3話 「寄り道」
「今更だけど、通学にバスと電車を使うんだね」
「うん。今日だけは、両親の車で帰ろうかと思ったんだけど、ちゃんと一回乗っておこうかなって」
「なるほどね。間違えると大変だもんね」
市街地は、各方面から到着するバスや電車で、出ややこしくなっている。
事前に確認しておかないと、間違えることもある。
帰りなら間違っても、ちょっと遅くなるくらいで済むが、登校時に間違えたら遅刻は免れない。
「奥寺君も、登校手段はバスと電車なの?」
「うん」
「じゃあ、私と同じだね」
「俺たちの地域から市街地に出るには、バスしか手段が無いからな〜」
「そうだね。でも、そうじゃなきゃこうして一緒にバスに乗ることも無かったよね」
元々、違う小学校に通っていた姫野さんと初めて出会ったのも、こうして同じ路線のバスに乗ったから。
学校の長期休暇に合わせて、塾では講習会が開かれる。
平日の日中に行われるので、親が仕事に行っていて送ってもらうことが出来なかった。
そこで、バスで市街地にある塾に行っていた。
そのバスで出会ったのが姫野さんだった。
「あの時は、姫野さんが先に声をかけてくれたよね」
「うん。自分と同じ様にこうしてバスに乗って、塾に行く人がいるんだって思って」
「なかなかそういう人、居なかったもんね」
なかなか俺たちの周りに、中学受験をすることを考えている人は居なかった。
勉強するだけなら、わざわざ市街地にある塾に通う必要もない。
思い出話をしていると、バスはあっという間に進んでいく。
気がつくと、俺が降りるバス停のアナウンスが響き渡った。
(お、次降りなきゃ)
バスから降りるべく、降車ボタンを押そうとした時だった。
「「あっ」」
降車ボタンを押そうとする俺の手と、姫野さんの手が重なった。
思わぬ手を触れてしまい、お互いに慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめん」
「ううん、こちらこそ……。奥寺君って、もっと先のバス停で降りてなかった?」
「そうだったんだけど、これからはちょっと変わってここで降りることになるんだ」
「そうなの?」
バス停に到着すると、ICカードで運賃を支払って降りる。
「実は曽祖父が亡くなって、その土地と家を父親が引き継いで、そっちに住み始めたんだよ。ただ、これから通う高校へ通学するには、環境が悪すぎてね。それで一人暮らし出来るところを確保したってわけ」
「そうだったんだ。でも、もっと高校に近い所の方が良かったんじゃない?」
「それはそうなんだけど……」
「?」
もちろん、姫野さんの言いたいことは分かる。
誰だって、高校に出来るだけ近いところを選ぼうと思うだろう。
「高校生が一人で生活出来て、家賃が安いところでって条件づけまくってたら、結局今のところしか見つからなかった……」
「な、なるほどね。大変だったね……」
いざ探してみると、高校生を受け入れしてくれる賃貸は数えるほどしかない。
それにあんまり高額な所には行けないし、安いところでも治安が良くなかったり、探すことに難航した。
「じゃあこの近くに、その奥寺君が一人暮らしする賃貸があるの?」
「そうそう。ま、でもこのまま真っ直ぐ帰るわけじゃないけどね〜」
「え、これからどこか行くの?」
「この近くに、大きな運動公園があるでしょ? そこにちょっと寄り道していこうかなって」
「確かにあるけど、行って何するの?」
「まだ未定〜。春休みの頃から行くの習慣化してて、色々やってるよ」
「何か面白そう。ついて行ってもいい?」
「良いけど、見てるだけじゃつまらないよ?」
それでも姫野さんはついて来るとの事なので、一緒に近くの運動公園まで足を運んだ。
こちらの賃貸で生活を始めてから、よく足を運ぶようになった場所で、広大な敷地に様々な遊具などがある。
見渡しのいい海もあり、非常にリフレッシュ出来る場所として、すでに俺のお気に入りになっている。
「流石に平日のお昼だから、人いないな〜」
「うん」
まだお昼ということもあって、利用している人は見当たらない。
荷物をベンチに置いて、誰も使っていない高鉄棒を掴んでぶら下がった。
「人がいない時は、こうやって鉄棒使って懸垂したりしてる」
「と、トレーニングしてるってこと?」
「ま、そんなところかな。流石に親子連れとか居たりしたらしないし、来たら即撤収するけどね」
「そういう時はどうしてるの?」
「運動公園の中を、ランニングしたりしてる。余裕が出来てきたら、海で釣りとかもしたいね」
運動公園は、何か大会などのイベントがない限りはいつでも人が少ない。
迷惑にならない程度に、運動したりする事が出来るので、快適なのだ。
「そんなに運動するなら、部活とかはしないの?」
「やる予定は無いよ。休みの日も拘束されちゃうし。鈍らない程度に、自分でこうして運動出来れば大丈夫」
「じゃあ、放課後はここで寄り道してから帰るんだ?」
「そうそう。それに最近、ここで会う友達も出来たからね。そいつに挨拶してから帰るのよ」
「公園に友達?」
「そそ」
姫野さんは何を言っているのだろうと、首を傾げて不思議そうな顔をした。
そんな表情も、様になっている。
「ちょっと会いに行ってみようか。いつもの時間帯じゃないから、居るか分からないけど」
姫野さんを連れて、公園敷地内の海沿い通路の方へと歩みを進める。
「お、いるな。日中はここにいるのか!」
通路のど真ん中で丸くなって、日向ぼっこをしている一匹の猫がいる。
これが、最近俺が公園通いをして仲良くなった友達の正体である。
「元気か〜! ベロニャーよ!」
「この子が、奥寺君の友達?」
「そうそう。公園居たら、ついてきたりして懐いてるんだよ。まぁ、餌とかはあげることはダメだから、こうして触るだけだけど」
顎の下を触ってやると、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「可愛い……。野良猫なの?」
「いや、首輪とか付けてたときあったから、放し飼いじゃないかな? 人にもこうして慣れてるから」
「触っても大丈夫かな?」
「うん。変な触り方しない限り、怒ったりしないから大丈夫」
姫野さんが、恐る恐る手を伸ばして撫でてみると、変わらず落ち着いた様子で受け入れた。
「モフモフだ……。ペット飼えないから、こういうこと、すごく憧れてた」
「良かったなー、ベロニャー。こんな美人に触ってもらえるとか、運が良すぎるぞ」
「ちょっと奥寺君、変なこと言わないでよ……。この子、ベロニャーって名前なの?」
「いや? 俺が勝手につけた」
「もうちょっといい名前、無かったの……?」
そんな話をしながら、しばらく公園の友達との時間を過ごした。
「っといけない、そろそろ帰らないとお昼ごはん待っでるお父さんたちを待たせちゃう」
「そかそか。なら、このあたりでお開きにしようか」
「うん」
姫野さんの帰宅が遅くなると、ご両親も心配するので、この辺りで帰ることにした。
「ありがとう。再会してすぐなのに、すごく楽しかった」
「いやいや、こちらこそ。いきなり、こっちの都合で振り回してごめんね。俺も楽しかった。念の為に、手はきれい洗っておいてね」
「うん。じゃあ、また明日ね」
「おう、また明日」
半日だけだった、高校生活初日。
もう再会しないだろう。というより、すっかり忘れてしまっていた女の子と再会した。
その女の子が、俺の言葉を受けて変わった。
不思議も気持ちになりつつも、かつてのようなやり取りも出来ていた。
高校生活初日は、あまりにも印象的なものだった。
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