エピローグ

 山陰ツーリングはおもろかった。シノブちゃんに迷惑かけたのは悪かったけど、しゃ~ないやろ。あれぐらいのトラブルは旅の楽しみの一つぐらいや。


「マイのところも落ち着いたみたいだよ」


 エエ娘やった。それに珍しいぐらい古風やった。自分の恋と家の事をちゃんと考えれるのんは少のうなったもんな。それがエエか悪いかは別の話や。


「ユッキーやったな」

「バレてた」


 ユッキーも気に入ってたからな。元があんだけの美人やから手入れる必要もあらへんねんけど、


「こればっかりは経験としか言いようがないもの」


 そやねん。女神が手入れた娘は何故か幸せな結婚をするねん。単純には死ぬまでラブラブ夫婦や。


「他人には出来るのにね」

「なんで施す方に縁がないんやろ」


 結婚するのも大変やけど、結婚生活の方がホンマは大変やねん。そりゃ、三組に一組は離婚するぐらいやからな。マイならだいじょうぶな気がするけど、念押ししてやっても罰当たらんやろ。


「白羽根は相当慌てたみたいだね」

「あっちがその気やったらトドメ刺したったけど」


 マイのトライアンフはとにかく目立つさかい、コトリらが津和野に泊まったんは夜にはバレてたで良さそうや。そやから、あの朝のお迎えになったんや。そりゃ、マイをなんとしても確保したかったんやと思うわ。そやからホテルの玄関周辺をビッシリ固めとったからな。


 あいつらの手抜かりは、あの時点でもマイは一人やと思とった点やろ。石見銀山の時は、マイがコトリたちを置き去りにしてダッシュして、あいつらはトライアンフを走って追いかけてからクルマに戻ってんや。


「クルマが遠かったのよね」


 駐車場の関係やからしゃ~ないけんど。ホンマに反対側の端っこやってん。そやからコトリたちバイクに乗る頃でも、まだ走って戻る最中やったぐらいや。結果的にコトリたちがマイと一緒やのんを知り様がなかってん。そやけど津和野の時はバッチリ見られとる。


「コトリの策も見抜いてたよ」


 あれも計算の内と言うか、あのクソ大きいトライアンフを隠しようがあらへんやんか。あいつらかってホテルの駐車場にトライアンフがあらへんかったら、あれぐらい知恵回すわい。


「あそこだけだったのよね、女神の力を使ったのは」


 そういうこっちゃ。手回し取ったから金縛りをかけといた。あの場合はしゃ~あらへん。もっともバイクで走りだす頃には解いたった。そんだけで十分やったし。


「あそこから、あれだけ時間がかかったのも計算外だったよね」

「ありゃ、いくらなんでも遅すぎるで。たかが神戸市のデータバンクやのに」


 コトリのホンマの策は、コトリたちのナンバーを見せること。原付登録は市町村管理やから、そこから持ち主の名前が割り出せるってことや。コトリやユッキーと一緒のマイに手出すアホは珍しい。

 もちろんやけど、神戸市のデータバンクをハックするのも簡単ではあらへんけど、今どきの企業競争で神戸市ぐらいのデータバンクを破れんでどうするかって話やねん。


「白羽根の調査能力の限界かしら」

「ちゃう気がする」


 どこの組織かって仕事の結果に評価は下される。成功したら褒められ、失敗したら罰せられるぐらいや。そやけど組織にしたら失敗はして欲しないやんか。そやから失敗を防ぐために罰則を重くするところは割とある。


 白羽根もそうやねんけど、あそこの罰則はムチャクチャ重いねん。そやけど重すぎる罰則は副作用を引き起こすんよ。単純な話や、失敗しても隠ぺいして無かった事にしようとするベクトルが強力に働くってことや。


 白羽根警備はまず軟禁中のマイを取り逃がす失態をやらかしとる。それも婚約発表パーッティの三日前や。マイの軟禁責任者は即座にクビになり、マイの追跡責任者には、


『婚約披露パーティには何があってもマイを連れてこい』


 これしかあらへんやろ。とにかくゴッツイ重圧で、マイを連れてこれんかったら追跡責任者だけやのうて白羽根警備の社長のクビが飛ぶぐらいはあったはずや。そやから、あいつら必死やった。会社の事務員まで総動員してマイを探して回ったんや。


「津和野もバレたものね」

「あれぐらいの裏はチイとでも知恵があったら読むやろ」


 夜のうちにマイが津和野におることをつかんだから、あの朝になるんやけど、


「そうなるよね」


 スケジュール的には津和野の朝にマイを捕まえたら翌日の婚約披露パーティに余裕やんか。それだけの体制も敷いとったでエエやろ。そやから、またもやマイを取り逃がしたの報告をようせんかったで良さそうや。


「あの日のうちにマイを確保して、失敗を無かったことにする作戦ね」


 そやけどロケットに乗ったマイを捕まえるんは容易やあらへん。たとえば津和野の市内で信号で停まっているマイをクルマから下りて捕まえるわけにはいかん。


「そもそも信号ないものね」


 バイクをホテルの裏の駐車場に回したんには逃げる時に信号を避けるためでもあったんよ。あそこからやったら高岡通りと本町通りの間の道を走れるんやけど、あの道には信号あらへんねん。


 さらに鯉の米屋がある津和野川沿いの道を走ってんけど、ここにも信号あらへんし県道十三号に合流する時もそう。県道十三号から国道九号に合流する時も、国道九号に合流しても日原に着くまで押しボタン信号が一か所しかあらへんねん。


「だからあそこまで飛ばしに飛ばしたのね」


 赤信号やった時の時間稼ぎや。クルマをバンバン抜いて走ったで。とにかく距離と間にクルマを挟ませるのが目的やった。


「クルマでマイを捕まえようと思えば、下りて休んでいる時か、追いかけまわしてガス欠になって停まるか、ガソリンの給油中ぐらいしかないものね」


 そやからあいつらはガソリンスタンドに罠張りまくってたからな。それはとにかく、あいつらはまたもやマイを見失ったことになってまう。責任者は逆上しまくってんやろ。


「だから報告が遅れたのね」

「エエ迷惑やった」


 そやねん。津和野の朝にマイを確保した報告をしてもてるから、コトリたちのナンバー照合が出来へんかってんよ。そりゃ、マイを確保してる事になっとるから、やる必要があらへんからな。


 一日中、益田から東に逃げたと考えて追いかけ回しとってんけど、夕方になってついにあきらめざるを得なくなり、やっとこさマイの確保の失敗とマイと一緒にいた二人組の情報が白羽根のとこに届いたようや。


「白羽根もバカじゃなかったね」


 白羽根もあれだけの情報で手を引いたのはさすがやな。フェリーの夜の時点やったら、コトリたちとマイの関係がどれほどのものか確認しようがなかったはずやねん。単なる行きづりの可能性も残ってたはずやけど、エレギオンと喧嘩するリスクを避けたんやろ。


「おかげで余計な手間が省けたじゃない」


 そういうこっちゃ。白羽根産業を叩き潰すのは出来るけど、大仕事やし時間もゼニもかかってメンドクサイ。それにブラック・ホール企業でも勤めてるのも多いやんか。失業は辛いもんな。


「マイも可哀想だったけど」

「ああ、あそこは丸く納めようがあらへんかった」


 関白園の経営は、ここんとこ良うあらへんかってん。調べると定番の背任横領や。それもやで夫婦そろってやっとったのにワロタ。マイの親父が裏カジノに入れ上げとるのは先にわかったけど、


「お袋さんがホスト狂いだったとはね」


 マイの爺さんが体よく棚上げされてたんも、不正経理がバレんようにするためでエエやろ。


「ホストって、ホントにおカネがかかるのね」

「あそこまでやったらやり過ぎやろ」


 たく経営傾くまで貢ぐなよな。


「高級時計ぐらいなら良く聞くけど・・・」


 高級マンションにスーパーカー、ヨットいうよりクルーザーやんか。それも一人や二人やないで。そやから白羽根の提案は大歓迎やったんだけはわかる。つうか、白羽根の提案に乗らんかったら身の破滅のカウンダウン状態やった。


 あの夫婦にしたら白羽根の提案は起死回生の妙案にしか見えへんかったし、マイを差し出すのも、


「嫌な話だよね。夫婦で浮気しまくって、その遊ぶカネのために結託して会社のカネを横流し。挙句の果てにエセ救世主の機嫌を取るために娘を人身御供に差し出すって言うのだから」


 ホンマやで。


「古い家ってああいうシステムがあるのね」


 爺さんは会社では実権の無い相談役にされとってん。そやけど龍泉院家は会社の上に一族会があるんよ。一族会の長は最長老の爺さんやねん。一族会は表向きは直接会社にタッチしてへんけど、不文律として一族会の決定は絶対ぐらいに思たらエエ。


「あんなに権威があるのに驚いたよ」

「普段は冠婚葬祭だけやそうやけど」


 その辺は爺さんの料理人としての名声も大きかったようや。龍泉院家は料理を得意とする公家やったけど、今でも一族に料理人は多いんよ。見ようによっては関白園を中心にしてのピラミッド構造みたいなもんらしい。その爺さんが本気で怒ったら一族会は誰も反対できへんぐらいみたいや。


「あの爺さんって板場では怖かったんだってね」

「らしいな。鬼軍曹の提島さんでも爺さんの前では震えが止まらんようになるらしい」


 あれこれあったけど、マイの両親は離婚。親父さんだけやのうて、お袋さんも勘当されて家から追い出されてもた。


「マイが建て直してくれるよね」

「そやからここまで肩入れしたんやろ」


 今回みたいなサスペンス風もオモロイけど、やっぱり出会いが欲しいよな。


「そうよね。マイとのツーリングも面白かったけど、どうせなら男がイイよ」

「ユッキーとタッグマッチで堪能できるぐらいの男や」


 それはまずいか。一夜のアバンチュールやのうて、結婚まで考えるんやったらタッグマッチはあかん。下手したら淫乱と間違われる。やっぱり上品にやな、


「そうね、ねっとり朝まで一滴残らず搾り尽くすぐらいにしておかないと」

「最初やもんな。初めチョロチョロで次が中パッパにせんとあかん」


 次のツーリングこそエエ男見つけるで。あれだけ縁結びグッズ買うてんから、次こそ出雲の神さんの御加護があるはずや。


「コトリ、縁結びと言ったら出雲大社もあるけど・・・」


 ユッキーもええこと言うやんか。次は縁結び巡礼ツーリングにしよ。

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