告白の返事を誤魔化すために出した条件。全て達成して美少女になっているなんて。
エパンテリアス
プロローグ 「苦し紛れに出した『条件』」
「好き……です」
「……へ?」
小学6年生が終わりを迎えつつある3月頃、俺は一人の女の子に告白された。
異性を意識するというところにすら、まだ頭の中が到達していなかった俺は、慣れないシチュエーションに、素っ頓狂な声を出してしまった。
それ加えて俺が戸惑ったのには、もう一つ理由がだけあった。
小学6年生の頃、俺は県内で随一のレベルである中学に受験するべく、塾に通っていた。
親からのプレッシャーや、近所の友達は皆遊んでいる中で、一人だけ勉強しないといけないという現実に、周りを見る余裕など無かった。
当然、彼女にそのように意識されているということなど、理解出来るわけもなかった。
「貴方の事が好きです……」
「お、おお……。ありがとう」
「だから、付き合ってくれませんか……?」
俺の戸惑った反応に、もう一度だけその想いを彼女は恥ずかしそうにぶつけてくれた。
だが、それでもこのようなことを受け入れるには、子ども過ぎた俺には、まともな反応がやっぱり出来なかった。
そもそも、付き合うとは何だ?
何故にこの子は俺のことを好きになっているのか?
塾に来て受験考えるような子は、品のいい子ばかりなので、親から変なことをしないようにときつく言われていた。
そのため、ガキながらに当時の俺でも、変な関わり方は出来ない、と思っていた。
1月の受験で何とか合格し、すっかりと塾の雰囲気が緩くなって、皆の笑い声が響き渡る教室から少し離れた人気の無い場所で、俺は思わず息を呑んだ。
そして、働かないというよりは何も分からない頭で、苦し紛れにこんなことを言った。
「そ、そうだね……。俺は、まだその……女の子とお付き合いをするってことが、どんなことなのか全く分からないんだよね」
「うん……」
一生懸命並べた言葉だったが、自分で話していて「あ、これ断る流れの時によく言ってるのをテレビで見るやつ」と気が付いてしまった。
相手もその事に気がついたのが、少しずつ目が潤み始めてしまった。
(ヤバい……! 塾の女の子泣かせたとかになったら、親から何発ゲンコツ飛ぶかわからない!)
受験の時とは異なるが、胃が痛くなる緊張感に襲われながら、必死に言葉を探し続けた。
「俺が、お付き合いっていうことが分かるまでにもう少し時間がかかるから、それまでもっとパワーアップしといて!」
「パワー……アップ?」
何を言っているのだろう、と自分で思ってしまった。
だが言い出したら、引き下がるわけにはいかない。
「君は塾の男子から可愛いって、よく言われてるよ。俺もそう思う。だから……ここからもっと可愛くなったらどうなるんだろってすごく気になる」
「うん……」
「それに勉強、ずっと頑張ってるのも知ってる。今後もどんどん成績が上がっていくだろうし!」
「……」
「だから君がもっと可愛くなって、模試やテストで全科目の点数が俺を上回るようになった時、是非ともお付き合いしてください」
普通に言っている内容は、最低としか言いようがない。
もっと可愛くなればということは、どんなことを言っても可愛いさが足らないという意味に取れる。
もっと頭が良くなればということは、今はまだ頭が悪いと言っているようなもの。
それに、俺の成績よりもすべてを上回れとか何様なのか。
でも当時の俺にとっては、必死に言葉を探して「無理」という言葉を避けようと頑張った結果だった。
小学生の俺からすれば、女の子へ面と向かって『可愛い』という単語を発するだけでも、非常の勇気が必要なことであった。
小学校のクラスメイトに対してなら、絶対に口にしないと言い切れるほどに。
「本当にそうなったら、お付き合いしてくれるの……?」
「うん! というか、俺からお願いするくらいだと思う。その頃には、俺じゃ嫌だとか言われて、泣いてしまうかもしれないな」
「じゃあ、今度はお願いされるぐらいパワーアップ、しておくね? だから、約束」
「おう、約束だ。後でやっぱり無理とか言うなよ?」
泣き出しそうだった状態から、何とか少しだけお互いに笑いながら指切りをするところまではこぎつけた。
だが、この時に交わしたこの約束が果たされるどころか、彼女と話をすることも無くなった。
結局の所、俺は受験に合格して進学し、彼女は中学受験そのものを断念していた。
そのため、同じ中学に入学することは無かった。
そして唯一顔を合わせる塾も、中学生活が多忙を極めたために、俺は塾を辞めてしまった。
違う学校に進み、塾というお互いに顔を合わせる事の出来る接点も失った。
新しい学校生活を迎えた俺は、あまりにもハイレベルな中学の学習と、バスを乗り継ぐために朝早く家を出て、夜遅くに帰ってくる生活に苦しんだ。
生活が安定しないため、学習もうまく行かず、成績は時間を追うごとに悪くなった。
塾でひたすら勉強をしていたこと、日増しに成績が上がったこと、そして一人の少女に告白されたこと。
これまであった色んな出来事に、砂嵐がかかってしまったように分からなくなり、そして何も思い出さなくもなった。
その時毎の定期テストの結果に、むしゃくしゃしながらやり過ごし、3年という時をすごした。
内申点にひたすら悩まされ続ける高校受験をして、高校生となった。
あの告白から、3年という時が流れていた。
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