2話「『条件』達成と今後」
まもなくバスが到着し、まずは後ろの広い席に腰掛けた。
姫野さんも同様に、少しだけ隙間を空けて俺の隣に座った。
「久しぶりだね。何かあの時から変わったね。全然気が付かなかったよ」
「そんなにあの頃から変わってる?」
「うん。垢抜けたってやつかな」
元々、可愛らしい子だった記憶はある。
そこに穏やかさや上品さなどの、大人っぽさが加わって、周りがざわつくような美少女になっていた。
正直、塾の事を触れてなかったら、全く気が付かないままだったと思う。
声とか話し方で、何となく言われてみればそうなのかな……と思うぐらいで、未だにピンと来てない。
「それは、良いこととして捉えていいの?」
「もちろん。あの時から、もっと美人になられておりますよ」
「ありがとう」
知っている人とはいえ、3年間も会っていなかったわけだし、別人にしか見えない。
そのため、どうしても話し方がよそよそしくなってしまう。
「新入生代表の挨拶、凄いね。あれって入試で成績トップじゃないと出来ないでしょ」
「恥ずかしいな……。少し前に学校から電話が掛かってきて、戸惑っちゃったけどね。変じゃなかった?」
「うん、落ち着いて話せてたよ」
「良かった……。何か周りがざわざわしてたから、変だったのかなって気になっちゃって」
「ああ、そのざわざわは姫野さんを見て、可愛いってなってからだよ。これからの高校生活が大変そうだね」
今日一番注目を浴びるタイミングだったし、どのクラスの人も印象に残っただろうしな。
今後、高校生活に慣れてくるとアプローチしてくる男子が数多く来るのは、間違いなさそう。
「その大変そうだね、じゃないよ?」
「え?」
「3年前のあの時、奥寺君が言ったこと、自分で覚えてる?」
「……あ」
思い出す機会が無かったというだけで、あの時どんなやり取りをしたか、思い出すのは容易だった。
何故なら、思い返すと失礼な事を言っていたから。
そして、初めて女の子に好きと言われたから。
彼女が言いたいことは、当時の俺がその場しのぎの為に言った、あの無茶苦茶な『条件』のことを言っている。
当然、その『条件』についても、俺自身も忘れるわけがない。
「一つ、もっと可愛くなること。二つ、今後の模試やテストで全科目の点数において、奥寺君を超えること」
「はい……。その通りでございます」
「その『条件』を満たすために、凄く努力してみたんだけど。1つ目は、美人って先に言ってもらったから、達成出来ているかな?」
「言うまでもなく、素晴らしいと思います」
俺の言った言葉で、ここまで変わったと言うのだろうか?
うまく昇華されているとはいえ、好きだった人に容姿について言われたら、ちょっとトラウマモノだ。
ショックに感じてこれだけ変わったのなら、申し訳なくて仕方がない。
穏やかに喋ってくれているけど、実はこの後、思い返したら凄く酷いよねって、怒られたりしても全然おかしくないが……。
「2つ目の『条件』は、まだ達成出来てるか、分からないけどね」
「いや、いけてるでしょ。だってトップの成績だったわけだし」
「トップでも、全科目の点数で奥寺君を抜けたかどうか、分からないもん!」
「も、もう気にしなくていいのでは……? 十分に凄いよ?」
こんな失礼な『条件』に、本気になる必要などは一切ない。
所詮は、ガキの頃の俺が足らない頭で考えたことなのだから。
「……奥寺君が3年前、あの後すぐに塾を辞めて会えなくなったよね」
「うん」
「もう会えないかもしれないのに、健気に言われた事を達成できるように頑張った努力、見てほしいからさ」
「なるほど、分かった」
周りにびっくりされるほど綺麗になり、成績トップの証明である新入生代表の挨拶。
これだけでも凄すぎるのに、彼女はまだあの時出した俺の『条件』を満たすことを求めている。
「入試の成績って開示してもらった?」
「ああ、してもらったよ。何なら、カバン中にある紙に得点一応メモってある」
「なら、私が先に各科目ごとに点数を言うから、その後そのメモしてる紙を、見せてくれない?」
「いいよ。それならお互いに誤魔化しとかも無いもんね」
俺は早速、カバン中にあるクリアファイルから何故か得点をメモしていた紙を取り出した。
「私の点数は! 国語45点、数学47点、英語44点、理科44点、社会45点の合計225点です!」
俺たちの地域の入試では、各科目50点満点の計250点で点数が付けられている。
「……これが俺の結果だ。見比べてみてくれ」
口では言わずに、メモしている部分を姫野さんに見せた。
「……全部勝ってる! やったぁ!」
「完敗ですわ」
俺の成績は、どの科目も1〜3点ほど姫野さんより下回っていた。
「2つ目もこれで達成だね?」
「そうだな。ちょっと凄すぎないか?」
「だから言ったの。頑張ったところ、見てほしいって」
「本当に頑張ったんだな」
「だって初恋の人に言われたことなんて、どんなに大変なことでも、真に受けちゃうよ。結局、それが少しずつ板についてきたってことなんだけどね」
初恋の人、と言われると心臓がドキンと大きく鼓動する。
やはり姫野さんは、俺の事を好きでいてくれたという事実。
そしてこんな美人に、そんなことを言われる慣れないシチュエーションに。
「そういえば……。『条件』を満たしたら、どうなるかって話もしたんだけど、覚えてる?」
「そ、そうですね! はい……。大変鮮明に覚えております」
「何て言ってたんだけっけ? 聞きたいなぁ、私」
すごく楽しそうな顔でこちらを見ながら、俺に言わせようと促してくる。
「俺の方から、好きだからお付き合いして欲しいと、お願いするとお話させて頂きました」
「正解! ちゃんと覚えてたんだね。ま、こればかりは流石にダメというか、実現するようなものでもないんだけど」
「ま、まぁ3年間の空白があるからな……」
流石に告白をしろ、とは言わないらしい。
というか、したところで絶対に振られる。
「その代わりに、お願い事してもいい?」
「もちろんいいよ。これだけ頑張ってるんだ。可能な範囲でお応えするよ」
「じゃあ……」
改めてこちらに向き直すと、ニコッと笑って彼女はこう続けた。
「あの時みたいに、また楽しくお友達になろ」
「そんな事でいいのか? 言うまでもなく、こちらから仲良くさせてくれ」
「あ、奥寺君からお願いしてくれるんだ? じゃあ、別のお願いごとにしようかな」
「おう、どんと来い」
「これからもこの『条件』達成する度に、お願い事してもいい?」
「……? もう達成したじゃん」
「2つ目の条件は、高校でテストがある度に比べられるから、出来そうだし。何なら、明日入学テストあるよ?」
「なるほど、それは確かにいけそうだな。でも、1つ目は? 一度認めたら、リセットが効くような内容でもないけど」
「それはね、私が定期的に可愛いかどうか聞くから……。そのー……。可愛いって奥寺君が認めたら、達成ってことで」
最初はすんなりと言い出したが、途中で恥ずかしくなってきたのか、顔を少し赤くしながら、徐々に小さくなる声で内容を提示してきた。
そんなに恥ずかしがられると、こちらも凄くドキドキしてしまうのだが。
「……いいよ。それくらいのものなら、受けて立とうじゃないか」
「いいの? 今度は逃げられないよ?」
「大丈夫。信用してくれ」
「分かった。じゃあ、これからよろしくね」
「うん。これからまた、よろしくな」
俺がそう返事をすると、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。
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