帰るか……」
「ダメだよ。まだ雨が降ったら、寒いんだから。傘一つしかないけど、結構大きいから一緒に入って行きなよ。送るから」
「いやいや、そんなお手間を増やすわけには……」
「ん〜? 発熱でしんどそうにして、散々不安にさせたのは、どこの誰かな〜?」
「うぐっ……」
言い返す言葉も無かった。
走って返って5分ちょっとぐらいの距離だが、この雨脚ならずぶ濡れになる。
これでまた熱を出すと、アホとしか言いようが無い。
「相合い傘になりますけど、いいですか……?」
「だ、大丈夫! 中学生じゃあるまいし!」
姫野さんはそう言っているが、俺自身は相合い傘の経験などもちろんない。
相合い傘って、中学生ぐらいなるとみんな異性と一回くらいはやっているのか?
先の事を考えいると、あっという間に降りるバス停に着いた。
支払いを終えると、先に姫野さんがバスから降りて傘を広げる。
「じゃ、じゃあ……。中にどうぞ」
「……失礼しまーす」
ちょっと姫野さんが、そわそわして落ち着きがない。
声も小さくなって、先程あんなことを言っていたが、恥ずかしがっているのはすぐに分かった。
傘に入れてもらってて言うのもなんだが、そこまで恥ずかしがられると、こっちまで意識してしまう。
姫野さんが持っていた傘はかなり大きいが、それでも高校生二人が入るほどの大きさは無い。
その上、密着する事は言うまでもないが、出来るわけもない。
「お、奥寺君。左肩、濡れてるよ」
「これぐらいは仕方ないよ」
俺がそう言ったのだが、姫野さん的に納得出来なかったらしい。
こちら側に傘を寄せてきて、今度は姫野さんの右肩が濡れる。
「ひ、姫野さん濡れてる!」
「だって、奥寺君が濡れますもん」
「それで、傘の持ち主が体を濡らして体調不良になったら、意味が無いよ……!」
そう言ったのだが、俺を濡らさまいと傘の位置を変えようとしない。
このままでは、姫野さんが濡れ続けてしまう。
「……こ、これでどうですか」
意識して少しだけ空けていた姫野さんとの間隔を、詰めて触れ合うぐらいに近づいた。
「……うん。これなら、お互いに濡れなくて済むね」
姫野さんにも、納得してもらえる対応だったらしく、少しだけホッとした。
ただ、油断するとすぐに体が触れ合ってしまうので、セクハラにならないように最大限に注意を払いながら歩みを進めた。
お互いに相手の動きに合わせて歩みを進めるので、ゆっくりとした足取りで、俺の下宿先へ向かっていく。
雨音だけが聞こえる静かな時間も、より時間がゆっくりと進んでいるように感じさせる。
「さっき相合い傘の話で、『中学生じゃあるまいし!』って言ってたけど、みんなこういうこともうしてるの?」
「えっ!? し、してる……と思ってたんだけど」
「マジかぁ……。みんなやるなぁ」
中学3年間、浮いた話がない男。
周りの人たちに、どんどん置いていかれる実情を突きつけられる。
ただ、今日自らの失態でまさかの経験が出来たのだから、まだまだ遅れは取り戻せる……か?
少しずつ話をしながら、ようやく下宿先のアパートに着いた。
「あがっていきなよ。インスタントになるけど、コーヒーくらい出すよ」
「え、いいの?」
「いいのも何も、もう来た事あるし!」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「うん」
姫野さんを部屋に招き入れると、まずはタオルを渡した。
「右肩濡れてたから、今更だけど拭いておいて」
「ありがとう」
お湯を沸かしながら、棚からインスタントコーヒーを用意する。
念の為に用意しておいた、来客用のフレッシュと砂糖を取り出す。
「どーぞ。これ、フレッシュと砂糖。お好みで」
「うん」
姫野さんにコーヒーを差し出すと、俺も自分のコーヒーに口を付ける。
この時期は晴れると暑いが、雨が降ると寒い。
温かいコーヒーが旨い。
「ブラックで飲むんだ……」
姫野さんが砂糖を入れながら、びっくりしたように言った。
「うん。砂糖入れると、俺の苦手な酸味が強くなるからそのまま派」
「ブラックで飲めるの、様になるからわたしもそうしたいんだけどなぁ」
「いや、誰も見てないと思うよ」
ちょっとおちゃめな考えを持っている姫野さんに、ほっこりした。
その後も、運動公園でいる時に話すような雑談を、のんびりとしながら過ごした。
「なんだろう……。奥寺君の部屋に来るの、2回目だけど、だんだんと慣れちゃってるかも」
「いいんじゃない? 一回目の内容があり過ぎたからね」
「だね、勝手にキッチンまで使ったし」
「あの時は、本当に助かりました」
「まだお礼言ってる」
お礼を言い過ぎて、この話題になる度に姫野さんが笑うようになってきた。
一時間くらい俺の部屋で過ごしたあと、姫野さんが自宅に帰ることになった。
「コーヒーありがとう」
「こちらこそ、傘ありがとうね」
「本来なら、すぐに家に帰る予定だったのに、凄く楽しかった!」
「それは良かった」
ニコニコで声も弾んでいて、楽しんでもらえたのだなと、こちらからもよく分かる。
「良かったらだけど……。雨の日はうちの部屋に来る? ゲームとかもあるし」
こうして楽しんでもらえるのであれば、雨の日はここで一緒に過ごすのも悪くない、と思った。
この部屋に慣れてきている、との話なので、思い切って誘ってみた。
「え、さすがにそれは迷惑じゃない?」
「姫野さんが散らかすわけじゃないんだし、大丈夫だよ」
「じゃあ、雨の日はそうしようかな?」
「うん。いつでもウェルカムよ」
「ありがとう」
傘を忘れたことで、また少しだけ姫野さんと仲良くなれたような気がした。
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