大歩危小歩危から祖谷へ
「徳島に行くで」
どうも国道四三八号を通るようですが、ナビで確認すると徳島との県境は三頭峠と呼ばれ、三頭トンネルが峠の一番上にあります。このトンネルは二六四八メートルの長さもあるのも特徴ですが、標高が四百四十メートルぐらいあります。
たいした事のない峠ですが、コトリさんたちのバイクは百二十五CCです。これぐらいは登れるのは間違いありませんが、
「そやな、笹岡君たちは先行してエエで。トンネルの手前に休憩所があるさかい、コトリたちが遅れてたら、そこで待っといてくれるか」
「原田君もスカッと走りたいでしょ」
お言葉に甘えて先行させてもらったのですが、彼女たちは余裕で付いてきます。
「最近の一二五CCは良く走るな」
「坂も緩いからだろう」
原田がペースアップしましたが余裕で付いてくるので、休憩所には寄らずに、そのままトンネルに。これも長いトンネルです。ここから出ると徳島県です。徳島の下りは急でしたが下りですから問題なく走り抜け美馬へ。
「コトリさんたち追い抜いたけど、先行してくれるって意味だよな」
「原付は高速走れないからな」
県道十二号から橋を渡って国道一九二号です。吉野川を右手に見て、左手にJRを見ながら西に進んで行き、池田大橋を渡ります。この辺は池田と呼ぶようですが、吉野川は流れを南に曲げています、走行の向きで呼びますが、ボクたちは吉野川の右岸の国道三十二号を土讃線と並行しながら走ります。
「川の水の色が変わって来たな」
「エメラルド・グリーンで良いのかな」
しばらくするとコトリさんたちが停まり自販機でジュース休憩のようです。
「この辺が小歩危ですか」
「まだや。よくガイドに歩危茶屋付近からと書いてあるけど、もう閉店してるんよ。もうちょっと行ったら白川谷川が合流するから、そこから上流ぐらいでエエと思うで」
たしか大歩危小歩危って大股で歩いても危ないところ、小股で歩いても危ないところの意味だったはずですが、
「通説やな。そやけど、それやったら上流に行くほど歩きやすいことになるやんか。古語にボケは崖って意味があるから、最初は小さな崖、さらに大きな崖って意味って説もあるで」
なるほど。でも道は二車線で快適ですが、
「あははは、今はな。だからバイクでもクルマでも行ける観光地になってるんよ。昔は河原を歩いとってんや」
この下の河原を・・・雨でも降れば絶対に通れないじゃありませんか、
「だから秘境やんか」
祖谷ってそういうところなんだ。
「ちゃうちゃう。ここは大歩危峡で祖谷渓とちゃうで。祖谷渓はあの山の向こうや」
吉野川の支流の祖谷川が作る渓谷が祖谷渓だそうです。
「ここからしばらく一本道やから先行してくれるか。レストラン大歩危峡まんなかで次の休憩や」
気持ちよくリバーサイド・ツーリングを楽しんでレストラン大歩危峡まんなか、ここで遊覧船に乗りたいみたいでしたが、
「もう二時回ってもたな。ユッキー悪いけど割愛するで」
「イイよ。上から見るだけでも堪能できたし」
大歩危橋を渡って今度は県道四十五号、途中で平家屋敷民俗資料館に寄って、峠を下ると祖谷渓です。途中でトンネルになっていて助かりました。祖谷のかずら橋に行くかと思てましたが、
「先に二重かずら橋に行く」
県道三十三号を西に走っていたのですが、もう少しで国道四三九号と言うところで左折して橋を渡ります。そこから曲がりくねった道を登り詰めると、なんと集落があるではないですか。
「大枝集落言うてな、あそこ茅葺屋根が旧喜多家武家屋敷や。蜂須賀さんが阿波の領主になった時に功績のあった家柄やそうや」
武家屋敷を足早に見て回った後に鳥居を潜るとそこには巨大な杉が、
「鉾杉や」
そこから引き返して今度は国道四三九号なのですが、五分ぐらいでまた国道から外れて山道を登って行きます。
「それにしてもこんなところに人が住んでるんだよな」
「ああ、そっちに驚くわ」
バイクを下りてからしばらく歩くと、なんの変哲も無さそうな神社があり、
「栗枝渡神社や」
興味深そうに境内を見ながら、
「落合集落はパスするわ」
「イイの」
「時間が足らん」
そこから国道四三九号に戻りましたが、
「原田、これってホントに国道か」
「そう書いてあるから国道だろうが、これは国道と言うより酷い道の酷道だな」
一車線半の道が延々と続きますし、対向車とすれ違うのも一苦労です。バイクだから良いようなものですが、クルマではあまり走りたくない道です。やっと祖谷の二重かずら橋と野猿。コトリさんたちは嬉しそうに、
「野猿は十津川にもあったね」
「人力ロープーウェーやな」
そこからコトリさんは、
「かずら橋に戻るで」
酷道ならぬ国道を戻り本家のかずら橋も渡れて、
「ところでどこに泊まるのですか」
「そんなものホテル祖谷温泉に決まってるでしょ。ここまで来て泊まらなかったらバチが当たるじゃない」
えっ、てっきりかずら橋の近くの民宿とか、旅館と思ってましたからボクも原田も大慌て。道すがら、
「いくらだろう」
「カードぐらい使えるはずだけど」
これまたクネクネした道を登ったところに、
「あれみたいだな」
「ケーブルカーみたいなのも見えるからな」
なんとか六時前に宿に入れたのがウソみたいです。
「部屋やねんけど、急やったやんか」
フェリーではスマホはつながらないですからね。
「空いとったんが一部屋しかなかってんよ」
「だから今日の宿代は番組収録の中止代にしとくね」
それはいくらなんでもと断ろうとしたのですが、
「ホンマに悪いと思てるんやけど、特別室しか空いてへんかってん。あそこはさすがに高すぎるわ」
えっ、ではコトリさんやユッキーさんは、
「普通の部屋や」
「別に部屋風呂いらないし、二人だから十分よ」
それはいくらなんでもと押し問答になりかけたのですが、
「その代わり、明日も付き合ってもらうで」
「頑張ってね」
部屋に入ると、
「笹岡、見てみろ、内風呂が檜風呂だぞ」
「いくらになるか考えるだけで怖くなってきた」
座卓の上には朱塗りの小型のお重のようなもの。開けると鳴門うず芋と書いたお菓子とかぼす茶。見るからに高級と言うか、贅沢と言うか。
「あの二人、何者だろう」
「金持ちのお嬢さんだと思うが」
とりあえず名物の温泉に行こうとなって地階に、
「これは本物のケーブルカーだな」
「ネットで見たのと同じだ」
おもしろいのは自分でケーブルカーの操作をするところです。下の駅で降りて露天風呂で汗を流してサッパリ気分。いやぁ、この露天風呂は岩風呂なのですが、壁の代わりに葭簀が張ってあり、風呂の向こうには祖谷渓を流れる川がすぐそばに、
「だから葭簀なんだろうな」
「わざわざ大浴場が別にあるのもな」
こんなに川が近いと雨でも降れば沈んでしまいそうです。その代わり天気が良ければ最高ってところです。
「朝も入らないといけないな」
「景色も絶対良いはずだからな」
着いた時刻が時刻だったので、既に暗くなっていて景色が見えないのが残念です。風呂から上がって食事はダイニング・ホール。行ってみると。
「こっち、こっち」
手を振る彼女たち。
「一緒にしてもろてん」
「今日はお疲れさま。まずはビールで良いよね」
リッチだ。阿波牛の鉄板焼きに、剣山の鹿肉のロースト、マガモの炙り焼き・・・
「阿波牛はなかなかやな」
「マガモはさすがよ。鹿肉も処理が上手だわ」
そしたら店員を呼んでなにやら交渉。
「じゃあ、お願いね」
すると山盛りで皿に積まれてきて、
「山ん中やからジビエ尽くしや。ワイン飲もか」
「日本酒でもイイんじゃない。今小町とか座花酔月とか面白そうじゃない」
そしたらコトリさんは、ワインがフルボトルなのはともかく、日本酒はなんと一升瓶で、
「ちびちび飲むのもエエけんど、こういう時はガバガバや」
「そうよ、ほらもっと食べて飲んで盛り上がろうよ」
いやぁ、見る見るうちに平らげて行きます。謎めいた二人ですが、飲み食いもまた凄まじい。
「明日もあるから、もっと食べないと」
「そうや、食わんと元気でえへんで。バイク乗りは体力が大事や」
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