11話「体調を崩したことで……」
更に一週間ほどが経過し、高校生活にもかなり慣れてきた。
朝と放課後に姫野さんと過ごす時間も、すっかり板についてきた。
だからこそ、油断したのかもしれない。
「しんどい……」
朝起きると、異常な体のだるさと熱さを感じる。
体温計で測ってみると、38.5℃の発熱。
最近、生活に慣れてきて徐々に寝る時間が遅くなったり、春の寒暖差で体調を崩してしまったらしい。
一先ず、親に電話をかけることにした。
「おはよ……。忙しい時にごめん」
『なんか元気なさそうだけど、どうかした?』
「熱、出しちゃって……」
『何度くらいあるの?』
「38.5」
『ならもう休みなさい。無理して悪化させてもいけないし。高校に電話はしておくから。そっち行かなくて大丈夫?』
「土日があるから、大丈夫」
電話を切ると、再び掛け布団の中に潜り込んだ。
しばらくウトウトしていると、スマホにメッセージが届いた。
―バス来ちゃうけど、大丈夫?―
時計を見ると、バスが来る予定の3分前。
いつもなら、遅くとも5分前にはバス停にいるので、姫野さんが心配してくれている。
―今日、熱出しちゃって。お休みする―
―そっか、お大事にね―
ありがとうというスタンプを押して、やり取りを終えると、再び目を閉じて休む事にした。
その後もウトウトしたり、目が覚めたりを繰り返した。
基本的に一人は楽だが、体調を崩すと一人でいる心細さやしんどくても、自分でご飯などはしなくてはならない。
幸いなことに、姫野さんから譲り受けたジュースの中にスポーツ飲料が入っていたので、少しずつ飲んで水分補給は出来た。
「飯……。もういいか」
食べないといけないのは分かっている。
ただ、しんどくて立って食べる物の準備をしようととても思えない。
こういう時に限って、冷蔵庫や冷凍庫の中に何も無い。
もう少し寝て、体調が良くなったら何かを作ろうと思い、そのままベッドに戻った。
時間が経つと、少しずつ体調が良くなってきているのか、眠れる時間が伸びてきた。
次に目を開けると、時刻は16時。
「随分、体が軽くなったな……」
熱を測ると、37.4℃とまだ微熱はあるが、かなり熱が下がっている。
「一先ずは、着替えるか……」
汗を掻いているので、着ていた服と枕カバーを洗濯機に放り込んで、シャワーで汗を流す。
洗濯機を回しつつ、着替えを終えた時。
ピンポーンとインターホンが鳴り響いた。
「こんな時間に誰だろ……」
来なくていいと言ったが、親が来たのだろうか。
それなら問答無用で、すぐに入ってきそうなものだが。
こんな体調の良くない日に、変な人が来たら困るのだが……。
そんなことを思いながら、ゆっくりとドアを開けた。
「奥寺君、大丈夫?」
「姫野……さん?」
ドアの前に立っていたのは、姫野さんだった。
「一人暮らしで体調崩してたら、辛いだろうと思って色々持ってきたよ?」
そう言うと、飲み物やゼリーなどが入っている袋を渡してくれた。
「あ、ありがとう……」
「ちゃんとご飯食べて、水分補給出来てる?」
「水分補給は、前にもらったジュースの中にスポーツ飲料があったからね……。ご飯は食べてないけど」
「食べてない!? ダメだよ」
「しんどくて、何もする気にならなかったから……」
「何でもいいから、ひとまず食べよ? 何か作ってあげるから」
「い、いや……。申し訳ないって」
「フラフラな状態で、食べてない方がこっちとして落ち着かないよ」
「……返す言葉もない」
確かに、姫野さんがこういう状態になっていて食べていないとか言っていたら、心配で落ち着かない。
「お粥作ってあげるから、ちょっと食べよ?」
「作るの……?」
「だって言うだけなら、その後食べてるか分からないんだもん」
「なるほど……」
食べてないって素直に言ったから、姫野さんが俺のことを全く信用していない。
目の前で、ちゃんと食べているところを見るために作ると言っている。
「変なもの、作ったりしないから」
「……じゃあ、お願いしようかな」
「ん、じゃあお邪魔します。出来るまで、また横になってて」
「完全に母親なんだけど……」
「だってダメダメなんだもん。調味料と調理器具、借りるからね」
そう言うと、テキパキと調理の準備を始めている。
俺は言われたとおり、再びベッドで横になって出来上がりを待つことにした。
少しすると、とてもいい匂いがしてきた。
「よし、出来たよ?」
「ありがとう」
テーブルに着くと、お粥の入った鍋と取皿を目の前に置いてもらった。
丁寧に姫野さんが、取皿にお粥を装って俺に手渡した。
「どうぞ。熱いから、ゆっくりね」
「うん。いただきます」
ゆっくりと冷ましてから、口に運ぶ。
体調不良時に嬉しい控えめな塩味で作られた卵粥で、とても美味しい。
「……どう?」
「すごく美味しいよ」
「良かった……。こうして家族以外の人に、ご飯を作るなんてしたこと無かったから」
「ごめんね、心配かけて」
「ううん。知らないところで、疲れが溜まってたんだと思うよ?」
「だね……」
何かと気を張る場面がまだまだあるので、姫野さんの言うとおりかもしれない。
「一人暮らしで体調不良、きついわ」
「そうだよね。しんどくてもご飯とか、自分で何とかしないといけないもんね」
「結局、自分で出来なかったけどね」
そんな話をしながら、姫野さんの作ってくれたお粥をすべて食べ終えた。
「ん、ちゃんと食べられたね」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「再会してこんな短期間で、お世話されることになってしまうとは……」
「今後が心配ですねぇ」
そんな事を言いながら、姫野さんは片付けまでしてくれている。
「本当にね……。今後、大丈夫か一気に不安になってきたかも」
インフルエンザとかになったら、もっと体が言う事を聞かなくなる。
この程度の発熱で何も出来ないとなると、おそらくは何も出来ない。
「そういう時は、流石に親御さんに来てもらった方がいいかもね……って冷蔵庫の中、何もないけど」
「あー、金曜日だからね」
「どういうこと?」
「週末に、ある程度まとめて買い物するから」
「本当〜?」
「これは本当だって!」
今日の一件で、姫野さんが俺の生活状況が良くないのではないかと、完全に疑っている。
「仮に元気だったら今日、何食べるつもりだったの?」
「……コンビニ?」
「いや、ダメじゃん!」
「金曜日とかになると、食材が足りなくなる時があるから……!」
「まぁ、今回は信じようかな?」
一人暮らしだと、食材を使い切れないということがある。
それが嫌で少なめに買うために、足りないことがある。
そういう時は、コンビニを使ったりしている。
が、姫野さんにはおそらく言い訳にしか聞こえないだろうな。
「何か奥寺君のイメージ、どんどん変わるなぁ」
「え?」
「前にも言ったけど、私からすれば何でも出来る凄い人ってイメージだったから」
「本当に何もできないよ?」
「だね」
以前は「そうかな?」と否定気味な感じだったのに、今回はすんなり肯定されてしまった。
「あのー……。幻滅しました?」
「さぁて、どうでしょうか?」
姫野さんはただ楽しそうに笑いながら、俺の問いかけに答えてはくれなかった。
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