18話 「察しが悪い」
「姫野さんって、俺がこの高校に来たこと……何か思ったりした?」
その日の放課後、姫野さんに思い切って今日の朝に感じたことを尋ねてみた。
「いきなりどうしたの?」
「えっと、まぁ……。今日の朝、色々思うことがあって」
朝の出来事は、姫野さんには出来るだけ言いたくはないが……。
「何かあったって顔してるね。高校の中で何かあった?」
「いや、高校の外で」
「そっか。何となく予想は付くから、校内じゃないなら、聞かないでおく」
「察しが早くて助かる……」
本当は助かるのかもよく分からない。
それだけ察しが早いということは、姫野さんの中でも気になっていて、頭の中に考えとしてあるからだと思ったからだ。
「結論から言おうか。確かに最初は『本当に奥寺君なのかな?』とは思ったよ。だからと言って、特に何か気にしたことはないよ。気にしてたら、あんな初日から声をかけて、今日まで毎日のように関わると思う?」
「確かにそれは」
確かに気まずさや、落ちぶれたと感じて敬遠したいなら、こんなに毎日関わったり、話をしたり、看病しようとするわけはない。
「こんな話になったからさ、聞いてみるけど……。入試の点数、普通に余裕だったよね?」
「内申点が全然……」
「マジかぁ。あの中学校、入試だけじゃないんだね」
「入試が一番可愛かったまである」
中原さんは漠然としたイメージで話していただろうが、姫野さんは中学受験に向けて入試の過去問を解いた経験もあるので、具体的な想像がつくようだ。
「なら、そこまで気にする必要もないじゃん」
「でも、周りはイメージや憶測でものを話すからね」
実際のところ、近くでいた親ですら未だに俺の努力不足だったと思っている。
中学受験前の異常な成績向上を見ているため、いつまでも出来ないのは俺の気持ちの問題だと、常に言われ続けてきた。
「はいはい、そんな顔しない」
「すんません……」
姫野さんというより、女性の前でしてはいけない顔をしていたような気がして、あわてて謝罪した。
どうにもならなかったことだと、個人的に思っている。
だからなのか、誰にも認めてもらえずにこうしてずっと引きずっている。
「私は知ってる。あの時の受験がとんでもないことだったこと。そしてその受験に、合格した奥寺君がとんでもない人だってこと」
「所詮は、過去の栄光じゃない?」
「ううん。私が見る限り、何も変わってないよ」
姫野さんは俺の自分自身への否定に、全て首を横に振った。
「失礼な言い分になるかもしれないけど、姫野さんに未だに一回も成績で勝ててないしなぁ……」
「まぁそうかもしれないけど、私が見てるのはそこじゃないんだよね」
「どういうこと?」
「私は他の人より、ちょっとばかり長く奥寺君を見てるからね。見れば分かるんだよね」
姫野さんの言っている意味がよく分からなかった。
どこを見て判断しているだろか。
「姫野さんって、もしかして見えないものが見えるとか言っちゃう人……?」
「あー、そうかもしれない」
「ええ……」
「あれ、何か私が引かれたんだけど」
流石に冗談で言っているとは思うが。
「この話の流れで、俺からも一つ聞いていい? 姫野さんって点数も内申も余裕であっちの高校に行けたよね。なんでここにしたの?」
「あー、色んな人に聞かれるんだけど、あっちの高校って国公立大学の受験しか認めてないらしくてさ。私的には、私立の推薦でいいとこあったら受けてみる選択肢も欲しいなって思っちゃって」
「そういうことか。ここでの会話が始まって、一番納得できる回答が返ってきた」
「信用無いなぁ」
「最近答えを誤魔化されたり、言ってくれなかったり、よく分からなかったりするんでしょうがないと思います」
「察しが悪いのが良くないと思います!」
「それは確かにあるかもしれないけども」
他人の内情を察するスキルをごっそりと抜け落ちているような気がする。
「逆に、これは気が付けたっていうこと、ある?」
「そうだね。今なら分かるけど、あの頃の姫野さん、降りるバス停一つ何でか遅らせている時があったよね?」
「あ、えっとそれは……」
「その時、『暑いから、もう一つ先で降りるんだ』って話を続けようとしてたよね」
「そ、そんな時もあったねー……」
「最初は真に受けてけど、明らかにバスを降りて歩いていく方向からして、元々のバス停の方が近いし、日差しを避けられそうな日影があるわけでもなかったし」
「……」
「あれって、俺と話を続けたかったからなんだろうなって、それは察しが後々ついたよ」
「~~!! なんでそんな何気ないところには細かく気が付くの!?」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「恥ずかしい……。あれでバレないって思ってたことも恥ずかしい」
姫野さんの顔が真っ赤になっている。個人的に黒歴史だと捉えているようだ。
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