バイクは残った
熱狂の時代はバイクも絶滅の危機に瀕しました。ガソリン仕様車廃絶運動に直面したのもありますが、自動運転の急速な普及と、それに連動するような地域コミュニティ・カーの出現はスクーターのような買い物用も駆除しそうな勢いでした。
「結局、クルマはデカかったでエエかな」
それだけではないと思いますが、バイクは生き残りました。生き残っただけでなく電動化もされませんでした。
「EB積んだバイクなんか売れるか!」
作られはしましたが高価すぎて殆ど売れていません。そうですね、官公庁辺りがアピールのために買ったぐらいでしょうか。この辺はEBバッテリーの供給能力にも問題があり、
「安価なEB作れの要請はあったけど、無理なもんは無理や。そもそもバイク用のEB作るほどの余力もあらへんからな。クルマ用だけでもアップアップ状態やし」
さらに言えばクルマで普及した自動運転技術のバイクへの導入も開発に着手はされましたが完全に頓挫しています。
「そんなもん出来るか。クルマとバイクは根本的にちゃうわい」
時代に翻弄はされましたが、バイクはガソリン仕様のままで二十二世紀を迎えています。そんなバイクですが、二十一世紀の後半と言うより末ぐらいから若者を中心に注目を集め出したのです。
「若者だけちゃうで、もっと上もや」
爆発的とは言えませんが、じわじわとファン層が増えています。これは管理され過ぎたクルマに飽き足りないぐらいと分析されています。
「回りまわって百年やろ」
正確には百年以上ですが、二十世紀のある時期まではクルマは本当の贅沢品でした。カネ持ちのステータスまで行かなくとも若者には手が届かないものでした。しかしバイクはクルマに較べるとずっと安価です。若者でもバイトに精を出せば手が届いたと言えば良いでしょうか。
「暴走族の時代でもあったがな」
バイクで速度を競い合った時代としても良いかもしれません。
「負の面はあったけど、自由の象徴でもあったで」
ミサキすら見たことのない名画にイージーライダーがあります。
「ウソつけ。リアルタイムやろ」
「生まれる前です」
一緒にしないで下さい。イージーライダーはロードサイド・ムービーの傑作とも言われていますが、今見てもわからないとも言われています。当時のアメリカの世代間の分裂とか、
「アメリカってな、今でもそういう面があるけど保守的な人間が多いんよ」
多いと言うか、多様性の幅が広すぎる気がミサキにはします。同じことを三人に意見を求めたら、まったく方向性の違う回答が三つだったりするのは日常茶飯事だからです。
「イージーライダーのラストは、理不尽に撃ち殺されてまうんやけど、あの理不尽さを当時人間やったらすぐにわかったんよ」
長髪にし、ジーンズを履き、バイクに乗っているだけで不良どころか社会のゴミみたいにみなされたぐらいと言われています。そういう空気が当時のアメリカに濃くあっただけでなく、それに反発する若者も多かったぐらいでしょうか。
「時代ってな、過ぎ去ってしまうとわからんようになることが多いんよ」
クルマをあれだけ枠に嵌めようとした時代も今では理解できなくなってますからね。
「人はね、行き過ぎた管理を嫌うのよ」
「クルマじゃ、おもろないし、息苦しいてしょうがないやんか」
若者を中心に自分で自由に走らせることが出来るバイクが再発見されたぐらいです。この辺はあれだけ熱狂されたガソリン仕様車廃絶運動が、今となっては理解できなくなっているのもあります。
そういうバイク・ブームに便乗、いや悪乗りされてコトリ社長とユッキー副社長がバイクに凝っておられます。お二人が乗られてるオリジナルは一二五CCの原付二種ですが、科技研の狂気の天才集団による魔改造によりトンデモ・バイクになり果てています。
「まあ、そやった」
「ゆっくり流して走るのが一番苦手ってなんなのよ」
どれだけの開発資金を投入したかと言えば、お二人のボーナスをすべて注ぎ込んでも足りないとされています。そうですね、あれだけあれば、純金のバイクが何台作れたことか。
「そんなことないよ。純金じゃ重いじゃない」
「そうやで、純金じゃフレームがもつかいな」
そういう問題じゃない! まあ速いのは速いそうですが、
「それほどやあらへん」
「そうよ、石鎚スカイラインで現役レーサーが乗ってたスーパー・スポーツを振り切った程度よ」
アホか! どこの世界に、レーサーが操るスーパー・スポーツを振り切る、素人が運転する原付があるものですか。もっとも、
「飛ばしたらとにかく怖いんよ」
「ゆっくり走らせるコツをつかむまでホントに大変だったんだから」
それだけ走るのに原付なのです。
「イイじゃない。維持費も安いし」
「長く乗るには大事なこっちゃ」
なにが維持費ですか。オイル交換するだけで、
「しゃ~ないやん、全部特注の一品物やし」
「市販品で売っていないのよ」
とにかく原付ですから下道ツーリング専門です。
「それがツーリングの本道や」
「高速でイキがるのは子どもよ」
子どもはお前らやろが! あんないちびったバイクを嬉しそうに乗り回しやがって。
「それより見て」
「ライダースーツを新調したで」
ありゃ、こりゃ可愛いと言うか、オシャレと言うか、
「どこのメーカーですか?」
「そりゃ、クレイエールよ。自社製品を使わないとね」
ちょっと待った、ちょっと待った。クレイエールはライダースーツなんて作ってません。となると、やりやがったな。
「これからは、こういう需要も増えそうじゃない」
「試作研究しとかんと乗り遅れるからな」
まさかブーツもグローブも、
「トータル・コーディネートよ」
「セットでそろえられんと意味ないやろ」
まあイイか。そういう需要も出てくる可能性がありそうですから。
「ということでテストが必要になったんや」
「実際に着て走らないと本当の評価が出来ないでしょ」
どうぞ勝手にツーリングにお出かけください。ただし、
「交通費も宿泊費も経費になりません」
「それないで、仕事やん」
「そうよ、社長と副社長が自らテストするのに」
あのなぁ、お前らどこの社長と副社長をやってると思てるねん。お前らが行くとこ、見るもの一つで世界経済に影響する仕事やってるんやぞ。もしライダー・スーツのテストを社長と副社長が自らやってるなんて知れたら、世界中のアパレル・メーカーが争って参入してくるわ。
「そないに可能性があるんなら、やるべきやろ」
「そうそうよ」
ウルサイわい。ツーリング代ぐらい自分で払え。なんぼ給料もろてると思てんねん。独身やし、家賃も固定資産税も、光熱費も、水道代も、ガス代もいらん暮らしやってるんやろうが。
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